<ケセド編> 75.神託者ベルガーの洗脳
75.神託者ベルガーの洗脳
スノウたちはユキノミコの話に耳を傾けた。
彼女によれば、3日前、突然無数の黒いローブを着た者たちの軍勢が現れたというのだ。
黒いローブの者たちは剣を携えていたがそれを振るうことはなかった。
街の人々は当初は恐怖に怯えていたが、大きな鍋録が鳴りといた瞬間、全員が操られたかのように無表情のまま街の中央広場へと自ら歩いて行った。
ユキノミコだけは何故か正気でそれを茫然と見ていたという。
街の者たちが広場にあつまり切る頃にはまるで人々を囲い込むかのように黒いローブの者たちが広場に詰め寄ってきており、ユキノミコは怪しまれないように自身も広場へと向かった。
広場に隣接する街の公共施設の建物が既に黒いローブの者たちによって占拠されていた。
広場に辿り着いたユキノミコはここでも違和感を覚えたという。
何故ならつい先ほどまで操られていたがのように無表情で広場へと歩いていた街の者たちが不安気な表情を浮かべていたからだ。
既に正気に戻っていたように見えた。
その中から金のローブを着た自らを“神託者”と称したベルガーという名の人物が現れたのだ。
神託者ベルガーは自身が最高神の言葉を天使を通じて聞き、それを伝える代弁者であると言った。
そして神話者の言葉を信じれば、千年王国へと導いていくれるという話だった。
この後も違和感があったという。
不安な表情を浮かべていたはずのクルエテの民は皆、神託者ベルガーの言葉を信じ喜びに満ち溢れている状態に急変していたのだ。
「というわけさ。怖いのはそれ以降、街の者たちはみんな何かにつけ神託者様、神託者様と崇めるように言っている始末でさ。気持ち悪いだろ?本当にあれが神託者とかいう高尚なやつならさ、いきなり街にやってきて公共施設を奪い取ったり、帯剣している者たちに民を広場へと追い詰めるように誘導させたりはしないだろう?」
「たしかにそうやのう。そんでその神託者ちゅうんは、今どこにおるんやが?」
「公共施設の中だよ。あれを聖地教会と名付けてそこに居座っているらしい」
「ユキノミコさん、何で貴方だけがその洗脳みたいなのに掛からなかったんだろう?」
質問したスノウにユキノミコは笑顔で答えた。
「さんはいらないよ。そういうのなしだからね。ユキノミコでいい。それと敬語も要らないよ。あたしは誰でも平等に付き合いたいのさ」
「わかったよ、ありがとう」
「それで質問の答えだけど、分からないね。あたしにはさっぱりさね」
「ん?」
スノウは何かに気づいたかのようにユキノミコをじっと見つめた。
「な!何だい色男!あたしをそんなに見つめると危険だよ!惚れちまうからね!あたしに惚れられた男はみんな早死にするって決まってんだ!」
「おい、スノウさん!ユキちゃんに惚れられたら責任とらなあかんよ。でもこの子の言う事本当やからね。この子惚れっぽいんやが、その相手はみいんな死んでもうてるよって。スノウさんも惚れられたらすぐ死んでまうよ」
「あ、いや、そのピアスなんだけど‥‥」
「え?!あ?!あ!ああ!まあ!なんてこと!いやだわよ!そういうのは先に言うものさね!違いするだろう?」
ユキノミコは顔を赤らめながらピアスを取ってスノウに見せた。
「これ…クリスタルだよね?それも特殊なクリスタルだ。魔力が凝縮された魔力結晶で出来たクリスタルだと思うんだけど」
「え?あ、ああそうだよ。これはあたしが昔惚れた男から受け取ったんだ。預かっていてくれってね。でもその人、魔物との戦いで死んじまってさ。その人、身寄りもないもんだから、遺品としてあたしが貰い受けたっていうわけ。あの人を今でも感じていたいもんだからこれ、ずっと身に着けているんだよ。これをあたしに預けてくれた時、彼、あたしに何て言ったと思う?俺は必ずおま‥‥」
「ゴホン!」
話が脱線し、しかも長くなりそうなのでべンテは咳をして話を遮った。
「あ、ごめんよ、あたしったらすぐに意識が引っ張られちゃうのよねぇ。思い入れが強い話だとどうしてもね‥‥その時のことを思い出すと自然とその当時の感情が湧き上がってきちゃうもんだからさ。この間だって、昔一緒に冒険者やってた時の魔法使いの男がさ‥‥
「ユキちゃん!」
「あ!ごめんねぇ、またやっちゃったね」
「相変わらずやねぇ。そんでそのピアスがどうしたんやが?スノウさん」
「いや、もしかするとこのビアスがあったからその黒いローブ集団の洗脳みたいなものの影響を受けなかったのかもしれないと思ってね」
「なるほど!それはあるかもしれんね」
「そのビアス、ちょっと借りてもいいかい?」
「え?!いやだわよ。これはあたしの思い出の品。とても大事なものだもの」
「それじやあ、おれの大事なものを預けるよ。それと一時的に交換というのはどうかな?これだけど」
スノウは昔リリアラから貰ったお守りをポーチから取り出してユキノミコに渡した。
「以前、おれの大事な女性がくれたものなんだ」
「お守り?こんな大事なもの‥‥これをあなたにくれた子は?」
「今はもうこの世にはいないんだ。だからおれにとってはそのお守りはとても大事なものなんだよ」
