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<ケセド編> 80.アラドゥ

80.アラドゥ


 スノウはベンテと合流した。

 偽善の街クルエテの地下施設の出来事、そしてクティソスとは何なのかをハチに聞くためであり、そのためにスノウは一旦、痛みの街ポロエテに戻ることをベンテに伝えようとしていたのだった。

 ライドウも呼ぶべきとは思ったが、話がややこしくなるため話さないことにした。

 

 「‥‥‥‥」


 ベンテは複雑な表情を見せた。

 

 「お前は何か知っているのか?あの地下室は何なんだ?クティソスのルーツは一体?」

 「スノウさん。それを俺の口から言うのは出来んだわ。そもそも知らんことが多いのと、知っとうことも言うのを禁じられとうからね。ハっさんに直接聞いてくんさいや」

 「分かった」

 「ライドウんこと、気にされとんなら大丈夫ですわ。俺が上手く誤魔化しておくけぇね」

 「そうか。それじゃぁここは頼む」


 そう言ってスノウはそこから飛び立った。


 「だけど、仲間がそんな扱いされとうとは堪忍ならんなぁ。さっさと潰したいところやが、俺ひとりでどうなるもんでもないがしなぁ。心痛いわ。ライドウには言われんな。あいつに知れたら何も考えずに行ってまうやし」


 ベンテは凄まじい速さで雲の輪を作って飛んでいくスノウを見ながら言った。


・・・・・


――痛みの街ポロエテ内スノウたちの本拠地――


 ガチャ‥


 スノウはハチのいる部屋へと入っていった。


 「ノックもせずに入ってくるとは感心しないねぇ」


 白の甲殻の八色衆のひとりサトが言った。

 彼女は八色衆の長女のような存在で実質八色衆を取り仕切っていると言ってもいい存在だ。

 

 「大丈夫だよサト」

 「ハチ様。あんたがそう言うならあたしは何も言うことはないよ」

 「ありがとう。少しスノウとふたりにしてくれるかい?」

 「分かったよ。あんた、間違っても変なことするんじゃないよ。あんたの強さは認めちゃいるが、あたしらが一丸となりゃ、片目くらいは潰せるんだからねぇ」

 「‥‥‥‥」


 スノウは無視するかのように無言で返した。


 「ふん‥」


 サトは部屋から出ていった。

 ハチは専用のソファに座ったまま、スノウに話しかけた。


 「さて‥だいぶ困惑しているようだね」

 「既に予知しているんだろう?この光景も。それでおれに調査に行かせた。もっと言うなら、ベンテとライドウはおれがここへ帰ってくることを見越して、調査を継続させるために同行させたってことろか」

 「流石はスノウだ。でも少し違うかな。彼らには、いやベンテにはとあるミッションを与えているんだ。それもこの後、話すから」


 そう言うとハチはゆっくりと話始めた。


・・・・・


 クティソスが生まれたルーツ。

 遥か昔の話。

 ヒンノムは闇に閉ざされていたが、人々は平和に暮らしていた。

 この時代にクティソスはいない。

 だが、その日は突然現れた。

 屍の街デフレテに住むひとりの子供が突然死んだ。

 皆悲しみにくれるはずの事件だったのだが、実際には違った。

 その奇妙な死に方に悲しむよりも恐怖が勝ってしまったのだ。

 突然亡くなった子供の死体には骨という骨が無かった。

 奇妙だったのは全身に何一つ傷がない状態にも関わらず、骨だけが消えていたことだった。

 まるで空気の抜けた風船のように萎んでしまった体に皆恐怖したのだ。

 子供の両親は悲しみに暮れるのを忘れてしまうほどの出来事に混濁を極め、散々周囲に喚き散らした後、廃人のようになっていた。

 それから数日後、不気味な状態になる者が新たに現れた。

 人々は恐怖と共に驚愕した。

 何故なら数日前の子供と同様に萎んだ風船のように全身の骨という骨が消失しているにも関わらず、生きていたからだ。

 それから数日置きに同じような状態の者が出現し始めた。

 その中で、とある夫人が発狂寸前の状態で言った。

 自分は、夫の体から骨が消えていくのをこの目で見たと。

 その日、中々寝付けないため横で寝ている夫に自分が眠れるまで話し相手になってもらおうと夫の顔を見た時だった。


 「かはぁぁ」


 まるで体から何かが抜けたような呼吸音が聞こえた直後、顔が萎むように変形し始めたのだ。

 驚くより先に使命感にかられ、眼球が飛び出そうになった夫の眼球を夫人は慌ててしまいこんだ。

 だが、その感触に困惑した。

 柔らかかったのだ。


 バッ‥


 夫人は夫の布団をめくった。

 ガッチリとした胸板が消え、内臓の形が分かるほど体が萎んでいた。

 そこで初めて夫人は恐怖した。

 不気味な現象にではなく、夫が死んでしまうのではないかという恐怖だった。


 「ああぁぁ、俺は‥‥ふぉふぉしふぁんふぁぁぁぁ」


 上手く言葉にできないのか聞き取りづらかったが、夫は生きていた。

 体も動かすことはできるようだった。


 「あなた!!」

 「あふぇぇぇぇおはひぃぃなぁぁぁ」


 急いで病院に運ばれた夫はその後も生きていた。

 このような事件が数日置きに発生し始めたのだ。


 それから数日後、空から二つの光が飛来した。

 暗闇の空を明るく照らしたふたつの光は途中でぶつかり、激しい閃光を放った後、凄まじい轟音と共に地面を大きく揺らした。


 ズゴゴゴゴゴゴォォ!!!ドォォォォォン!!

