<ケテル編> 187.希望の光
187.希望の光
「ディアボロスはこの地を諦めたようだな」
シルゼヴァが言った言葉はクロノスの生み出したブラックホールにあらゆるものが吸い込まれる凄まじい轟音にかき消され、ヘラクレス達の耳に届くことはなかった。
だが、この絶望的状況は説明せずとも理解できた。
シルゼヴァ、ヘラクレスは半ば諦めていた。
「クロノスとテュポーンの融合体‥‥いや、それだけではなかったな。これも計画の内なのか?ヘギャザテよ‥」
冷静な表情でいうシルゼヴァの体をブラックホールに吸い込まれないよう繋ぎ止めている剣が徐々に抜け始めてきた。
シルゼヴァの剣だけではない。
ヘラクレスやシア、ワサンの剣も徐々に抜け始めようとしていた。
「いよいよ終わりか。長いようで短い人生だったが、スリルはあったな。だがずっと一人だった俺にとって最後にレヴルストラの一員になって戦えたのは幸運だったぜ。仲間と過ごす時間てのが意外にも楽しいってことに気づけたんだからな。まぁそういう意味では悔いはねぇな」
ヘラクレスの声もまた轟音にかき消されたが、長年腐れ縁だったシルゼヴァは珍しくそのヘラクレスの表情を見て優しい笑みを見せた。
「俺も我を通し続けた。時間など無意味だがここ数ヶ月は充実した日々だった。この体が俺をハノキアに縛り付けている以上この場から逃れることはできないが、むしろこれでいいとさえ思える」
シルゼヴァがそう言った直後、空を覆っている壁となっている黒雲もブラックホールに吸い込まれ始めた。
パァァァァァァァ!!
一気に空が開け、長い間待ち望んでいた陽の光が降り注いだ。
「滅亡の直前に陽の光を取り戻すとは皮肉なもんだ」
ヘラクレスが笑みを見せながら言った。
その直後、クロノスから少し離れた場所に光り輝く何かが現れた。
パァァン!シュゥゥァァァァ!!
周囲に光の波動が広がっていく。
その波動の中に取り込まれた空間の時間の流れが次第に遅くなっていく。
意識だけは普通に保てる中、物理的な動きだけがゆっくりとした速さになっている。
(これは時ノ圍?!‥‥秩序の駒だけが使えると言われている時間操作の神技か?)
シルゼヴァは周囲を見渡してそう理解した。
(攻撃を諦めたディアボロスがこの場に戻って時ノ圍を発動するとは思えん。おそらくあの光る物体が時ノ圍を発動した本人だろうが、あやつは一体何者だ?しかもこれだけの広範囲にわたって発動できるだけの力を持った者‥‥かなり高位の存在‥‥)
あまりの眩い光ではっきりとその存在は見えないが、それと共に発生したことからこの時ノ圍のような空間はその存在が作り出したものだと思われた。
(何だよこりゃぁ‥‥頭は普通に回るが動きが遅ぇ‥‥逃げられるチャンスかと思ったら結局恐怖がゆっくり進むだけじゃねぇのか?!)
ヘラクレスは言葉にしたいが口が動かないため目線だけをゆっくりとシアやワサンに向けようとしながらそう思った。
シア、ワサンも同様の理解でブラックホールに吸い込まれる恐怖がゆっくりと流れていく感覚だけがあった。
パァァァァァ!
突如現れたその存在からさらに光が発せられた。
そしてその光が徐々にブラックホールに向かって収束し一本の光の線になった。
「シャローダエハ」
シュブゥン‥‥ドォォォン!!
機械音声のような声で言葉が発せられた直後、光の球が光の線を辿ってクロノスのブラックホールに向かって凄まじい速さで放たれた。
けたたましい爆音と共に光の玉が弾けた。
バシュゥゥゥァァァァ!‥‥シュウゥゥゥン!
