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<ティフェレト編>2.フランシア

2.フランシア



 「そうだ‥‥だってよぉ、ワサン‥‥ここは‥‥」


 「ゲブラー。火の世界だから」


 「ははは!ウケるぜ!ゲブラァ?聞いた事ねぇし、そりゃ一体どこだよ。ホドには陸地はないんだぜ?海の上に存在するのは全てステーションと言われる巨大な人工島だ。大方ダンジョンの奥深くの火山帯の洞窟で空は魔法か何かで幻影を見せているだけなんだろう?ヴァルン、お前がいた地底火山のようによ」


 「あなた、何も知らないのね。根源種の末裔らしいから一応理解していると思ったけど。いいわ、説明してあげる。簡単にだけど」


 「それはご丁寧に」


 なんだか人間の顔に変化させられてからワサンのキャラが少し変わったようだ。

 生意気な口調は変わらないが、饒舌になってコミュニケーション能力が格段に上がっている。

 やはり狼の口では言葉は喋りづらかったのだろうか。


 「いい?この世界はとある事件がきっかけで9つの世界に分裂しているの。私たちはハノキアと呼んでいるわ。この9つの世界、ハノキアは火の世界、水の世界、風の世界、音の世界、知覚の世界、フェロモンの世界、珊瑚の世界の7つと物質の世界、記憶の世界の2つからできているのね。その中の水の世界があなたのいたホド。そこの王国がヴォヴルカシャね」


 「‥‥‥‥」


 「そのひとつひとつの世界を繋いでいるのがカルパと呼ばれる亜空間の通路なの。あ、ちょっと難しかったわね。あなたも見たかも知れないけど、光の河って呼ぶ人もいる。おそらくあなたは何らかの原因でカルパ、つまり光の河に飛ばされてそのままこの火の世界、ケブラーに流れ着いたって事ね」


 「ま、まさか、本当に光の河があったのか?」


 (じゃぁスノウが別の世界から来たってのも本当なのか‥‥)


 ワサンはふとニンフィーがヨルムンガンドから呪詛を得た際のやりとりを語った時の事を思い出す。

 ニンフィーが念話でエントワに伝え、スノウにヨルムンガンドの加護、つまり猛毒の呪詛を授けさせた後のやりとりだ。


 (たしか、スノウが自分に死ぬかも知れないほどの呪詛を押し付けられたと思ってショックを受けて心の中をぶちまけた時の話だったな‥)


 ワサンの脳裏にスノウたちがヨルムンガンドの牢獄に加護を貰いに行き呪詛を押し付けられたスノウが感情を曝け出したシーンが浮かんだ。



・・・・・


・・・



 「どういうことだよ‥‥何だよこれ‥‥」


 「世界竜の呪詛は‥‥越界できる者にしか耐えられないの‥‥」


 徐々に黒く浮き出た血管の侵食が治っていくが苦しい表情は変わらず、ニンフィーは声を捻り出すように答える。

 ”しゃべってはだめ” と言わんばかりにニンフィーの口に手を当ててロムロナが代わりに説明し始める。


 「世界竜は知っての通り様々な世界にまたがって存在するほどの竜だから呪詛も最低でも複数世界に影響を及ぼす力を持っているのね。つまり越界する力を持っていないエントワやニンフィー、あたしでは耐えられずに消滅していたってことなのよぉ」


 「‥‥‥‥」


 目の前の一瞬にして命を蝕むような光景を目の当たりにし、ロムロナの話が真実だと理解する。


 「だ、だけどおれが消えないって保証もなかったんじゃないか?」


 「スノウボウヤ。あんたは大丈夫なの」


 ロムロナの服を掴み、”私に説明させて” と言わんばかりにニンフィーが苦痛に歪んだ顔で話始める。


 「私が‥‥あなたに還した精霊の力は世界竜の呪詛をはるかに超える力を持っているの‥‥私は預かっていたから‥‥分かるわ‥‥‥だから‥‥賭けでも押し付けでもなく、確実な作戦としてスノウ、あなたに呪詛を受け取ってもらったのよ‥‥‥それに精霊を還さなかったとしても‥‥‥あなたは別世界から越界してきたでしょう?‥‥‥つまり越界に耐えられるだけの力を‥‥‥元々持っていたって事でもあるのよ‥」



