<ケテル編> 188.メタトロン
188.メタトロン
「!!‥‥お、お前は一体‥‥お前は一体何者だミトロ!」
はっきりと見ることの出来ない姿のミトロを前にしてスノウは驚きの表情を見せていた。
(確かミトロは記憶を失っていたはず‥‥。だが目の前にいるこいつは明らかに多くを知っている状態に見える。記憶を取り戻したのか?!となれば、自分が何者であるかも思い出しているはずだ‥‥一体こいつ、何者だ?!何をどこまで知っているんだ?!)
スノウはこめかみから汗を滴らせミトロを見ながら思った。
はっきりとは見えない姿のミトロの口元が少し笑みを浮かべたように見えた。
そしてその口から驚くべき言葉が飛び出る。
「覚えていないのか?‥‥いや、そうであったな。改めて名乗らせてもらおう。私は‥‥私の名はメタトロン。この地を守護する大天使だ」
「!!」
スノウは言葉を失った。
(‥‥聞いたことのある天使の名だ。神の書記とか、かなり位の高い天使だとか、そんな記述を日本にいた時に読んだことがある‥‥そんな大天使がなんでおれを知っているんだ?!‥‥いや、おれがメロを偶々助けたからか‥)
「警戒の必要はない。我が友よ」
「と、と、友ぉ?!」
「そうか。まだお前の記憶軸が重なっていないのだな」
「どういう意味だ?!」
「今はまだ理解が難しいようだな。お前が理解できる言葉に置き換えるとすれば、お前の時間軸と私の時間軸がずれてしまっており、記憶の認識にズレが生じているというのがわかりやすいだろう。正確には違うがな。だが安心するがいい。真理を得れば自ずと理解もできよう。時間という概念そのものが存在しないことをな。単なる記憶の積み重ねを数値化しているだけの断片的なものの連鎖であり、お前たちが記憶に順序をつけているだけにすぎない。記憶の順序、繋がりを解いて理解をすれば自ずと記憶軸が合致するということだ」
「な、何となく理解はしたがおれが聞きたいのは‥‥いや、そうか‥‥おれにとってはミトロ‥‥いやメタトロン。お前とは出会った記憶がないが、お前にはおれと出会っている記憶があるということなんだな」
「そうだ。私もお前も、全てを記憶をしている一方で実際に引き出しているものは記憶の断片でしかない。その記憶の断片を自在に引き出すことで私とお前の記憶の軸は一致する。だが今はそのような話をしている場合ではないのだ」
「そ、そうだ!ケテルが消滅するとはどういう意味だ?!」
あまりに衝撃的発言の連続でスノウは最も聞きたいことを聞き忘れていた。
「先ほど説明した通りだ。クロノスがテュポーンを吸収し恐るべき力を手に入れたのだ。クロノスと言えばゼウスに敗れタルタロスに幽閉されたのだが、地上に這い出て来たとなればあやつの動機はゼウスへの復讐だと思ったのだがどうやら違うようだ。何故かあやつはこのケテルの完全消滅、破壊ではなく消滅、文字通り跡形もなく消し去ることを目論んでいるようだ」
「止めにいかなければ!ケテルにはおれの仲間がいる。それだけじゃない。おれたちと関わりを持ってくれた大切な者たちがいるんだ。消滅なんてさせるわけにはいかない!」
「その通りだスノウ。このケテルを守護する身としても、お前の友としてもこのケテルを消滅などさせるわけにはいかない」
「ああ!メタトロン、おれをこの精神世界から戻してくれ!今すぐにでもそのクロノスってのを止めに行かなければならない!」
スノウは前のめりで頼み込んだ。
「無駄だ。クロノスは小さなブラックホールを生成してしまった。あの全てを飲み込む超重力体を消し去る術は極めて限られる。お前では一瞬で飲み込まれて終わりだ」
