<ティフェレト編>18.ソニアとソニック
18.ソニアとソニック
(やっぱりか‥‥たぶんスメラギだな。避けて通れないってことだよな‥‥)
「スノウさん。あなたはもう大丈夫ですよ」
「!」
「え?!何が?スノウの何が大丈夫なの?」
20歳そこそこの容姿にも関わらず、全てを悟ったような表情でスノウに語りかけるユーダ。
それを無言で見つめるスノウ。
「え?!何?!あたしに秘密?何何?」
「悪魔はあなた達が既に遭遇しているコグランとローマンです。2人とも堕天使です。目的は分かりませんし、怪しい動きの目的も私の推測でしかないので控えておきますが、既にローマンの強さは体験頂いている通りです。神聖攻撃しか効果はありません。もしかすると彼らの他にも存在しているかもしれませんので決して油断しないように」
「あのローマンでもあれだけの強さなのに他にもいるっすか?!」
「コグマンはおそらくローマンの数倍強いはずだ」
「ええ?!」
「ただ、もう一つ弱点があります」
「真の名だね」
「ええ、そうです。彼ら堕天使や悪魔はこの現世に現れるためには契約が必要です。その縛りを如何に自分に有利に取り付けるかによって活動範囲も変わってきますからね。その中で彼らにとって最も厳しい縛りが真の名前を知られることなのです。もし彼らがその名を知られると現世に留まることはできますが、名を知った者の言いなりになってしまうという縛りが発生します。ちなみにローマンはニスロクという名で魔界の王の配下で料理長を務める堕天使だったようです」
「それでオイラたちを料理するとか言ってたんすね」
「ただ、最上位悪魔にはその縛りは通じないと言われています。おそらくコグランには通じないでしょう」
「わかった。そして越界した人物が関係しているってことだけど、それはスメラギだね?」
「ええ、そうです。彼は越界前の経験からこのノーンザーレにエレキ魔法という新たな手法で様々な科学の産物の恩恵をもたらし、あっという間に権力を手にしています。今やこの都市、いやラザレ王国全体で彼に逆らえるものはいないとさえ言われています。そして王国最高戦力のリュラー6騎士の大半は既にスメラギの手中にあります」
「リュラー6騎士?」
「はい。リュラー6騎士とは戦闘力の高い騎士の総称で時代によってその人数は変わるのですが、現在は3人です。その腕っ節もすば抜けていますが、更に特殊な音魔法を使います。その中の2人が既に王とスメラギの手に落ちました」
「残り1人は?」
「ここにいる者です」
ユーダは白ローブ聖教徒を手のひらで示した。
白ローブ教徒は呼応するようにお辞儀をした。
「じゃぁこの人強いってことっすか!」
「なぜ3人しかいないんだ?」
レンを制止するように遮ってスノウが話始める。
「それは何者かに殺害されたからです。近年では5人の騎士がいました。リュラー6騎士の起こりはその名の通り6人の騎士でしたが、それぞれ時代の中で厳選された者が任命されるため、6人未満の年もあれば7人以上置かれる年もあります。そしてリュラーは王を守る責務だけではなく、国民を守る責務も負っている高尚な掟をもった部隊です。当然貧富の差が広がるような政策には賛同せず、弱者が被害を受けているような場面に遭遇する際はそれを仲裁したり、時には強い立場を取り締まるような行動を取ったりする権限もありました。ですが、派手に取り締まりを行っていた騎士が最初に殺されました。もう1人は行方知れずとなっていますが、その事件が起きたのが‥‥」
「王が人が変わった直後ってことか」
「そうです」
「他の2人の騎士はスメラギや王に忠誠を誓っている。つまりあんたの敵になっているってことかい?」
「そこは微妙です。彼らは王と民の味方であり私の味方ではありません。代々6騎士のうち1名だけキタラ聖教徒大司教の付き人に任命できるのですが、他の騎士達への権限は与えられません。だからといって私に敵対する立場ではないのです。あくまで王と民の味方ですからね。私が民を思った行動を取り、それが彼らの民を守るという掟と合致する場合は敵とみなされないでしょう」
「だが、王やスメラギの忠実な下僕になっている場合は、人が変わった王やスメラギの思惑によってはあんたがどう行動しようと敵になる可能性があるってことだね」
