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<ケセド編> 84.平穏の終わり

84.平穏の終わり


 ディアボロスが訪れてから数ヶ月。

 特に何の変化もなく、相変わらず発生する軟化病患者をアラドゥと共に救っていくハチたち。

 ヒノウミの地下空間は既に満杯状態で、南にある小さな街ヒジマも溢れそうな状態となっていた。

 ヒジマは小さな街、というよりほぼ村であり、そこに住んでいるクティソスは約1000名程で、ほとんどがヒノウミの地下空間に住んでいた。


「どこかに新たなクティソスの暮らせる場所を探さないとならないわね」

 「探さないとって言うてもやが、どこにそんな場所があるがよ」

 「アラドゥ様にお願いするのはどう?ヒノウミの地下空間もアラドゥ様が造られたのでしょう?」


 八色衆は会議室として使っていた大部屋で話し合っていた。

 クティソスは1万人を超えさらに増えていることからいよいよこれ以上今までの場所で抱えきれなくなったのだ。

 

 「悲鳴の谷クグカの中に大きな空洞が出来ているって聞いたよ」

 「クグカに?そんな場所があるのかい?」

 「うん」


 珍しくカイトが良い情報を持ってきたことから皆は驚いた。

 そして翌日カイトの言っている悲鳴の谷クグカにある空洞へと行ってみることにした。


・・・・・


――翌日――


 久しぶりに八色衆全員が集まって行動することになった。


 「何かピクニックみたいだね!昔をよくやったやつ!思い出すね!」


 カイトは嬉しそうに跳ねながら歩いている。


 「お前まさかピクニックやりたくて嘘言ったんじゃないだろうね?」


 ウズメが面倒くさそうに言った。

 彼女は何をするのも嫌い、時間があれば寝ていたいという怠け者で常にやる気がない態度だった。

 だが、八色衆の中で一際知能が高いため、皆困った時はウズメに相談する、という立ち位置だった。


 「ウズメは外の空気吸った方がいいよ。部屋に篭っていたら馬鹿になるよ」

 「あんたがあたしを馬鹿扱いするのかい?立ち直れないくらいに罵ってあげてもいいんだよ」

 「もうそれくらいにしてあげてウズメちゃん。こうやってみんなで出かけるのもいいじゃない?長くても二日なんだから。それにアラドゥ様が仰っていたじゃない?私たちの寿命は人間よりもずっと長いって。長い人生のうちのたった2日と考えたらそんなに悪くないでしょう?」

 「はいはい、分かったよ。あんたに言われると何も言えないよベニ」

 「あぁ!ズルいよウズメ!いっつもベニ姉だけには優しくてさ!」

 「まぁしゃぁないな。ベニは誰にでも優しいよってな。お前みたいに我儘言わんし」

 「僕がいつ我儘言ったのさ!」

 『いつも言ってる』

 「はぁ!?何で?!」

 『あはははは!』


 八色衆たちは悲鳴の谷クグカに到着した。

 到着したと言っても、大きく抉れてふたつに分かれた山脈の外側の麓だったが。

 

 「このまま一気に山脈の尾根まで行ってしまおう。そこで休憩だ」


 イザナの提案に皆合意して一気に山脈を登った。


 悲鳴の谷クグカ。

 元々は一つの巨大な山脈だった。

 だがハチとアラドゥが飛来し、空中で衝突したままヒンノムの大地に激突した際に大きく抉られたことによって形成された谷だ。

 巨大な山脈が抉られたことによって二つの山脈へと姿を変えた。

 カイトの話によればこの谷のどこかに大きな空間があり、そこに手を加えればクティソスが住める場所になるという。

 クティソスはどういう原理か不明だったが、食事を摂る必要がない。

 そのため人族などとは違い畑や牧場のような場所が必要なく、極端に言えば寝る場所さえあればよいのだ。

 クティソスが食事を必要としない理由は、アラドゥの超自然的な能力によるものだと思われるが、人族に比べ睡眠時間が長く、それも食事を必要としない理由ではないかと言われていた。