「!!‥‥くっ!じゃぁどうすれば!!」
(今のお前では‥‥だがな)
メタトロンはゆっくりと手を前に差し出して来た。
「私が何とかする」
「どうやって?!そとの世界にも出られない精神体でしかないお前が」
「返してもらう。集めてくれていたではないか」
「?!‥‥まさか!この神衣か?!」
「そうだ。それだけじゃない。有翼人アラトゥス種のアンクから手に入れた片翼とアテナの仮面‥‥それも私が探していたものだ」
「!!‥‥あの時々見せられていた夢‥‥というか不思議な世界はお前が見せていたのか?」
「いや、それぞれのパーツだ。パーツひとつひとつが元に戻ろうとしてそれを叶えてくれる存在としてお前を選びお前にあの映像を見せていたのだ。それでは返してもらうぞスノウ」
そう言うとメタトロンは掲げた手に力を込めた。
その手は光を放つ。
するとスノウの体が光り始めた。
正確にはスノウが装着している神衣が光を発していた。
ファァァァァァァン‥‥‥
心が落ち着く音叉のような音が鳴り響く。
「!」
スノウは不思議な感覚に包まれた。
自分の体から何かが剥がされるような感覚があるが、触れることはできない。
そして自分の装着している神衣が少しずつ自分の前の方に向かって透過しながら離れていく。
シュゥゥゥン‥‥そして神衣はメタトロンの体に吸収されるようにして一体化した。
同時に横に光の異次元空間が発生し、その中からアンクから奪い取った片翼が出現し、メタトロンと一体化した。
さらにスノウの鞄の中に入っているアテナの仮面がすり抜けてメタトロンの方へ浮いた状態で勝手に進んで行き一体化した。
シュヴァァァァァン!!
メタトロンの体が激しく光を放った。
シュヴァヴァヴァヴァァァァン!!
光が徐々に落ち着いていく。
そして目の前に神々しくも暖かい光を放った存在が姿を現した。
神衣はメタトロンの体に、アンクの翼はメタトロンの大天使の翼に、そしてアテナの仮面はメタトロンの顔となっていた。
正に神の代理天使と思わせる荘厳なその姿とオーラを目の当たりにしたスノウの脳裏に一瞬何かの記憶が舞い込んできた。
天界で神の咆哮発生装置の整備を行なっている光景だった。
そこでは人型へと変化しているメタトロンと40歳くらいの自分が楽しく会話をしながら整備を行なっていた。
そしてドアを開けて入って来た15歳程度の少女が嬉しそうに話しかけて来た。
テーブルの上にカップを3つ並べ、ティーポットの中にリゾーマタの水魔法で美しい水を作り出して注ぎ、炎魔法で温めて紅茶を淹れている。
その魔法のオーラはどこか懐かしい感覚だった。
シュゥゥゥン!
スノウの意識がメタトロンの前に戻って来た。
「お、おれは‥‥」
「記憶の断片を見たか。それは既に経験している記憶でありながら、お前がこれから経験する記憶でもある。だが、紛れもなく事実なのだ。‥‥友よ。私の体を取り戻してくれてありがとう。礼を言う」
「メタトロン‥‥いや、ミトロ!」
「その呼び方‥‥思い出してくれたようだな。我が友よ」
「ああ」
「私のことをそう呼ぶのはお前だけだったからな」
メタトロンは嬉しそうな表情を浮かべながら言った。
「それではこれから私は私の果たすべき役割を遂行する。お前はお前の出来ることをするのだスノウ」
スノウはメタトロンのその言葉に頷いた。
「ほんのひとときであったがお前の精神世界でお前の見るものを共有できたのは楽しかった。ではまた会おう」
フシュン!
メタトロンはその場から消え去った。
すると意識が朦朧としてきてスノウはその場に倒れてしまった。
・・・・・
「う、うぅ‥‥」
スノウはゆっくりと目を開けた。
バッ!