「そうですね。そうあって欲しくはないのですが」
「わかった。王の変貌の状況を調べ、変わっている場合はその元凶を排除する。それが堕天使かもしれないし、スメラギかもしれない。いやそれら両方かもしれない。そういうことだな?だが、おれたちだけでそれが達成できるとは思えないが?‥‥明らかに多勢に無勢だと思うんだが」
「もちろんです。ですので私の配下の騎士をお連れください」
「え?!そしたらユーダ、あなたの護衛はどうするの?!」
「私はしばらくここから出ません。情報はそこの者から得られるのと、この世界全体に反響させる音魔法で情報を得ることもできますからね。さぁご挨拶なさい」
「改めまして。ソニアと申します」
「え?!え?!女性だったの?!」
エスティが驚いて思わず叫ぶ。
なぜなら、ここまで誘導する際の会話の声色が明らかに青年のものだったからだ。
しかし今名乗った声は女性だった。
スノウもレンもケリーも驚いている。
「てか、目が燃えるようなルビー色になってる。たしか碧い瞳の聖教徒だったはずだが」
「ええ、今は女性です。おそらく先ほどまでご案内していたソニックのせいで混乱されているのでしょう。彼の不躾をお詫びいたします」
「???」
「???」
「???」
「???」
4人とも首を傾げて混乱している。
何が起こったのか。
このソニアという女性は一体何を言っているのか全く理解できない表情になっている。
「ははは。無理もありませんね。ソニアきちんと説明して差し上げないと」
「ああ、そうですね。申し訳ございません。わたくしは実は双子なのですが、ひとつの身体を共有している存在なのです」
「???」
「???」
「???」
「???」
「ソニア。余計混乱されていますよ?ソニックに代わってあげなさい」
「はい」
そういうとソニアはフードを外し、髪の毛をかきあげて隠れている右目が見えるように分け目を逆側にした。
すると、燃えるようなルビー色だった左目に対して露わになった右目は透き通るような碧色だった。
その瞬間表情と声色が変わる。
「改めまして弟のソニックです。姉のソニアが失礼しました」
『えええええええ?!?!』
一斉に驚く一同。
同一人物にも関わらず一瞬で性別が真逆に変わった。
「私‥‥いや私たちは元々双子として生まれる筈だったんです。ですがとある出来事がきっかけで片方の体にもう片方が取り込まれる形になってしまったんです。ただ、魂は二つのままになってしまった。そうして生まれたのが、私たちなんです」
「そ、そうなんだね‥‥そりゃぁ大変だったね」
(これは‥二重人格ってやつか?聞いた事ある。別人格に変わると、人格だけじゃなく、声色や表情、動作まで変わるという。そんな感じか。最もらしい説明をしているけど、おそらく単なる二重人格だな)
「ま、まぁよろしく。えっとソニックだったね、今は」
「ええ、ソニックです。こちらこそよろしくお願いします」
「はぇ‥‥」
エスティとレンは呆気に取られている。
ケリーは興味がないようだ。
「ではみなさん。よろしくお願いしましたよ。何かあればいつでもこの塔に戻ってきて下さい。みなさんを登録しておきましたので、この塔への出入りは自由にできますから」
・・・・・
・・・
スノウ一行は宿屋に戻った。
もちろんソニア、いやソニックだろうか、どちらかわからないので、スノウはソニアとソニックを合わせてソニアックと呼ぶ事にした。
もちろん心の中だけで本人には言うわけはない。
まだどのような能力を持っているかわからないが、ウルソーで肉体強化したスノウの凄まじく早い動きを目で追った動体視力を持った人物だ。
能力もあるだろうが、基礎戦闘力も相当高いはずだ。
因みにソニアなのかソニックなのかは顔と目の色を見ればわかるため、大きな混乱はなさそうだ。
「スノウさん、エストレアさん、レンさん、ケリーさんどうそよろしくお願いします」
「よろしく、ソニア。因みに “さん” 付は不要だよ。好きに呼んでくれればいいから」
「分かりましたスノウ」
「あたしの事はエスティでいいわ。よろしくね。なんかやっとまともに話会える女性が加わってくれたって感じで嬉しいよ」
「オイラのことはレンでいいすから。因みにソニアねーさんは歳おいくつなんすか?アネゴより若く見えますけ‥‥」
ボゴン!
