<ケセド編> 81.8人の子供たち
81.8人の子供たち
「何だろうねこれは」
“興味深イ‥‥”
ふたりは目の前に転がっている骨の抜かれた人間数人を眺めながら言った。
「人間‥‥かな」
“既ニ此ノ後ノ展開ヲ観テイルノダロウ?”
「ううん。まだ観えていないよ。おそらくこの後の展開を迷っているんだと思う。ここでこれらを助けるのか、見捨てるのか。選択に基づいた確定した未来しか観えないからね」
“ソウカ。アラドゥニハ時間トイウ概念ハ存在シナイ。全テ一瞬ダカラソノ都度対処スルダケ”
「君には何か望みはないのかい?」
“望ミ。何ダ其レハ”
「ハハハ‥君には難しい話だったね。望みっていうのはね、そうだなぁ‥‥ある意味、“生きること” なのかもね」
“生キル。其レハ生存本能トイウモノカ”
「うーん。ちょっと違うかな。死にたくないって思う感情だよ。死ぬというのは生命が終わる意味もあれば、その人の生き方が終わると感じることも意味する。君には少し難しいか」
“理解不能ダ”
ガササ‥‥
目の前に転がっている骨の抜かれた者たちのひとりが動いた。
「あ‥あうえぇぇ‥いいあうあいぃぃ」
上手く喋れないため、何を言っているのか聞き取ることが出来ない。
「さて、何と言っているのかな」
“此ノ者ハ、タ‥助ケテェェ‥死ニタクナイィィ、ト言ッテイル”
「よくわかったね。まだ生きているんだ。何故こんな姿になったのかは知らないけど、この状態で生きてられるとはね」
“此レガ ”望み“ トイウモノカ”
「!」
ハチはアラドゥの言葉にハッとした。
「そうだね。その言葉は彼の望みだね‥‥‥」
“先ノ時間ガ観エタカ”
「うん」
“ソレデハ、ハチノ観タ方向ヘト繋ガル行動ヲスル”
「ありがとう」
(望み‥‥か‥‥僕は何を望むんだろうか。アラドゥに貰ったこの命。冥府に戻って門番をする選択もある。でも今の僕はそれを望んではいない。そんな誰かに造られた生き方は嫌だと気づいたから)
ヒノウミの火口付近で倒れている萎んだ人間は全部で8名いた。
よく見るとみな子供だった。
“再生ヲ試ミルガデータガ不足シテイル。ハチノ再生時ノプロセスデ再構築スル”
「ああああぁぁ!」
「うおあぁぁぁ!」
萎んだ人間たちは苦しみの声をあげた。
「何だ?!何か聞こえる!」
“コノ地、陽之宇美意識ガ何カヲ要求シテキテイル。ソレニ応エルコトトシヨウ”
アラドゥは幾何学模様の体を複雑に変化させた。
無数の立体的な八芒星を8つ形成し、それぞれ黒、黄、灰、水、白、桃、緑、紅の色を帯びていた。
「なるほど‥‥そういうことなんだね‥それじゃぁ僕が為すことって何なの?!」
ハチは陽之宇美意識からの語りかけに反応していた。
「そっか‥‥分かったよ。貰った命だしね。それに元々僕は門番だからね。守るのは得意だ‥‥‥‥‥‥ううん、以前はひとりぼっちだったけど、今は違う。アラドゥがいるし、彼らもいる。大丈夫だよ」
ハチがそう言うと、アラトゥが再生を施していた8人の子供が光出した。
それぞれ、黒、黄、灰、水、白、桃、緑、紅の色の光を発しながら萎んでいた体が次第に人の形へと戻っていく。
キュィィィィィィィィィィィン‥‥
フシュゥゥゥ!!