だが、光の球から弾けた光は一瞬のうちにブラックホールに飲み込まれた。
「ラハ・シャローダエハ」
シュブゥン!シュブゥン!シュブゥン!シュブゥン!シュブゥン!シュブゥン!
ドドドドドドドドォォォン!!
先ほど放たれものと同じ光の球が数発、連続して放たれてクロノスのブラックホールに凄まじい爆音と共に直撃した。
バシュバシュバシュバシュバシュバシュゥゥゥァァァァ!‥‥
シュウヴゥゥゥゥゥゥゥン!
数発連続で放たれた光の球は先ほどと同様にブラックホールに直撃した瞬間、大きく弾け光を方々に散らせた。
そしてその光はある程度の距離まで散るとすぐさまブラックホールに吸い込まれて消えた。
(あいつは何者だ?!)
ヘラクレスは声にならない心の声でシルゼヴァに問いかけたが当然聞こえるはずもなかった。
一方シルゼヴァは光の存在を見つめていた。
「まさか‥‥あの者は?!」
・・・・・・
西へ避難しているディアボロスは急にアデ・ケラウノスを止めた。
そして背後を振り向いた。
「この懐かしいオーラ‥‥とんでもない野郎が復活したようだな」
ヴウゥゥン‥‥
ディアボロスの耳から蠅が出て来た。
「こいつはどういうことだ?!あいつはゼウスの侵略戦争の時に殺されたはずじゃないのか?」
「さぁな。どこぞの誰かが復活させたのかもしれない」
「止められるか?やつに」
「さぁな。だが、止められる存在はもうやつしか残っていないだろうな」
「いずれにせよ俺たちは残された任務を遂行するだけだな」
「ああ」
蠅は再度ディアボロスの耳の中に戻っていった。
その後ディアボロスは西に向けてアデ・ケラウノスを走らせた。
(誰が復活させたんだ?)
・・・・・
・・・
――数十分前――
(起きるのだ‥‥)
スノウの頭の中で低く暖かくそしてどこか懐かしい声が響いている。
(起きろスノウ‥‥)
「うぅ‥‥」
(このケテルに危機が迫っている‥‥起きるのだスノウ‥‥)
その声に促されるようにスノウはゆっくりと目を開けた。
目を開けて真っ先に飛び込んできたのは相変わらずの薄暗い黒雲の壁で覆われた空だったが、周囲が赤く光っていることに気づく。
そして体の感覚が繋がった瞬間に熱さを感じて思わず飛び起きた。
バッ!!
周囲を見渡すと溶岩が流れている川の間、浮島のようになっている岩の上にいたのを理解してすぐさま逃げる場所を探す。
だが、マグマの川があまりにも広すぎてどうあっても逃れられない状況だと悟った。
「くそ‥‥ここまでか。どうしてこうなった?!」
スノウは記憶を頼りにここまでの経緯を思い返した。
(禍外他人のジルヌークと協力してアテナの首を斬り仮面を入手した後、‥‥確かマルドゥークの体の中に潜んでアテナの首をティアマトへ渡した‥‥そしてフラガラッハを飛ばしてその影にジルヌークと一緒に潜んでタルタロスの上まで上がって来た‥‥覚えているのはそこまでか‥‥)
「!!」
スノウは側にジルヌークがいるのではと探した。
「ジルヌーク!」
「ココダ」
スノウが叫んだ後、自分のブーツの先をトントンと叩く感覚を覚えてその方向を向くとそこにはジルヌークが顔を出していた。
「ジルヌーク!生きていたんだな!大丈夫か?!」
ジルヌークは頷いた。
(おれを起こした声‥‥ジルヌークか?!)