咄嗟に周囲を警戒する。
大きなマグマの川の中で浮島のような岩場にいたはずだったからだ。
下手をすればマグマに飲み込まれてしまう。
「キガツキマシタカ?」
「!」
声をかけてきたのは禍外他人のジルヌークだった。
そしてそのまま周囲を見渡すとそこはアルカ山から少し離れた場所の草原だった。
「どういう事だ?!」
「アナタガキヲウシナッテイルアイダニ、マブシイダイテンシガキテ、ココマデハコンデクレマシタ」
片言な喋り方だったが状況は十分理解できた。
メタトロンがスノウとジルヌークをここまで運んでくれたのだ。
ズザ‥‥パサッ‥‥パサッ‥‥
スノウは飛び起きるようにして立ち、ズボンの誇りをはらった。
メタトロンの体であった神衣はなかった。
「防具は全て外してしまってたからな‥‥。でもまぁ大丈夫だろう」
防具の内側に着る服の姿となったスノウは少しばかり心許ない状態だったが、贅沢を言っていられる猶予はなかったためそのままクロノスのいる方へ向かおうとするスノウの足元をジルヌークがトントンと叩いた。
「ん?」
「ダイテンシ、コレオイテイキシマシタ」
「おお、これはおれが元々着ていた防具じゃないか!ミトロのやつ‥‥」
スノウは急いで防具を装着しクロノスのいる方へと走り始めた。
・・・・・
・・・
「ラハ・シャローダエハ」
バシュバシュバシュバシュバシュゥゥン!!
ヒュン!ヒュン!ヒュン!ヒュン!
クロノスの前に浮遊し攻撃を繰り出しているメタトロンだったがその全てがブラックホールに飲み込まれている状況を見て何かを思案しているかのように静止した。
「‥‥‥‥」
メタトロンは目の前にホログラムのようなモニターを出現させた。
そしてそのモニター部分をなぞると文字が浮き出てきた。
「まだ生きているようだな」
そういうとメタトロンは凄まじい速さで上空に向かって飛んでいった。
「おいおい!あの天使俺たちを見放したか?!」
「そもそも突然現れた何者かもわからない奴に助けを乞うのが間違ってる!何とか耐えるしかねぇ!」
ヘラクレスの言葉にワサンが返した。
それに対しシアが重ねて言う。
「耐えるのよ!必ずマスターが何とかしてくれる!」
(全くどんだけ信頼し切ってんだよ。この状況は流石に絶望的過ぎる。このケテルの勢力の殆どが破れちまってるんだぜ?すがりたくもなるだろうが‥‥)
そう思いつつヘラクレスは必死に剣を握りしめていた。
ググ‥‥グググッ‥‥
「!!」
ヘラクレスが刺した剣が大きくズレた。
再度差し込むがブラックホールの引っ張る力が次第に強まってきているため、間も無く限界を迎えようとしていた。
一番質量のあるヘラクレスが最も引っ張られているが、他のものがブラックホールに吸い込まれるのも大した時間差はないだろう。
ズル!グググ‥‥!!
「おいおいマジか!」
ジュリュン‥‥
いよいよヘラクレスの杭代わりに刺した剣が抜けてしまった。
「ちっ!」
(ここまでか‥‥まぁ楽しい人生だったぜ)
「先に行ってるぜ!」
『ヘラクレス!!』
「ハーク!」
そう言いながらヘラクレスはブラックホールのある上に引っ張られて行く。
ガッシィ!シュルシュルシュルガシッ!
突如何者かがヘラクレスの体に一瞬でロープを巻いてブラックホールに吸い込まれるのを防いだ。
続けてその何者かも分からない者の凄まじい速さの動きでヘラクレスだけではなく、シア、ワサン、シルゼヴァにも同様にロープを引っ掛けてブラックホールに吸い込まれないようにされた。
「た、助かった‥‥」
足の引っ掛けられたロープで紙一重で救われたヘラクレスは安堵の表情を浮かべている。
「てか何者だ?!」
『!!!!』
4人とも自分達を救ってくれた存在を見て驚いた。
そこにいたのはスノウだったのだ。
「遅れてすまない。今戻ったよ」
「マスター!」
その言葉にシアは涙を流して喜んだ。