8人の子供たちは体から煙を吐き出した。
「うぅぅ‥‥」
「いたた‥」
「あれ‥‥体が動かせるよ!」
「ほ、本当だ!」
8人の子供はゆっくりと立ち上がった。
全身の骨が消える前と同様に普通に立ち上がることが出来る。
だが、それぞれが互いの姿を見た時に悲鳴をあげた。
『ぎゃぁぁぁぁぁ!!』
それぞれが甲殻で覆われた体になっていたからだ。
まるで巨大な虫、いや人形のようになっていた。
その悍ましい見た目に恐怖と同時に怒りが襲ってきた。
「何だよこれ!」
「怖い!気持ち悪い!!」
「何でこんなことになった?!」
「この硬いの取れないよ!」
「取ろうとしても痛いで!」
「あの動物と空中に浮かんでるやつが魔法か何かを使ったんだよきっと!」
「もしかして僕らがふにゃふにゃになったのもこいつらの仕業かよ!」
「何で!こんな姿に治してなんて頼んでないよ!」
「僕らの体を返せ!」
「お願い!元に戻して!」
「グァァァァァァゴォォォ!!!」
『!!』
ハチは獅子の咆哮を放った。
8人の甲殻生命体となった子供たちは一斉に固まって口を閉じた。
「随分な言い方じゃないか。君たちを救ってあげたのに。これだから人族の複雑で自分本位な感情の振れは厄介なんだよね。アラドゥ、彼らの人体構造を元に戻すことはできない?」
“不可能ダ。正確ニハ可能ダガ、強力ナ有機結合ヲ阻害スル力ガ働イテイル。ニンゲントイウ種族ノ人体構造ハ彼ラノ設計図カラ読ミ解クコトハ可能ダガ、直グニ強力ナ力ニ寄ッテ先ホドノ状態ヘト変化サセラレテシマウダロウ”
「強力な力‥‥神か魔王の魔法か神技かな‥」
“其レハ不明ダ。予測ノ範疇ヲ出ナイ。不足データトハ強力ナ力カラ分離スル論理ト作動プログラムノコトダ。予測ノ範疇ヲ出ナイ限リ、不足データヲ補完スルコトハ不可能ダ。ダガ、此ノ身体構造デアレバ強力ナ力ハ及バナイ。彼ラハ生キ続ケルコトガ可能トナル”
「なるほど‥。ということだよ君たち。またあのぐにゃぐにゃな状態に戻って死にたくなければこれを受け入れることだね。それにその体、悪くないと思うよ?僕も同じだからね。この甲殻はかなり頑丈だから強力な魔物が攻撃してきても殆ど傷つかないし、動かすのは以前と変わらない。それに君たちの体から出ているその刃。それは相当な武器になるしね。つまり、君たちはニンゲンよりも強い存在になったってことだよ」
「え?そうなの?!」
「そう言われれば何か強くなった気がする」
「それによく見たら、この姿そんなに怖くないね」
「何かかっこいいよな」
「この甲羅みたいなの、手入れはどうすればいいのかな。お肌の手入れとかしないと」
「お前、お肌の手入れなんてしたことないだろ!何色気出してんの!」
「う、煩いわね!」
ガキィン!
『おお!』
早速手や肘、足についているそれぞれの刃を使ってチャンバラごっこ始める者たちも出てきた。
「ははは!子供は受け入れるのが早いね。大人ならこんな風にすぐに順応はできないよきっと」
“子供‥‥精神構造ガ形成サレテイク変化量ノ幅ガ大キイ状態ヲ指ス‥‥”
「そんなに難しく考える必要はないよアラドゥ。子供は子供。これからどんどん成長していく、何でも出来る存在さ」
“何デモ出来ル存在‥‥理解不能‥”
「ははは!まぁ追々知ればいいよ」
はしゃいでいる子供たちの中で、桃色の甲殻の子供が他の者たちに話しかけた。
「でも私たち、この姿で街に帰れるのかな‥‥ステラおばさんとか驚かないかな‥‥」
「こんな姿じゃ怖がっちまうがよねぇ‥」
「何言ってんだよ。さっきまでかっこいいとか言ってたくせに」
「でもこれならピピンやロイも助かるんじゃない?」
「そうだよ!これってもしかしてヒノウミ様の願いが叶ったってことなんじゃない?そしてピピンやロイたちも連れてくれば助かるってことなんじゃないの?!」
「そうかも!」
盛り上がっている子供たちの前にハチが近寄って言った。
「帰る場所がないならここにいればいいよ。ここには君たちが暮らすのに十分な場所があるからね。それに僕もそうだけど、君たちは特に食事を取る必要のない体になっているから飢えることもないし。それと、ピピン、ロイってのは君たちの友達かなにかかい?」
「ううん、ピピンとロイは同じ孤児院にいる僕たちの家族なんだ。本当の家族じゃないけど、一緒に住んでいる弟みたいなもので‥‥でも1週間前、急に叫び出してステラおばさんと一緒にピピンとロイを見たら、ふにゃふにゃに萎んじゃって‥‥うぅぅ」
説明してくれた水色の甲殻を持った子供は泣き出した。
「すみません。あたしたち、そのピピンとロイ、それと、同じように萎んじゃった街の他の人たちを救いたくって、ヒノウミ様のところにお願いしに来たんだよ。ヒノウミ様は大地の守り神って聞いたから」
白色の甲殻を持った子供が泣き出した水色の甲殻の子に変わってしっかりとした口調で説明した。
それを聞いたハチはアラドゥの方を見た。