 クティソスは大体1日14〜15時間ほど睡眠をとる。

 1日の活動時間が10時間ほど経過し就寝時間が来ると、エネルギー切れのように急激な睡魔に襲われる。

 そして十分な睡眠をとると途端に元気になる。

 実際に睡眠時間がクティソスの生命力維持に影響しているのかは不明だったが、これがクティソスが食事を必要としない説の根拠だった。


 イザナはタイミングを見ながら行動し、山脈を上り切るあたりで睡眠を摂ることにしていた。

 山脈の尾根に辿り着くとそこには雄大な景色が広がっていた。

 月と星あかりに照らされた谷には既に植物が生息し、緩やかな傾斜をもつ美しい緑に覆われた高原平野を形成していた。

 

 「ここなら沢山のクティソスが住めるんじゃない?」

 「そうやな。あまり自然を壊さんようにゆっくりとクティソスが住める家を作って行けばいいがね」

 「あそこ少し窪んだところがあるね」

 「雨風凌ぐのにも丁度よさそうじゃない」

 「それじゃぁあそこの窪みまで降りてテント張って休憩だ。そろそろ皆んな眠くなってきたろ?あともう一踏ん張りだ」

 『おう』


 イザナたちは窪みにテントを張って就寝した。

 ここにクティソスの住める場所が出来ればハチやアラドゥも喜ぶだろうと思い、褒めてもらえることにワクワクしていた。


 だが予想だにしない出来事は突然訪れる。

 平穏な日々が突如終わりを告げるのだった。

 

――ヒノウミの地下空間――


 ボロボロに破れ、汚れたローブを纏い、裸足で傷だらけの体の見窄らしい男が突如地下空間の扉を開いた。

 

 ギィィィ‥‥


 「何‥者だ!」

 「侵入者!侵入‥者!」


 クティソスたちは突如現れた男に驚き方々で声をあげた。

 普通なら然程驚くことはない。

 人族の住む街にこのような者が現れても皆関心を持たない。

 視界に入り邪魔になる場合は蔑むように避けて通るか、徒に暴力を加える。

 だがクティソスたちは違った。

 この者が只者ではないと本能で感じ取り、脅威と認識して怯え警戒しているのだ。

 その騒ぎを耳にしたハチは、アラドゥを自室に待機させて、見窄らしい男のいる大広間へと出て行った。


 スタスタスタスタ‥


 「ここは君のような存在が来る場所じゃないよ。僕らはひっそりと暮らしているだけなんだ。早急に帰って頂けるとうれしいんだけど」


 ハチは見窄らしいローブ男に話しかけた。


 「私はこのケセドの守護を担う大天使ザドキエルの配下にして主天使(ドミニオンズ)を率いる天使ハシュマルです。貴方はハーデースの統べる冥府を守護するケルベロスだった者‥‥ですね?」

 「そうだよ。悪いけど、その天使のオーラを抑えてくれないかい?皆怯えてしまっているんだ」

 「それはなりません。このオーラは神の造りたもうたニンゲンだけが影響を受けないオーラ。ニンゲンではない者を見分けるために止めてはならないオーラなのです」

 「それならば、せめて距離だけでも取らせてもらえるかな?こちらの部屋へ移動をお願いしたいのだけど」

 「それならば構いません」


 ハチはハシュマルを小部屋に誘導した。


 「さて、要件は何だい?わざわざ天使が外界へと降り立つのは余程のことと思うけど、さっきも言った通り僕らはここでひっそりと生きているだけなんだ」

 「今はそうなのでしょう。貴方の持つこの地の大聖霊から受けた予知の力では観えていないのかもしれませんが、私の持つ “アガスティアの葉” によれば、貴方がたがクティソスと名付けた甲殻生命体はいずれこのケセドを滅ぼすと示しています」

 「!!」


 いきなり言いがかりにもみえる発言が飛び出しハチは困惑した。

 天使の力とこの発言の意図が読めない困惑した心の揺れからか、この先の進展が観えていなかった。

 

