<ケセド編> 83.感情のカケラ
83.感情のカケラ
「そろそろ来る頃かと思っていたよ。大魔王」
突如ヒノウミの地下空間に現れたのはディアボロスだった。
どうやってこの場所が知れたのか、そしてどうやって入ってきたのかは分からないが、ハチはこの光景を既に観ていた。
だが、ディアボロスの登場後の結末は観えていなかった。
大魔王であるディアボロスがどのような男で何を選択するか、ハチ自身が読めていなかったことで、自分がどう行動するのかを決められていなかったからだ。
自分自身がどう行動するかによって未来が大きく変わる瞬間ほど、自分の決断が固まっていない状態では未来は観えない。
だが、ディアボロスが現れることだけは観えていたため、ハチは覚悟を決めなければと考えていた。
「おいおい、何の冗談だ?甲羅ニンゲンを仕切ってんのはケルベロスかよ。しかもお前も甲羅つけてんのか?何かの鎧のつもりか?」
「随分な言い草だね。君が見た目を口にするとは。君の本来の姿も悍ましいものだろうに」
「口が過ぎるぜ冥府の番犬ごときが。‥‥ってこいつは何者だ?」
ディアボロスはやっとアラドゥの存在に気づいた。
予めハチはアラドゥに姿を消すように言っていたのだが、ディアボロスには視えてしまっていたようだ。
「彼のことは何も分かっていない。だが僕の友人だ。攻撃なんてしてくれるなよ?そんなことをしてくれた日には肉片ひとつになるまで君を攻撃し尽くすからね」
「おお怖。お前もただの番犬じゃねぇみたいだしな。まぁアディシェスに危害を加えることがないならそれでいい」
「それは君次第でもあるよ。そもそも僕らは平和に暮らしたいだけなんだ。この世界で何が原因かは分からないけど、軟化病が止まらない。彼らを救ってひっそりと生きていく。これが僕らの望みであり、それ以上でもそれ以下でもないのだからね」
「ふん。お前らの平穏など知ったことじゃねぇ。俺がお前らを脅威と感じれば滅ぼすだけだ。平和に暮らしたいと思うなら、自分たちが無能で無害であることを証明し続けることだな」
「心得ているよ」
ディアボロスは転移魔法陣を空中に描いた。
「ディアボロス様、お待ちを」
突如別の空間に転移魔法陣が出現し、そこから別の何者かが現れた。
シスター服に黒い仮面をつけ不気味なオーラを放っている魔王オロバだった。
「オロバか。どうした。外で待っていろと言ったはずだがな」
「申し訳御座いません。こんなものを見つけまして、失礼とは思いましたが連れて参りました」
オロバの手には体がボロボロになっているライドウの頭部が握られていた。
ライドウは気絶しているようで、オロバに握られている頭部から力なく引き摺られている状態だった。
「ライドウ!」
ハチが叫ぶ。
依然としてハチに観えていない状況が続く。
「ほう。甲羅ニンゲンにも亜種がいたか」
「この者、外でお待ちしておりましたらいきなり襲ってきまして。他の甲羅ニンゲンと同等レベルの戦闘力と高を括っておりましたら桁違いでして、油断していたとはいえ、私の片腕が斬り落とされて御座います」
斬り落とされたと言いつつも両腕はしっかりと存在した。
斬り落とされた方の腕を確認するように見せている。
丁度二の腕の部分が糸で縫われたようになっていた。
よくよく見るとそれは糸ではなく細長い糸のような虫で、ウネウネと蠢いている。
「魔王の腕を斬り落とすとは中々やるじゃないか。しかもその腕は幻獣竜ジゴウの腕だったはずだが?」
「はい。今は簡単な縫合と神経結合で辛うじてくっついている状態に御座います。修復には特殊なオペが必要でございますのでストラスかビフロンスの手が必要です」
「なるほど、そいつは一大事だな。しかしお前の腕を斬り落とす刃と力を持つというのは放っておけない話だ。ハチとか言ったな。いくら再生したからといって元々番犬風情のお前がこんな生物生み出せるとは思えない。となれば、他にこれを生み出した存在がいるってことだ。それを言え。素直に喋りゃぁ見逃してやる」
ハチはディアボロスの前に立った。
「君は信じないかもしれないけど僕だよ」
「おいおい、俺を馬鹿にしてんのか?犬の分際で」
「まさか。でも信じてもらうしかないよ」
「ここを滅ぼされてぇようだな」
「それは困る。信じて引き下がってくれないかな。でもタダで引き下がるには大魔王の沽券に関わるよね。ならばこれで勘弁してくれないかな」
ハチは自身の爪を伸ばし始め、笑顔のまま自分の首を斬り落とした。
ズバァン!‥‥ボドン‥
「‥‥‥‥」
ディアボロスは転がったハチの頭部を冷めた目で見ていた。
そしてその頭部に足を乗せる。
「ふん‥‥なんだよ。興が醒めちまったじゃねぇか。これじゃぁこの退屈な世界を楽しめないだろうが‥‥」
ゴロン‥‥
ディアボロスはハチの頭部をオロバの方へ蹴り転がした。
「オロバ、こいつの首くっつけておけ。こんなもの部屋に飾っても悪趣味なだけだ」
「かしこまりました。この世界に刺激を与えるために敢えて生かす、ということで御座いますね」
そう言うと、オロバはハチの頭部を掴み上げて魔法で治癒した。
自ら切断してから然程時間が経過していないため、治癒魔法でハチは蘇生した。
・・・・・
「グルルゥゥ‥‥」
ハチは目を覚ました。
『ハチ様!!』
八色衆たちが心配そうな目でハチに抱きついて叫んだ。
「ディアボロスは‥‥」
「とっくにいなくなっていたよ!」
「私らが来た時には既にね。事情はアラドゥ様に聞いたよ」
皆涙を流しながらハチに抱きついている。
「お前たち‥‥。僕は‥生きているんだね‥‥まさかアラドゥが?」
“違ウ。大魔王ディアボロスノ側近、魔王オロバガハチノ首ノ切断面ヲ治癒魔法デ縫合シ傷ヲ完全ニ修復。脳停止時間ガ全機能停止ニ至ル583秒前デアッタコトカラ問題ナク蘇生シタ”
ハチは前足で首元を触ってみる。
(ディアボロス‥‥何故だ?)