 ドッゴォォォォォォォォォォン!!


 閃光を放つ空から飛来した何かは悲鳴の山脈クグカを大きく抉った。

 山脈が壁になったことから衝撃波も抑えられたのか、飛来地から最も近い偽善の街クルエテにはほとんど被害は無かった。

 周辺に住む者はいなかったことから犠牲者はいなかったのだが、山脈を大きく抉り削るほどの衝撃に人々は怯えた。

 だがしばらくして、何かが飛来した場所からひとつの光が活火山のヒノウミ近辺に移動し消えたのを多くの者が見た。

 単に流星が落ちてきたのではなく、別世界から何者かが飛来したのではないかという噂がヒンノム中に広まった。

 この飛来の前兆が、人々から骨が消える軟化現象なのだと説く者まで現れた。


――ヒノウミのマグマ帯のさらに下層――


 どのような状態で生まれたのかは不明だったが、活火山ヒノウミのマグマ帯のさらに下層に巨大な空間があった。

 その一角にふたつの物体があった。

 正確にはひとつの生物とひとつの得体の知れない浮遊物体だった。

 生物は体長5メートル以上はあろうかという巨大な獅子だった。

 

 「がはぁぁ‥グルルゥ‥‥」


 獅子は重傷を負っていた。

 全身の皮膚が溶けるように爛れており、所々骨が見えていた。

 特に額は大きく抉れ、脳が露出してしまっていた。

 さらには腹も大きく抉れており、内臓が落下の熱で焼失してしまっていた。


 ヒュゥゥン‥ヒュゥゥン‥


 獅子のすぐ近くで、変化し続ける幾何学模様の物体が浮遊している。


 「グルゥゥ‥‥ブバァァ‥‥」


 “君ハ‥何ダ‥”


 「ガルルル‥‥」

 

 幾何学模様の何かが獅子の精神に語りかけてきた。


 「グガラァァ!」


 威嚇の咆哮を放とうとするが、腹に力が入らずに声を出すので精一杯だった。

 仮に五体満足であったとしてこの物体に威嚇が効くのか分からない状況ではあったが、瀕死の獅子にとってはそのようなことを考える余裕は無かった。


 “君ハ‥‥此ノ次元‥‥ノ有機生命体‥カ‥”


 「グルゥ‥‥」


 既に言葉を失っている獅子には答えることは出来なかったが、幾何学模様の物体は思考を読み取ったのか、別な質問を投げかけてきた。


 “君ノ‥存在ハ‥‥有機的作用ガ‥欠損シテイル‥。間モ無ク機能ヲ‥‥停止‥スル”


 獅子はその言葉の意味を “死” と読み取った。


 “原因ハ‥‥魔力侵蝕‥及ビ‥[&=* トノ衝突‥‥”


 途中聞き取れない単語があったが、瀕死の獅子は自身がこうなった経緯を思い出した。

 冥府を守護していた時に現れたヘラクレスによって殴り飛ばされた。

 その際に額に大きなダメージを負った。

 ヘラクレスの渾身の一撃の威力は凄まじく、自身は冥府のある世界の壁を突き抜けて、あろうことかカルパへと入り込んでしまった。

 超高濃度の魔力に晒されて皮膚が壊死していく中、必死にもがき辿り着いたのが、この世界だったのだ。

 落下の高熱で焼かれている中、治癒魔法でヘラクレスから受けたダメージとカルパの毒を癒していたが、落下の途中で突如凄まじい衝撃を受けた。

 この得体の知れない変化する幾何学模様の物体と衝突したのだ。

 その際、ヘラクレスに受けたダメージは悪化。

 さらには腹を大きく抉られ、回復の魔法を唱えられなくなり、内臓は燃え尽きこの状態となってしまったのだ。

 そして今、既に魔法を唱えることもできない状態で、目の前の物体が言う通り自分は間も無く死ぬのだと獅子は覚悟を決めた。


 “有機的機能低下要因‥‥カルパノ魔力影響27%‥‥衝突影響68%‥‥”


 「グルルル‥ガッバァァ‥‥」


 獅子は大量の血を吐いた。


 “有機的機能ヲ回復‥‥望ムカ‥”


 「アガガ‥‥」


 言葉を失い、まともに反応すらできない状態だったが、獅子は心の中で回復を望んだ。


 “承諾”


