<ティフェレト編>6.出発
6.出発
「さっき食事前にお祈りをしていたね?あれはキタラ聖教会?のお祈りかい?」
「ん?あぁ、そうだよ。この世界にはいくつかの宗教があるけど最も規模が大きくて信仰の深いものだ。あんたそれも忘れちまったのか‥‥さっき一緒にお祈りしていたからてっきりそれは覚えているのかと思ったがなぁ」
「あ、いやみんなの真似をしていただけなんだ‥‥すまない‥‥」
この男はなんでもよく喋るから聞きやすいがあまり根掘り葉掘り聞いていると流石に疑われるかも知れないとスノウは思った。
(今晩エスティとどういう状況でこの地に来たかとか、来る前にどこで何をしていたかなど示し合わせておこう。あと少しだけ記憶が戻ったと説明できるようにも示し合わせが必要だ。明日にでもこの家を出たいが、記憶喪失のままでは許してくれなそうだしな‥‥)
話を済ませた後、少し外を歩いてみる。
遠くに山脈が見える。しかしそこまでの距離はかなりありそうだ。
(今いるこのあたりはメルセン地方って言ってたな。すると北側にあるあの山脈の向こう側がメーンザ地方か‥‥。王宮都は西だったな。見たところ山脈はなさそうだから歩いて向かっても行けるだろう。途中大きい街が2つあると言っていた。そのうちの一つはこの世界最大の都市‥‥たしかノーンザーレって言ってたか。手前の大きな街がメルセボーだったな)
スノウは地理を整理した。
そして振り返りスタンの家を見る。
自分の生まれ育った実家よりも遥かに大きいもので少し昔の西欧の田舎の家という感じだった。
よくある異世界への転生物語でよく見る家のため、ここへきてやっと異世界に来たのだとスノウは今更ながらに思った。
(そう言えばホドはファンタジーというより未来の地球って感じだったからな‥‥。それにあまりの激しい変化でじっくり自分の置かれた状況を整理するようなこともできなかったというかそんな心の余裕はなかったもんな‥‥。初めて出来た仲間と信頼‥‥。確かに魔物との戦闘や人との殺し合いのようなものは元いた日本じゃぁありえないものだったが、今になってみれば日本にいた頃の方が違和感があったかもしれない。なんだろう、その世界しか知らなかったのに体だけはあの世界に馴染んでなかったという分裂感というか‥‥)
「危なかったね。でもよく記憶喪失って私の嘘に合わせられたね。言ってなかったのに。うっかりしてたわ。スタン、ローリーと話し始めた時冷や汗かいたもの‥‥」
2人で話せるチャンスとばかりにエスティがスノウのところへやってきた。
「あの状況を見ればね。大体想像はつくさ。その話は今晩相談しよう。とにかくアレックスたちが気がかりだ。早く戻りたいが、スタンの話ではどうやらおれたちは越界してホドではなくティフェレトという世界に来ている。早く戻る術を探して戻らないとな」
「そうね‥‥」
不安を隠せない表情のエスティ。
「しかし平和な世界だな」
「うん‥‥」
爽やかな風が吹く中鳥が囀っている。その風からは土の匂いがした。
ホドでは考えられない。
貧富の差が激しく、各ステーションどこも同じ状況で貴族や金持ち(ホドフィグ持ち)が裕福に暮らし、それ以外の人たちは貧しい暮らしを強いられていた。
貧しい人たちは裕福な者たちが一定水準の暮らしをするための労働力であったが、いわゆる資本主義ではないためいくら一生懸命働いても、工夫して商売をしようとしてもホドフィグは得られない。
元老院への信仰心、忠誠心を通貨としている以上、何をやっても雀の涙の収入しか得られない。
その一方で定期的に配給しパンや水を与える事で元老院への感謝の意を持たせる洗脳行為を行なって反乱を抑制していたのだった。
そんな不公平な体制を覆すためにアレックスやウルズィー、ダンカンたちは冒険者キュリアを作りレジスタンス的に少しでも貧困な生活を強いられている人たちを救うべく活動していたのだ。
アレックスがヴィマナを飛ばしたいと夢見ていたのもホドを、ヴォヴルカシャ国民を救うために、限られた土地で元老院に牛耳られた環境そのものを変えたいというものがあったのかも知れない。
(父の仇の巨大亀を倒す目的もあっただろうけどな‥‥)
それに引き換え、明らかにホドでは搾取される側にいるであろうスタン一家は決して裕福ではないかも知れないが幸せに自立して生活できているし、支配する側に対してネガティブな印象は持っていない。
(いったいこのいくつも繋がっているような別々の世界はなんなんだ‥‥)
スノウは漠然とそんなことを考えていた。
・・・・・
・・・
―――夜―――
夕飯を終えてスノウとエスティは今後の計画を立てるべく状況を整理する。