・・・・・


・・・



 (前の世界で何があったかのかは知らないが、スノウはあの出来事で吹っ切れたみたいだったな‥‥)


 「ねぇ!何をぼーっとしているのよ!」


 「あ‥すまねぇ、ちょっと昔の出来事を思い返していただけだよ」


 「ちょっと!あなたの為に説明してあげているのに別のこと考えるってある?信じられない!」


 「す、すまん。いや、全く別のことじゃぁなくて、俺のホドにいる仲間に越界できる人がいて、その人のことを思い出していただけで‥‥悪気はなかった。続きを教えてくれ」


 「へぇ、越界できる存在がそんなにもたくさんいるなんて何だか信じ難いけど。それにあなた!あなたは根源種らしいけどとても越界できるようなラムドの持ち主には見えないじゃない」


 「ラムド?」


 「はぁ‥‥。そんなことも知らずによくカルパを渡ってきたわね。ラムドっていうのは魔力の器よ。魔法を使うものが必要とする魔力を貯めておく器。この器がある程度の容量を満たさないと普通の生物なら蒸発するわね。カルパは魔力の渦だから。本来魔力は生物にあまる力なのよ。普段人間が使っている魔法はクラス3までがいいところだけど、それはごく微量の魔力しか貯められないってのもあるからなのね」


 「じゃぁ、俺はどうやって‥そのなんて言ったか?ゲボ‥なんとかに来たんだ?」


 「ゲブラー!ゲボっていったら吐いた汚物じゃないの。語彙力の乏しい生き物ね」


 (この女は頭がいい上にかなり気が強いドSだな。表現が妙に冷たいし。しかも戦闘力も異常に高い。敵に回すと恐ろしいことになりそうだ。いやむしろ関わらない方がいい‥‥)


 「まぁいいわ。こういう時は理解を示すのが人間ね。あなたのいう事は稚拙で矛盾しているけど、それが感情ある生き物の本質よね」


 「?」


 (何言ってんだこの女)


 (おい、ワサン!この女やべぇの分かったろう?ちょっと協力して俺を逃してくれよ)


 ヴァルンがワサンに助けを求めてささやき頼み込む。


 (なんで俺がお前を助けなきゃならねぇんだよ。っていうか、前にダンジョンから出してやった時いつか助けてやるって言ったのお前の方だぜ)


 (まぁそう言うなって。俺が助けてやるのはもっとデケェことだからよ、グァバババ!)


