<ティフェレト編>17.大司教
17.大司教
スノウたちが案内されたのは本教会の巨大ホールではなく脇道だった。
この辺りは人通りが少なく、スムーズに歩くことができた。
巨大な塔の外周を歩いている状態だ。
外堀にかけて緑が生い茂っているが、手入れが行き届いているのか安らぐ雰囲気が感じられる。
「あのー、どこまで歩くっすかねー?」
「疲れましたか?」
「いや、そういうわけじゃーってちょっと疲れたっすかね」
「後10分弱です。もう少しなので頑張りましょう」
「しかし立派な塔ね。教会は相当な財力があるってこと?」
「ストレートに聞きますね、エスティさん」
ドカ!
「いて!」
エスティは自分の図々しい質問に気づかされ顔を真っ赤にしてレンに八つ当たりした。
エスティに蹴られたレンはぶすっとした顔でぶつぶつ言っている。
それを興味津々に見ているケリー。
「エスティとレンは仲悪いの?」
「ケリーちゃん。悪くないっすよ。アネゴは恥ずかしがってるだけっすから。実はオイラのこと大好きなんす」
ボッゴォォォォン!
「悪いわよ」
レンはエスティの蹴りを食らって遠くに飛んでいってしまった。
・・・・・
・・・
しばらくして、レンが走っても戻ってきた。
「ひどいっすよ、アネゴ。蹴るパワーにも限度ってもんがあるっす!危うく掘に落ちるところだったんすからね!」
「いいじゃない、無事に戻ってきたんだから」
「ははは、堀に落ちなくてよかったですね。あの堀には人食いリザードが無数にいて、落ちたら数秒で骨も残らない状態になりますから」
「はははじゃないっしょー!!アネゴ!今回は言わしてもらいます。あんた恥ずかしがり屋にも限度ってもんがあるっすよ。恥ずかしがって人殺しちゃったらどうするんすか!」
「あんたねぇ!あたしがいつ恥ずかしがったってのよ!」
顔を真っ赤にして言い返すエスティ。
「今っす!今!今この瞬間!絵の具で塗ったように真っ赤な顔してるっす!」
「ヘビースリーパー」
あまりの騒々しさにイラついたスノウはロゴスの強烈な睡魔に襲われる魔法をエスティとレンにかけた。
2人は一瞬で眠りにおちた。
「単純なやつほどかかりやすい魔法なんだが、わかりやすいな‥‥う!まじか‥‥」
スノウは眠った2人を誰が運ぶかまで考えていなかったのだが、自分が運ぶしかないと知り失敗したと思った。
エスティとレンを担いで、且つ基本的にケリーはスノウにくっついている為、実質3人を背負って歩いていることになる。
然程筋肉質には見えないが、スノウの筋力は異常なまでに強化された為、3人を担いでいても全く問題なく歩けたが、寝相の悪いエスティが時々動くため思わず落としそうになるのが数回続き、イライラが消えることはなかった。
そうこうしている内に取っ手のない扉の前に到着した。
ローブの教徒はおもむろに壁の横に手を当てる。
すると手を当てたあたりから光の筋が流れて扉が消えるように開いた。
(これ魔法か?)
スノウはそんな疑問を抱きながら進められるままに扉の中に入っていく。
スノウたちが中へ入ると何の合図もなく扉が現れ閉まった状態になった。
通路をしばらく歩くと少し開けた場所に出る。
円柱状の部屋で中央に床から棒状の何かが突き出ている。
その先端には何やら不思議な形をした楕円状の物体が付いている。
なんらかの操作盤のようだが、見たことのない形状だった。
いや、これと似たようなものをスノウは目にしたことがあった。
ローブの教徒はその操作盤の横に立って何やら操作し始めた。
「さぁスノウさん、こちらへ」
言われるままにローブ教徒の横に立つ。
(まさか)
そう、次の瞬間別の空間へ転送されたのだ。
転送先は広い長方形の空間になっており、奥に入り口にあったような取っ手のない扉が見える。
部屋には窓がなく、どこに転送されたのかもわからない。
「ヴィマナと同じじゃないか!」
スノウが見覚えがあると思ったのは転送装置や取っ手のない扉、不思議な形の操作盤などで、どれも日本にもホドにもここまでのティフェレトにもなかったが、唯一ヴィマナにだけあったものだった。
「そうですね、スノウさんはホドから来られていたのでしたね。たしかホドにはノウェム・ヴィムのひとつ、ヴィマナがありましたね。スノウさんはそれに乗った事があるのですか?」
(!)