「スタンの話ではこの世界には言霊を操る力の存在があるようだから、おれたちはまずその人物を探す。その力があれば、ホドに戻るための光る川に通ずるゲートを開く事ができるかもしれないからな」
「言霊?」
「ん?言霊しらないのか?」
エスティは急に顔を赤らめて睨みつける。
「し、知らないけど何か?!」
「あ、いやそういう意味じゃなく、元いたおれの世界の言葉かと思っただけだよ」
感情の起伏が激しいというか恥ずかしがり屋というか、まじで面倒だなと表情には出さずにスノウは思った。
(やれやれ‥‥言葉を選んで話さないとならないとは本当に面倒だ‥‥)
スノウは女性との会話に慣れていない。
三神雪斗時代に培った空気になる術を長く駆使していたため、女性とうまく会話する事がなかったからだ。
だが、人間観察を続けてきただけあってどう対応すればよいかはわかる。
要は話す時に神経を使いながら話さなければならない面倒臭さを感じていたのだ。
「えっと、言霊っていうのはスタンが言ってた、発する言葉を現実に変えるとの力のことだよ。言葉の霊力っていうのかな、略して言霊」
「最初からそう言ってよね!私が知らなくてあなたより劣っているみたいな言い方して恥ずかしかったじゃない!」
「あーはいはい」
「ム!何その言い方!」
ふくれっつらをしながらスノウに突っかかってくるエスティ。
そんな彼女を面倒だが少し可愛いと思った。
「それでだな。言うことが現実になるなら、その人に “開けゲート” みたいなことを言って貰えばいいじゃないかと思ってさ」
「なるほど!スノウもたまには役に立つのね」
「おいおい、たまにはって何だよ。おれが生きててよかったーってピーピー泣いてたくせによ」
「はぁ?!私がいつあんなのことで泣いたって?エントワおじさまのことで泣いたのよ。自意識過剰なんじゃないの?」
「おれのどこが自意識過剰だよ‥‥」
(おいおい、ちょっと待て。いつの間にかエスティのペースに巻き込まれている。さらっと流そう。付き合っていたらイライラしてくる)
側から見たら喧嘩している付き合っている者同士にしか見えないこの状況だが当事者の2人はそんな状況には気づかず夫婦漫才のようなやりとりをしていたが、最後はスノウが折れた。
「えっと話を戻してだな‥‥。その言霊の力を持った人物は魔力の強い者、いや魔力とは違うかも知れないが、そいういう人物でおそらくラザレ王宮都にいる王か、そのなんつったっけ‥‥キタラ聖教の教祖か、そういう人だと思うんだよ」
「うん‥‥」
心の中では “なるほど!” と感心しながらもそれを態度に出すのは癪なためちょっと微妙な顔をしてみるエスティ。
こういう女性を見て世の中の男子は “女性が考えていることはわからない” って思うのだろうと経験の浅い (というか皆無な) スノウは思った。
「そこで明日の朝、早速ラザレ王宮都に出発しようと思うんだがいいかい?途中にメルセボー、ノーンザーレっていう大きな街があるらしいからそこでも情報収集できると思うんだ」
「わかった、さすがスノウね!あの会話でそこまでの計画を立てられるんだから」
ついさっきまでぶすーっとしていたにも関わらず今は誉めてきた。
(まるで山の天気のようにコロコロと変わる気分屋か。こんな面倒なやつだったのかエスティは。ロムロナも面倒なやつだったが、あいつはどことなく分別あったし気分屋じゃなかったから楽だったんだけど、エスティはまじで面倒くさい。それに引き換えニンフィーは素敵な女性だったなぁ)
ニンフィーの優しい一面を思い出し少し笑顔になっているスノウとホドへ帰る方法が見えたようで少し安心して笑顔になっているエスティ。
どちらも同じような笑顔だが、スノウの方が明らかに邪な感情だった。
「あと、あの夫婦への説明だがおれたちはノーンザーレの魔法を研究しているチームでたまたま空を飛ぶ実験中に事故で落下してしまった、なのでノーンザーレに戻らなければならないってことにしようと思う。それもおれだけぼんやりと思い出したってことにして。エスティはまだ衝撃のショックで記憶がはっきりしていないことにしよう。ふたり同時に同じレベルまで記憶が戻るというと怪しまれるし、1人で説明した方が口裏を合わせる必要もなくてバレる心配もないからな」
「ええ、わかった。任せるよ」
「ありがとう。じゃぁ明日の支度をして寝ようか」
「そう言えばスノウ。オボロはどうしたの?」
「!!」
(このバタバタですっかりオボロの存在を忘れていた!あのバァさんに聞けばこの状況何かわかるかも知れない!おれとしたことが!)
