<ケテル編> 171.不吉な予感
171.不吉な予感
「はぁ?!」
「喚くなガキが」
オリオンが思わず驚きの声をあげるとテセウスがイラついた顔で言った。
驚いたのはオリオンだけではない。
他のセプテントリオンたちも驚いた。
何故なら一夜にしてケテル最大勢力を誇っていた亞人域ロプスが壊滅したからだ。
壊滅させたのはツィゴスの神々だと言うことも同時に情報として耳に入っていた。
そしてこの事態に対するセプテントリオンたちの理解は二つに分かれていた。
一つはオリオンのようにツィゴスの戦闘力の高さをん認識した者たちだ。
オリオンに加えミノス、セメレー、ポリュデケウスは同様の理解をしていた。
一方ペルセウス、テセウス、ヒッポリュテは別の認識をし眉を潜めていた。
「おいヒッポリュテ。何をそんなに悩んでる?!いくらツィゴスの神々が凄まじい力を持っているって言ってもここまで来るのにエークエスと一戦交えることになるじゃないか!上手くいきゃぁ同士討ちだろうが!」
オリオンが若干ドヤ顔でヒッポリュテに言った。
いち早く自分たちセプテントリオンの立場が有利になると気づいたのだと言いたいのだろう。
「オリオン。貴方は幸せ者ね」
「何ぃ?!」
「おいおい、やめないか」
ペルセウスが優しい笑顔を見せながら割って入った。
「オリオンたちが気づかないのも無理はないよ。旧アネモイ上位剣士は伊達じゃない。全体を見渡すことが出来、戦局をしっかりと見据えて状況を把握、そして次にとるべき行動を瞬時に判断できる。それが出来たからこそ、テセウスもヒッポリュテも上位剣士だったわけだからね」
「はぁ?!おいおいペルセウスさんよ!テセウスもヒッポリュテも俺と同じ中位剣士だったじゃないか!出鱈目言うな!」
「はぁ‥‥ウルセェな」
テセウスはいよいよ我慢出来ないと言った様子でオリオンを睨みつけた。
「あぁそうか、君は知らないのだったね」
「何をだ?!」
「私たちはいずれアネモイ剣士協会から抜けるつもりだったんだよ。ボレアス達のアネモイ四柱神たちの支配下では半神は単なる駒でしかなかったからね。機会を見ていずれ独立するつもりだったんだ。我々半神はアネモイ剣士協会を出るとなった場合、敵と見なされて消滅対象になりかねなかったからね。その計画を密かに進める必要があったんだ。そのためにはメンバーがあまり目立っては都合が悪かったんだよ。アネモイ剣士協会の理念に反する者たちが上位剣士集団となっては神々に目をつけられてしまうからね。元々テセウスとヒッポリュテには上位剣士昇格の打診が何度もあったんだけど、断ってもらっていたんだ。あのシルゼヴァが断って最下位剣士に居続けたようにね」
「なっ‥‥」
オリオンは何かを言おうとしたが、言葉を飲み込んだ。
「そんな裏話が?!」
「確かに2人の実力は上位剣士に引けを取らないレベルだとは思っていたけど‥‥言われてみれば上位剣士にならないのは逆におかしい気がしてきたよ」
「断ることなんて出来るのか?!い、いやそもそも断るなどなんと勿体ない!」
ポリュデケウス、セメレー、ミノスもまた驚きの言葉を発した。
それを見ながらペルセウスは話を続けた。
「加えてゼウス派と呼ばれていた派閥があったろう?あれを作ったのはアネモイ剣士離脱計画をカムフラージュするためでね。ゼウスという全能神の傘の下であれば怪しまれることもないし、ボレアス派の支持者を減らし彼らの結束力を削ぐこともできたしね」
「ゼ、ゼウス派がカムフラージュ‥‥」
オリオンは自分は全能神の加護の下にアネモイ剣士としてケテルを守ってきたという自負を持っていたがそれが単なるカムフラージュだと知り、愕然としつつ恥ずかしくなった。
「ギルガメッシュは完全にアイオロスの犬だったからそもそもあまり接点はなかったけど、アキレスは気付いていたんじゃないかな。それで異国の半神たちをアネモイ剣士に入れ始めた。まぁその話はまた別途かな。とにかく独立を密かに進めていたんだけれど予想外にも風の大破壊が発生した。それに乗じて無事今回のセプテントリオンを立ち上げるに至ったんだがね」
オリオンたちは自分たちの知らない話を突然打ち明けられたことでショックを隠しきれない様子だった。
珍しく気遣いもなくペルセウスは話を続けた。
いつもなら、もう少し丁寧に仲間を気遣いながら説明したはずだった。
「それで話を戻すとあなた方の認識はどう言うものなのですか?」