エスティによる強烈な蹴りがレンに直撃し、レンは壁にめり込んだ。
「あたしケリー」
ケリーは相変わらずスノウにひっついている。
一通り挨拶が終わると、ソニアは下を向いた。
再び顔を上げると目の色が透き通る碧い目に変わり、爽やかなイケメンにかわった。
「それでは僕もご挨拶を。改めましてソニックです。姉は少しそそっかしいというかせっかちなところがありますからご迷惑をおかけするかと思いますがよろしくお願いします」
「よろしく、ソニック。呼び方はソニアに話した通りでいいんだけど、因みにソニアと話をしている時の会話は聞けているのかい?」
「ええ、聞こえています。イメージは頭の中に丸い部屋がありまして、姉と2人で座っています。目の前に目で見たものが映像として映される壁があり音も聞こえますし匂いもわかります。そしてそれぞれの目の前にあるボタンランプがあるのですが、それを押してランプを光らせると体を占有する権利が得られるという感じです。ですから2人とも同じ景色をみて、同じ音を聞いて、同じ香りを嗅いでいるので体で触れる感覚や痛み以外は全て共有しているので、表に出ていなかったからといって改めて説明頂いたりする必要はありません」
「そ、そうか」
スノウはソニックのそばに寄り小声で話しかける。
「ち、因みに身体的には今は男ってことでいいんだっけか?例えばソニアに変わったら女性になってしまうとか?」
「ああ、そうですね。そこは重要ですね。身体も変わります。私とソニアは、いわゆる多重人格とは違って、本当にひとつの身体に二つの魂が入っているんです。性格にいうと、ソニアと私の2人の身体だけが一つになっている状態といった方がよいでしょうか。理解が難しいかもしれませんが、とある出来事がきっかけでこのような不思議な状態になっています。とある出来事については時期が来たらお話ししますね」
「ほ、ほう‥そ、そっか、了解だよ」
スノウは目の前の爽やかフェイスの青年が何を言っているのか理解できなかったが、とにかくソニアになっている時は女性だから気をつけなければとだけ認識した。
「さて、これからの行動ですが、私たちのターゲットは大きく2つです。ひとつは現王ムーサ・マッカーバイ様。あの方が本物かどうかを確認することです」
「本物かどうかってどうやって確認するの?」
「いきなり攻撃して本性を出させるとか?いや、リスクが高すぎるな。王が偽物ではなく、さらにそれなりの戦闘力がない場合、最悪ダメージを負わせてしまうからな。その場合、おれたちは第一級罪人になってしまう」
「じゃぁ寝ている間に忍び込んで寝言で本人かどうか確認するってのはどうっすかね」
一同はレンの発言に完全スルーだった。
そしてソニックが対応案を説明する。
「大司教様に現王様の声をお届けして心の内を見ていただくというのが唯一の方法かと思われます」
「なるほど、でもどうやって?ユーダさんはあの塔から出られないじゃない」
「大司教様のお力はその場にいなくても声を聞くだけでその心の内まで音として捉えることができます。本物の王の声の響きと偽物の王の声の響きはいくら同じ体であろうと、大司教様のお力の前では全てが明らかになります」
「そうすると、あの録音できる楽器みたいなものに王の声を記録してユーダに聞かせればいいってわけだね?」
「その通りです」
「じゃぁ、民衆の前で演説とかする時に記録すればいいんだから簡単ね。こっちはリスクなしって感じね」
「いえ、現王は民衆の前で演説するのをぱったりとやめてしまっているので難しいのです」
「どうして?王様なら偉そうにするのが普通だし、私が王だーみたいな権力を誇示する絶好の場でもあるわけでしょ?それをやらないってなんか変だね」
「普通はそうですね。ですが、今は宰相が代わりに民衆に対して王の代弁者として演説を行なっています」
「そいつは何者なんだい?」
「宰相ですか?彼は元々古くから王の側近として仕えていた方ですね。怪しいところはないかと思います」
「なるほど、それじゃぁなんとか王の前に行き、王の声を記録しなければならない、それが一つ目のミッションってことだな。そのやり方は別途考えよう」
「そうですね。そして二つ目はスメラギ氏への対応です。彼にはリュラーの1人であるテッセンという者が付き従っています」
「リュラー。たしか君たち2人もリュラーだったよな?そのテッセンというのを仲間に引き入れることはできないのかい?」
「難しいでしょう。大司教様のお話しにもありましたが、現在リュラーは私を含めて3名です。スメラギ側近のテッセンの他に王の側近にもリュラーがいますが、2人ともリュラーの誓いを捨て権力の軍門に降りました。2人に協力を求めるのはほぼ不可能と思っていただいた方がいい」
「わかった。そのテッセンっていうのは強いのかい?」
「テッセンの前にまずリュラーの強さから説明します。はっきり言うとリュラーは強いです。単純な強さで言えばスノウに遠く及ばないでしょう。ですが、彼らには音魔法の特殊能力があります。それを活かした攻撃にはいくらスノウといえども苦戦を強いられるでしょう」
「なるほど」