「聞こえてるよ鼻くそ」
スノウの銀髪から細長い目を開けてオボロが話し出す。
「ババァ!無事だったか?!」
目を開けているが少し様子が変だ。
どことなく弱々しい。
「いやなんだか少し元気がないように見えるけど大丈夫か?」
「おや。鼻くそのくせにあたしを気遣ってくれるとはね。まぁ少し休む必要があるよ。少し本体と離れてしまったからねぇ。それとカルパを渡れないそこのおなごに魔力封じの壁を作ったおかげでかなり魔力をつかっちまったのもある」
「オボロ!私のために‥‥ごめんなさい」
「あんたもあたしを気遣ってくれるのかい。気持ち悪いね、今日はなんて日だい‥‥」
そう言いながら少しずつ目が細くなっていくオボロ。
「あたしはしばらく眠る。数日か一年か百年か分からないけど魔力が回復するまであたしは出てこないことを覚えておきな?」
「マジかババァ!大丈夫なのかよ!」
「うるさいねぇ。大丈夫じゃないから休むって言ってんだろうが。眠る前にふたつ教えといてやる」
いつもより明らかに元気のない口ぶりで話を続けるオボロ。
「ひとつは耳の聞こえないやつを探せ。ふたつ目は仮に越界できるとしても童だけだ。おなごの方はこの世界に残る。あんたは越界に耐えられないからね」
「!!」
(帰れないの?!‥‥わたし‥‥)
いきなりショックなことを言われて呆然とするエスティ。
「なぁに、気にするな。この世界も悪くないよ。それに越界する手段はひとつじゃないからね。もしあたしの回復が間に合えばおまえが死ぬ前には返してやれるかも知れないよ」
「おばぁちゃんになって帰っても知り合いがいないかもしれないじゃない!」
バタン!
ベッドに塞ぎ込むエスティ。
「それじゃぁ童‥‥あたしが戻るまで死ぬんじゃぁないよ。途中で起こされるのは好きじゃないからねぇ‥‥」
そういってオボロは目を閉じ眠りについた。
「エスティ‥‥」
声も出せず塞ぎ込んでいる。
「エスティ‥‥おれは1人では戻らない。必ずお前も連れて帰る。その方法を探すんだ。いいか?これはお前も一緒にやるんだぞ?しょげてる時間なんてねぇんだからな!」
「‥‥‥‥」
エスティは無言のままだった。
流石に面倒臭いという感情はなく、どうすれば元気を出してもらえるか困っていた。
・・・・・
・・・
―――翌朝―――
「ええ?!」
驚くスタン。
スタンが驚いた理由は二つ。
スノウとエスティが魔法研究所というところで働いてたというミステリアスな事実と、この後すぐに出発してしまうという状況。
平凡な日常に突然訪れた、人が空から降ってくるというあり得ない事態に加え、聞いたこともない研究機関の存在。これからどんな非現実的な状況に自分が進むのかと期待が膨れ上がった直後に、2人とも出発するという、平凡な日常に引き戻される残念な展開。
その驚きと落胆が同時にでた “ええ?!” という反応だった。
「ふたり、いやトマスとエリンもだね、みんなには本当に世話になったよ。落下地点が何もないところだったら今頃肉食動物か魔物の餌だったかもしれない。本当にありがとう」
「私からもお礼を言います。本当にありがとう」
「気をつけてね?困ったらいつでも帰ってきていいんだからね」
少し涙ぐんでいるローリー。そのままエスティの抱きしめた。
数日間だが、エスティとローリーはよく話をしていて、意外と意気投合したようだった。
ローリーも近くに友達がいないため、久しぶりにでできた友達のようで嬉しかったのだろう。
そんな友達が急に旅立つとあってローリーも複雑な心境のようだった。
「おねぇちゃんたちもうエリンのおうちに来ないの?」
「ううん、そんなことないよ?また遊びに来るね」