越界でもしなければ知り得ない情報にスノウは驚くと同時に警戒する。
「な、なぜ、おれがホドから来たことを知っている?それにヴィマナのことも。質問が山ほどあるが、返答によってはここで帰らせてもらう」
「失礼しました。言葉が過ぎたようです。全ては大司教様がお答えされる事と思います。ただこれだけは信じて頂きたい。私たちはスノウさん、あなた方の敵ではありません」
「信じる根拠は?」
「そうですね。ここに入って頂いた事でしょうか。これまで長い歴史でここに入れるのは、歴代の大司教様とその付き人だけなのです」
「なんとでも言えると思うが?」
「こちらの事情でお話しして申し訳ありません。でもこの後スノウさんの疑問のほとんどは大司教様がお答えされるはずです。仮に信じられず敵と見做されるのであればその時に煮るなり焼くなりお好きになさればよいでしょう」
(何言ってんだよ、お前も相当強いぞ?ただではやられませんがね、とでも言いたそうな顔してるっての)
「わかった。とりあえず話は聞こう。その前にエスティとレンを起こさせてくれ」
「ええ、もちろんです」
スノウはエスティとレンの魔法を解く。
「あれ?ここはどこっすか?」
「え?!え?!夢でも見てるの?あたし。ここってヴィマナよね?戻ってきたの?」
スノウは簡単にここまでの状況を話してエスティとレンを黙らせた。
そして、ローブ教徒に連れられて奥の扉から中に入る。
そこは30畳くらいの空間で先ほどの大広間と同様に窓はなく、とにかく一面が白く眩しい。
奥に机があり、一同はその机の方向に進む。
するといつの間にか赤いローブの人影が椅子に座っていた。
スノウたちはゆっくりと机に座っている人物の方へと進む。
「やぁ、また会いましたね」
「え?!マダム・マザーレ!!」
エスティが思わず大声で記憶にある名前を叫ぶ。
ここに来る途中立ち寄った占いの館にいた怪しげな占い師の名前だ。
正確には “マダム・マザーレの館へようこそ” と言われただけで本当の名前かどうかは怪しい。
「ははは、そうですね。あなた方にはその名前で覚えられている事になっていますね」
「あんたが大司教様?」
「ええ、そうです。マダム・マザーレはこの塔から出るための仮の姿です。本当の名は‥‥」
そう言いながら赤ローブの人物はゆっくりと立ち上がり、机の前に立った。
「私の本当の名は、ユーダ。ユーダ・マッカーバイ」
「ええ?!マッカーバイってあのお伽話に出てくるマッカーバイ兄弟と同じ名前じゃないっすか!」
「ははは、そうです。あの伝承にあるズュゴン・マッカーバイは私の先祖です」
「ええ?!あの話は本当だったんすか?!」
「そうです」
「レン少し黙っててくれ」
「はい‥‥‥」
レンを制したスノウは少しイラついた表情を浮かべて切り出す。
「ユーダって言ったな。おれたちの名前や素性は既に知っているという事でいいな?」
「ええ。あなた方が占いの館に来た際に聞いた音の波動で大体の事を知る事ができましたから」
「じゃぁこちらからの自己紹介は省略だ。それで一体あんたたちは何者なんだい?」
「私はこの世界で監視者の役目を持って生まれました」
そういって被っていたフードを取る。
今まで影になっていて見えなかった顔が露わになる。
「ひえぇぇぇ!!!」
エスティとレンは思わず驚く。
その顔は、目に黒目はなく口もなかった。
「ユーダ大司教?」
「ユーダで構いませんよ」
(!!)
