<ケセド編> 92.分岐のきっかけ
92.分岐のきっかけ
「出来したぞ軍司教!」
ベルガーは喜んでいた。
何故なら軍司教ソニアが総統勢力における強力な戦力のひとり、銀の騎士ガーフを捉えたからだ。
生け取りにしていることから総統勢力の情報を聞き出すことも出来る。
総括司教がベルガーに向かって話始めた。
「只今投薬を行い総統勢力の情報を吐かせるべく尋問しております!長く謎の戦闘集団として名を馳せた脅威も、ああなってしまえば只の人間!私の手で全て吐かせ、間も無く神託者様にお喜び頂けるご報告ができるかと思います!」
手際よく対応していることをアピールする総括司教の発言をベルガーは無視して自室へと戻っていった。
「ベルガー様!」
4司教が集まっている中、ソニアを褒めた後黙って出ていったベルガーの名を呼ぶ総括司教はソニアに恥を欠かされたとソニアを恨んだ。
アガスティア大崩落以降、ベルガーが単独勢力として活動し始めてから常にNo.2の地位を確保し続けていたのだが、ベルガーは常にソニアだけを評価していた。
機転が利き、行動力もあり、戦闘力も高いソニアの活躍を見れば当然の状況ではあったが、次第に総括司教としては自分のNo.2の地位が脅かされるのではという恐怖を募らせていたのだ。
(このままではまずい‥‥何とかしなければ私の地位が危ぶまれる‥‥)
軍司教であるソニアの活躍は目覚ましかった。
100名小隊によって誘い出された銀の騎士ガーフを囲み、ソニアは1対1でガーフと対峙、一騎打ちの形で見事にガーフを気絶させるに至り、捕虜として捉えて帰還したのだ。
第1陣の100名小隊はガーフの凄まじい攻撃の犠牲となったが、第2陣はほぼ無傷でこの作戦を終了した。
その際、甲殻を強化したクティソスの実力も確認出来、クティソス強化を指揮している奉活司教もソニアに感謝した。
単に今の司教の地位だけ守られていればよいという保守的な布活司教はソニアの活躍ぶりを褒め称えた。
総括司教だけが、ソニアに妬みの念を抱いていたのだった。
だが、常に笑顔で度量の大きい人物を演じている彼はその感情を表には出さない。
「ソニア軍司教。流石のご活躍です。お疲れでしょう。しばしゆっくり休まれるとよいですね。ベルガー様からご指示があれば連絡致しますよ」
「ありがとうございます。総括司教。それではしばらく休みたいと思います」
「それはそうと、100名小隊のシンザ氏は残念でしたね。ベルガー様もさぞ落胆されたでしょうし、彼を失うことになった罪は非常に重い。ですが、このことを責める相手もいないと私は信じています。ご判断はベルガー様に委ねられておりますがね‥‥。結果を出された貴方は気にすることなく休まれるのがよいでしょう」
「お心遣いありがとうございます。彼の死は残念でなりません。ベルガー様がお認めになった実力は伊達ではなかったということでしょうか。彼がガーフに与えたダメージがあったから私が勝てたということも改めてベルガー様には報告しておきます」
「何とご謙遜を。でもそれが事実ならば、ベルガー様も気持ちの整理がつくというものです。それではごきげんよう」
そう言うと総括司教はその場から立ち去った。
「流石は総括司教。皆への配慮を欠かさないとは彼以外にあの立場を全うできるものはおりませんな」
「そうですね。本当にそう思います」
布活司教から話しかけられた言葉にソニアは笑っていない笑顔で返した。
・・・・・
――アディシェス城内ディアボロスの執務室――
衣服はボロボロ、全身傷だらけのディアボロスが、机に両足を乗せ椅子寄りかかった状態で座り、葉巻を吸っていた。
「おや葉巻とは珍しいですね」
「ふぅぅぅぅぅぅ」
ディアボロスの口から異常な程の葉巻の煙が吐き出され部屋中に充満した。
まるで来訪者に対し嫌悪感を抱いているのではないかと思われる行為だった。
「いい加減ノックすることを覚えろよザドキエル」
「サプライズというやつですよ。ニンゲンも悪魔もサプライズがお好きでしょう?」
「お前のはサプライズでもなんでもねぇよ。その気持ち悪いオーラを撒き散らして現れる時点で吐き気がするからな。それに悪魔とニンゲンを一緒にするんじゃねぇ。ニンゲンは神の気まぐれ心の模倣だろ。目的がくだらねぇんだよ」
「おやおや、聞き捨てなりませんね。私だから良かったものの、ハシュマルだったらここで戦争が起きていますよ」
「あの石頭が何だって言うんだ。破壊していいならとっくにやってんだ」
「随分とボロボロではないですか。今の貴方では勝てないかもしれませんよ?」
「手前ぇぶっ壊すぞ!誰に言ってんだよ!これはお前ら天使共がだらしねぇから代わりにボコってやってんだぞ。口の利き方間違えるんじゃねぇ」
