<ケセド編> 59.審判
59.審判
「アガスティアに生を受けし全ての者に告ぐ」
天使ハシュマルの声がアガスティアに生をなす全ての者に響き渡った。
「私は主天使ハシュマル。神の子らよ。そなたたちは神の御心に反し、秩序の尊さを忘れ私利私欲にまみれこの美しい世界を見るに耐えない状態へと変えてしまいました。神は嘆いておられる。従って報いを受けることになります。明日、日が登る直前にソドムとゴモラは消えることになるでしょう。そしてその翌日、このアガスティアは遥か奈落の底へと堕ちることになるでしょう。せめて最期の時を大切な者と過ごすことを許します」
突如として響き渡った声にアガスティアの者たちは恐怖のどん底に落とされた。
だが堕落したソドムとゴモラの民だけは違った。
天使ハシュマルを罵り謗った。
神への信仰心を軽々と捨て、各々が自分だけが助かるために街から逃げ出した。
街の門に押し寄せた群衆は我先にと他者を傷つけ殺した。
神託院フラターの教え、何人たりとも命を奪うことなかれ。
皆がこの教えを忘れ、穢し、女子供までも殺した。
諦めた者は自暴自棄となり、女を犯した。
ソドムとゴモラはまさに人の私欲に塗れた地獄と化した。
ソドムとゴモラの運命はアガスティアの民全土に伝わった。
他の街や村もまた、私欲に塗れた民が生き残るために他者を殺し始めた。
世界の終わりに最期の快楽を望んだ者たちは女を犯し、破壊の限りを尽くした。
秩序と規律は一部の支配者の恐怖でしかなく、善良な民と思われた者たちの本質は我欲の塊でしかなかった。
曲がりなりにも神託院フラターの教えは腐った者たちが腐り切る直前で食い止めていた恐怖の杭だったのだ。
その杭が抜かれてアガスティアの民は本性を見せた。
そしてアガスティアは堕ちる前に堕ちた。
これこそが主天使ハシュマルの憂えた神の子らの本質だった。
だがそれは神の造った土塊の本質なのか。
または神の罰を畏れた結果生まれた本能か。
本質であるならば、滅びは計画の一部に過ぎない。
畏怖の結果であっても、そのように造った神の計画の一部に過ぎない。
神の塔アーサードの頂上に一つの存在が降り立った。
6枚の美しい翼を持ち、輝きなびく黄金の髪。
透き通るような白い肌。
かつて天使の頂点に座していた暁けの明星、大魔王ルシファーだった。
「なるほど。これがレメディウム計画ケセド書の第三段階か。恐らくこれを数度繰り返すのだろう。‥‥フフフ、全く手の込んだ真似をしてくれるものだ。エルの一部に滅祇怒を落とすとは、奴が聞いたら卒倒するぞ。鬼の居ぬ間の何とやらか。まぁいい、暫くは好きにさせてやる‥‥‥‥?!」
ルシファーは何かを感じたのかアガスティアの大地を見下ろした。
「何か来る」
ザヴァァァァァァァァァ!!!
