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<ケセド編> 89.おかえり

89.おかえり


 2日後。

 シンザ率いる100人部隊が出兵した。

 必要最低限の水と食料を所持しての出兵であったが、それはその役割が漆黒の騎士グイードの配下を誘き寄せる目的で、とにかく機動力を重視したためであった。

 ソニアが選出した100人はどれも足の速い持久力のある者たちだった。

 1人でも多く生き残ってもらうための人選だった。

 そしてその部隊を率いて進んでいるシンザの片耳にはピアスが光っていた。

 その1日前。

 ソニアは軍司教の立場を利用してシンザを呼び出した。


 コンコン‥


 「入れ」


 シンザが軍司教の執務室をノックして入ってきた。


 「お呼びですか軍司教」


 シンザはまだ軍司教がソニアだと気づいていない。

 左手には包帯が巻かれており、ベルガーにペンを何度も突き刺された箇所をきちんと治療してもらえていないのか、血が滲んでいた。

 ソニアはそれを見て、沸々と怒りが湧いてきたのを感じた。


 「明日の出兵の件で作戦を説明するのと、人選した者のリストを渡すために呼んだのよ」

 「有り難う御座います」

 「その前に‥‥これから共に戦う仲間としてあなたのことを教えてもらいたいのだけどいいかしら」

 「はい」


 ソニアはシンザが洗脳を受けている度合いを確認するために質問した。


 「あなたは相当な戦闘力を持っているということだけど、どこかキュリアやトライブに所属していた?」

 「いえ、僕はどこにも所属していません。このヒンノムを彷徨っていたところをベルガー様に拾って頂いたのです」

 (ヒンノム?あぁ‥ゲヘナのことね)


 ソニアはシンザの知識がアガスティアのものではなく、ヒンノムの者だと確認した。


 「そう‥‥ベルガー様に拾って頂く前は何をしていたの?」

 「‥‥何もしていませんでした‥‥」

 「何もしていない‥‥それじゃぁどうやって鍛えたの?相当な戦闘力なのでしょう?」

 「‥‥気づいたらそれなりに戦えるようになっていました」

 「気づいたら‥‥」


 ソニアは精神の部屋にいるソニックに相談した。


 (かなり強引な洗脳を施しているみたいだね)

 (こんな酷い洗脳をシンザ‥‥ベルガーのやつ絶対に許さないわ。一通り情報を得たらギッタギタに斬り刻んで焼き殺してやる)

 (僕も同じ気持ちだよ。でもこんな強引な洗脳なら、相当不安定なんじゃないかな。もう少し質問して揺さぶってみようか)

 (そうね。やってみるわ)


 ソニアはさらに質問を続けた。


 「あなた、この世界に違和感を感じてない?例えば、ここは自分の生まれ育った世界じゃない‥‥とか」

 「‥‥違和感‥‥ですか?そうですね、何故だか分かりませんが、ここで生まれ育ったのに、ここに住んでいた感覚がない感じではあります。ですが、それが今回の作戦とどう関係するのでしょうか?」

 「作戦の話ではないわ。あなたをよく知るための質問よ。さっきも言ったけど、これから共に戦う仲間なんだから、お互いをよく知る必要があるでしょ?」

 「はぁ‥」

 「あなたはこの世界の住人ではない、って言ったらどう感じる?」

 「質問の意味が分かりませんが‥‥」

 「それじゃぁ、この名前に聞き覚えはない?‥‥“レヴルストラ”」

 「‥‥聞いたことないはずなのですが、初めて聞いた感じでもない‥‥何か不思議な感覚ですね。それは何を意味する言葉ですか?」

 「意味?意味は分からないけど、これはとても重要な言葉。かけがえのない絶対に忘れてはならない言葉‥‥かな」

 「そうですか。確かに何となくそんな感覚があるように思います」

 「そう‥それじゃぁこれは?‥‥スノウ‥スノウ・ウルスラグナ」

 「‥‥それも聞いたことがないのですが、とても大切な何かという感覚があります」

 (姉さん!)

