<ティフェレト編>25.ロアース山 休息
25.ロアース山 休息
―――ロアース山麓―――
「それにしても巨大で醜い化け物っていう情報だけでターゲットの魔物って分かるのか?」
これから入山という所でゴーザがもっともな質問を投げかけてくる。
待ち構えていたとばかりにソニックが答える。
「そうですね。闇雲に探しても時間と体力を浪費するだけです」
「じゃぁどうする?」
ゴーザの反応に答えることなく、ソニックは音叉のようなものを取り出して何やら呪文を詠唱している。
するとあたりが急に寒くなる。
「ひぇっくしょ!・・・・さ、寒いな・・・・なんじゃこりゃ!急激に冷え込んだぞ」
するとソニックは音叉を持った左手を高々とあげ右手で弾く。
キュィィィィィーーーーン・・・・
音叉の澄み渡る音が山に響く。
柔らかく輝く波動がその音と共に山一面に広がっていく。
ところどころで反響があるようでその部分だけ小さく輝くとの柱が伸びるのが見える。
「あの音の柱は生命のある場所で反響したものです」
山の中腹あたりで一際大きな柱が登る。
「あそか?!」
「おそらく」
「よし、それじゃぁ入山するぞ」
スノウたちは大きなリュックを背負って入山した。
数日山で過ごすことを視野に入れ食料やテントを運んでいるのと、麓は過ごしやすい気候だが、山を登るにつれて気温が下がっていくため、防寒着や防寒具を入れているためだ。
半日登り歩いた。
途中何体か魔物が現れたが4人の敵ではなかった。
大きな音の反応があった場所まであと数時間はかかるが、当然巨大な魔物も移動しているはずだった。
「もう一度あの巨大な醜い化け物の居場所を確認します」
「いい加減巨大な醜い化け物って長い呼び方は面倒臭ぇなぁ。なんか楽な呼び方ないか?」
「なんでもいいじゃないか。じゃぁ “キュクロプス” にしよう。昔読んだ神話の本で見た醜い怪物の名前だった気がする。何となくそれがいいと閃いただけなんだけど他にいい呼び名があれば拘らない」
「スノウの案に賛成です」
「呼び辛いな。キ、キュキュロプス・・・・舌噛みそうだぜ。キクロプスでいいか?」
「ははは。本当にゴーザは横文字の発音が下手だな。キクロプスでいいよ」
「ではキクロプスの居場所をもう一度確認します」
ソニックは麓で行った動作と同じように音叉を鳴らし音波動のソナーを発した。
無数の小さな光の柱の中に大きな柱が見える。
既に7合目あたりまで移動しているようだ。
ゆっくりと頂上を目指しているのだろうか。
「奴は上に動いているようだな。一応俺たちの方が足が早いようだが、この時間じゃぁ今日中に追いつくのは難しそうだからどこかで野営しないとならなそうだな」
「ああ。どこかでテントを張れるような場所を探そう。あのペースなら一晩野営してもやつが山頂に到達する事はないだろうしな。それにだいぶ冷え込んできたから防寒服もリュックから取り出したいし、今日の所は場所が見つかり次第野営だな」
しばらく進むと開けた場所に出た。
まだ積雪もない場所であったので、さほど苦労せずにテントを張ることができた。
日が暮れて一気に冷え込んできたため、早いうちにテントを張って正解だとスノウは思った。
ゴーザはその丸っこい筋肉質の図体とは裏腹に手先は非常に器用で落ちている枝と持ってきた魔物の髭を使って弓矢を作り、小動物を狩って戻ってきた。
一応目的を達成し下山するまでの日数を予測して食料は持ってきていたが、節約するに越したことはないので有り難かった。
ソニックが見事に捌いて出汁の効いた鍋を作ってくれた。
火をかけた鍋を囲んで座り、鍋と持ってきた食料を少しだけ取り出し分けて食事を摂った。
ゴーザは 「旨い」 を連発してものすごい勢いで食べている。
確かに肉は柔らかく調理されているし、うまくダシを取っているのか味にコクがあるが、なにより基本的な味付けが通常野営で食す雑駁な料理とは違いかつてライジが作ってくれた以上のものだった。
「ソニックは料理上手いんだな。これ、何か隠し味的なものが?」
「はい。食料だけでは味気ないので少し調味料も持ってきました。食べ物が豊かだと心も豊かになると思っていますので。料理は、姉が料理しないので私が作らなければならず自然と覚えました。因みに得意なのはサソ・・・・」