 「それはどういうことだい?」

 「言葉の通りです。ニンゲン‥‥いえ、ニンゲンと交わってその血を穢した他種族を含めた人族全般に言えることですが、排他的共感性から自分たちの認めていない脅威に対しては武力を行使します。クティソスはその対象になるのです。つまり貴方がたの望む平穏な生活というものは外的要因によって阻害されます。その時、貴方がたは選択を迫られるのです。自分たちに危害を加えてくる弱き人族の迫害を受け続けるのか、それを跳ね除けるのか、もしくはそもそもの原因である人族を消し去るのか」

 「馬鹿な!そんなことあるわけないよ!僕らは協調を選択する!姿形は変わっても、元々は皆ニンゲンだよ!ニンゲンとして生を受けてニンゲンとして育った!もしこの世界の歪みを修正すると言うなら、軟化病を消し去ることのはず!(クティソス)らは生を諦めなかっただけなんだ!」

 「詭弁です。自然の流れに従って生を全うするのがニンゲンの宿命。そして限りある生の中で神に全てを捧げることが使命なのです。ですが、クティソスは貴方を神と崇めている。これこそが修正すべき歪みです。そして弱き人族は貴方がたを攻撃し、貴方がたはそれに争う。圧倒的な力で。それがアガスティアの葉が観せた悲しき未来なのです」

 「それこそ詭弁だよ。ニンゲンとは可能性の生き物だ。それはクティソスも人族も同じだよ。未来を見る力を得たからこそ分かる。豊かな感情の振れが未来を如何様にも変えるんだ。初めは利己的かもしれないけど、人は学ぶ。ひとりでは生きられないからね。他者と共存するためには他者を敬う心の大切さが、愛が、重要だと知っている。恐怖で忘れてしまっても必ず思い出し取り戻す。その時に未来は大きく好転していくんだ。君たちの神を信仰する姿勢はその愛の延長上にあるんじゃないの?」

 「どうやらこの地の大聖霊陽之宇美(ヒノウミ)の影響をかなり受けているようですね。この地を守る立場であればその言葉も活きましょう。ですが、貴方は単なる異形の種族の長に過ぎません。生まれてはならない存在を率いている賊も同じ。その貴方に愛を語る資格はありません。ましてや神の信仰心に触れるなど、冒涜に等しい」

 「くっ‥‥」


 全く耳を貸さない様子のハシュマルにハチは次第に怒りを覚えてきた。

 

 (ダメだ!ここで怒ってはダメなんだ!)


 ハチの脳裏に未来の映像が映り始めた。

 最悪のシナリオが乱れた映像で脳裏に映し出され始めている。

 ハチの揺れ動く感情が負に転じ始めたことで未来への分岐がとある方向に傾き始めたのだ。


 (マイナスに引っ張られてはダメだ。ここは毅然とした態度で臨むんだ)


 「くだらない問答は終わりです。ケセドの平和を乱す存在を消し去りましょう」

 「待ってよ!慈悲はないの?!皆元々はニンゲンなんだよ?!生きていることを喜んでくれている家族だっているんだ!彼らは天使が自分たちの家族を姿形が変わったからという理由で虐殺したなんて知ったら神への信仰心は失われるはずだよ!」

 「‥‥‥‥」

 「神に慈悲があるなら、チャンスをくれるはずだよ。人々が納得するチャンスを‥‥」

 「‥‥‥‥」


 ハシュマルは沈黙した。

 何か思案を巡らせているようだった。

 

 (こ、好転できるかな‥‥最悪の未来の絵は消えた。今分岐が方向を迷っている状態だ。このまま押し切らないと‥‥)


 ハシュマルはハチを見ながらゆっくりと話し始めた。

 

 「貴方の言う通りです。神の慈悲は誰にでも与えられます」

 「それじゃぁ‥」


 ハチは期待を持った表情を見せた。

 だがすぐにどん底へ突き落とされる。


 「それではここにいるクティソス一人一人の心に問いましょう。唯一絶対の神を信じるか、それとも自分たちを異形の姿で生かした貴方を神と崇めるのか。我らが主を神と心から信ずるなら、その者は生かしましょう。ですが、少しでも迷いを持つ者はその体を奪うことに致します。それと、このような者が2度と生まれないようにクティソスを生み出した者も連れていきます」

 「!!」


 ハチは絶望した。




いつも読んで下さって本当にありがとうございます。

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