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<ケセド編> 58.シャーヴァル王

58.シャーヴァル王


 天使ハシュマルの神託通りとなれば、起こるはずのアガスティアの大崩落まであと5日となった。

 アガスティアに生きる者の殆どは大崩落の神託など知らずに昨日と同じ生活を信じて疑わずに暮らしている。

 その中で3つの勢力が崩落後の支配権を得るために大崩落に備えていた。


 ひとつは”教皇派“だ。

 神託院フラター教皇アークレイヴ・ミシェル・ザンザールが統べる勢力で、優秀な側近や従者などを引き連れて神の塔アーサードの地下に造られた巨大なシェルターへと避難している。

 神託院フラターの重要なアイテム全てを携えており、その価値を金に換算すると次の世代を支配するには十分過ぎる程の額になる莫大な資産を有した圧倒的経済力を持つ勢力だ。

 そして本来なら王家を守る王の盾であるヴァティ騎士団が教皇の護衛に付いている。


 もうひとつは“ベルガー派”だ。

 神託院フラターの大司教であるマーティス・ベルガーが率いる勢力で謎に包まれている。

 おそらく甲殻生命体クティソスを操る術を持っており、その数は知れないがクティソスの戦闘力の高さから最も武力の高い勢力と思われる。

 

 最後が“王家派”だ。

 アガスティアの現王イーギル・グル・シャーヴァルによって秘密裏に大崩落を乗り切り、大崩落後の世界を引き続き支配しようと企んでいる。

 だが王の剣であり盾でもあるヴァティ騎士団は既に教皇側に付いており、それを知る王は教皇を殺すように仕向けようとしている。

 一見ハリボテに見える権力しかない勢力に思えるが、王の謎の情報網があるため、生き残る可能性は未知数であった。


 そしてその中でレヴルストラの面々はスノウからの合図を待ちつつ、“教皇派”にはヴァティ騎士団の一員としてシアとワサンが、“ベルガー派”にはベルガーの護衛としてソニア、ソニックが潜り込んでいた。

 シルゼヴァとヘラクレスはゴモラで待機していた。


・・・・・


ーーソドム イーギル王城内の一室ーー


 仮面で顔を隠し、黒いローブで全身を覆っている王の側近数名に囲まれた状態で、通常なら入るこちを許されていないエリアを歩いている人物がいた。

 ヴァティ騎士団総長のジェイコブ・ドモレだ。

 アガスティア大崩落5日前という微妙なタイミングで王城への出頭命令が下されたのだ。

 騎士団の誇りである騎士団員の剣は暫定的に没収され丸腰状態だった。

 普段であれば、最も王からの信頼の熱いヴァティ騎士団総長であれば、逆に帯剣を義務付けられ有事の際には命を賭して王を守る規則になっているのだが、帯剣は許されていなかった。

 これはジェイコブが王から裏切りの疑念を抱かれていることに他ならず、ジェイコブ自身既にそのことに気づいており何故出頭を命じられらのかも察しがついていた。


 「入れ」

 「ここはどこか?シャーヴァル王はここにおいでなのか?」

 「質問は受け付けない。貴方はここにおれば良い。それが我らに与えられた指示だ」


 ジェイコブは言われるままに部屋に入った。


 ガドン!‥ガシン!


 重厚感ある分厚い扉が閉められた音がした。

 そしてその直後に鍵が閉められた音も聞こえてきた。

 扉が閉まった瞬間に部屋は一気に真っ暗になった。


 (どうやら閉じ込められたようだな。下手をすれば首を刎ねられるだろう。私を襲おうとしている気配はないから今ここで殺される可能性は少なそうだ)


 ジェイコブは見えないながらもその場に片膝をつき、焦ることなく冷静に状況を整理し始めた。


 (魔法で手当たり次第に攻撃するか。いや、無駄だな。そんなことは既に読み取っているはずだ。おそらく何らかの防御を張っているのは勿論、こちらへの反撃方法も持っているはず。ここは大人しく会話で状況を乗り切るしかないな)


 ボッ!ボッ!ボッボッ!


