<ティフェレト編>27.感情的思考
27.感情的思考
議論が続いている。
殺すなの一点張りのゴーザに対し、倒すべきだというソニック。
スノウもソニックと同意見だったが、次第にゴーザとソニックの言い合いになり、2人の視線がスノウにベストな方法で解決してくれというものに変わってきていた。
(やれやれ・・・・)
かつて雪斗時代に仕事している中で、くだらない議論が多かったのを思い出していた。
ロジカルに考えれば結論そのものや結論を導き出すためのステップは明確であるのに、思いつき発言や気に入った者の意見を押し通す発言、コロコロと内容の変わる発言、威張って自分の立場を誇示するだけで中身のない発言。
全てが無駄で無意味だが、そんな意見に反論したり、賛同したり、いちいち反応して仕事をしているつもりになっている者がほとんどだった。
そして答えが決まりきっているのに、結論を出さずに有耶無耶にして時間を無駄にする会議や、声の大きい者の意見で結論付ける会議などで結局仕事の結果がまともなものにならないケースが多いのだが、その都度その責任を取る生贄的な存在が用意され、くだならい仕事をしているフリをしている者たちは自分たちの無能さに気づかないまま、次の課題で同じことを繰り返し、さらには成長した気になったり、上位者にとりいって昇進したりする。
そうやっていつしかその職場、部門、会社そのものが腐って吐き気をもよおすものになっていく。
スノウは元々の裏切られ続けてきた人生で染みついた卑屈さもあったが、そうした状況に巻き込まれ自身の精神をすり減らし、生贄にされ貶められるのが嫌で表舞台に立つことを極力避けてきたのもあった。
最終的には避ける事もできずに生贄に選ばれてしまったわけだが。
今回も冷静に考えれば、最終目的はスノウ、エスティがホドに帰ることである為、ユーダの依頼をこなし王との謁見によって偽物かどうかを確かめるという計画を完遂する必要がある。
つまり、この王室クエストを完遂するために目の前の凍った怪物を倒すことが当面の目標でありこの議論の結論だ。
ゴーザは自分たちの計画を進めている中で突然登場した人物で、目的に賛同して一緒に行動しているがゴーザ自身にスノウの目的を果たす義理はない。
ゴーザの要望はあくまで彼個人のものであり、意見の食い違いがあるならゴーザに離脱してもらい、目的を果たすまでだ。
仮にゴーザが敵対する相手に変わったとしてもだ。
スノウの頭の中では答えは明確だった。
だが、しっくりきていないのも事実だった。
感情的に見ればゴーザが殺してほしくないと思う理由も理解できる。
仕事ではこのような感情的になる必要がなかった、というより感情的になるほど人間関係にどっぷり浸かっていなかったため、全てにおいて論理的思考で結論までのロードマップを整理できた。
そのほとんどは発言する事もなかったし、皆を動かしてその通り進めるような事も無かったが。
だが、今回はどうもしっくり来ない。
スノウは自分の心の中のモヤモヤが何かを考えていた。
いや、既に分かっているが、戸惑っていると言った方が正しい。
レヴルストラに属しアレックスやエントワ、ニンフィー、ロムロナたち、スノウにとって初めてと言っても過言ではない短期間で深く濃く関わった仲間の存在。
突然越界したスノウにとって、くだらない元の世界に帰る気にもなれないまま自分の目的を持てない状態だったが、いつしか仲間の目指す事が自分の生きる目的になっていた。
だが、目的を果たすために仲間が犠牲になる選択に対し、論理的には理解できる合理的な策であっても最善ではないという事を嫌というほど経験していた。
戸惑っている理由は、レヴルストラの仲間はそれなりの時間を共にし、自分の中で大切な存在と位置付けられるだけの経験をしているのに対し、ゴーザはついこの間知り合って行動を共にしただけのよく知らない人物であり、そのような存在が今この目の前の対応に対しロジカルな行動の妨げになっているという事だった。
(おれはゴーザが大切な仲間のひとりだと思い始めている?)