「うぅぅ‥‥」
ユキノミコは突然泣き出した。
「あんたいい男ね。そんな泣ける話聞いて貸せないなんて言えるわけないじゃないのさ‥ズズズゥゥゥ!!」
ユキノミコは思い切り鼻を啜った。
何故かベンテも涙ぐんでいる。
ライドウは白けた表情で退屈そうにしていた。
「分かったわ。あんたのピュアなハートにズキュンされたわ。これ貸してあげる。返してくれるならいつでもいいわ」
「ありがとうユキノミコ」
「ベンちゃんたちが動いているってことはこの街を気にかけてくれてるって訳よね。お願い!この街を救って!なんかおかしいのよ。あたしの愛したこの街の本来の姿を取り戻してちょうだいね!」
「分かっとるが!皆まで言わんでええやろがい!グスン‥‥」
ライドウは、ユキノミコ&ベンテ劇場のあまりにも三文芝居じみたやり取りにため息をついている。
流石のスノウも二人のあまりのピュアさに若干引き気味だった。
その後、スノウたちが調査を終えるタイミングで一緒に痛みの街ポロエテへ帰る約束をしてスノウたちはヨロズ屋をあとにした。
・・・・・
30分ほど街中を歩いた。
慎重に警戒しながら且つ、自然体で行動していたため、違和感はなかったと思われた。
ユキノミコの言う通り、街の至る所に黒いローブの者が立っていた。
「ベンテ、ライドウ。一旦ここで待機していてくれ。ピアスがないと神託者とやらに洗脳される可能性があるからな」
「おい、何故お前が仕切っている?」
「ライドウ‥‥いちいち突っかかってくるなよ。仕切りたいなら勝手に仕切ればいいだろう?これ以上突っかかってくるならおれはこの調査隊から外れて単独行動を取らせてもらう」
「ちょい待ちやスノウさん。こいつにはようけ言い聞かせるけー機嫌治しんさいや」
スノウは呆れた表情で返した。
「おいライドウ。これ以上そんな口叩くなや。ハっさんの命令に背いてんのと一緒やろがい。もしやめないちゅうならここで決闘や。お前が勝てばスノウさんはこの調査隊から外れる。単独行動ってぇことになるやな。だが、俺が勝ったら金輪際その生意気な口の聞き方は止める。守れるがか?」
「くだらないな。だがいいだろう。お前とは稽古だけで本気で戦った事がないから優劣つけるにはちょうどいいタイミングと言えるだろうよ」
何故かベンテとライドウが戦う事になった。
一旦街の外へと出て広い場所とやって来た。
「それじゃぁ早速やがスノウさん、合図頼みますよ」
「分かった。コイントスならぬ岩落としでいく。これから岩を生成するがその岩が地面に着地した瞬間がスタートだ。それでは行くぞ」
スノウは空中にリゾーマタの土系魔法で岩石を生成した。
その岩は自然落下で落ちていく。
ドォォン!
岩が地面に落ちた。
同時に激しい剣技がぶつかり合い始めた。
スゴォン!
数秒で決着がついた。
うつ伏せで倒れ込んでいるライドウの上にベンテが乗っかって座っている。
「うぐぅ‥」
ライドウの呻き声が聞こえた。
「勝負あったな。約束忘れてないやな?」
「うぐぐ‥」
「ああ?!ハッキリ言うがよ!」
「ベンテ、お前が座ってるから喋れないんだと思うよ」
スノウがツッコミを入れるとベンテは慌てたように立ち上がった。
「おお、すまんの」
「ちっ!戦闘バカが」
「分かったんかいのう!」
「ああ、分かったよ!」
「よし!」
後から聞いた話だがベンテはイザナとライドウの兄貴分的存在らしく、戦闘のイロハを教えたのもベンテだったらしいのだ。
色々な場所の方言が混ざったような話し方をするため軽く見られるが、八色衆の中でも一二を争う強さとのことだった。
スノウの指示通り、二人が少し離れた場所で待機している間に聖地教会と名付けられた場所へと入っていった。
スノウはフードを深く被り一応警戒しつつ中へ入った。
(異様な雰囲気だな)
全体的に黒を基調とした内装へと変えられたようだった。
所々に黒いローブの帯剣している者が立っており、壁の色に同化しているためよく見ないと見落としてしまう。
(なるほど、敢えて黒い内装にしてるのか)
奥の扉を開けると大聖堂に作り替えられていた。
おそらく何らかの魔法で内装を変えたのだとスノウは思った。
広い空間の奥には大きな神を模った石像があり、沢山の椅子がその神の像の方を向いて置かれていた。
街の者が数十人座っており、皆手を組んで何やら祈りを捧げている。
スノウは人々の中に紛れるように座ってみよう見真似で祈りポーズを取りつつ周囲を見回した。
(やはり街の住人は洗脳されているようだ。一心不乱に祈りを捧げてるが、その作法はバラバラだしな)
スノウはさらにエクステンドライフソナーを発動した。
(生命反応の層からここはおそらく4階建。地下にも層がある。神託者ベルガーとやらは‥‥この最上階の1番奥にいるっぽいな)
「!」
突如背後から無数の生命反応が大聖堂の方へと向かって来た。
ゾロゾロゾロ‥‥
『ざわざわ‥‥』
大勢が大聖堂の中へと入って来て席に座った。
しばらくすると4階から降りてくる数人の生命反応が感じられた。
(これから何か始まるのか?)