 周囲に灯りが灯され始めた。

 それに従って視界が徐々に開けていく。


 「!!」

 (勘弁してくれ‥‥)


 ジェイコブが目にしたのは鉄格子であった。

 まるで監獄の中にいるような状態となっていたのだ。

 だがジェイコブは一瞬表情を変えただけで狼狽えることなく片膝をついた姿勢で首を垂れていた。


 ヌゥゥゥゥ‥‥


 鉄格子の向こう側の暗闇から何者かの気配が近づいてきた。

 ぼんやりとした灯りの中徐々にその正体が見えてきた。


 「!!」


 悟られないように目線を前に向けていたジェイコブは表情には出さなかったが驚いた。

 こめかみから汗が滴る。

 背中も汗だくになっていた。

 何故なら目の前に現れたのがイーギル・グル・シャーヴァル本人だったからだ。

 だが、それは数度感じた激しく独特な威圧感から分かった事で、実際の見た目は異様な姿だった。

 頭部が全て覆われた赤黒い兜に無数の目がついたものを被っていたのだ。

 幾つあるのか分からない目ひとつ一つが生き物のように独立した形で不規則に動いていた。

 恐らく360度全方位を見渡せる兜なのだろう。

 だが効果はそれだけに止まらないように見えたため、ジェイコブは悟られないように警戒した。


 「久しいなジェイコブ」

 「これは王様、しばらく参上することなくこのような形での謁見となり申し訳ございません」

 「このような形とは面白い表現だなジェイコブ」

 「はっ‥‥」


 凄まじい威圧感がジェイコブを襲った。

 思わず気を失いそうになったがジェイコブは必死に耐えた。

 イーギル・グル・シャーヴァル王は2年前に王となった20歳に満たない若き人物だった。

 本来即位するのはまだ先であり、しかも兄であるイーギル・グル・マーゼル王子が次の王となるはずだった。

 だが先代の王イーギル・グル・ドメルガーとマーゼル王子が突如謎の病死を遂げたことで次男のシャーヴァル王子が王に即位したのだ。

 昔から仮面を被り、素顔を見た者はいないと噂されていた。

 王妃や侍女たちは皆病死しており、幼少期のシャーヴァル王の素顔を知る者がいなくなってしまったのだ。

 唯一素顔を知っている可能性があるとすれば、正体が明かされていない側近の王騎士グイードだった。

 常に黒い全身鎧で身を包み王の側で護衛している。

 ヴァティ騎士団員上位の者でも勝つことは難しいと噂される剣豪であり、ジェイコブもシャーヴァル王が神の塔アーサード視察に同行した際、一度だけ王騎士グイードの戦いぶりを見たことがあった。

 襲ってきた20名ほどの山賊をたった1人でしかもものの数秒で全員斬り殺してしまったのだ。

 あまりの速さでジェイコブ自身も目で追うのがやっとだったのを覚えている。

 だが目の前から発せられている息が詰まりそうな威圧的オーラは王騎士グイードのものではなくシャーヴァル王からのものであった。

 つまり、王騎士グイードも高い戦闘力を持っているのだが、シャーヴァル王もまた高い戦闘力を有していると思わざるを得ないオーラを放っているのだ。


 「‥‥‥‥」


 数秒の沈黙が恐ろしく長く感じられた。


 「ジェイコブ。何故呼ばれたか、察しはついておろうな?」

 「!!」


 首元にナイフを突きつけられている感覚になった。

 答えによっては本当に殺されかねない威圧感だった。


 「仰せのままに」

 「プッ!カッカッカ!中々上手い返しをするではないか!ヴァティ騎士団総長の地位は伊達ではなかったな!」


 シャーヴァル王の言葉はジェイコブの回答がイエスでもノーでも殺されていたことを示していた。

 既にヴァティ騎士団が教皇の護衛に着く話は耳に入っていたため、それを認めれば裏切りの罪、それを認めなければ虚偽報告の罪となったのだ。

 死刑のないアガスティアではではあったが、王の前にそのような法や倫理観は無意味だった。


 「端的に言おう。教皇を殺せ」

 「!!」


 スタスタ‥‥ガタン‥


 シャーヴァル王は座っていた椅子を持ち上げて鉄格子の前で平伏しているジェイコブの目の前に置いた。

 

 ドスン‥‥ドン!


