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<ケセド編> 94.読まれていた戦局

94.読まれていた戦局


 偽善の街クルエテから60キロほど離れた場所でふたつの軍が対峙していた。

 軍と言っても800対500の小規模であり、世界が世界なら賊同士の小競り合いのようなものだが、この場ではその意味合いは全く違っていた。

 この戦いに勝利することがこのヒンノムの支配者の地位に大きく近づくのだ。

 漆黒の騎士グイード率いる500の軍の構成は300体のホムンクルスと200名のグイード直属の騎士たちだった。

 特に騎士たちは背中に異常なほど大きく頑強そうな盾を背負っていた。

 一方のソニア率いる神託者教会軍800の構成は300体がクティソス、残りは急遽集めた軽装備の雑兵たちだった。

 本来であれば自軍の兵力をなるべく温存して勝ちたいところだが、今回は相手の兵も生かしつつ勝ちたいという欲が双方の勢力内にあった。

 なぜなら、この戦いに勝利した後に控えているのが悪魔の軍勢を率いているディアボロスのアディシェス軍との激戦だからだ。

 敵兵であっても寝返らせることによって大きな戦力になり得ると考えていた。

 だがそれは、この戦いに参加していない傍観者たちが考えていることだった。

 総統勢力側ではシャーヴァルの側近たちがそれだ。

 そして神託者教会では総括司教、布活司教、奉活司教たちが相手の兵を寝返らせて自軍を強化する勝ち方を望んでいた。

 一方で戦いを指揮している総統勢力側の漆黒の騎士グイードと神託者教会側の軍司教ソニアは敵兵を寝返らせるなどという考えは全く持っていなかった。

 グイードはシャーヴァルの(めい)に沿って戦い抜くことを決めていたし、ソニアに至ってはこの戦いを最後にスノウの下へ向かおうとしているくらいだったからだ。


 (姉さん。あの軍‥‥何か変だよ)

 (ええ。あの動き、不気味な歩き方よ。それに遠目だからはっきりとは見えないけど、あの兵たちの顔、人じゃない)

 (うん。クティソスに対抗して用意した兵なんだろうけど、どこかやばい雰囲気だよ)

 (おそらくクティソスに引けを取らないほどの戦闘力を有していると見た方がいいわね。あの兵たちが本気を出す前に指揮官の黒い騎士を叩けばいいわけよね。こっちの軍は数で上回っているけど、実質クティソスだけの軍。クティソスは300だから、あっちの得体の知れないやばそうなやつらとほぼ同じ数よね。だけど残りのやつらや騎士でしょ?その時点で、質で負けてるわけよね。しかも何あの騎士たちの背負ってる巨大な盾‥‥装備でも負けてるわよ。明らかにこっちが不利よね。だとしたら黒騎士をさっさとぶっ倒して指示命令系統を麻痺させるしかないじゃない。それに私があんなのに負けるわけないし)

 (そうだけど油断は禁物だよ)

 (分かってるって!誰にいってんの?!)


 精神の部屋で心配そうに見つめるソニックを余所に、後方からソニアはクティソスたちに指示を出す。


 バババッ!!


 ソニアの出す合図に従って白ローブの指示役がクティソスたちに指示を出すと、クティソスは4つの部隊に分かれ、大きく広がっていった。

 その動きを見た漆黒の騎士グイードもホムンクルスと騎士たちに指示を出す。


 「甲殻生物どもを蹴散らせホムンクルスよ。騎士隊は後方にて待機だ。いつでも対応できる様に盾を準備せよ」

 『はっ!』


 騎士たちはグイードの指示に声を揃えて反応し、示し合わせたかのように綺麗な陣形のまま後方へと下がっていった。

 グイードの騎士たちはヴァティ騎士団とは違い、指揮官の指示に忠実に従って行動する軍隊だった。

 漆黒、金、銀の騎士の3人の指示は絶対で、自分の命よりも優先される。

 グイード軍は前方正面にグイード、その背後横3列にホムンクルス部隊、その後方に騎士たちの軍が控える陣形を組んだ。

 それを囲んでいくかのような動きで4つクティソス部隊が広がっていく。

 

 「さて、この間の借りを返しに行くとしましょうか」


 ダシュゥン‥トォォン!‥‥トォォン!‥‥トォォン!


 ソニアが中央を凄まじい勢いで進んでいく。

 その先には漆黒の騎士グイードが馬に乗って剣を構えていた。


 「指揮官自ら来るか!」

 「一気にカタをつけるわ!こんな戦い長引かせるだけ無駄だからね!」


 ドオォォン!!‥ヒュゥゥゥゥン‥‥ボワッ!!


 ソニアは大きく跳躍しながら手のひらを空に掲げた。

 その手のひらの上に凄まじい高熱の炎の球体が出現した。


 (こいつさえ倒してしまえば、この軍は止まるはず。後方に控えている騎士たちはおそらく人間。ならば、クティソスは余裕で勝てる)


 ビュワァァァァァン!!