「きっとだよ?」
「僕はおまえらがオンチー星人だって思っているから悲しくないかんな!」
(おれも悲しくない)
エリンは可愛いがトマスは相変わらず生意気だとスノウは思った。
「んー!」
トマスが何やら丸まった紙をスノウに渡してくる。
その仕草は何かを押し付けるような感じだった。
「んー!!」
(なんだんだよ)
面倒くさそうにその丸まった紙を受け取るスノウ。
開くとそれは地図だった。
子供が描いたものだから正確かどうかは分からないし明らかに下手だったが全然読める。
ちゃんと地図として使えるものだった。
「トマス!」
(憎まれ口叩いていたのにこんなプレゼントをくれるなんて‥‥)
過去子供との接点もほとんどなかったため、スノウはトマスの反応をただの意地悪な子供の反応と思っていた。
無邪気な分だけ怒ることも無視することもし辛いタチの悪い行動をするのが子供だと思っていたスノウにとって、自分の考えを改める機会となった。
だが、流石に子供相手ということでどう対処すればよいかわからないので、何かお返しをと思い持っているハンカチを取り出した。
おそらくこの世界では作れないだろう柄がプリントされた某有名ブランドのハンカチを取り出しトマスの腕に巻く。
「な!なんだよー!」
トマスは恥ずかしそうに言う。
その言葉とは裏腹に顔はまんざらでもないようだ。
「いーなー!」
エリンが羨ましそうにみる。
流石に女の子にあげるものはないなとスノウが思案しているとエスティがポケットから髪飾りを取り出してエリンの髪をかきあげてとめる。
「わぁ!ねぇねぇママーかわいい?」
「とっても可愛いわよ」
「おねぇちゃんありがとう!」
子供って可愛いんだな、とスノウは思った。
そうして挨拶を終えスノウとエスティは一路メルセボーへと出発した。
そこではまずスノウたちを診てくれた医師のリクドーを訪ねよとのことだった。
その前にちょっとした難関があった。
トマスの地図にも載っているがメルセン樹林と呼ばれる森だ。
この森に霧がかかっている時は入るなと言われている。
霧が出るとこの森に住む強力な魔物が姿を現すというのだ。
スノウもエスティもそれなりに強くなっているが、なにぶんこの音の世界、どのような能力が使われるか分からない。
スノウは霧を避けて森をぬけることにした。
半日歩いてスノウとエスティは足を止めた。
「これがメルセン樹林?」
「そのようだ」
歩いてきた道は切り立った崖の縁で途切れた。
さほど高さはないので簡単に降りられるものだったが、そこから見下ろす景色は緑一色。
巨大な森だった。
「森って言うからある程度離れていても見えると思ったが、どうりで見当たらなかったわけだ」
「これくらいの高さならジャンプして降りられそうね」
「方向はこっちの方だな」
スノウが指差す先にはうっすらと街のようなものが見える。
「霧はないみたいね」
「うん」
「だけど昼過ぎだ。この広い森を半日で抜けるのは難しそうだ。今日はここに野営しようか。明日の朝早く出よう」
「霧出ないかな?」
「その時はその時だよ」
2人はスタンに持たせてもらった簡易テントを貼り崖から少し手前のところで野営した。
・・・・・
・・・
―――翌朝―――
「どうするのよ‥‥」
「待つしかないだろう?」
遠くから獣の遠吠えや悲鳴にもにた音が聞こえてくる。
発生源と思われるところから、うっすらと赤い波が広がるのが見える。
なにやら空気がざわついている。
「何が起こっているんだ?」
目の前の森は深い霧に包まれていた。
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