<ケセド編> 93.ホムンクルス
93.ホムンクルス
ディアボロスとザドキエルの会話から10日後、屍の街デフレテから約500の軍が出撃した。
率いているのは漆黒の騎士グイードだ。
シャーヴァルの命を受け、神託者教会を壊滅するのが目的だった。
そして彼の引き連れている兵たち。
その異様な姿にデフレテの民は皆恐怖に怯えるほどだった。
軽鎧に身を包んでいるが、体は特殊な素材で作られた傀儡のようで、頭部は髪の毛一本も生えていない楕円球体なのだが、目が前後左右にひとつずつ、計4つ付いているのだ。
その眼球ひとつひとつが独立して動いており、360度の視界を有していた。
強固な胸当てに守られているため見ることは出来ないが、胸には鈍く光る大きな赤い宝石が埋め込まれていた。
腰からは剣を下げており、この傀儡のような存在は剣で戦うこと戦士なのだと思われた。
背丈はバラバラだが、皆示し合わせて行進しているかのように動きを揃えながら無言でグイードの馬の後を歩いていた。
先頭を進んでいるグイードは漆黒の兜の隙間から傀儡兵を見下ろしていた。
(ホムンクルス‥‥古の失われたテクノロジーによって作られた、人造生命体。魔力が尽きない限り動き続ける。魔力消費も極限まで抑えた設計で改良まで加えてシャーヴァル様が蘇らせた者たち。一度戦い出したら止まらない。空気に充満している魔力を吸いながら効率的にエネルギーへと変換しているために行動を止める必要がないのだ‥‥これならば甲殻生命体クティソスに引けを取らない)
漆黒の騎士グイードは馬に乗り、軍を進めながらとある出来事を思い返していた。
・・・・・
――10日前――
グイードはシャーヴァルの間に呼ばれていた。
「お呼びでしょうかシャーヴァル様」
「来たかグイード」
シャーヴァルの使っている机の上には様々な設計図のようなものが山積みとなっていた。
「早速だが、お前に見せたいものがある。ついてこい」
「はっ」
デフレテにある別の建物へとシャーヴァルは進んでいった。
それに何も疑うことなくついていくグイード。
建物には地下室があった。
かなり広い地下室で棺と思われる箱が6つほど並んでいた。
「グイード。これが何か分かるか?」
「いえ。シャーヴァル様が研究なさっているものです。つまりこの世には存在しない何か‥‥。私には見当もつきませぬ」
「頭が硬いぞグイード。世の中想像力で動かすのだ。想像力には正解も間違いもない。それによって生み出されるものだけが存在する。それをどう使うかが正解か失敗を決めるだけだ。‥‥まぁいい。次からは遠慮せずに想像で答えよ」
「御意」
「フフフ‥‥」
聞き分けのよいグイードに満足気なシャーヴァルは棺のひとつを開けた。
ギィィィィ‥‥
「!?‥‥これは一体?!」
そこにあったのは人形だった。
姿勢よく格納された2メートルほどの背丈の人形だった。
材質は不明だが細かい繊維が強固に編み込まれ明らかに高強度であるのが分かるベージュの表皮に覆われ、頭部には髪、鼻、口は無く、瞑った状態の目だけが存在していた。
だが、異様なのは瞑った目が2つ以上あることと、それが人間の拳ほどの大きさであることだった。
タンタン‥‥
「ホムンクルスだ」
シャーヴァルは人形の頭部を手で軽く叩きながら言った。
「ホムンクルス‥‥聞いたことが御座います。主人の命に忠実で、不死のカラクリビト‥‥」
「表現が古いぞグイード。だが正解だ。古の文献によれば、魔法科学とやらに力を入れていたとある小国が生み出したもので、周囲にあった3つの超大国を約一年で滅ぼしたとある。その技術の結晶のひとつがこのホムンクルスだ。どの時代かは知らんが、遥か昔にこんなものを造り戦争していたのだ。人とは愚かな生き物だとつくづく思い知らされる。こんな兵器を造ることの出来る世界の末路など滅び以外有り得んのだが、いくら知能が高く数多の利器を造り出せても、人の未来を創ることは出来なかったということだ」
シャーヴァルは呆れたように言った。
「ですがシャーヴァル様。古の技術を甦らせたその知能と技術は遥か高度な文明の者をも凌駕するのではありませぬか?」
「馬鹿を言え。これを利用しようとしている時点で俺も愚か者だ。それに俺は1を1にしたに過ぎん。ゼロから1を生み出した者から見れば俺など羽虫以下だ」
「ご謙遜を。ですが、これは生きているので御座いますか?」
「死んではいない‥‥というのが正しい表現だ。こいつは魔力を使って動く。つまり魔力を途切れさせれば動かなくなる。今はその状態だ。ここを見てみろ」
シャーヴァルはホムンクルスの胸にある大きな赤い宝石を指差した。
「これは特殊な魔力集積機だ。大気に含まれる魔力を吸収し溜め込むことが出来る。このホムンクルスには超高度な魔法科学技術が3つある。そのうちのひとつがこれだ。残るふたつはこの人体構造そのものと、これを操る秘術だ。どうすれば機能するかを突き止めただけで、これらがなぜ動くのか、どんな構造なのかは全く分からんがな。はっはっは!」