 ソニアが出現させた炎の球体は突如異常なほど巨大化した。


 ギュルルルルルン!


 大きく膨張した炎の球体は突如、一気に小さく萎んでいった。

 萎んでいったというより、凝縮されより洗練され超高熱となった小さな劫火の塊がソニアの手のひらで浮遊している状態だった。

 ソニアの手のひらは焼けて爛れているが、同時に回復魔法を付与しているため火傷しながら再生を続けている。


 「この炎玉は貴方の鎧すら溶かすでしょうね!」


 バヒュゥゥゥン!!


 ソニアは凝縮された劫火の塊をグイードに向けて投げつけた。


 ボボボボォォォォ!!


 凄まじいスピードでグイードに向かって投げ放たれた劫火の球体があと数秒でグイードにヒットすると思われた瞬間、突如グイードの前方に巨大な壁が形成された。


 「え?!」


 ソニアは驚いた。

 グイードの前に形成された壁はホムンクルスたちだったのだ。

 

 バゴゴゴゴオォォォォォォォォォォォォォォ!!


 ソニアの放った劫火の球体はホムンクルスの壁に当たった瞬間、一気に燃え広がり、ホムンクルスを焼きながら凄まじい熱を発する炎の壁と化した。


 スタ!タタタタ!


 (何なのあいつ!味方の兵を犠牲にしたわよ!しかもあの得体の知れない兵ほぼ全数使って!)

 (姉さん油断しちゃだめだ!)


 ブワン!!


 ホムンクルスの壁が突如に二つに割れ、開いた間からグイードが凄まじい速さで跳躍し、ソニアに向かって剣を振り上げてきた。


 「!!」


 ガキィィィィン!!‥バシュゥゥン‥‥ズザァァァ!!


 ソニアはグイードの振り下ろした大剣の力に押し負けて吹き飛ばされてしまった。

 着地は出来たが、足で踏ん張りつつもそのまま後方へさらに吹き飛ばされた。


 「なんて力‥」


 同時にクティソスの4つの部隊が4方から詰め寄り押しつぶす勢いでホムンクルスたちを攻撃し始めた。

 白ローブの指示役がクティソスたちを勝手に動かしたのだ。


 「え?!何で?!」

 (姉さん!クティソスが!)

 (分かってるわよ!クティソスは強度は高いけど、熱には強くない!何で指示役が勝手にクティソスたちを動かしてんのよ!!)

 (あの黒騎士、あえてあの兵達に姉さんの音熱魔法を纏わせたのかもしれない。でも何故焼かれているのに動けるんだ?!)

 「そんなことはいい!ソニック代わって!」

 (うん!)


 ソニアに代わってソニックが表に出た。


 ババッ!!


 ソニックは両手を前に出した。


 「雹嵐大旋音(ヘイルストームラウド)!」


 バゴォォォォォォォォォォォ!!


 凄まじい爆音と共にソニックの両掌から雹の嵐が発せられ、炎の壁と化したホムンクルスたちに襲いかかった。


 「防御陣形!」


 グイードの号令で後方にいた騎士たちが背負っていた大きな盾を前に出して燃えているホムンクルスたちの前に大きな防御壁を作った。


 ババババババババババババ!!


 「何?!」


 ソニックの放った凄まじい雹の嵐は騎士たちの作った盾の壁によって防がれてしまった。


 「ならば!雹炎大嵐(ヘイルジオストーム)!」


 ソニックは放った雹の嵐を竜巻に変えて騎士たちを吹き飛ばす攻撃に変えた。


 ガキン!!ガキン!ガキガキガキガキガキガキン!!


 騎士たちは巨大な盾を地面に指し固定させた。


 バフォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!


 またしてもソニックの攻撃が防がれてしまった。

 一方で白ローブの指示役のミスリードで攻撃を仕掛けてしまったクティソスたちは炎を纏ったホムンクルスと交戦状態になった。


 「ぎやぁぁぁぁぁぁぁ!」

 「あづいぃぃぃぃぃぃ!!」

 「あががぁぁぁぁぁ!!」


 方々でクティソスたちの叫び声があがった。


 「な!何ということか!皆引き返せ!!」


 白ローブの退却指示も既に遅く、クティソスたちはホムンクルスに襲い掛かられ、ソニアの放った超高熱の炎が飛び火し焼かれ始めたのだ。


 「何かおかしい!」

 (ソニック!他に手はないの?!これじゃぁクティソスが全滅してしまうわよ!)

 「分かってるよ!でもこの手際の良さ、おかしくないか?!まるで僕らの攻撃を既に知っていたかのような対応だよ!」

 (今そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!はっ!ソニック!黒騎士は?!)

 「え?!」


 ザザン!ギュゥゥゥゥゥン‥‥


 「!!」


 ソニックはホムンクルスに倒されていくクティソスたちに気を取られ一瞬グイードから目を離した。

 その隙にグイードはソニックの背後まで詰め寄っており、グイードの漆黒の大剣が振り下ろされているところだった。

 

 ガキィィィン!!