ポリュデケウスは質問した。
「君はいつも冷静でいいねぇ。我ら元上位剣士の見立てでは、エークエスも馬鹿じゃない。ツィゴスがあれだけの神々を復活させていることも知っているだろうし、神の島にはニュクスが残っていることも知っているはずだね。そんなところへ戦略なしに戦いを挑むようなもの達じゃないよね。一方で今回実質的にナーマを手に入れた人域シヴァルザそして亞人域を手中におさめたツィゴスに対してエークエスは自分たちは遅れをとっていると認識するはずだ。だが、先ほど言った通り、ツィゴスには挑まない。まだね。時と場所を考えて攻めるはずだからね。そうなればエークエスのターゲットは誰になると思うかい?」
「まさか?!」
「そのまさかだよ。おそらく既にこちらに向かっているだろう」
ポリュデケウスやオリオンたちはやっとエークエスが行動を起こし攻めてくる対象が自分たちセプテントリオンであることを理解した。
「おい!そこまで分かっているなら何故この神殿で呑気にしているんだ?!先手を打って返り討ちにすべきじゃないのか?!」
オリオンはこめかみに血管を浮き立たせながら言った。
「だからお前は下流、下の下って言われんだよ」
「何?!」
テセウスがオリオンを馬鹿にするように言った。
それを美しい手を軽くあげて止めるとヒッポリュテは補足した。
「ペルセウスさんは何故ニンゲンたちに禁断区域に住むことを許可したと思う?」
「そ、そりゃぁアノマリーやヘラクレスたちに対して俺たちに協力させるためだろう?それに禁断区域にニンゲンが住んだところで気に食わなければ滅すればいいって話だったじゃないか」
「単細胞が」
「何?!」
テセウスが半笑いで馬鹿にするように言う度にオリオンは殴りかかる仕草をしてみせるが、負けると分かっているため殴りかからない。
仕方なくヒッポリュテを睨みつけて早く答えを言うよう促した。
「エークエスが攻めてきたら必ず禁断区域に侵入するでしょう?そうなればエークエスの神々はニンゲン達を排除しようとするはずですね。でもアノマリーたちはそれを許さない。そうなれば、おそらく戦闘になるはずです。そこで高見の見物と洒落込んでもよいですし、約束通り共闘することでエークエスの神々を追い返すか、あわよくば数体殺せれば十分‥‥というわけです」
オリオンたちは納得の表情を浮かべていた。
「それもペルセウスが書いたシナリオって言うんじゃないだろうねぇ。昔からずる賢さにかけちゃ超一流だったけど、ここまで読んでいたとすれば正直あたしは怖いねぇ」
セメレーが真面目な表情で言った。
「はっはっは!まぁ流石の私もそこまでじゃないよ。ただニンゲンを禁断区域に住まわせるという要求をスノウ君がしてきた時、私たちに他勢力の侵入を知らせてくれる良い見張り台になるとは思ったけどね。それが仮に西であっても人域シヴァルザへの見張り台になるしね」
「全く恐ろしい男だ、あなたは」
ミノスが腕を組みながら言った。
その直後、ペルセウスの表情が少し変わった。
「おや‥‥噂をすれば‥‥だね」
それを聞いて他の者たちはみなアルカ山山頂から外界を見下ろした。
・・・・・
・・・
――禁断区域・人間居住区――
村づくりは更に進み、住居や共用施設のために伐採した森林エリアに新たにいくつかの畑が作られていた。
周囲にはまるで野球場のナイター設備のように照明が付けられていた。
森の外に設置した風車によって供給されるエレキ魔法によって明かりがともされていたのだ。
「流石にこの程度じゃまだ植物が十分に育つ光とは言えないな」
「もう少し照明をつけたいけど散々グザリア跡は探したし無理じゃないか?」
「せめて設備と材料でもあれば俺が作れるんだがなぁ」
「無理だろうなぁ。頑張って材料を揃える程度が限界だよ」
「いや、そう言えばボレアス神殿の地下に照明製作の設備の試作品が残っていませんでしたか?もしあれがまだ残っているとしたら使えるんじゃないでしょうか?もちろん整備は必要だと思いますけど」
「そ、それだ!」
平民兵もとい禁断区域・人間居住区の村人たちはかなり前向きに村づくりにとりくんでいた。
元々平民であり、それぞれが様々に手に職を持っていたもの達だったため、皆に聞きまわれば誰かしらが必ず対応できるという状況があったのも村人達を前向きにする理由となっていた。
「よし!早速今日の午後出発だ!」