話の途中で入れ替わったらしくソニアが口を挟んできた。
「全く・・・・。居ない所で人のことを悪く言うのは単なる悪口だとあれほど言ったのに!スノウ、訂正させていただきます。元々私たちは孤児だったのですが、弟はひ弱で臆病な性格でしたので私が食料を調達するしかなかったのです。そのため弟は自分も何か役に立ちたいと料理をしてくれるようになったのです」
突然ソニアに替わってまた喧嘩が始まるのかとスノウはうんざりしていたが、ソニアは思いのほかまともな指摘をし始めソニックも出てこなかったのでほっとした。
「少し身の上話をさせてください。ある日、私がまた食料調達のために森に入り獣を捕まえようとしていたところに1人の剣士が現れました。彼は獣に子供が襲われているのかと勘違いしたようで、鋭い音の波動の刃で私が狩ろうとしていた大型の獣を仕留めました。ですが、自分の獲物を他人に取られたと勘違いした私はこともあろうかその剣士にくってかかってしまったのです」
スノウは、頼んでもいない身の上話が始まったと思ったが一緒に旅する仲間として知っておくべき事だと思い聞き入った。
ゴーザは食べるのに夢中なようで、ソニアは時折むしゃぶりついているゴーザのマナーのなっていない有様を見て少し眉間に皺を寄せたが話を続けた。
「当時私は7歳でした。その歳にしては普通に狩りをして獲物を獲っていたのでそこそこの戦闘力はあったかもしれませんが所詮は子供です。熟練の剣士にかなうはずもなくあっさりと初撃はかわされました。それに腹を立てた私はその後も幾度となく持っていた棍棒でその剣士に殴りかかりましたが、なんとその剣士は避ける事も防ぐ事もなく私の攻撃を受けていました。そして数撃受けた後、私の手を軽々と掴み言ったのです」
・・・・・
・・・
「すまなかった!君の獲物を誤って仕留めてしまったようだ」
「は、離せ!おっさん!すまないと思っているなら今すぐ離しやがれ!」
「離さないよ。君は無鉄砲すぎるからね。もしこの手を離したら僕に向かってくるだろう?でもさっき殴ったのに全然ダメージがない事も見ているはずだ。それなのにまだ向かって来ようとしている。そんな身の程知らずな子供を放っておくわけにはいかないよ」
そう言ってその剣士はその子供を左手で掴み、先ほど仕留めてしまった大型獣を右手で掴んで彼の家に帰った。
その間暴れに暴れたソニアだったが、暴れ疲れて剣士の家に着く頃には眠っていた。
翌日、ソニアが目を覚ますとベッドに寝かされており衣服も綺麗なものに替わっていた。
大きな屋敷で、ソニアはとにかく自分の獲物を見つけて逃げなければと思い、獲物を探し回った。
屋敷の周りには大きな塀があり7歳のソニアでは飛び越える事ができないほどで、獲物を持って逃げるのは難しいと思われたため持って帰れる程度に肉を切り取って逃げようと考えていた。
屋敷を出て中央の広場に行くと、数名の子供や青年たちが剣術の稽を行なっていた。
その横には自分をここまで連れきてた剣士の姿もあった。
「おお、お嬢ちゃん。目覚めたようだね」
ソニアは見つかったと思い逃げようとするが、何かにつまづかされて転んでしまった。
「おや、どこに行こうっていうんだい?君の家は今日からここなんだから逃げる必要はないんだよ」
「何言ってる!お前人攫いか?!なら殺せ!誰かに奴隷として売られるくらいなら死んだほうがマシだ!」
「先生どうかされたのですか?この子が昨日帰られた時に一緒だった子ですね」
15歳くらいの青年が近寄り話しかける。
「そうだ。こんなに小さいのに大角イノシシを狩ろうとしていたんだ。すごいだろ」
「ええ、すごいですね。すぐ死んでしまう類の子です」
「おいおい、僕が言いたいのはそういう事じゃなく・・」
と剣士が言い終える前にソニアはその青年目掛けて蹴りを繰り出す。
青年は最も簡単にその蹴りを避け、足を掴んで逆さ吊りにした。
「離せこのやろー。お前たちは一体なんなんだよ!いてぇだろ離せー!!」
「やはりすぐに死んでしまう子ですね。相手の強さも確認せずに鉄砲玉のように突っ込んでいく感じです。このタイプはすぐ死んでしまう類のものですよ、先生」