 「あら?そこで何をコソコソ話をしているの?もしかしてそこの火竜を逃そうと相談しているのかしら?」


 「いや、好きにしてくれて構わねぇ」


 「おい!ワサン!お前ぇツレねぇなぁ!将来助けてもらう恩義も忘れてその仕打ちか!」


 「知るか」


 「お友達じゃぁないの?まぁいいわ。あなたは私の目的のために活用させて頂くのでここで捕らえさせてもらうわね」


 「いや、そうじゃねぇ。話の続きだ。そのゲブラーはハノキアだっけ?その9つの世界の中の火の世界だって事だけど、ホド、つまり水の世界に戻るにはどうしたらいいんだ?」


 「そうね、本来のわたしならゲートを開いてカルパに乗せてあげられるんだけど、とある出来事がきっかけでゲートを作るための重要なアイテムを失ってしまって作れないのよ」


 「なんだ、あんたもこの世界に足止めってことか」


 「そうね。でもやっと越界するためのアイテムを作るのに必要なもののひとつが見つかったからね。あまり長居するつもりはないわ」


 「まさか‥‥それがこのヴァルン?」


 「そう。この火竜ヴァルンね。実はもう一匹必要なんだけど」


 「!!」


 ヴァルンの顔が急に青ざめ暴れ出す。


 「いやだー!!!この女!鬼だ!悪魔だ!なぁワサン助けてくれ!何でもするから!頼む!この女に俺を渡さないでくれ!!」


 ものすごい勢いで懇願するヴァルンに少し怯むワサン。


 「な、なんだよ急に、気持ち悪ぃなぁ!」


 「頼む!頼む!ワサン!」


 異常なまでの怯えようで訴えるヴァルンに少し同情したのかワサンも折れる。


 「なぁ、あんた。この火竜は俺の友達じゃぁねぇんだが、ちょっとした縁でオレに借りがある。こんな鎖で繋がなくてもあんたが必要な時に俺がヴァルンを呼ぶようにするから今は見逃してくれねぇかな。それとも今すぐこいつをどうこうしないとならねぇのか?」


 少し考える様子を見せた後、ワサンの目の前の女性は答える。


 「そうね、今すぐという訳じゃないし、あなたの要求を飲んでもいいわ。わたしは鬼じゃないから。これが慈悲の心っていうものね、きっと」


 「?」


 (何言ってんだ?なんかこいつの会話変だな‥‥なんだろう‥‥握手したら笑顔で手を潰されて、「あら、この強さで握ったら人の手は潰れるのね。次からは気をつけなきゃ」とか言って、これで一つ学んだわ的に無邪気に言いそうな‥‥なんというか常識が通じない感覚がある。しかもこの馬鹿力と戦闘力。アレックスよりも強い‥‥)


 「でも一つ確認ね。わたしは必要な時にどうあなたに連絡を取ればよいのかしら?」


 「それは‥‥」


 (やべぇ‥‥しくじった。勢いで言っちまったせいだ‥‥こいつについていく訳にはいかねぇ。こんな恐ろしい女と一緒にいたら多分殺される‥‥。クソ!このヴァルン‥‥やってくれたぜ‥‥)


 「あ!いい事を思いついたわ。これが最善の答えね。あなたはわたしと行動を共にすればいいわ。そうすれば必要な時にわたしはあなたにこのヴァルンを呼んでもらえるし、わたしが越界アイテムを手に入れたらあなたをホドに送ってあげる事もできるから。どう?あなたの要望とわたしの都合を考慮した妥協案ってやつね。これって駆け引きっていうのよね。こう言う時は感情的になりつつ冷静さを保とうしながら整理するのがいいのよね、えへへ」


(恐ろしい‥‥)

(恐ろしい‥‥)


 ワサンとヴァルンは言い知れぬ恐怖に包まれていた。

 目の前の女、とびきり美人だが何かおかしい。

 二人の体が細胞レベルでアラートを鳴らしていた。


 「よし!決まりね!じゃぁヴァルン、あなたは一時的に自由にしてあげるわ。だけど勝手に越界されては困るのである魔法をかけさせてもらうわね」


 目の前の女はなにやらぶつぶつと唱え始める。


 「お!おい!!女!俺様に何をした?!」


 「勝手に越界できないように魔力を無効化したのよ。つまりラムド(魔力の器)にキャップをしたって事。この意味わかるわね」


 「どういうことだ?」


 ワサンが思わず突っ込む。


 「この状態で仮にゲートを開いてカルパに出られても一瞬で蒸発してしちまうってことだ‥‥」


 「マ、マジか‥‥」


 (ヴァルン‥逃げるチャンスを失ったな‥‥この世界にいる限りこいつはこの女から絶対に逃げられない‥‥)


 「ヴァルン‥‥」


 少し気の毒になったかヴァルンを案ずるワサン。


 「くそーーーーー!!!ドラグニックスフィアになれねぇーーーー!!!」


 (そっちか!)