 「!!」


 そして背もたれに寄りかかって座ると鉄格子の間から足を出してジェイコブの肩の上に荒っぽく乗せた。


 「顔色ひとつ変えないとは流石だな。いや、必死とも取れる。お前が返答を間違えれば、今この場でお前は死に、騎士団の連中も死ぬ。その従者も家族もそれに関わった全ての者が死ぬ。その全ての責任を今お前はこの余が足を乗せている肩に背負っているというわけだ」

 「とんでも御座いません」

 「くだらん駆け引きは終わりだ。さぁ答えろ。余に抗うなら、今すぐにでもお前の肩に乗せている余の足をへし折ればよい。その直後お前はこの檻から出られず凄まじい攻撃を受け続けることになる。余はお前のもがき苦しむ様を見つつ足の傷を治すだけだがな」

 「‥‥‥‥」


 ジェイコブは凄まじい勢いで思考を巡らせた。


 (時間がない、今決めるんだ!王の戦力はいかほどか?!王騎士は強いが他はどうだ?!教皇とどちらに着くにが良いのだ?!)


 「おい、余を待たせるな。今すぐに答えよ」

 「仰せのままに致します」

 「はっきり申せ」

 「この私の手で教皇様を殺します」

 「カカ!よう言うた!この密約は王の命だ。抗うなら騎士団は終わると知れ!今一度聞く。二言はないな?」

 「はい。私が、教皇様を、殺します」

 「カカカ!聞き届けたぞ。教皇が身を隠そうとしているシェルターとやらは余が使わせてもらう。これから移動するからそれまでに殺しておけ」


 ガタ‥‥


 シャーヴァル王は立ち上がると椅子を軽々と片手の人差し指で持ちながらジェイコブの閉じ込められている牢から遠ざかっていった。


 ジャキィン!!


 数分後、背後の出入り口のロックが外れる音がした。

 

 (解放‥されたのか?!)


 ジェイコブはゆっくりと立ち上がり周囲を確認した。

 威圧的なオーラや攻撃の気配はなかった。

 ジェイコブはゆっくりと向きを変えて部屋出ようと歩き出す。


 「余はお前がどこにいても見ておるぞ」

 「!!」


 ジェイコブは振り返った。

 シャーヴァル王の声が聞こえたはずだが姿は無かった。


 (くっ‥王の力か、あの異様な兜の能力か‥‥)


 ジェイコブは表情に出さずにその場から立ち去った。

 城を出るまで所々に仮面で顔を隠し、ローブを着た王の側近が立っており、無言の圧力をかけてきた。

 そしてやっとのことで城を出たジェイコブはここで初めて呼吸が出来たのではないかと思うほど緊張していたことに気づいた。


 (死ぬも地獄、生きるも地獄。ならば活くる道を選ぶのみ)


 いつの間にかジェイコブの眉間には消えない深い皺が形成され、凛々しかった顔は怒りと苦悩のそれに変わっていた。

 いや寧ろジェイコブにとっては決死の覚悟の顔だった。


・・・・・


ーーヴァティ騎士団本部総長の執務室ーー


 バァン!


 「ふざけるのもいい加減にしろ!」


 副総長のトーマ・ジェルマンがテーブルを叩きつつジェイコブに怒り混じりの声をあげた。


 「副総長!」


 騎士長のひとりホノが制するように言った。


 「王の前でこれ以上の応対があるとお思いですか?!」

 「ホノ。いいんだ。トーマも私に怒りをぶつけているように見えて王に、そしてこの理不尽な世の中に怒っているのだ」

 「‥‥そ、そうですね‥‥」


 総長ジェイコブと副総長トーマ、そして騎士長たち4名が集まった総長の執務室では王の命を受けて今後どう構想するかを決める相談をしていたのだった。

 暗くなる面々の中、常に力強い発言で皆を勇気づけてくれる存在のアールマンが口火を切るように言った。


 「考えていても仕方あるまい。あと5日で真実が分かる。そして今アガスティア大崩落を知る者はそれが現実になるものと信じて行動している。仮に大崩落が無かったとしてもそれぞれ落とし前は付けるのだろう。であれば我らもまた信じて行動するのみだ。我らの目的はヴァティ騎士団の存続と繁栄。それに尽きる。そのミッションを果たすのに最も有益な手段をとるだけのことだろう?」

 「その通りだアールマン。私は王の恐ろしさに屈服した。だがその恐怖は個人的な王に対するものではない。王の力がヴァティ騎士団へと及ぶ可能性に対する恐怖だ。教皇を選んだ理由はヴァティ騎士団の存続のためだが、王がそれに取って代わると言うのならばそれに乗るだけだ」