“無茶ヲシタナ。直前デ皆ガ助カル未来ガ見エタカ”
「うん。でも本当にギリギリだったんだ。死ぬ覚悟を決めた瞬間に全員が助かる絵が観えた。上手くいって良かったよ。‥‥そうだ‥‥ライドウは無事かい?」
「こんな時にライドウの心配なんて、ハチ様らしいわね。大丈夫、安心して。まだ寝ているけど、傷は回復したから」
「甲殻部分にかなり亀裂が入っていたけどアラドゥ様が治して下さったの」
サトとベニが答えた。
それを聞いてハチはホッとした表情を見せた。
「良かった‥‥みんな心配かけたね。僕はもう大丈夫だ。話すのに少し違和感があるだけだから。これも直ぐに治ると思うしね。それよりも大魔王ディアボロスは危険な存在だ。皆くれぐれも手出しはしないようにね。ライドウには僕からもきつく言い聞かせておくよ。あの子はあの子なりに僕らを守ろうとしたんだろうけど、ライドウ自身の命も大事だからね‥」
「あいつぁ自分の力、過信しとるけぇ一度ヤキいれたらなぁあかんと思うとってね。俺からもきつぅく言うときますけ」
「頼むよベンテ」
その日は一旦解散となった。
・・・・・
“機能トシテハ何一ツ損傷ハ見ラレナイガ、何故何モ話サナイ。何ヲ考エテイル”
アラドゥがハチに話しかけた。
「心配してくれているのかい?」
“心配‥‥此ノ感覚ヲ心配ト言ウノカ”
「君にも僕らと同様の感情は持てる。少しずつ、ほんの僅かだけど感情を得ているようだからね。心配してくれてありがとう」
“感情‥‥ハチノ生命反応ガ途絶エタ瞬間、アラドゥハ機能ガ著シク低下シタ。ドノヨウニ対処スルノガ最良ノ選択デアルカノ答エガ導キ出セナカッタ”
「選択!君は今選択と言ったのかい?それは僕の死を受け入れられず、それをどうにかして変えたいと思った‥‥そういうことなのかい?」
“分カラナイ。ダガ理屈ハ其ノ通リダ。選択トハ分岐。分岐トハ、発生事象ヲ享受出来ズ変化ヲ望ム行為。‥‥望ム‥‥ソウカ‥‥アラドゥハ‥ハチノ機能停止ニ対シ恐怖シタノダ‥ハチノ存在ガ此ノ次元カラ消エル事ヲ拒絶シタノダ‥‥ソシテハチガ蘇ルコトヲ望ンダ”
アラドゥは自身に芽生えた “大切なものを失う恐怖” という感情に戸惑っていた。
無機生命体であるアラドゥにとって、死という概念はない。
感情も持ち合わせていない。
だが、ハチや八色衆たちとの月日でアラドゥの中に何か特別なものが芽吹き根付いていたのだった。
「アラドゥ。君はとても優しい。そして僕の大事な家族だ。一緒にいてくれて本当にありがとう」
“優シイ‥‥家族‥‥アリガトウ‥‥”
アラドゥは困惑しながらも、どこか自身の機能が向上するような感覚を持った。
・・・・・
――アディシェス城――
ディアボロスの執務室に呼ばれたオロバがディアボロスに質問した。
「ディアボロス様。本当にあれでよろしいのでしょうか?」
「あれを生かしたことか?」
「はい」
「構わねぇ。計画の歪みを補正しているようなものだからな。それにこの世界は退屈だ。あと数百年は間違いなく波風ひとつ立ちやしねぇ。ああいうのがあった方が楽しいぜ。あのままケルベロスの成れの果てを放っておいても良かったんだが、あの甲羅ニンゲンどもの報復も羽虫のように鬱陶しいからな。だったらそれなりの勢力にさせてやった上で潰す。その方が楽しいだろう?」
「仰るとおりですね。それでは様子を見続けることに致します。もし我らに危害を加えるようなことがあれば排除しても構いませんでしょうか?」
「排除。上手く言葉を選んだじゃないか。どうせ弄るんだろう?まぁ、そんときや、お前の好きにするがいい。だが丸ごと潰すんじゃねぇぞ」
「ありがとうございます」
オロバは執務室を出て行った。
「あの甲羅ニンゲンの数。計画は順調ということか。逆に分かりやすくていい」
ディアボロスは机の上に両足を乗せて不敵な笑みを浮かべていた。
いつも読んで下さって本当にありがとうございます。