「おやおや、ご機嫌ななめなようです。そんなに気が立っている状態が続くのはお体に障るでしょう。後ほど良く効く強力な鎮静効果のあるマジックアイテムをお持ちしましょうか?」
「いらねぇよ。お前が俺の前から消えりゃぁいいんだ。分からねぇのか?‥‥というかそんなことはどうだっていい。何の用で来たんだ?」
「準備が整いましてね。いよいよオルダマトラ起動に向けてこの世界の歯車が動き出します」
「は!‥‥遅えし、信じられるか。俺は終末ドグマの書で神の塔を破壊することにした。お前は当てにならねぇからな」
「ほう、貴方が持っていましたか。4大終末文書のひとつ、”終末ドグマの書”‥‥。あれは確か最近台頭してきたニンゲンのとある組織に持たせていたものだと思いますが」
「宝の持ち腐れだ。私欲にしか使えねぇニンゲンなんぞが持っていていい代物じゃねぇ。本来の目的とは違うが、役に立たねぇお前の代わりにはなる」
「随分な仰りですね。でも時間がかかるでしょう?それは非常に力の強い終末文書ではありますが、使い勝手がよろしくない。でもご安心下さい。本当に既に事態は動き出そうとしているのですから。”アガスティアの葉” に分岐が記されましたからね」
「ちっ‥‥嘘くせぇぞザドキエル。あの方の耳に入るかもと焦ったか?」
「まさか。彼の方は私を信頼して下さっています。勿論、私の力不足であれば真っ先に消し去られるでしょうし、それはそれで構いません。私にはとっくに覚悟が出来ていますから。出来ないことは出来ない。世の中複雑ですが、白黒つけるのは簡単です。己の認識ひとつで決まりますから」
「お前の講釈なんてどうでもいい。それで何て記されていたんだ?」
「シャーヴァルがホムンクルスを完成させました。その技術の復活がアガスティアの葉に分岐を記したきっかけになります」
「ホムンクルス‥‥随分と分不相応な玩具を与えたもんだな。それで?」
「分かりませんか?嘗て我らが主が身を挺してこの地を守られた時に使われた巨大なホムンクルスを」
ガタン!
「ガアグシュブラか!!」
ディアボロスは珍しく驚いた表情を見せた。
「ええ。あれを顕現させて神の塔を破壊する線がアガスティアの葉に記されたのです」
「馬鹿か手前ぇ!あれをどう制御するんだ?!オルダマトラまで破壊されかねねぇぞ?!」
「フフフ。大丈夫ですよ。ガアグシュブラが顕現し神の塔を破壊するのと同時にアガスティアをヒンノムの定位置に嵌め込み、そのまますぐに起動魔法を発動するのです。あとは私が何とかします。ガアグシュブラが攻撃を仕掛けてきても逃げ切ってしまえばよいのです」
「クク‥‥カッハッハ!お前、本当に天使かよ!この地に生を受けた者はとことん哀れだな!まさか天使に殺されるとはよ!」
「誤解されるような表現は謹んで頂きたいものです。ガアグシュブラを顕現するのはあくまでニンゲンです。ニンゲンが勝手に自らを滅ぼすだけです。文明の発達の末路はそのようなものですからね。6度繰り返してもニンゲンは成長しないということです」
「お前、その格好やめてどこぞの独裁国家の長の格好でもしろよククク‥‥いや、寧ろその方がいいか。不変の真理すら踏み躙る力を持ってせいぜい世界を踏みつけ続けりゃいい。そもそも天使とはそんなもんだからな」
「また酷い言われようですね。次はありませんよ?話を戻しますが、それに向けた作戦をお伝えします」
ディアボロスはザドキエルから何かの作戦を告げられた。
それはアガスティアの葉と呼ばれる4大終末文書のひとつである予言書に記された情報を元に組み立てられた作戦だった。
「いいだろう。その程度なら間違えようがねぇ。それで決行日はいつだ?」
「13日後です。シャーヴァルの手駒がホムンクルスと共にベルガーのもとへ進軍し、偽善の街クルエテ付近で開戦となります。それが決行日となるでしょう」
「分かった。それに向けて準備を進めておく。お前は何をするんだ?まさか高みの見物決め込もうなんて思ってんじゃねぇだろうな」
「まさか。私には私の役割があるのですよ」
「天使界隈のくだらねぇ政治事か」
「それでは頼みましたよ。彼の方を失望させぬように」
ザドキエルは光を放ちながら煙のように消えた。
「ちっ‥‥どの立場で言ってんだ」
そう悪態をつくと、すぐにディアボロスは魔王オロバを呼んだ。
「お呼びでしょうかディアボロス様」
「ああ。いよいよ作戦決行の時が来た。イポスに指示を出せ。それともう一つ特命がある」
「は‥何なりと」
ディアボロスはオロバに作戦を告げた。
「必ずやご期待に沿ってみせます」
そういうとオロバは転移魔法陣の中へと消えた。
「さて、警戒すべきはあのクソアノマリーだな」
ディアボロスもまた転移魔法陣を発現し、その場から消えた。
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