 「だがジェイコブ。誰が教皇を殺すんだ?そんなことが誰にできる?!」


 副総長トーマが声のトーンを抑えながら言った。


 「私だ、トーマ。この役目は私が引き受ける。そしてもし、私の身に何かあればトーマ、騎士団はお前に任せる。お前たちもその時はトーマを支えてくれ」

 「ふざけるな!総長のお前にそんな役目を押し付けられるか!」

 「いいんだトーマ。元々俺は父ギヨームから騎士団総長の座を受け継いだときに決めていたのだ。騎士団を昔の古い体質から変える。そのための犠牲は厭わないとな。これからの騎士団を活かすのは若い者たちだ。その新たな方向性を示し、道を創るために邪魔なものを排除することが私の役目だと思っている」

 「それは俺も同じだぞジェイコブ。俺はお前だからついてきたんだ。それはここにいるこいつらも同じなんだぞ」

 

 騎士長たちはトーマの言葉に頷いた。


 「分かっている。勿論死ぬつもりはない。教皇の首を王に差し出して我らの悲願を成し遂げるまで私は死ねない」

 「だったら!」

 「私に考えがある。これは真の作戦の修正版だ。一瞬の油断も許されない大崩落後に騎士団が生き延びる唯一の手段だと思ってくれ」


 ジェイコブはその作戦を説明し始めた。

 皆その難易度に驚きつつもいつの間にかジェイコブと同様の決死の覚悟の表情へと変わっていた。


・・・・・


 そして約束の日の前日。

 ソドムの神託院フラターの正教会、教皇の謁見の間に再び見窄らしいローブを着た人物が現れた。

 謁見の間には2人の大司教がいるだけだった。

 1人はカークス・ファインレイン大司教、そしてもう1人はブライアン・ゼッケンバーグ大司教だった。

 2人の大司教はもぬけの殻となった正教会で必死に神託院フラターを守ろうとしていたが既にその魂は抜けたように絶望の表情に変わっていた。


 「約束通り、この地が悔い改めたのかを確認しに来ました。教皇アークレイヴ・ミシェル・ザンザールはどこに」


 その声にゆっくりと反応したカークス大司教が口を開いた。


 「そなたか。教皇様なら既にここにはいない」

 「なるほど。神託を信じ、悔い改めたのではなく、神託を信じ保身を選んだのですね。何とも嘆かわしいことです」

 「我らにはもう何もない。神託院フラターは既に多くの信者と共に見捨てられてしまった。最早抗う気力すら失われている。この地が滅ぶと言うなら潔く受け入れるつもりだ。好きにするがいい。私は未だに貴様を天使とは認めていないがな」

 「神託院フラター大司教カークス・ファインレインよ。貴方は大司教の地位に在りながら神の教えを説くどころか組織と自らの保身だけで生きてきましたね。その報いを受けることになるでしょう。そして同じく大司教ブライアン・ゼッケンバーグよ。貴方は大司教の地位にしがみつき自分の地位を脅かす者を悉く排除してきましたね。貴方もまた報いを受けることになるでしょう。既に審判は降りました。報いを受ける貴方がたに神のご加護があらんことを」


 そう言うと天使ハシュマルは両手を上に向けて広げた。


 「アガスティアに生を受けし全ての者に告ぐ」


 天使ハシュマルの声はアガスティア全土に響き渡った。

 スピーカーのようなものではなく、全ての生ある者の脳裏に直接響くものだった。


 「私は主天使ハシュマル」


 アガスティアの者たちは突如聞こえてきた声に困惑した。耳を塞ごうと大声を出そうと遮ることの出来ない声だったからだ。


 「神の子らよ。そなたたちは神の御心に反し、秩序の尊さを忘れ私利私欲にまみれこの美しい世界を見るに耐えない状態へと変えてしまいました。神は嘆いておられる。従って報いを受けることになります。明日、日が登る直前にソドムとゴモラは消えることになるでしょう。そしてその翌日、このアガスティアは遥か奈落の底へと堕ちることになるでしょう。せめて最期の時を大切な者と過ごすことを許します」


 アガスティアの生ある全ての者たちは絶望した。

 一部の者たちを除いて。

 


いつも読んで頂き本当にありがとうございます。

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