なぜ大切な仲間と思い始めているのか。
考えても答えはなかった。
そしてゴーザもまた、悩んでいるとスノウは思った。
合理的に考えれば、自分の師であり父親代わりのような存在を殺そうとする自分たちは敵対する相手になり排除されるべき対象だ。
だが、彼はそうしていない。
もちろんスノウやソニックの戦闘力が高く、排除する事が困難であるというのもあるが、奇襲でも不意打ちでもすればよい。
だが、そうしていない。
ゴーザもまたスノウたちを仲間だと思って接してくれているのだとスノウは思っていた。
(仲間の気持ちは何にも優先する・・か・・)
「わかった」
どうなるのか不安はあれどこの平行線の議論に結論がでると期待する2人の顔がスノウに向く。
「ソニック。君の絶対零度の冷凍音魔法を使う」
「どういう意味でしょう?」
「殺すっていうのか?スノウ!」
「いいや、殺さない。だが生かしもしない」
「え?!」
「はぁ?!」
キョトンとするふたり。
「凍らせて仮死状態にして氷の中に埋める」
「なんだとぉ?!」
「なるほど!さすがはスノウ」
「何がなるほどだ?!どういう事だ?死んじまうじゃないか!」
「いえ、仮死状態とは蘇生できる状態で一時的に死んでもらうという事です。ですから必ず生き返らせる事ができる状態にするという事です。ゴーザ、この点は僕が保証します。やり方は心臓が止まるまで絶対零度音魔法をかけて全身を内部まで凍らせる。これは姉のソニア音熱とスノウの雷の魔法で蘇生させる事ができます。一方で王室クエストは巨大な指の一本でも持って帰ればよいでしょう。スノウの回復魔法で治していただくことも可能ですからこちらも気にする必要はありません。クエスト窓口には指を証拠として提出し、本体は腐って周辺の環境を破壊する可能性があるため焼却したとでも説明すればよいです。そしてゴーザ、あなたの師をこのような姿に変えた者と治す方法も探しましょう。それまで凍らせておけば他の者に攻撃される心配もありません。もちろんスノウの目的を果たすことが優先されますが」
目を輝かせて説明しているソニック。
そしてそれが正しいですよね?と賛同を得たい気持ちが溢れんばかりの顔で問いかける。
「スノウ、このような作戦であっていますでしょうか?僕の低俗な思考ではここまでしか理解出来ませんでしたが、やはりスノウはさすがです。これでほとんどのことが解決できますから!」
(そ、そこまで考えていたのっていうか・・なんですか?この優秀なボウヤは・・)
自分より遥かに優秀な答えを自分のたった一言で導き出したこの目の前の青年に驚きを隠せなかったが、その本人が自分に尊敬とさらなる思考の高さを当たり前のように要求していることから引けなくなった。
「そ、その通りだ。ありがとうソニック。君は優秀なんだな。幸いこのあたりの少し上に行けば永久凍土のように雪がある。この地は季節によらず雪化粧は消えないと聞いていたからね。その中に隠せば温度が下がることもないだろうしね」
スノウは悟られないようにソニックの反応を見ながら堂々とした態度を取り繕って説明した。
「流石はスノウ!一瞬でこの地の利まで含めて判断されたのですね。僕には遠く及ばない存在です!」
スノウはホッとした。
「す、すまねぇ・・・・」
ゴーザは漢泣きしていた。
「この恩は一生忘れねぇ。今日から俺の命はスノウ、そしてソニックとべっぴんソニアのもんだ」
これだ、とスノウは思った。
この恩に報いるという合理的思考には入り得ない感情的な判断。
この強烈な繋がりをスノウは知ってしまったことで自分の行動が変わったのだと理解した。
この件をきっかけにゴーザは生涯スノウと行動を共にし、スノウのために行動するようになる。
「さぁ、早速取り掛かりましょう!」
スノウのアイデアを読み取り褒められたソニックはとても上機嫌なのか張り切ってその場を仕切り始めた。