 「うぐぁぁぁ!!」


 ソニックは剣で受けきろうとするが、あまりの凄まじい剣圧に耐えきれず胸を大きく斬られてしまった。

 完全な油断だった。

 だがこれはグイードの的確な判断による攻防ではなかった。


・・・・・

 

 ――10日前――


 「それでは失礼致します」

 「待てグイード」

 「はっ」


 シャーヴァルからホムンクルスの存在を知らされたグイードはシャーヴァルの(めい)を受け出兵の準備のために退出するところを呼び止められた。


 「もうひとつ伝えることがある。お前は大きな試練を正しく受け、乗り越えねばならん。だが、そのためには司教崩れ共の軍を圧倒する必要がある」

 「お任せを。必ずやご期待に沿ってみせます」

 「早まるなグイード。何の準備もなく戦いに臨めば我らの軍は壊滅的ダメージを負う。それだけ甲殻生物を相手にすることは危険ということだ。だが、戦いは既にアガスティアの葉に書かれた。相手の指揮官はリゾーマタの使い手だ。炎と冷気の魔法を使いこなす。それもかなり高いレベルでな。だが、ホムンクルスの特性を活かし、相手のリゾーマタ魔法を利用すれば相手に攻撃の隙を与えることなく一掃出来る」


 シャーヴァルはソニア率いるクティソスと雑兵の軍に対抗する作戦をグイードに伝えた。


 「承知致しましたシャーヴァル様。直ぐに大型の盾を準備致します」

 「俺に勝利を届けろグイード」

 「はっ!必ずや吉報を持って帰還致します」


・・・・・


 ズッバァァァ!!


 「ぐばぁぁ!!」


 ソニックの胸部は斜めに斬られ、出血と共に血も吐いた。


 ググ‥‥


 だが、倒れはしなかった。


 (こんなところで終われない!スノウのもとへ行き、また一緒に旅をするんだ!)


 ヴゥゥゥゥゥゥン‥‥


 グイードはさらに続けて漆黒の大剣を振り翳し強烈な剣撃を繰り出す。

 全てがシャーヴァルの指示通りに動いていた。

 グイードは迷いなくシャーヴァルの指示通りに行動し、全身全霊で攻撃を繰り出していた。

 そして主人の期待に応えられるという喜びで満たされていた。


 「終わりだ」

 「くっ!」

 (ソニック!これを食らったら終わりよ!)

 (分かってる!)


 ソニックは音氷魔法を放ちグイードを瞬間的に凍らせて一瞬の隙を作り攻撃を避けようとした。


 ガクン!


 「な!!」


 出血が激しく足に力が入らず音氷魔法はグイードに当たらなかった。


 (スノウ‥‥)


 ソニックとソニアは死を覚悟した。

 ふたりはまさかこのような場所で呆気なく最期を迎えるとは思ってもいなかった。

 おそらく1対1でグイードと戦ったならば負けることはなかったはずだ。

 ふたりはそれだけの戦闘力の高さを持っていた。

 だが、シャーヴァルから得た未来の情報を元に組み立てられた戦術に完全に嵌まってしまったのだ。

 そしていよいよ、グイードの漆黒の大剣が顔面に迫ってきた時。


 ドッゴォォォォォォォォォン!!


 突如ソニックの目の前で爆音と共に凄まじい閃光が走った。

 そしてグイードの大剣の軌道はソニックの顔面の横に逸れて地面に突き刺さった。


 ズザン‥‥


 「ああ‥‥」


 ソニックの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。

 グイードが倒れ込んたことによって開けた視界の先に再会を切望した相手が立っていたのだ。


 「イリディア。あの傀儡どもが纏っている炎を消せるか?」

 「誰にものを申しておるのじゃ。ついでにあやつらの機能も停止させてやろうぞ」

 「頼もしいな。カディール、あの黒いやつの相手を頼めるか?」

 「願ってもない。あれは相当な剣の使い手。おそらくは総統勢力の最高戦力だろう。楽しませてもらうとしよう」


 スタ‥スタ‥スタ‥スタ‥


 近寄ってきた者はソニックにジノ・レストレーションを発動し傷を治し、ジノ・レストレイティブで体力を回復させた。


 「頑張ったなソニック。少し休め。あとは任せろ」

 「スノウ‥うぅぅぅ‥」

 「ふふふ‥ソニアならともかくお前の泣き顔が見られるなんてな」


 そう言ってソニックを寝かせ、立ち上がったのはスノウだった。


 「さて。大事な仲間を傷つけてくれた代償を払ってもらおうか」


 スノウはフラガラッハを抜いた。

 ソニックは涙で滲む視界の中、スノウの背中を見て安堵と共に気を失った。


 


いつも読んでくださって本当にありがとうございます。

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