「んっんー!そうだね。そういうレーノスもここに来た頃は同じように僕にくってかかってきた鉄砲玉だったけどね」
青年はソニアを下ろしながら顔を赤らめてバツ悪そうに元に戻り稽古を再開した。
剣士は突然ソニアを抱きしめて言った。
「命を無駄にしてはいけないよ。もちろん他の命も自分の命も全てだ。他の命を粗末にする者は自分の命も粗末にしてしまうからね。命は有限だ。だから選択しなければならない。自分が生きていくためには他の命を奪う選択をしなければならない。時にはたくさんの大切な命からひとつだけ選ばないとならない時だって出てくる。選択には強い心が必要なんだよ。君はとても強い子だけど、まだ選択できるだけの心の強さを持っていない」
「何言ってるかわかんねぇよ!離せおっさん!」
「そう、何を言っているかわからないだろう?だから一緒に学ぶんだよ。ここでね。肉体と心を強くするんだ」
そうしてソニアはその剣士の家で暮らす事になった。
さすがの剣士や鍛錬を積んでいる青年、子供達もソニアがソニックに変わるのをみて驚いていたが、すぐに受け入れソニアの時もソニックの時も同じように大切な家族として接してくれた。
・・・・・
・・・
「今の君たちがあるのはその剣士のおかげって事だね」
「はい。粗暴な私に礼節と本当の強さを教え、ひ弱な弟に戦術と強い意志を教えてくれた大恩ある師であり同志でした」
「もしかして死んだと言われているリュラーの剣士?」
「はい立派なリュラーでした。ですが死んだとは思っていません。正確には行方不明になっています・・。死体は見つかっておりませんから・・。名はゼノルファス・ガロン。二つ名は “音破” でした。そして実際に亡くなったもう1人のリュラーが私たちの兄も同然だったレーノス・ムーザントです。二つ名は “音速” でした」
塞ぎ込む表情は眉間に皺を寄せ悔しそうなものだった。
選択する機会も与えられずにふたりの大切な人を失った悔しさからソニアは握る拳をいっそう強めていた。
「すると、今回王が偽物かどうかを突き止めるってやつはその父親と兄貴の敵討ちって意味もあるってことか?」
聞いていないと思われたゴーザが割って入ってきた。
「そうかもしれません。でもそうではない気持ちもあります。常々復讐心は自分の心を削り取るものだと教えられてきました。命の選択をする上で復讐心にかられて命を奪うという行為は、最も避けなければならいと耳にタコができるほど教えられてきましたから」
「そうか。そいつは懸命だ。よほど聡明な師に育てられたようだな、べっぴんソニア」
「その言い方は!・・・・フフフ。そうですね。そう思います」
「そういうゴーザ、あなたはなぜラザレ王国にいるのですか?ドワーフは基本的に一族がまとまって生活するものと聞いています。単独で行動するというのは非常に稀なものかと思っていました」
「出会ってまだ間もないがあんたらは信用できそうだし、何より俺はあんたらを気に入っている。だから話しておいてやる。聞かれたからにはな。まぁざっくりとだがよ。・・実は俺はとある名家に生まれた者でな・・」
・・・・・
・・・
幼少期から乳母に育てられていたゴーザは、将来それなりの地位につくべく英才教育を受けていた。
元々ドワーフは自分たちが ”大地を作った原初の巨人ユミル” によって作られた存在として他の種族とは一線を画す存在と考えていた為、基本的に他の種族と関わることはなかった。
唯一、プレクトラム王との交流で人間との貿易が一部行われていたが、それはドワーフにとって増えすぎた人間族がよからぬことを企むのではないかという疑念から監視のために結んだ国交であり、決して対等な立場の国交とは認識していなかった。
現に当時のドワーフの武力を持ってすれば人間族を滅ぼすことは難しくなかったからだ。
しかし、基本的に温厚な種族であることから無闇矢鱈に他種族を攻撃するような考えには至らず、“監視”という対応をとることにしたのだ。
このことはラザレ王国内では、あくまで対等な立場の国交として違った話で伝わっている。
そんな中、ゴーザが人間の年齢にして20歳を迎えたある日の夜に事件が起こった。
突然少し年上のゴーザの親友が人間の赤子を連れてやってきた。