「俺も行こう」
「僕も行きます」
10人ほどが名乗りをあげた。
照明製作設備が残っていれば畑で植物が育つ可能性が更に上がるため、皆大いに期待した。
「随分と村づくりが進んだな」
レヴルストラメンバーのトライブ基地として建てられた少し大きめの家からその光景を見ていたワサンがスノウに向かって言った。
「ああ。人間の底力を感じるよ。いや、人間だけじゃないな。このケテルの地に生きる全ての者が必死に生きてこのケテルを甦らせようとしている気がする」
それを聞いていたシアが割って入ってきた。
「きっとここの村人達はマスターに感謝するでしょうね。そしてこの村の名を “マスタースノウ様を讃える村” と名づけることと思います。ええ、間違いありません。もし違う意義を唱える者が仮にいるとするなら、その者たちをひとりひとり特定して拷問します」
「ははは‥‥」
シアの絶望的なネーミングセンスに加えて従わない者を拷問するという猟奇的発想にスノウは引きつった笑顔で笑うしかなかった。
「そう言えばヘラクレスはどこへ行ったんだ?」
「ああ、何やらここに自分の石像を建てるんだとか言ってたからでかい石でも探しに行ったんじゃないか?」
「ヘラクレスは自分の石像を建てると言っていたの?拷問確定ね。マスターの像を建てるなら百歩譲って両目をくり抜く程度で許すけど」
一方村人たちは照明をどの場所に取り付ければ効率的に光を供給できるかを議論していた。
そこにも農夫をやっていたと言う者が前に出て、どの程度の明かりならいくつくらいあればいいのかなどを過去の経験から説明し始めた。
「種はいつ蒔くんだ?」
「照明が完備されてからだ。無駄にはできないからな」
「確かにそうですね。彼に照明の数は任せて、僕らはこの畑を耕しましょう」
そんな会話をしながら村人たちは様々に議論していた。
その中でふと背後に何かを見つけた者が言った。
「お、かわいいな」
村人が背後に見たのは一匹の子犬だった。
別の村人もそれに気づいた。
「おお、子犬じゃないか!かわいいなぁ!」
「本当だ!ほれ、こっちへおいで!まだメシはないが、撫でてやることはできるぞ」
皆子犬を見て和やかな雰囲気に包まれた。
だが、村人のひとりが何かに気づいた。
「お、おい‥‥こいつ野良犬か?‥‥なんでこんなに人懐っこそうな犬がこんなところにいるんだよ。風の大破壊で犬どころか猫やそのたの動物たちの殆どは風に飲み込まれて消えてしまったんだぞ‥‥どういうことだ?」
「そ、そう言えばそうだな‥」
「馬鹿だなぁ!この森は被害がないんだぜ?生き残った子犬だっているだろう?いや、もしかすると親犬が大破壊後に産んだ子犬かもしれないぜ?」
村人がざわついているのを見たワサンがまたスノウに話しかける。
「何やら騒がしいな。活気があっていいんだがな」
「妙なのが入り込んでいるな」
「!?」
奥で寝ていたはずのシルゼヴァがいつの間に来たのか、ワサンとスノウの間に立って言った。
スノウはその言葉を聞いてすぐさまフラガラッハを手にして外に出た。
村人たちは少し警戒しつつも、目の前にいるのは熊でもなく魔物でもない単なる小動物であることから徐々に馴れてきた。
「ま、まぁこういう奇跡もあるんだよ。この子犬、俺たちで飼おうぜ?」
1人の若い村人が子犬に向かってお手を指示するかのように手を差し伸べた。
ペロ‥ペロペロ‥
子犬は村人の手を舐め始めた。
「ははは!こいつは可愛いぜ!」
「やっぱりただの子犬だったかよ」
村人たちは皆ほっとした表情を浮かべた。
次の瞬間。
ガブリギ!!
「ぎぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁ!」
「あがぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「うわぁぁぁぁ!」
手を差し出していた村人の上半身が消えていた。
同時にその様子に驚愕した数人の村人たちが恐怖の悲鳴をあげた。
子犬だったはずの影が人間の2倍はある大きさになっていた。
そしての巨大な犬の口元からは血が滴っていた。
「あいつは!」
スノウはフラガラッハを構えて巨大な犬の方に向かって詰め寄って行った。
心の中で何か不吉なことが始まった予感に襲われていた。
いつも読んで下さって本当に有難うございます。