ギィィィ‥
大聖堂の奥の扉が開いた。
中から金の線が3本入った黒いローブの男が出て来た。
「よくぞ来られました神託者様の子供たちよ。今日も神託者様のお言葉、そして御神託を賜ります。皆しっかりと耳を傾け、その言葉ひとつひとつを心に刻むのです」
スタ‥スタ‥スタ‥
金の線が4本入った黒いローブを着て帯剣している者の後から、豪華な金のローブを纏った者が現れた。
(あれは!!)
スノウは驚いた表情で前方に視線を向けていた。
前方の壇上に金のローブの者が立ち、フードを取った。
「私は神託者マーティン・ベルガー。天に座します唯一神様に代わり皆の父となった者だ」
(あれが神託者ベルガーか)
ベルガーは胸のペンダントを手に持ち掲げるようにして話し始めた。
「我の言葉に耳を傾けよ。我の言葉を心に刻め。そして我の言葉に従い行動し、我に敬服するのだ」
『ベルガー様の御心のままに』
皆ハモっているかのように声を揃えて言った。
(何なんだこれは。ユキノミコが言っていた通り、まるで洗脳だ。そしてあのペンダント‥‥あそこから魔力反応が感じられる。あのペンダントの力でこれだけの者たちを洗脳しているということか)
スノウはユキノミコに借りた魔力水晶の効果で洗脳されずにいた。
「皆は我の子として従順且つ信心深く生きている。皆は救われているのだ。だが、まだ救われていない者たちが沢山いる。これは由々しき状況である。我もとても悲しく辛いのだ。そこでその者たちを救いに行くことを決心した。その場所は‥‥屍の街デフレテだ」
『おおおお』
「だがデフレテには神の意に沿わない不敬な者がいる。総統を名乗り武力でこの世界を支配しようとする者だ。我らは武力に屈しない!何故なら神は我らに御味方されるからだ!」
徐々に神託者ベルガーの話に熱が入ってきた。
「これは神が不敬な者へ神罰を下す行いなのだ。だが我らには神のご加護があるとはいえ、守りはそう強固ではない。そこでデフレテにいる総統に神罰を下し、あの地いる民を解放する救いの戦いに参加する者を集う。この世界を皆で救うのだ!」
『おおおおおお!』
ベルガーは両手を広げた。
(まるでエンターテイメントだな)
スノウは嫌悪感を抱きながら思った。
ベルガーが出て行った後再び黒ローブの男が壇上に上がり話し始めた。
「神託者様のお言葉は皆聞いたであろう!我こそはという者はこの聖なる戦いに参加するのだ!勿論この聖地を守ることも必要!参加者はこちらで選別する!参加を表明しても選ばれないこともあるが、神託者様の御慈悲は等しく与えられるであろう!以上だ!」
黒いローブの男が壇上から降り去っていくと皆大聖堂から出て行った。
スノウはデフレテへの侵攻の部隊に加わることにした。
ベンテとライドウに大聖堂であったことを話し、自分もデフレテ侵攻部隊に加わる旨を話すと、二人とも参加の意を示したが、流石にクティソスがその部隊に加わるのはまずいだろうということで、ベンテはクルエテ内の調査、ライドウはヨロズ屋で何かあった時にポロエテにいるハチたちに情報を伝えるための連携役となった。
「何で俺がこんなつまらない任務なんだ」
「あらライドウちゃん。連携役も重要な役割のひとつだと思うわよ。言ってみれば全ての情報が集まるってことでしょう?その情報で指示を出すこともあるんじゃない?つまりは連携役イコール司令塔みたいなもんよ」
「そ、そうか?ま、まぁそうなるだろうな。あのスノウにリーダーは務まらない。ベンテは強いがあの通り単純だからな。仕方ない。俺が仕切ってみせる」
ライドウは途端にイライラが治り嬉しそうに腕を組んで鼻歌を歌い出した。
(全く、単純なのはどっちかしらねぇ。それよりスノウは大丈夫かしら)
・・・・・
デフレテ侵攻部隊へ志願したのはクルエテの住民のほぼ全員だった。
おそらくベルガーの洗脳によるものだが、まず年齢で振るいにかけられた。
そして魔法力のテストがあり、十分な魔法が使えない者は落とされた。
次に武技を試された。
黒いローブの者と木剣で戦い、黒いローブの者が合格と認めれば正式に侵攻部隊への入隊が許可されるというものだった。
当然スノウは合格し侵攻部隊へと加わることになった。
いつも読んで下さって本当にありがとうございます。