 心配して損したとばかりにワサンは、心中でツッコミをいれて放っておくことに決めた。


 「じゃぁヴァルン。どこへでも好きなところでくつろいでいてもらって構わないわ。くれぐれも誰かに殺されないように頼むわね。魔法が使えなくても火くらい吐けるでしょ」


 「はい‥」


 素市ダンジョンの最下層に君臨し火山帯を支配していた暴君ももはやその威厳は無く完全にこの目の前の常識外れな絶世美女の言いなりだった。


 「じゃぁいくわよ、ワサン」


 「おい!まだ行くって決めた訳じゃ‥‥っていきなり慣れ慣れしいな、自己紹介した覚えはないが‥」


 「会話からあなたの名前がワサンっていうことは誰でもわかるわ。だからあなたをワサンと呼んだのだけど、他の呼び方がよければ変えてあげてもいいわ?」


 「いや!いい!ワサンでいい!いやむしろ、ワサンで頼む!オレはワサン、よろしくだ」


 何か嫌な予感を感じ取ったのか慌てて自己紹介する。


 「よろしくね、ワサン。このゲブラーでは他にもやることがあるからあなたにはそれを手伝ってもらいたいのだけどいいかしら?」


 「内容による。言っておくが立場は対等だ。あんたの命令はきかねぇ。必要とオレが判断した場合に限りあんたを手伝ってやる。それが喫めないならオレはあんたと行動を共にはできねぇ。これが条件だ」


 「あら!えへへ。まだ交渉が続いていたのね。いいわ、それで」


 「あ、ありがとう」


 ほっとするワサン。

 思わず礼を言ってしまったことに後から恥ずかしくなって顔を少し赤らめた。


 「それはそうと、あんたはどこから来たんだよ。あ、いや別の世界から来たってのは知っているがそのことじゃなく、このゲブラーでどこからこの火山帯に来たかって意味なんだが」


 (うまく街まで行ければこの女を撒く。そして独自にホドに帰る手段を探す。これが最善の策だ!)


 「この山の麓にある街から来たわ。たしかミノスっていう名前の小さな街だったわね。今日はそこまで行って宿を取りましょう。それともここで野営する方がよいかしら?わたしはそれでも構わないけど」


 「いや街まで行きてぇ」


 「OK、それじゃぁ出発しましょう」


 「じゃぁ‥お嬢‥‥俺様はこれで‥‥」


 「待てヴァルン。そういえばあんたの名前を聞いてなかったな。オレとこいつは何となくだが自己紹介したんだからそっちも名乗るのが筋だと思うが?」


 「そうね、名乗らせてもらうわね。わたしの名前はフランシア」


 「フランシア‥‥よろしく」


 「フランシアのお嬢、それじゃ俺様はこれで!」


 そう言うや否やすぐさま飛び立ち遠くへ消え去った。

 よほど怖かったのだろう。だが安堵はできない。

 いつ呼び戻されるかわらかないし、なにより魔法を封じられているわけだから。


 「それじゃぁ行きましょうか」


 「ああ。ここからそのミノスっていう街は近いのかい?」


 「近いという意味は直線距離を示すならそう遠くはないわね。もし時間を言っているとすれば結構遠いわ。1日はかかるもの。こういう曖昧な表現は伝える側と受け取る側でイメージにギャップがでるけどそれを楽しむってやつでしょ?」


 「?」


 (マジで何ってんだ?この女。やべぇな。あまり話しかけるのはやめよう)


 ワサンは別の意味でもフランシアを警戒するのであった。


 「でもあなたその乏しいラムドで一体どうやって越界してきたのかしらね。謎ね。でも安心して?昔のわたしならそういう矛盾を追求して取り除かずにはいられなかったのだけど、今は大丈夫。そういう矛盾を抱えているのが感情を持つ生き物の特権だし、それを謎のままにしておくのも感情を持つ生き物の曖昧さって知ってるもの」


 「あ、あっそう‥‥そ、そりゃぁよかった」


 なぜか楽しそうなフランシアと微妙に汗が止まらないワサンはミノスを目指して下山し始めた。







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