「その‥‥言いづらいのだけどユーダ?口がないように見えるのだけど、あなた今しゃべってますわよね‥‥」
エスティは動揺しているのか喋り方がおかしくなっている。
レンはあわあわしていて言葉が出てこないようだ。
ケリーは流石魔物だけあって動揺はないが、相変わらずスノウにひっついている。
「そうですね。少し驚きますよね。占いの館に行くときは義口をつけていますからね」
「それでユーダ」
「ああ、そうでしたね。私は監視者です。監視者と言ってもラザレ王国の王を監視する者です」
「お伽話では兄弟でしたが、プレクトラムとズュゴンが王と監視者に分かれてからは、完全に分家となりましたから王家との血筋はだいぶ薄まっているかもしれません。プレクトラム直系は代々王を継ぎ、ズュゴン直系は代々監視者を継いでいます。そして監視者はお伽話の通り、監視者としての力を得る代償に目と声を失います」
「それで目と口が‥‥でもあんた占いの館で目は見えてるっていったよな?」
「ははは、それは見えているフリをしたんです。実は私の監視者の能力があらゆる音の波動を頭の中で映像として捉える事ができるので、目では見えていませんが、ほとんど見えているのと同じ状態なのです」
「それと、口がないのになぜしゃべれている?」
「それは、監視者としてのもう一つの力思念を音にする力です」
「考えている事を音にする力ってことかい?」
「そうです。ですが、王が代々引き継いでいる力の言霊と違って音にするだけですので安心して下さい。ただ、少しだけ心の内の音が聞こえるだけですから」
まるでスノウの心の内を読んでいるかのように先回りして回答する。
スノウは言霊を警戒して一瞬身構えた事で気づいたのもあったが、スノウが警戒した心の中の音を聞いたようだ。
スノウは一瞬、レヴルストラメンバーによく心の内を読まれていたのを思い出し自分から何か悟られるような行動になったのかとも思ったが、ユーダの発言で納得した。
「今、王は代々言霊の力を引き継いでいるって言ったな。監視者の力って何なんだ?」
「この私の口がないのに思念を伝える力です。これは言霊の波動を消す事ができる。万が一、王が私利私欲に走ったり破滅的思想に捉われて世の中に悪影響を及ぼす言霊を発っしたりするなどがある場合は、私がこの力で打ち消すというものです」
「王にしてみればユーダ。あなたの存在って邪魔よね。言霊ってのがあれば、自由に民を洗脳できるのにそれを阻む存在ってことだものね」
「その通りです。ですから代々監視者にはこの塔の管理者権限が与えられ、この塔によって安全が保証されるということになります」
「そ‥‥それはそうと口がなくてよく生きられるっすね。何も食べれないじゃないっすか‥‥」
「それもそうね!一体どうしてるの?」
「それが監視者の払う最大の代償かもしれません。目や声は余りある能力で補えています。ですが、生まれながらにして口が存在しないため水分を補給したり何かを食したりすることがありません。つまり生き物が生き物として営みを続けるエネルギーを得る行為が私にはないのです」
「つまり?」
「私の命はあと数年です。監視者は生まれながらに約25年ほどしか生きられません。生まれた時に持っているエネルギーが使い果たされた時に死を迎えます。ですが、当然この力を受け継ぐ者が現れなければなりません。その者は既にこの世に誕生しており、あと数年で監視者になる資格を得ますからそうなれば力を引き渡して私の一生は終わります」
「なんて辛い役目なんすか‥‥」
「普通はそう思うでしょう。ですが、監視者には死を恐れる恐怖心というものがありません。ズュゴンに神が力を授ける時に少しでも楽にその役目を果たせるようにそういった感情を捨て去ってくれたのでしょう」
「それで、ユーダ。あんたはおれたちに一体何をさせたいんだ?何かさせる為にわざわざ、そこの白ローブに守らせたり、占い館に誘き寄せて経歴や能力を調べたりしたんだよな?」
「話が早い。そうです。今この国はとてつもない脅威にさらされています。今はまだ確証がなく全てをお話しすることは避けますが、一つはこの国の王が明らかにある日を境に大きく変わってしまったことです。元々現王のムーサ・マッカーバイは人格者で貧しい者を弾圧するようなことは決してしなかったのですが、少しずつ貧富の格差を広げている。しかも、それに異論を唱えると処罰される。各都市にいる貧民街に住む人たちの生活レベルは格段に下がっているのです。でもこれは序章に過ぎないと私は考えています」
「確かにひどい話だが、それがおれたちにどう関係するんだい?」
「スノウさん、あなたはこの世界で発せられる言霊の影響を受けない存在だからです」
「どういうことだ?」
「私にもわかりません。ですが、あなたの音の波動を読み取った際に理解したのです。あなたには言霊の力は効かないと。残念ながらエストレアさん、レンさん、そしてハルピュイアのケリーさんは言霊の影響を受けてしまいますが」
「おれたちに王がなぜ人が変わったようになったかを調べろと?」
「簡単に言うとそうですね。ですがそれだけではなく、裏にどのような存在がいるかと、もしその存在が邪悪な者である場合、倒して頂きたいのです。最悪の場合、現王ムーサ・マッカーバイも殺さねばならないかもしれない」
「‥‥‥」
スノウは少し考える。
そこまでしてやる必要はないし、そもそもの自分たちの旅の目的はホドに帰ること。
寄り道している暇はない。
「スノウさん。これはあなた方がホドに帰るための近道でもあるのです。なぜなら、この塔の古代科学力に王の言霊の力を掛け合わせ転送させることによって越界ができると言われているからです」
「!!」
「ですが、もし私のお願いを受けて頂いたとしても過酷な旅になるでしょう」
「理由は?」
「はい、今二つの存在が王に接触しているようなのです」
「二つの存在?」
「ええ。一つ目は悪魔。そして二つ目はスノウさん、あなたと同じ世界からの越界者です」
「なんだって?!」
スノウの全身から嫌な汗が溢れ出る。
12/17修正