突如大地から無数の何かが空へと昇っていった。
黒く煤けた塵のようにも見えるその無数の物体は激しく降る黒い雨がまるで逆再生されているかのように空へと昇っていった。
ルシファーは空を見上げた。
「フハハ!面白い!そうか、共鳴したか!予測不可能性とはやはり面白いぞ!さぁどう出るか!フハハァ!踊って見せろ、アスタロト!そしてザドキエルよ!」
ルシファーは両腕を広げた。
世界が混沌と化した半日が終わり、両腕を高らかに広げたルシファーの背後から神々しい光と共に朝陽が差し始めた。
その遥か上空、宇宙空間のような澄んだ世界にある白い楕円状の球体があった。
その底部分が生物のように開き出し、先の尖った円錐状の突起が現れた。
周囲のエネルギーを取り込むように徐々に円錐状の突起の先端に光が集積される。
ルシファーはそれを見上げながら言った。
「Engage」
空から二つの光が放たれ地上に向かって真っ直ぐに降りていく。
流れ星にも思えるその美しい光の向かう先。
それはソドムとゴモラだった。
ファサァァァン‥‥
心地よいさざなみ音と共に光がソドムとゴモラに直撃した。
まるで音のない空間のように何も聞こえない。
だがソドムとゴモラは焦熱地獄と化し、巨大なキノコ雲を発生させながら消え去った。
主天使ハシュマルの告げた最初の神託が実行された。
・・・・・
ガララ‥‥
瓦礫の山と化したソドムとゴモラの地から、何者かの手が這い出てきた。
ガララ‥‥
「何だ?!い、生きてるじゃないか!」
這い出てきたのはソドムの住人だった。
「はっはは!私は勝ったのだ!何が天使だ!何が神の報いだ!結局殺せやしないんだ!だが私には人を殺せるぞ!邪魔な者どもは皆殺しだ!女子供も関係ない!私の王国を築くのだ!」
ガララ‥
「?!」
男が周囲を見回すと至る所から手が這い出てきた。
そして多くのソドムの民が瓦礫から這い出てきた。
その中には狂気の中、暴徒と化した者たちによって殺された者たちもいた。
「け、結局殺せやしなかったんだ!街などいくらでも作り直せばいい!もう自分しか信じない!天使など糞食らえだ!」
「我こそがこの世界を統べるべき選ばれた者!有象無象の糞どもよ!我に平伏せ!」
「全員あたしの奴隷よ!さぁ!あたしのために働きなさい!」
方々で生き残った者や生き返った者たちが叫び始めた。
「おい貴様!俺に平伏せ!」
「??」
ガァン!
叫んだ男の背後から何者かが岩で頭部を殴った。
「五月蝿い!ドゥードゥー喚くな!気分が悪い!私の気分を害する者は皆殺しだ!」
「突然殴りやがって貴様は何者だ!」
殴られた男は平然と立ち上がった。
「まだ死なないのか!それどころかさらに喚き散らしやがって!」
「がーがー喚くなこの下郎が!」
噛み合わない会話で言い合っている姿を見たもう1人の女性が周囲を見回して言った。
「みんな、何を言っているの?!何を喋っているか分からない!みんな頭がおかしくなった!」
女は近くにあった角材を手にして喚き散らし合っている男たちに殴りかかった。
殺されても死なない体。
誰一人として通じない言葉を喚き散らしている状況は、ソドムだけでなく、ゴモラも同様だった。
我欲に満ちた不死の者たちが当たり前に出来た会話が出来なくなったソドムとゴモラは人々が争いあい続ける地獄絵図と化していた。
・・・・・
ソドムとゴモラが消滅してから半日が経過した頃、再びアガスティア全土に主天使ハシュマルの声が響き渡った。
「アガスティアの生き残りし民よ」
絶望に打ちひしがれた民は生を喜ぶどころか死を懇願し始めた。
「死は誰にでも等しく訪れる運命です。ですが悔い改める期間を過ぎた貴方たちは楽に死ぬことはありません。最期のその瞬間まで神を畏れ敬いなさい。そうすれば輪廻の先に新たなる慈悲も得られましょう」
ビカァァァ!!
突如空全体が光った。
だがその光は陽の光ではなかった。
無数に放たれた神の咆哮であった。
地表にいる者は洩れなく神の咆哮に撃たれ、地獄の苦しみを味わった。
死ぬことを許さず、地獄の苦しみだけが全身を駆け巡る。
自らを終わらせようと刃物を喉元に突き立てる者もいたが、叶わなかった。
刃物は自身の体を突き抜けてしまうのだ。飛び降りようとも、何かの下敷きになろうとも、死ぬことは許されなかった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ‥‥
そしてアガスティアの大地からまるで神の叫びのような地鳴りが聞こえた。
次の瞬間、大地は大きく傾き始めた。
グゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ‥‥
大地が傾いても地獄の苦痛に悶える者たちはアガスティアの大地から滑り落ちることはなかった。
まるで地面と磁力でくっついているかのように大地が40度以上傾いても滑り落ちることはなかった。
だがアガスティアの民にはそんなことを考えている余裕などなく、地獄の苦痛で気が触れた状態となっていた。
アガスティアの大地が90度傾いたところで、大地を支えていた大骨格コスタから完全に分離され、支えを失ったアガスティアは一気にゲヘナへと堕ち始めた。
大地の悲鳴にも思える凄まじい轟音共に崩落していくアガスティアは上下反転状態でゲヘナへと堕ちていった。
こうしてアガスティア大崩落は実行された。
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