<ケテル編> 176.共闘
176.共闘
「お前は‥‥アプスー」
ニュクスの威圧的なオーラが大広間に広がった。
「そう構えるな‥‥と言っても無意味だな」
白い楕円球体に6つの目をもつ異様な姿をしたアプスーが言った。
6つの目が不規則にカシャカシャと動き、どこを見ているのかが分からない様子がさらに異様さを醸していた。
「何しにきたのじゃ?まさかあのクロノスを見て共闘で倒そうなどと言いにきたのではあるまいな」
ニュクスが言った。
「おかしいか?お前達はあの存在を感じて放って置けるのか?野放しにすればこのケテルが消滅しかねないことは容易に想像できるだろう?」
「たわけ者が。妾を誰と思うておるのだ」
周囲に食い殺されそうな闇のオーラが充満した。
明らかにニュクスは怒りを露わにしている。
しかし、怒りのオーラを前にして怯えているのはツィゴスの神々だけで目の前の異高神とその配下の水神は平然としていたためニュクスも冷静さを取り戻した。
「‥‥まぁよいわ。それで、お前の何を信じればよいのじゃ?まさかその怪しい申し出を無条件で受けろというわけではあるまいな?」
「私は駆け引きが嫌いでね。等価交換などは考えていない。その代わりと言ってはなんだが、我らエークエスの全勢力をクロノスにぶつけることを約束しよう。あれを滅するのに我が勢力は出し惜しみしない。あれの顕現で我らの戦力の半数以上が失われた可能性がある。悠長なことは言っていられないのだよ」
「フハハハ!まさかアテナの首でも取りにいったのではあるまいな。そのままアルカ山の噴火に巻き込まれて死んだか!これは愉快じゃ!実に愉快じゃ!」
ニュクスは声高らかに笑って言った。
それにエアが反応した。
「カオスの子孫たる原初の闇の女神。その気高き生まれに敬意を表していたが、これ以上我らが主人たる主神を愚弄するならただではおきませんよ」
エアが水を吸い上げて体を巨大化させ威嚇しながら言った。
「良いのだエア。今は啀み合う時ではない。謙ってでもあれは止めねばならない。それだけの強大な力がこのケテルを破壊し尽くそうとしている。そのような時に勢力争いも何もないのだ」
「フハハハ!愉快愉快!愉快だがお前の言うことも正しい。だが同情はせぬぞ」
ニュクスはエークエスの戦力の三分の二が失われたことが面白かったのか口が裂けそうなほどの笑顔を見せながら言った。
「ふむ。良い余興であった。それに免じてお前の申し出受けてやろう。共闘条件はお前達が矢面に立ち戦うことじゃ。それが飲めねば共闘はない」
クロノスの攻撃を真っ向から受ける役目を担えと言うえげつないニュクスの要求にアプスーはしばし沈黙した。
すると突然、カシャカシャとそれぞれが不規則に動きめが一瞬でニュクスの方向に揃って向いた。
「いいだろう。我らがお前達の盾となろう。その代わり必ずクロノスを討ち滅ぼす攻撃を約束してくれるか」
「フハハ!生意気な!クロノスを葬った後はお前達の番だがな!‥‥お前のその決断を支持しようではないか」
ニュクスは満足そうに言った。
「賛同に礼を言う。それでは1時間後だ。時間が経てば経つほどやつは本来の力を取り戻すはずだ。その前にやつを叩く必要があろう」
「フン!妾に指図するな。だが時間が勝負であることは言う通りじゃ。1時間後、お前こそ遅れるでないぞ」
「承知した‥‥」
アプスーはエアの水の中に沈んで消えた。
それに引っ張られるようにしてエアも水溜りの中に消えた。
ネメシスたちはアプスーらが完全に消え去ったのを確認するとニュクスに質問を投げかけた。
「信じてよろしいので?」
「かまわぬ。どの道クロノスとは戦わねばならぬのじゃから、強力な盾を手に入れたと思えばよい。役に立たなければそれはそれで構わぬ。やつらは滅せられて終わりとなり勢力争いとして戦う手間が省けるからのぅ」
「クロノスに勝てますか?」
「勝たねばならない。勝たなければ我らの統治する世界が消えてしまうからね。我らの力を結集することで滅することはできると思うておる。さぁ我らも出発じゃ」
ニュクスの号令でツィゴスの神々はクロノスが出現したアルカ山への向かった。
・・・・・
・・・
「ゴルルルァァァァ‥‥‥‥」
ドッゴォォォォォン‥‥
クロノスの地響きのような唸り声が周囲に広がる。
それに合わせて空気もビリビリと震えていた。
巨大な山とも見える体がゆっくりと動き必死に這い出ようとしている。
這い出ようと手を地面に押し付ける度に地鳴りと共に地響きが起こっている。
最初は胸まで出ていた状態だったが、今では腹まで這い出ていた。
ボゴボゴボゴボゴ‥‥
クロノスから少し離れた場所に突如として湧水のように小さな池が生まれた。
そしてその中からエアが現れた。
続いてその池から黒い煙がボゴボゴと泡が触れ出てきて割れると当時に周囲に充満し始めた。
