<ケセド編> 66.アガスティアの生き残り その1
66.アガスティアの生き残り その1
シャルマーニは周囲を見回した。
「ここは一体?!」
(い、いや、そもそも私は何故こんな所にいるんだ?!いや、そうじゃない!ここはどこだ?!い、いや、違う!グーマンダルとゼッコはどこだ?!い、いやその前に‥)
「私はどうなってるんだぁ?!」
シャルマーニは明らかに混乱していた。
それもそのはずで、10年間で起こるスリルを一度に纏めて味わったような経験をした後、目覚めたら全く知らない場所にいたからだ。
まず大骨格コスタを登っている最中に突然ツァラトウの群れが天に向かって濁流のように流れたと思った矢先、一緒に行動していたシンザがツァラトウの濁流に飛び込んだ。
追いかけようとしたが、1体でも恐ろしいツァラトウが数えきれないほど群れをなしている中に飛び込むのは自殺行為であり、とてもそのような勇気は持てず必死に窪みに身を隠し、耐えるしかなかった。
ツァラトウの大波が去ったあと、慎重に登り始めたシャルマーニたち3人だったが、今度は大骨格コスタが大きく揺れ出した。
重量級のグーマンダルはその揺れに耐えられず足を踏み外してしまった。
幸い命綱を繋いでいたために落下は免れたが、一難去ってまた一難とばかりに凄まじい轟音が鳴り響き、その後上空から途轍もなく巨大な何かが堕ちてきたのだ。
グーマンダルの落下の衝撃でハーケンが外れやすくなっていたこともあり、途轍もなく巨大な何かの落下の風圧によってシャルマーニたちは吹き飛ばされてしまった。
それに引っ張られてハーケンが外れ、シャルマーニとゼッコも風圧によって吹き飛ばされた。
シャルマーニ本人はその瞬間からの記憶がない。
自分につけられていたザイルを確認するが、グーマンダル、ゼッコと繋げられていたはずのザイルは引きちぎられていた。
「ザイルが切れてしまうなんて‥‥」
スタ‥‥
シャルマーニは立ち上がって遠くを見回した。
見渡す限り白い大地だった。
とりあえず剣山のような危険地帯に沿って歩いていく。
1時間ほど歩くと白い大地の端が見えてきた。
シャルマーニはそこで驚きの声をあげた。
「ゲ、ゲヘナじゃないか!」
(当然本人は気づいていないのだが) 反転して崩落したアガスティアを歩いているシャルマーニは北に向かって歩いていたのだが、そこから見える景色に愕然とした。
「遠くの白い壁は大骨格コスタだったんだ‥‥。下に広がっている森は禁樹海だったか。奥に微かに見える街は屍の街デフレテと偽善の街クルエテか‥‥え?!」
シャルマーニは改めて驚いたように空を見上げた。
「え?!え?!何でゲヘナなのに明るい?!何で陽の光が見えている?!‥‥ま、まさか!」
シャルマーニは自分の想像が馬鹿げていると思いながらもそれしか考えられないと思ったのか、驚きつつも眉をひそめていた。
「嘘だろ‥‥まさかこの私が立っているこの広い大地は‥‥アガスティアか?!‥‥バカな!い、いや、あの凄まじい轟音と共に墜ちてきたものはアガスティア以外にあり得ない‥‥万空寺はどうなった?!グーマンダルとゼッコを探さなければ!」
シャルマーニはヒンノムの大地に降りるためその方法を探しに歩き始めた。
・・・・・
――反転したアガスティアのゴモラ跡地――
“あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ”
瓦礫が転がっているゴモラ跡地では所々で死にたくとも死ねない状態となったゴモラの民たちが苦しみの声をあげていた。
彼らは足が地面と一体化したかのように縫い付けられており、その場を動くことが出来ない。
何より悍ましいのがゴモラの民全員が大火傷を負っており全身が爛れた状態だったのだ。
大火傷は流す涙すら顔面に激痛を及ぼす。
そよぐ風すらも耐え難い痛みを与えていた。
その痛みや苦しみからそこら中で悲鳴や呻き声が聞こえているのだ。
その中でとある場所の瓦礫が何かに引っ張られるように方々に飛び始めた。
ガララ‥‥ガァン!ガラァン!ドォン!
ガタタァン!
何か扉のようなものが開けられた音がした。
ガッ‥‥シュッ‥スタ‥‥
何者かが地面から出てきた。
明らかに他の民とは違い、火傷ひとつ見当たらない。
「なんて酷い状況なの‥‥」
出て来たのはソニアだった。
薄暗い中でもはっきりと見える無数の皮膚が爛れた人たち。
叫び声や呻き声は不協和音になっていた。
(姉さん!上!)