自虐的に笑うシャーヴァルに対し、グイードは彼を尊敬の眼差しで見ていた。
グイードはシャーヴァルに対して胡麻擂りのお世辞に聞こえる発言が多いが、決して取り入ろうとしているのではなく、素直にシャーヴァルのことを尊敬し敬愛しているのだ。
グイードにとってシャーヴァルはどん底にあった自分を救ってくれた大恩人であり、命を捧げても足りないほどの恩義を感じていたのだ。
打算的なお世辞の嫌いなシャーヴァルは、グイードの本心を知っているからこそ、グイードの自分を持ち上げる発言にも嫌悪感を抱くことなくグイードを信頼していた。
「シャーヴァル様。このホムンクルス、相当な戦闘力とお見受け致しますが、1体‥‥いや、この棺桶の数の6体では戦力と呼ぶには少々心許ないかと」
「当たり前だ。俺がそんなことでお前を態々ここへ呼ぶと思うのか?これと同じ物が神の塔アーサードの地下空間に300体置いてある。それらを全てお前にくれてやる。これで司教崩れどもを一掃してくるのだ」
「何と!300体も蘇らせなさったと!?」
「いちいち驚くなグイードよ、フフフ。だが、こやつらを操るには特殊なアイテムが必要なのだ」
「特殊なアイテム‥‥」
「そうだ。どういう原理かは不明だが、こやつらを動かす術は判明した。これだ」
そう言ってシャーヴァルは嵌めている革手袋を外し手の甲を見せた。
そこには赤い宝石が埋め込まれていた。
「これはホムンクルスを動かすための送信機みたいなものだ。頭で念じた命令をホムンクルスは受信し、忠実に動く。細かい動作を指示する必要はない。こやつらはこの石の持ち主の指示を理解し、考え行動する。それが古の技術の素晴らしさだな。この石をお前の手にも埋め込んでもらう」
「仰せとあらば喜んで」
「10日後には神の塔の地下から300体のホムンクルスをここデフレテに運ぶ。そしてお前はそれらを率いてクルエテに攻め込むのだ」
「御心のままに」
「うむ。だが、お前には一つの試練が待っている。これは我らが勝利するための試練だ。一見窮地に立たされたと実感する時が必ずやってくる。だがそれを全て受け入れろ。そうすればお前の手には必ず勝利が齎される」
「流石はシャーヴァル様。承知致しました」
「俺の作戦ではない。全てアガスティアの葉が示した未来だ。俺はこの古の技術を復活させたきっかけを生み出したに過ぎん」
「いえ、それでも私はシャーヴァル様を尊敬しております」
「お前には勝てんなグイード」
・・・・・
漆黒の騎士グイード率いる500名の部隊は既に偽善の街クルエテまであと1日という地点まで進軍していた。
500名のうち、200名は元王騎士軍の騎士たちであり、グイードが手塩に掛けて育てた精鋭たちだ。
そして残る300名がホムンクルスの部隊で4つの目をキョロキョロを動かしながら、グイードの命に忠実行動していた。
ススス‥‥
グイードは自分の右手に埋め込まれた赤い石を摩りながら軍を進めた。
一方神託者教会は慌ただしい状態だった。
グイードが軍を出したことを受けて、それを迎え打つ軍を組織していたのだ。
軍司教であるソニアが今回も指揮することになったが、クティソス300体ではグイードの軍を相手に苦戦するのではないかという意見もあり、急遽兵をかき集めていたのだ。
何とか500名を集めることができ、合計800名の部隊となった。
既にグイード軍があと1日でクルエテに到着するところまで来ているとあり、即席で装備を装着し荷物を纏めて800名部隊は出撃した。
軍の中衛部分で移動しているソニアは周囲の兵達を見て思った。
(実質クティソスのみの軍と言ってもいいわね‥‥中には戦闘の経験がない者までいるわ‥‥)
それに対し、精神の部屋にいるソニックが反応する。
(仕方ないよ。クティソスはそれなり強いんだ。グイードを倒すことだけに集中すればいいんだからそんなに悲観することもないと思うよ)
(それはそうだけど、グイードが何か隠し球持っているかもしれないでしょ?それを警戒しているのよ私は!)
(ははは!いつも勢いだけの姉さんが随分と思慮深いじゃない。それなら大丈夫だよ)
(はぁ?!馬鹿にしてるのソニック!)
「報告!」
斥候が戻ってきた。
「約120キロ先で総統勢力部隊を確認との連絡が入りました。その数は約500。率いているのは事前情報通り漆黒の騎士グイードで変わりありません」
「ありがとう。下がっていいわ」
そう言うとソニアは側近たちに指示を出した。
「少しペースを上げます。ノロノロと進んでいては戦場がクルエテに近い場所になってしまう。押されれば街に影響も出かねない」
『はっ!』
ソニア率いる神託者教会軍はグイード軍を迎え打つべくスピードを上げた。
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