“強力ナ力ハ此ノ次元全土ニ広ガッテイルト推測サレル。陽之宇美ガ此ノ者タチヲ救ウヨウニ促シタノハ、今此ノ次元デ発生シテイル事象ノホンノ一端ニ過ギナイコトダッタヨウダ。ソシテ陽之宇美ハ、ハチトアラドゥニ救イヲ求メテイル”
「そうだね。それは僕も感じるよ。君が与えてくれた新たな融合人格の一部は陽之宇美でもあるからね。そしてこの救いには何か意味があるのかもしれないよ。でもいきなり甲殻生命体が増えてもこの世界は混乱するだけだね。やはり、甲殻生命体となった者たちを受け入れる場所が必要だね」
ハチは8人の子供たちを見た。
「ピピンとロイ、それと他のふにゃふにゃになってしまった人たちも僕とこのアラドゥが助けるよ。君たちと同じ体になってしまうけどね。でも人族は異端を嫌う。異端の存在が自身の尊厳を脅かすのではないかとビクビクしてしまう脆弱な精神の持ち主だからね。共存するなら、奴隷のように従うしかないと思うんだ。それは今までの生活とは全く違うものになってしまうでしょ?ということで、君たち、そしてこれから救うふにゃふにゃになってしまった人たちにはここヒノウミの地下で暮らしてもらうことにするよ」
『えええ?!』
「ステラおばさんとはもう一緒に暮らせないの?」
「弟や妹たちはどうなるの?」
「そんなの嫌だよぉ‥‥」
ハチは困った顔をした。
「ステラおばさんとは君たちを育ててくれている孤児院の養母みたいな存在の人族かな?もしその女性が君たちに愛情を持っているなら、改めて説明したらよいよ。皆が皆、怖がり怯える利己的な精神の持ち主とは限らないしね」
ハチの言葉に8人の子供たちは納得したようだった。
何より、弟として一緒に育ってきたピピンとロイの命を救ってもらいたいという気持ちが大きかったのだ。
「それじゃぁ、今晩そのピピンとロイを迎えに行こう。‥‥そうだ、自己紹介しようか。名前が分からないと何かと不便だからね」
ハチの提案を受け、皆自己紹介を始めた。
白い甲殻の子はサトと言った。
この中で最も年長者で、皆の頼れる姉という立場だった。
変な話し方の黄色い甲殻を持った子はベンテという名だった。
この中では長男といった雰囲気で主に男の子を纏めている立場だった。
黒い甲殻の子はイザナと言い、真面目で責任感が強い性格だった。
それに常にくっついている紅い甲殻の子は名をライドウといった。
これまで一言も言葉を発していない灰色の甲殻を持った子はテツと言う名だった。
無口だが、常に周囲を観察しており、状況判断に長けているとハチは感じていた。
桃色の甲殻の子はベニ、緑色の甲殻を持った子はウズメといい、常に手を握って一緒にいた。
この中で最年少と思われる水色の甲殻を持った子はカイトという名だった。
甘えん坊であり、生意気な口をきくため常に誰かに怒られている。
「僕はハチ。元々は別の世界にいた獅子で一応神の血を引いている者だよ。訳あって、この世界に飛ばされたんだけど、隣にいるアラドゥに救われたんだ。因みに僕には未来が観える。陽之宇美の力を少しだけ貰ったんだ」
『おおおお!』
子供たちはどよめいた。
神というワードと陽之宇美の力を少しだけ貰ったという話に驚いたのだ。
「となりのアラドゥは別の世界から来た神様だよ。アラドゥはとても凄い力を持っていて、君たちを救ったのもアラドゥなんだ」
『おおおおお!』
子供たちはさらにどよめいた。
「ふたりとも神様なんだ!」
「ヒノウミ様の力も貰ってる!」
「ハチ様とアラドゥ様だ!」
子供たちはハチとアラドゥの元へ詰め寄り抱きついた。
ハチは苦い顔を、アラドゥに至っては困惑していた。
その日の夜、ハチとアラドゥ、そしてサトとベンテの4人が偽善の街クルエテにある彼らの孤児院を訪れ、養母であるステラに面会した。
最初は驚いていたステラであったが、姿が変わってしまったサトとベンテが自分が愛情を込めて育ててきた子供たちであることを理解し、涙を流して喜んだ。
ピピンとロイを救うと言って8人が出ていったきり音信不通となってしまったことから、既にどこかで亡くなってしまっていると思ってからだ。
1週間以上経過していたこと、そして流行病となった全身の骨が消失する軟化病にかかってしまったと思い込んで絶望していた。
街の至るところで軟化病患者がおり、子供たちの捜索隊を組織するどころではなく、ステラとしても諦めざるを得なかったのだ。
アラドゥはサトやベンテ同様にピピンとロイも甲殻化させて救った。
不思議なことにサトやベンテのような甲殻ではなく、ベージュの状態で会話レベルも辛うじて会話できる程度になっていた。
ハチや8人の子たちは陽之宇美の加護があったことから、精神レベルも以前以上のものとなっていたが、加護のない者たちは完全には戻らなかったのだ。
ハチたちは甲殻化して救われたピピンとロイを引き取りヒノウミの地下空間へと戻った。
いつも読んで下さって本当にありがとうございます。