 (そうね。やはり私たちの仲間のシンザだわ。洗脳されていても、心の奥底で大切なものとして守っているんだわ)

 (ピアスを渡してみる?)

 (ええ。でもその前に私の顔を見て何かを思い出すかもしれないから‥‥)


 ソニアはそう言って、フードを外した。

 だが、シンザに反応はない。


 (ガク‥‥)

 (まぁ気を落とさないで、姉さん。仮に僕が顔を見せても同じ結果だったよ)


 ソニアはシンザが自分の顔を見て何か思い出すのではないかと期待してフードを外したのだが、無反応であったためショックを受けていた。


 「そ、それじゃぁこれを右耳につけて」


 ソニアはスノウから受け取ったユキノミコのクリスタルのピアスの片方を外しシンザに渡した。


 グググ‥‥


 (やっぱりベルガーの洗脳効果は相当強いみたいだね。洗脳が解かれた僕らなら、片耳だけでも問題はないと思うけど)

 (そうね。そしてシンザも大丈夫なはず)


 「これを付ければいいですか?」

 「ええ。これは軍司教としての命令よ」

 「分かりました」


 シンザはピアスを右耳につけた。


 キシャァァァァァァァァン!!


 「!!」


 ピアスをつけた瞬間シンザは真上を見上げ白目をむいた。


 「あがが‥‥」

 (がんばれシンザ!洗脳に負けるんじゃない!)


 ソニックはシンザを精神の部屋から励ました。

 ソニアも同様にシンザを励ましの眼差しで見ていた。


 「あぐぐ‥‥」


 シンザの脳裏に押さえ込まれていたこれまでの全ての記憶がいっぺんに解放され、混乱状態となった。

 ベルガーによって強く強引な洗脳状態にされていることもあり、一度に雪崩れ込む記憶を拒絶している状態で心が破裂しそうになっていた。

 シンザの目は充血し、震え出した。


 「シンザ!負けちゃだめよ!」


 ガタガタガタガタ!


 「あががぁぁぁぁ!」


 シンザは頭を抱え震えている。


 「がっは!!」


 バタン!!


 シンザは真後ろに倒れ込んだ。


 「シンザ!」

 

 ソニアはシンザを起こそうと詰め寄る。

 シンザは遠くを見るような焦点で天井を見つめており、痙攣も止まっていた。


 「シンザ?」

 「‥‥‥‥」

 「シンザ‥‥」

 「‥‥どうしたんですか?そんな顔して」

 「え?」

 「ソニアさんらしくないですよ。ソニアさんはいつも笑ってるか、怒っているでしょ?そんな顔は似合わないですよ」


 ドス!!」


 「うぐ!」


 ソニアはシンザの腹にパンチをお見舞いした。


 「おかえりシンザ」


 シンザは泣きそうな顔をしていた。

 洗脳が解け大切な記憶と、その記憶を愛した自我が戻ってきたことが嬉しかったのだ。

 そして本当の自分を取り戻させてくれたのが、信頼する仲間であったことも大きく感極まってしまったのだった。

 ソニアは回復魔法を唱えシンザの左手を治療した。


・・・・・


 シンザ率いる100人部隊はゆっくりと北上していた。

 屍の街デフレテまでの道のりを急ぐ必要はなく、むしろ漆黒の騎士たちを誘い出す時の体力を温存しておく必要があったのだ。

 だが、相手に考えさせる余裕を与えても漆黒の騎士たちに見極められ、彼らの誘い出しに失敗する可能性もあるため、彼らの警戒圏に近づいたら一気に距離を詰めることとしていた。

 ソニアの人選は的確で、皆足が速く度胸もあった。

 相手を誘い出す時は、ギリギリまで相手に近づいて一気に引き返す冷静さが重要であり、ただ単に足が速いだけではだめで、その辺りをしっかりとソニアは見極めてくれていたのだ。