その煙が怪しく蠢き始めると黒い肌の人型のようなものが出現した。
ネルガルだった。
上空からは二匹の巨大な蛇が飛んできた。
二匹の巨大な蛇はラフムとラハムだった。
そのさらに上空に一筋の光が見えた。
その光は徐々に落下してくる。
シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン‥‥
凄まじい速さで落下して来たかと思うと、地上スレスレで綺麗に静止し、空中に浮いた状態となっていた。
静止して浮いているのは白い楕円球体に6つの目がつけられてい容姿のアプスーだった。
その後上空にいるエンリルが高度を落としアプスーの横に着地した。
さらに上空からは明るい光が差し込んでいる。
まるでスポットライトのように光を発しているのは古の太陽神シャマシュだった。
アプスーの横にはエアとネルガルが立ち、上空からはシャマシュが全体を見守っている。
「あれが嘗て世界を支配していたと言われる巨神の王、クロノスか」
「まるで地獄から這い出て来た怒りの感情の権化といった感じですね」
ネルガルとエアがクロノスを見て言った。
それを遮るようにアプスーが指示を出す。
「さて、約束ではもう数分経てばツィゴスの者どもがこの地へやってくるはずだ。それまでは無駄な戦闘は避けろ。我らの目的はひとつだ。よいな?それを成し遂げるまでは絶対に死んではならないぞ」
他の神々はアプスーの言葉を聞いて、皆頷いていた。
・・・・・
・・・
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ‥‥
人域シヴァルザが大きく揺れた。
建物のほとんどが地下にあるため建物の倒壊はないが、テーブルや棚など家の中のものが跳ねるように激しく動き、それによって怪我人が多く発生した。
スクール内の各研究室も大きな揺れによって研究で使われている器具や書類が激しく散乱していた。
過去100年以上大きな地震はなかったことと、有史以来これほどの巨大地震はなかった。
当然住民達は思考をめぐらす余裕など無く、ただひたすら混乱し怯えるだけで必死に自分の身の安全を確保する行動をとるしかなかった。
ゴゴゴゴ‥‥
「おさまったか?」
地震がほぼおさまってしばらくして、人々は自分が生きていることを実感して涙した。
ゴゴ‥‥
余震のように度々揺れはするが行動できる状態であるため、まずは状況を確認しようと住民たちは外に出始めた。
変わらず空から照らす日の光で明るい状態であり、ドーム状に囲われた周囲天井の壁で外界の状況が分からないため、人々はシヴァルザの外に出て確認しようとひとりふたりと門から出て行った。
門から出た瞬間に驚愕の景色に皆絶句した。
一面暗闇のはずがアルカ山のあたりだけまるで真っ赤な血に染まったように異様な明るさを見せていたのだ。
「ふ、噴火だ‥‥」
「アルカ山が?!」
「ま、間違いない‥‥」
流石にシヴァルザまで噴火による直接的被害はないのだが、これまで悠然と聳えていたアルカ山が突如噴火してその姿を大きく変えてしまったことに人々は恐怖と不安の声をあげた。
「ケ、ケテルはどうなってしまうんだ‥‥」
人々の感情を象徴するようにとある誰かが言った。
そんな中、4人だけ違う感情を抱いている者達がいた。
「これはまさか終末ドグマに書かれていたあの‥‥」
「間違いないだろう。このケテルに住む者達にとっての脅威となる対象‥‥ケテルノマキアの元凶たる存在が現れたのだ‥‥」
そう会話しているのはトリアとロクドウだった。
「私たちが認識している歴史からずれて来ている‥‥。やはりアノマリーの存在が影響しているのかもしれない」
「その可能性は高い。だが、それだけではないだろうな。私はナンバリングの低い立場だからそこまで基準線の歴史については詳しくないが、さらに何か別の不確定要素が加わっているとしか思えない。基準線から逸脱し、基準線の置き換えが生じるほどの衝撃は、通常明らかに分かる違和感的事象なのだがこうも曖昧に変化していく状況はとても信じられない‥‥」
「同感だわ。人類議会がニルヴァーナと接触し三足烏の影響だけではここまでのズレは生じないから‥‥」
「とにかく私は彼を連れ戻す最終段階に入る。こうなっては調査どころではないしこの混乱の乗じて連れ去るチャンスもあるだろう。ここからは別行動となるな」
「そうね。私も元の任務に戻るわ。幸運を祈るわね」
「君も‥‥必ず生きて帰れよ」
そう言うとトリアとロクドウは別れた。
そして少し離れた場所から事態を見守っている者がひとり。
シンザだった。
(終末ドグマ‥‥ケテルノマキア‥‥一体何が起こっているんだ‥‥何か胸騒ぎがする。ここはグザリア跡に向かうべきか‥‥)
シンザは天変地異とも言える凄まじい噴火の光景を目の当たりにしながら動揺を隠せない状態の中思案をめぐらせていた。