ジルヌークを見つめながら思った直後、頭の中に再度声が響いた。
(起きたようだなスノウ)
その声を聞いた瞬間、スノウは意識が自分の精神世界への引き込まれるのを感じた。
ブヒュゥゥゥゥゥゥ‥‥
・・・・・
目を開けるとそこは真っ白な空間だった。
「こ、ここは?!‥‥知っている!何故か知っている!どうして知っているんだ?!」
スノウは何故かその空間に見覚えがあった。
なぜ知っているのかを必死に思い出すように考え込んでいる。
「そうだ!夢だ!」
スノウが何度か見た夢。
15〜16歳の少女と会話した夢。
最初はそれを俯瞰して見ていたが、そこにいたのは40歳ほどの自分だった。
なぜ40歳の自分がその場にいるのか分からず驚いたのを覚えている。
次に見た夢は、自分が何者かの体の中に入り込んだような感覚で何者かに襲われるものだった。
(いや、襲って来たのはゼウスだった‥‥今なら分かる。黒雲と共に雷霆を放った。バルカンの体を奪ったあの雷霆を!)
「スノウ‥」
突如背後から聞こえて来た声にスノウは慌てて振り向いた。
そこにいたのは姿のはっきりしない存在だった。
まるで存在が画像加工されたようにぼやけて見える。
だが、その存在が何者かは感じ取れた。
「お前はミトロか?!」
ミトロ。
ジェイドの店を取り戻す時に救った奴隷少女のメロの中にいた精神体。
探し物を見つける手伝いを依頼してきた者。
それに協力してスノウは現在身に纏っている神衣を探し当てた。
メロから抜け出てスノウの精神世界に移って来たとは聞いていたが、なぜこのタイミングでしかも、スノウをスノウの精神世界に引きづり込んで姿を現したのか。
「久しぶりだな」
「久しぶりってお前、一体何をしていたんだ?!メロは無事なのか?」
「メロは無事だ。ゼウスに襲われたのをきっかけにこれ以上彼女を危険に晒すことはできないと判断し、安全なとこへ避難させた後、私はお前の精神世界へと転移した。そして私の探し物が全て揃うのを待っていたのだ」
「探し物が全て揃うまで‥‥もしかして揃ったのか?!」
「全てではない‥‥。いや、正しくは揃ってはいるが完全ではないと言った方がよいだろう。本来であれば完全な状態まで揃った時にお前の前に姿を現そうと思っていたのだが、そのような猶予はなくなってしまった」
「どういうことだ?」
「お前も知っての通り、タルタロスに幽閉されていた嘗てとある地を統べていた旧神クロノスが何者かの手引きによってこのケテルの大地に這い出て来た。クロノスだけであれば、この地に住まう者たちの力を結集して討ち果たすこともできたであろう。だが、何かの歯車が狂ってしまった‥‥いや狂わされたとでも言おうか、この地に住まうものの力は分散されてしまった」
「‥‥‥‥」
スノウは怪訝そうな表情を浮かべながらミトロの話を聞いていた。
「それを見かねたアスタロト‥‥今は嘗ての名、ディアボロスと名乗っているようだが、あの者がタルタロスの深淵で魂を繋ぐ糸、 ”連結の魂糸” をつかってクロノスとテュポーンを結びつけてしまった。おそらくクロノスが地上に這い出てくることも知っていたのだろう。そして万が一のためにテュポーンを利用しようと画策していたに違いない。見事テュポーンをこの地に顕現させることは出来たが、連結の魂糸によってテュポーンの力の源の場所を知ってしまったクロノスはその力を取り込んでしまった。あれを止める術はこのケテルにほぼ残っていないのだ。そしてあやつの目的は純粋な破壊と消滅。ケテルは間も無く跡形もなく消滅する」
「!!‥‥お、お前は一体‥‥お前は一体何者だミトロ!」
はっきりと見ることの出来ないミトロを前にしてスノウは驚きの表情を見せていた。
「覚えていないのか?‥‥いや、そうであったな。改めて名乗らせてもらおう。私は‥‥私の名はメタトロン。この地を守護する大天使だ」
「!!」
スノウは言葉を失った。
ケテル編はクライマックスに向けて一気に話が動きます。