「!!」
ソニックに言われ上を向いたソニアは視界に飛び込んできたあり得ない光景に思わず言葉を失った。
頭上に大地が広がっていたのだ。
アガスティアには存在しない森や草原が見えた。
遠くに方には大きな街らしきものも見えた。
(姉さん!ここ、ゲヘナだよ!ベルガーの話の通りアガスティアはゲヘナへ墜とされたんだ!)
「ほ、本当だったのね‥‥」
(姉さん!)
(はっ!)
ソニアは何かを思い出したかのように周囲を見回した。
ゴモラの地獄の苦しみを味わっている民が大勢蠢いている凄惨な状況以外に危険は見受けられなかった。
「安全を確認。ベルガー様に伝えられよ」
ソニアは自身が出てきた下り階段の奥に向かって伝えた。
暫くして数名が階段を登ってきた。
『!!』
「何だこれは?!」
「バカな‥‥こんなことが‥」
「一体どういう原理なのだ?!」
ベルガーの側近司教だった者たちが地上に出てきたのだが、皆目を丸くして驚いている。
「狼狽えるな。予想通りだ」
最後に階段を登って地上に現れたのはマーティス・ベルガーだった。
「ふん、この程度でいちいち驚いていては先が思いやられる。我らがこれから成すことを考えればこんなものはただの余興に過ぎんぞ」
“あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ”
方々から激痛に苦しむ叫び声や呻き声が響いている。
皆その凄惨な様子に顔を顰めている。
「天罰か。そう言われれば大義があるように聞こえるが所詮は腹いせ。苛立ちが治っているのもそう長くはあるまいて」
「ベルガー様‥‥これも全て予測されていた通りでございますか?」
「まぁな。目的は知らんが、天使ハシュマルは文明を破壊し、さらにはソドムとゴモラの民には生き地獄を味合わせたかったのだろう。あの火傷は神の咆哮の熱によるものではない。あれは生物には全く影響を及ぼさなかった。むしろ神の咆哮によって破壊された建物が燃えた熱に焼かれたようだな。だが神の咆哮は死ぬことを許さなかった。こやつらは大火傷で全身が爛れ想像を絶する痛みを与えられているはずだ。仮に死によって解放されるならば、まさに死を懇願しても許されない地獄そのものだな」
「足も地面に縫い付けられて身動きが取れない状況‥‥。治療したくても出来ずただ大火傷の激痛に耐え続ける。眠りたくとも激痛がそれを許さない。良く出来た腹いせだわ‥‥天使は余程捻くれた性格なのね」
「ハッハッハ!流石はソニア!肝が据わっているな!その通りだ。天使など嫉妬の塊だ。神が造った我ら人族ばかり愛され、許されていることに嫉妬したのだろうな。神であれば自ら造ったものがどういう行末に辿り着くか予測のひとつも出来たはず。我欲に溺れた人間の姿など簡単に予測出来たはず。それでも我らを造って野放しにしたわけだ。それに対し、こんな仕打ちをするのはそれを良しと思わない者。まさに天使の嫉妬というくだらない感情の振れに弄ばれたのだ。アガスティアはな」
「何という‥‥本当に恐ろしきは天使ということか‥‥」
「しかし我らはベルガー様についてきて本当に良かった‥‥」
「その通りじゃ。流石はベルガー様」
「ベルガー様についていけば私たちは安泰ですな」
「その通りだ。ベルガー様こそがこの世界の指導者に相応しい」
ベルガー派を通してきた元司教たちは口々にベルガーを褒め称えた。
ベルガーはそれを冷ややかな目で見ていた。
(こやつらも我欲の塊。使い道が無くなれば用済みだ。このような輩はすぐ飼い主を噛むからな)
そんな中、ソニアがベルガーに質問した。
「ベルガー様。この後の計画を伺ってもよろしいでしょうか」
「そうだな。このゲヘナを支配するための拠点を築く必要がある。アガスティアの大地からゲヘナの大地へと移動し、どこか都合の良い場所を占拠する。移動の準備をしろ。占拠する場所は指示する。計画はその場所を占拠してから伝える」
『は!』
配下の者たちは皆移動の準備のため階段を降りて行った。
ソニアは早くスノウと合流したいと思っていたが、ベルガーの計画を聞き出すまではこの場を離れるわけにはいかないとし、しばらくベルガーの護衛を演じつつ同行することにした。
一方ベルガーはひとりゴモラの凄惨な成れの果てを見ながら不敵な笑みを浮かべていた。
「さて、天に選ばれし者は教皇か王か。さらにゲヘナに巣食うはどれほどの魔物か。何にせよ全てを手にするのはこの我だ。これからは強き者が世界を制する。過去の張りぼてと化した地位にしがみ付いても何も得られんぞ教皇」
ベルガーは肩を振るわせた。
「ふはは‥‥フハハハハ!!」
叫び声と呻き声の中に高らかな笑い声が響いていた。
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