(もう少しここで調査をすべきだな‥‥理由は分からないけど何故か心のどこかでここに留まらなければならないと言われている気がする‥‥)
シンザはシヴァルザに残ることを選択した。
この混乱に乗じて普段は入れないような場所に侵入して情報を得ることができると思ったのだ。
(スノウさんもそれを望むはずだ)
シンザはシヴァルザの中に戻って行った。
そしてそこから少し離れた場所にいたのはウィンチだった。
「いよいよ始まったね。でもあれは放っておいていいね。もう少しここで様子をみるとしようかな」
ウィンチの目は角膜と結膜の境なく黄色に怪しく光った目で空を見上げていた。
「さてと、戻るとするかなぁ」
そう言ってシヴァルザの中へ戻って行った。
中へ入ると、ヴェルガノがひどく慌てた様子で走って来た。
その横にはトリアもいた。
「おいウィンチ!無事だったか!探したぜ!」
「ヴェルさん!」
ヴェルガノを見たウィンチは思わず叫ぶようにヴェルガノの名前を呼んだ。
ウィンチの目は普通の状態に戻っていた。
「どこ行ってたんすか?!」
「そりゃこっちのセリフだろうが!ってまぁいい、そんなことを言っている場合じゃねぇ。これからどうするか?アルカ山があの通り噴火したとあっちゃぁこのケテルはいよいよおしまいかもしれん。だが、ここより安全で住める場所もないだろうし‥‥シウバーヌのばあさんやガキどもも心配だ。ここに留まるかルガロンに向かうか‥‥今決めるしかねぇ」
流石のヴェルガノもこの事態に冷静さを保っていられないようだ。
すると遠くの方から大声で何かを話しているのが聞こえて来た。
「みなさん!落ち着いてください!このシヴァルザは大丈夫です!こんなこともあろうかと、建物は地下に作られました!これもみな人類議会のマスター・ヒュー、カエーサルさんが得た終末ドグマの予言によるものです。つまり!カエーサルさんは既にこの大地震のことをご存知で、それに耐えられる街としてこのシヴァルザを作っているのです!だから安心してくださいい!!」
フルイドだった。
人類議会を盲信しており、特にカエーサルへの忠誠心は病気並みだった。
そしてその横にはシンザが紛れ込んだアイオリアの小隊を率いていたエムゼオもいた。
「皆さん!速やかに自宅へ戻ってくれ!我らヒュー・ナイツの部隊が誘導する!家は安心だ!むしろ外に出る方が危険なのだ!だから速やかに自宅に戻ってくれ!」
エムゼオはヒュー・ナイツの一員として街の治安維持の役割をになっていたため、今回の巨大地震で混乱している住民たちを落ち着かせようと必死になっていた。
「終末ドグマで予知していたってのか?!この大地震を‥‥」
ヴェルガノが眉を顰めながら言った。
「ヴェルおじさん。私たちも一旦家に戻りましょ。落ち着いてから次の行動を考えないと」
トリアがヴェルガノの袖を引っ張りながら言った。
「そうだな‥」
3人は家に帰って行った。
・・・・・
・・・
場面は戻ってクロノスから少し離れた平地。
突如地面に黒い闇が出現した。
そこから複数の黒い液体のようなものが競り上がって来て人の形を形成し始めた。
次第にその姿が鮮明になっていく。
現れたのはニュクス等ツィゴスの神々だった。
「遅かったな」
「ほぼ時間通りではないか。細かいやつは嫌われると言うぞ」
ラフムの問いにヒュプノスが答えた。
そして指図されまいと今度はニュクスが話し始めた。
「さぁて、これからクロノス総攻撃だ。お前達エークエスどもは約束通り我らの前に立ち盾となりつつクロノスを攻撃せよ。同時に我らツィゴスもまたクロノスへ攻撃を始める。クロノスが何か攻撃してきたら命全てを賭けてでも全力でその攻撃を防ぐのじゃ。よいな」
威圧的な物言いに共闘前からギスギスした雰囲気となったがそれぞれが配置についた。
「あれがクロノス‥‥」
オネイロスが巨大な岩山のような旧神を目の前にして目を見開きながら言った。
「まさか臆しているわけではあるまいなオネイロス」
「お馬鹿なことは言いなさんなヒュプノス。心躍る状態というやつですよ。それより震えているようですが大丈夫ですか?」
「愚弄するかオネイロス。武者振るいだ。攻撃に遅れをとるようなら我がお前に引導を渡してやるからそのつもりでいろ」
「ほっほっほ!勇ましいことですね。いいでしょう!」
ゴォォォォォォォォォ‥‥
凄まじい高熱風が吹き荒れている。
岩石の飛来は一時的に収まっているもののこの高熱風はおそらく半神以上の存在でなければ耐えられないだろうと思われた。
ガシィイ!
エークエスとツィゴスの神々は構えをとった。
「地獄の深淵から這い出て来た老害には本来の居場所に速やかに帰ってもらう。皆のもの心してかかれ!」
ニュクスの合図の下、神々はクロノスに向かって行った。
エークエスの面々に矛盾があったため修正しました。