 (このメンバーなら上手くやれそうだ)


 シンザは頼れるソニアに感謝していた。

 だが、今回の作戦をそのまま完遂するつもりはなかった。

 昨晩ソニア、ソニックと立てた計画はこうだった。


 「あんたは漆黒の騎士、もしくはその部下の金、銀を誘き出す役割だけど、誘き出したら部隊の者たちだけ全速力で戻させてシンザひとり上手く隠れてデフレテに潜入するっていうのはどうかしら?」

 「目的は何ですか?」

 「シア、ワサンとの接触ね」

 「でもシアさんたちも向こう側で潜入調査しているんですよね?その状況を聞くってことですか?」

 

 ヒュン‥


 ソニアはソニックに交代した。


 「ソニック!」

 「久しぶりだねシンザ」


 ソニックとシンザは肉弾戦が意外と苦手な共通点があり、ケテルでそれを克服しようと共に切磋琢磨したことから、仲が良かった。

 シンザはソニックに会えたことが一際嬉しかったのだが、それを精神の部屋で見ていたソニアは少し機嫌が悪くなった。


 「シア、ワサンの調査状況を聞くというより、彼らと合流して行動を共にしてほしいんだ」

 「どういうことだい?」

 「おそらく、総統勢力は神託者教会に負けるはず。何故ならベルガーの背後には天使ハシュマルがついてるから」

 「天使を味方につけているのか‥‥」

 「うん。でも味方というより利用されているだけだけどね。そしてそこに巻き込まれないように戦況が悪化して総統勢力が敗北しそうな風向きになったら向こうの勢力から離脱してこの世界にいるスノウと合流してほしいんだ」

 「なるほど。つまり、僕は明日作戦を成功させるために囮になる。部隊は漆黒の騎士の部隊の誰かを誘き出して君たち率いる本陣へと誘い混んで叩く。僕はその場で戦死したことにして、シアさんたちと合流し、さっき君が言った作戦を結構する。そういうことだね?」

 「流石はシンザ。飲み込みが早くて助かるよ。僕らは僕らで情報収集し切ったら離脱してスノウと合流する」

 「シルゼヴァさんとヘラクレスさんは?」

 「消息不明だけど、死ぬようなタマじゃないから、放っておいてもきっと同じタイミングで合流するはずだよ」

 「ははは、確かにね」


 ヒュン‥‥

 

 「楽しそうな会話中申し訳ないんだけど、そろそろ自分の部屋に戻って明日の準備をした方がいいわよ」

 「ははは‥‥そ、その通りですね。それじゃぁ作戦通りに!」

 「失敗は許されないからねシンザ」

 「分かっております!軍司教!」

 「コラ!調子に乗るな!」


 ソニアの蹴りが飛んできたが、シンザはそれを軽々と躱す。

 そして一礼して部屋から出て行った。


 「さて、それじゃぁあのクソ神託者をどうやって痛めつけようか

考えましょ」

 (姉さんを怒らせてしまったね‥‥ベルガー。普通に死ねないな。まぁ絶対に止めないけど)


 ソニックもベルガーに対し静かに怒っていた。

 

・・・・・


 (もうそろそろか)


 シンザは100人部隊に指示を出した。


 「間も無く総統勢力の警戒圏にはいる。これからかなりのスピードで走るけど、僕が合図したら引き返して全速力で後方の本陣の方へと誘き出してもらう。でもこれだけは約束してほしい」


 シンザの言葉に皆真剣に耳を傾けている。


 「約束して欲しいのは‥‥生きて帰ること!死なないことだよ!その自慢の足で絶対に逃げ切ってほしい。本陣まで辿り着けば後は本陣に任せればいいんだからね」


 部隊員は皆頷いた。

 それからしばらく進むと遠くに巨大な街が見えてきた。


 「よし!走るよ!」


 シンザ率いる100人部隊は一斉に屍の街デフレテへと走り出した。



 

いつも読んで下さって本当にありがとうございます。

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