「まずテッセンですが、彼女は本名はルーナ・テッセン。通称、音撃と呼ばれいわゆる体術のマスターです。戦ってみればわかりますが、音を使ってダメージを何倍にも跳ね上げる音魔法の使い手ですから相当厄介です。そして王の側近となっているのが、ナザ・ルノスという剣士です。彼は通称、音斬と呼ばれ凄まじい剣技の持ち主であり音の斬撃を繰り出す剣術マスターになります」
「つまり、王、スメラギともに簡単には近寄れないって言いたいんだな?」
「その通りです。話を戻しますが、スメラギ氏はご存知の通りエレキ魔法を使ってノーンザーレを一気に発展させ権力を手中に収めました。王との繋がりはまだ見えておりませんが、数年でノーンザーレ領主に任命されているところから何らかの繋がりがあると考えるのが妥当でしょう。ですが、本当に恐ろしいのは何かとてつもないことを画策しているらしいという点です」
「とてつもない画策?いったい何なんっすかね」
「それはわかりません。わかりませんが、ケリーさんをさらってハーピーを虐殺の上、羽を大量にかき集めた点を考えるとこの世界で相当な虐殺や搾取を行うことが想定されます。ですので、目的を突き止めてもしこの世界にとって害をなす行為に及ぶ場合はそれを阻止、そしてスメラギ氏の排除、それが大司教様のご意向です」
「ちょっと待て!それってユーダの依頼にはなかったぞ?あくまで王の変貌の謎を突き止めるだけのはずだ。スメラギ単体が画策していることを阻止しろとは言われていないぞ?」
「はい、おっしゃる通りです。スメラギ氏単体で何かをしようとしていて、且つスノウのこれからの旅に関わらないのであれば放っておいて頂いて構いません。ただ、現段階でスメラギが現王に何らかの関わりがある場合はスメラギ氏含めての対応ということになります」
「何かうまく丸め込まれた感じだな。そういうのは不信を招く原因になると思うが?」
「失礼しました。決して騙すつもりはありません。ただ言霊がある限り私やそれ以外の者たちは現王に太刀打ちできません。大司教様は言霊効果は打ち消せても、そもそも戦われるお立場にはないので、どうしても言霊の影響を受けないスノウのお力添えが必要なのです。ただそれだけなのです」
「わかったよ。それで具体的には何をする?ある程度状況が見えてきた時点で作戦の指揮は受け取ってもいいけど、現時点では情報が少ないから君に任せたいんだが‥‥」
「承知しました。まず王に謁見する為には謁見できる権利を得る行動を取ることになります」
「というと?」
「クエストです。王室依頼クエストを数多くまたは難易度の高い王室依頼クエストをクリアする。これによりある一定の功績を上げることで王から感謝の金品が贈られることになり、うまくすれば王室から称号を授与される可能性が出てきます」
「例えば、ナイトとかかい?」
「そうですね」
「すると授与式で王と謁見ができるってことか‥‥少し時間がかかりそうな話だな」
「大丈夫です。既に大きな王室クエストは受けてあります」
「ははは‥‥そっか」
何たる手際の良さだろう。
まるでこうなることが初めから分かっていたような先回りぶりだ。
(うまくのせられた感があるけど越界の為だ‥‥一応念押ししておいた方がいいな)
「確認だが、それで報酬‥‥でいいのかな。とにかく王が変わってしまった理由を突き止め、その元凶を排除したらこのミッションは完了で、必ずホドに越界させてもらえるんだろうな?」
「もちろんです。それはお約束します」
「もし反故にするような事があれば、その時はおれたちが君たちの敵になると思ってくれ」
「は、はい、承知しました」
スノウは一応念押しで威圧のオーラを放ちながら確認した。
これでホドに戻る手立てはついた。
ユーダが嘘を言っていなければだが。
「じゃぁあとは行動あるのみね!それでソニック。その王室依頼クエストっていうのはどう言う内容?」
「はい、えっと3つあります。こちらになります」
―――王室依頼クエストーーー
1.<クエストレベル:アレグロ>
・ グコンレン軍の殲滅
グコンレンにより軍が進行中。ラザレ王国軍にて応戦準備中。
戦闘に加わって是非武功をあげてほしい!
・ 報酬:敵指揮官討伐時:金貨50枚
ラザレ王国軍に参戦:銀貨30枚
2.<クエストレベル:フォルテッシモ>
・ 巨大で醜い化け物退治
ロアース山に巨大な化け物が出現している。
何人もの勇敢な冒険者が討伐に挑んでいるがいずれも失敗
更なる勇敢な猛者を募集中。
・ 報酬:金貨300枚
3.<クエストレベル:ビアニッシモ>
・ ハルピュイアの生捕
アエロー、オキュペテ、ボダルゲ3体の生捕
*万が一殺した場合は死刑
・報酬:金貨10枚
ーーーーーーーーーーーーー
「!!!」
一同は絶句する。
「この二つ目のクエストの報酬半端ないっすよ!」
ボゴン!
「そこじゃないでしょ!馬鹿なのねあなた!3つ目よ3つ目!」
「ハルピュイ‥‥ええ?!」
「な、なんで?!おねぇさまたちが!!」
「大丈夫だケリー。おれたちが何とかしてやる。ケリーの仲間を捕らえさせはしないからな!」
そう言いながら厄介な事になったとスノウは思った。
12/18修正