・・・・・
・・・
―――ロアース山頂の天文台―――
「なんだ?」
「どうした。好きな子のお風呂風景でも見えたか?」
2人の所員が会話している。
「な!何言ってんすか!これは天体望遠鏡ですよ?!先輩が見ている方が望遠鏡だから風呂場覗くならそっちでしょ!」
「何ムキになって答えてんだよ。さてはお前、これで覗いたな?」
「ななななな何言ってんすか!!やってててるわけななないでしょ!!」
(図星か。動揺が異常すぎる)
「そんなことより何かあったのか?」
「あ・・・・。いえ、何だか変な影が見えるんですよね」
「ん?どういうことだ?」
「いえ、いつも無数の星空が見える位置に星が見えないんですよ」
「見間違えじゃないのか?」
「そんな事ないです!」
「しょーがねぇなぁ。ちょっと見せてみろ」
先輩所員が天体望遠鏡を覗き込む。
「うーむ、確かに何か影が見えるな・・・・ちょっと拡大率を上げてくれるか?」
「あ、はい!」
「何だこれは?!ちょっと所長呼んでこい!」
・・・・・
・・・
時は既に夜になっていた。
就寝していた天文台所長は無理矢理起こされ不機嫌な表情で不満そうにやってきた。
「なんだ・・。この時間に私を起こしたという事がそれなりの事なんだろうな?何も無かったらクビだからな」
一応白衣を着て先輩所員の方に向かう。
「しょ、所長!こんな夜更けにお呼び立てして申し訳ありません」
「いいから早く見せろ。何があった」
「とにかくこちらをご覧ください・・」
所長は促されるままに天体望遠鏡を覗き込む。
自身で拡大率を操作して数分無言で観察している。
しばらくして額に汗を流しながら鬼気迫る表情で何かを書き始める。
地図を取り出し、ロアース山から線を引っ張って何やら計算を始めているようだ。
バキッ!
数分経ったところで持っていたペンを折った。
そして何やら手紙を書き始める。
「直ぐにこの書簡をスメラギ様のところへ届けるのだ。寄り道せず一直線に進み必ず届けろ!よいか?必ずだぞ?この書簡はお前の命より優先する!」
尋常じゃない表情で指示を出す所長に一大事だと感じた後輩所員は急いで手紙を持って下山し始めた。
下山し始めたが夜でしかも極寒で足場の悪い状況のため、思うように足が進まない。
一方で所長のあまりの鬼気迫る表情に気持ちは焦ってしまっている。
「早くスメラギ様にお渡ししなければ」
灯りは持っているが、足元はおぼつかない。
「あ!」
ズザザァァァァァ!!
焦りから思わず足を滑らせてしまう。
所員は制御できない体勢で転げ落ちてしまう。
かなりの距離を滑り落ちていく。
その中で所員は死を覚悟していた。
(死ぬのか・・死にたくない・・・・)
・・・・・
・・・
―――場面は戻ってスノウ一行―――
「終わりましたね」
足元に氷漬けにされたキクロプスがいる。
雪を被せて見つからないようにしている。
「師匠・・待っててくれよ。俺が必ず元に戻してやる」
一行は一番小さい手の指を切り取り証拠として持ち帰る事にしたが、既に日も暮れていたためそこにテントを張る事にした。
ソニックが火を焚き食事を作り、一行は寝る支度を整えていたがその時上の方から物音がする。
「ん?何だ?人か?」
ゴーザの視力は異常なほどよかった。
音を立てて迫り来る物体の方向に向かってゴーザが走り出す。
ガシィィィ!!!
ゴーザは転げ落ちてきた何かを受け止める。
「ゴーザ!何が落ちてきたんだ?!」
スノウが問いかける。
せっかく上手くいきそうなこの状況に水を刺されるのではと懸念していた。
ソニックはスノウの代わりとばかりにゴーザのところに素早く詰め寄る。
「スノウ!人です!」
上から滑落してきたのは、天文台から下山する途中で足を滑らせた所員だった。
12/25修正
・・・・・・・・・・
少しペースが落ちてきていますが挽回します!