雨の中を必死に走ってきたのか親友本人はずぶ濡れだった。
加えて何かに襲われたのか、いくつか切り傷がありかなり出血していた。
聞くところによると、親友は交易の為にノーンザーレで商売をしていたのだが、そこで仲良くなった人間族から頼まれて赤子を受け取ったのだという。
その子は生まれてまもない名家の子であったが、権力争いの中で邪魔な存在として暗殺される寸前で侍女によって逃げのび、侍女が人間ではないドワーフに助けを求めたという状況だったのだ。
侍女がドワーフに助けを求めた理由は、人間に助けを求めても権力に逆らえないものがほとんどで、いずれ見つかってしまい殺されるのが容易に想像できたからだった。
事情を理解した親友のドワーフはすぐさまノーンザーレを出てドワーフ国に向かったのだが、父親の手の者の追撃も激しくかなり負傷したのち、なんとかドワーフ国に辿り着きゴーザの家を尋ねた。
親友は両親を亡くし孤独な身の上ということもありノーンザーレで商売を行なっていたのだが、ドワーフ国に戻っても行く当てがなく親友のゴーザを頼ったのだった。
「すまねぇゴーザ。面倒なことに巻き込んじまって・・」
「何言ってるんだよ。お前は俺の親友だ。何があっても助けるさ」
だが、追手はその権力を使って裏ルートからドワーフ国の上層部に接触し赤子の引き渡しを要求した。
当然ドワーフ国としては面倒沙汰は避けたく、また赤子がどうなろうと彼らにとっては何ら関係のない話だったのでその要求を受けて秘密裏に国内で赤子の捜索が行われた。
やがてゴーザのところで匿っていることが発覚した。
親友はもとより、ゴーザ自身もその哀れな赤子に感傷を抱いたのか、とにかく逃すために様々に画策したが唯一の策しか残っていない状況となっていた。
それは、古代文明の遺物を使うことだった。
古代の越界装置を使って他世界に越界するということだった。
だがその装置に残された燃料は1回分しか残っていなかったため、王族が有事の際に使うとして王族以外のものが入ることを禁じていた。
「ゴーザ!すまねぇこの罰は俺が受ける!本当に面倒なことを押し付けちまってすまないが、この子を連れてこの世界を越えてくれ!」
警備の網の目を掻い潜って古代装置の所にたどり着いたゴーザと親友は越界準備をする。
装置の操作はゴーザが行なっておりいよいよ装置が起動し始めた。
その時、ついに警備のものたちが襲ってくる。
「ゴーザ!さぁ!代わってくれ!」
「何をいう!お前じゃぁこの装置は動かせないだろう?さぁ、行け!あとは任せろ!何と言っても俺はいいところのお坊ちゃんだ!お前が受けるより罪は軽いはずだから安心してその子を助けろ!」
そういうと装置の中で吸い込まれるように親友と赤子は消えた。
・・・・・
・・・
「というわけでいいとこのお坊ちゃんだった俺ぁ一気に反逆者になっちまったってわけだ。なんつっても何かあった際の避難手段を奪っちまったわけだからな、がっはっは!王様なんて滅茶苦茶激怒してたな!だがドワーフ族には人間みてぇに死刑なんてものはないから俺ははれてドワーフ国永久追放になったってわけだ!がっはっは!」
「ゴーザ・・」
「ゴーザ。あなたは人間より人間らしく、どのドワーフよりドワーフらしい。尊敬します」
「がっはっは!ありがとよ、べっぴんソニア。でもまぁ俺は善人じゃねぇからな。自分が大事だと思うことだけをする。だから敵も多い。俺と行動を共にするってことはそういうことだから迷惑かけるかもしれねぇけどよろしくな」
面倒なやつだが憎めないとスノウは思った。
レヴルストラでのやりとりが思い出されて胸が少し苦しくなった。
――翌朝――
「それではキクロプスの居場所を確認しましょう」
ソニックは音叉で怪物の居場所を確認する。
8合目まで進んでいるようだ。
「頂上にはスメラギが作った天文台がある。万が一それが破壊されるようなことがあれば、この王室クエストは失敗として取り下げられかねない。キクロプスが何が望みでどこに向かっているのかわからないが頂上に行く前に仕留めないとならない」
「そうですね」
「そんじゃぁ急ぐか!」
4人はキクロプス目指して足を進めた。
12/25修正