 幾何学模様の物体は大きくその形を変えた。

 八芒星(オクタグラム)を形どり何かの力を放出した。


 “意識ノ欠損ヲ確認‥‥修復率‥‥82%‥‥残分再構築‥‥不明部分補正‥‥表皮‥強化‥‥危機回避能力付与‥‥”


 シュゥゥゥゥン‥‥キュィィィィィィン‥‥


 獅子の体は回復した。


 「グル‥‥あ、あぁぁ」


 獅子は自身が話せるようになっていることに気づいた。

 そしてゆっくりと立ち上がってみる。

 身体中に駆け巡っていた激痛が消えている。

 だが、どこかぎこちない感覚があった。


 ググ‥‥スタ‥


 「助かった‥のか?」

 “君‥ハ回復シタ‥既ニ欠損シデータノ存在シナイ不明部分ハ君ヲ認識シテカラノ‥状況ヲ踏マエ‥‥適切ニ生成シ組ミ込ンダ”

 「な、何だ?!」


 獅子は自身の体の表皮が強固な甲殻で覆われていることに気づいた。


 “其ノ表皮ハ‥‥カルパノ高濃度魔力侵蝕‥‥ノ‥影響ヲ受ケナイ‥‥。尚‥脳ニ欠損ガ見ラレタ‥‥此ノ地ニ宿ル霊的存在ノ補助ヲ得テ‥‥再構築‥‥更ニ‥‥危機回避能力ヲ‥‥付与シタ‥‥”

 「それ‥簡単に言うと僕の脳がダメになっちゃったのを君の想像で治したってこと?え?!ぼ、僕?!」


 獅子は自身の話し方が大きく変わっていることに気づいた。


 “此ノ地、陽之宇美(ヒノウミ)ノ意識ガ補助シタ‥”

 「もしかしてこの話し方は陽之宇美(ヒノウミ)っていうこの地に宿る精霊みたいな存在の影響を受けているってことかな?」

 “ソウダ”

 「なるほど‥‥それと視界の上の方に見える別の景色は予知ってことだね。これを危機回避能力として僕に付与してくれたってことかな?」

 “ソウダ”

 「ありがとう。元の姿‥いや、元の存在とは別の者になってしまったけど、君は僕の命の恩人だ。僕はケルベ‥いや、もう別の存在だから今は名前がない状態だね。君の名は?」

 “此ノ次元デハ発スル事ハ出来ナイ”

 「それじゃぁこの次元で発することの出来る言葉に置き直せばいいね。えっと‥‥なるほど、君の名前は “アラドゥ” だね」

 “アラドゥ‥‥君ハ此ノ次元デ発スルコトノ出来ル名ヲ与ヘテクレタ。君ノ名ハ‥”

 「そうだね‥‥僕が死にそうになっている時、君が生成した魔法陣なのかな‥八芒星(オクタグラム)が見えた。そうだハチ‥とでも名乗ろうかな」

 “ハチ‥‥アラドゥ‥‥認識シタ”

 「宜しくアラドゥ」

 “ヨロシク‥トハ何ダ‥”

 「友達になる挨拶かな」

 “友達‥‥其ノ定義ニツイテハ情報ガ大キク不足シテイル”

 「そっか。君には友達がいないのか」

 “分霊体ナライル。名ハ‥‥此ノ次元デ表現スルコトハ出来ナイ”

 「んん‥‥ヌフス‥ヌフスだね」 

 ”ヌフス‥‥分霊体ノ名モ授ケテクレルノカ‥‥アラドゥ‥‥ヌフス‥ヲ捕ヘルタメニ来タ”

 「なるほど。そのヌフスっていう名の分霊体はこの世界にいるみたいだね。僕も探すのを手伝うよ。友達だからね」

 “友達‥‥手伝ウ‥‥”

 「そうだよ。僕が君を手伝って、それでヌフスが見つかれば、君の目的が果たせて嬉しいだろう?」

 “嬉シイ‥‥トハ”

 「感情だよ。君には感情がないのか。でもあったら面白いよ。未来が予測不可能になる。正確には未来の分岐が増えるってことだね。人の行動を左右するのは感情だし、感情はその時その時の様々な要素で変化するから未来は複数に分岐する。楽しいよきっと」

 “理解不能‥‥ダガ理解ヲ試ミル”


・・・・・


 それからアラドゥとハチの生活が始まった。

 アラドゥは行方知れずとなっている分霊体ヌフスを探しにこの次元に来たのだが、その正体は別の次元に住む無機生命体だった。

 単なる無機生命体ではなく、宇宙の真理を突き詰めている存在であり、その過程の中で魔法とは違う超自然的能力を得たとのことだった。

 ハチはアラドゥを異界神と位置付けた。

 ふたりは数年、人族とは関わらずに共に暮らした。

 とある日、事件は起きた。

 ヒノウミの火口付近に全身の骨が消失した人間たちが倒れていたのだ。


 「何だろうねこれは」

 “興味深イ‥‥”


 ふたりは全身の骨が消失している人間たちを地下空間へと連れていった。



いつも読んで下さって本当にありがとうございます。

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