<ケテル編> 165.深淵での出来事
165.深淵での出来事
約1ヶ月前。
ティアボロスはタルタロスの深淵にいた。
夜の涙を入手するためにニュクスによって出された条件として、七日間タルタロスの深淵で耐え抜くという試練を飲んだのだ。
ニュクスがこの試練を出した理由。
通常タルタロスの深淵に落とされると強靭な精神力と強靭な肉体があったとしても、時間が経つにつれて精神と肉体が蝕まれ気が触れてしまうのだ。
そんな試練を請け負ったのがディアボロスだった。
タルタロスの深淵に至るまでの亜空間のような場所をしばらく彷徨っていたディアボロスだったが、突如地面らしきところに着地し周囲を見渡した。
見る限り想像していたような雰囲気ではなく、僅かな炎がうっすらと辺りを照らしている地底奥深くにある牢獄に思えた。
どうやら狭い牢獄の中に閉じ込められているようだ。
鎖を引っ張る金属音や、高いとも低いとも分からないようなうめき声、岩の壁面を叩く凄まじい振動音など様々轟音が響き渡っている。
(地獄と変わらねぇじゃねぇか)
ディアボロスは期待外れと言わんばかりの表情を浮かべている。
「ゴォォォォォォォ‥‥」
強烈な唸り声が響いてきた。
その方向を見ると無数の光るものが見えた。
光るものの目の主はヘカトンケイルだった。
鼠一匹通すことを許さない、この牢獄を監視する100の目を持つ巨人ヘカトンケイルがこの地底奥深くの牢獄を見張っていたのだ。
(ニュクスのやろう、どうやら何も知らなかったようだ。だがこれは好都合だな)
不敵な笑みを浮かべながらディアボロスはヘカトンケイルが見えなくなったのを見計らって壁をぶち抜いて外に出た。
バゴオォン!
周囲を警戒しながら歩いていくと広い空間に出くわした。
(なんだここは‥‥)
ギン!!
「!」
突如凄まじい緊縛のオーラを感じて動きを封じられた。
(ヘカトンケイルか?!)
「ごしゅあぁぁぁぁl ‥‥‥こんなところに客とは珍しい‥‥」
「!!」
突如心臓を抉られるような低く響く声が聞こえた。
(こ、こいつはいきなりビンゴじゃねぇか!)
ディアボロスは驚きと不敵な笑みが混ざった表情でこめかみに汗を垂らしながら身構えた。
目の前にはその全身が見渡せないほどの巨大な影が鎮座していた。
「ふしゅるるるぅぅぅぅ‥‥臭うな‥‥忌々しい新参者の分霊の臭いだ」
(新参者!フハハ、一体時間の流れをどう捉えてやがるんだこいつはよ)
ディアボロスはその巨大な影を見上げた。
(臭い嗅ぎ分けただけで見えてねぇのか?‥‥流石に)
ブブブブゥゥゥゥン‥‥
羽虫が飛んでいるような音がディアボロスの耳のあたりから聞こえてきた。
「こいつがそうなのか?」
羽音から声が聞こえた。
「お前そんな姿の存在を知られたら一発で消し飛ばされかねないぜ」
「そうかもな。だが、この緊縛オーラを解かないとお前も困るだろう?それじゃぁ少しだけ姿を見せるか」
ディアボロスの前に一匹の蝿が飛んできた。
羽虫の羽音の主はこの蝿だった。
ヒュゥゥゥゥ‥‥ポト‥
蝿は突如飛ぶのをやめたのかその場で地面に落ちた。
ポコ‥ポコポコ‥ポコポコポコポコボコボコボコボココ‥
その蝿がまるで細胞分裂のように膨れ上がっていく。
ボゴボゴボゴボゴボゴ!
あっという間に2メートルを超える人型の姿に変化した。
全身が灰色の肌の全裸姿で、薄い紺色で波がかっている長い髪が靡いている。
痩せ型の筋肉質の体つきだが背中が丸まった姿勢のため、2メートルを超える身長がディアボロスと変わらない高さに見える。
そして目は金色に光っているため、このタルタロスの暗闇の中で不気味に光っていた。
「ゴルルルァァァァ‥‥新参者の臭いが増えたのかぁぁぁ」
目の前の巨大な影は突如蝿から変化した存在にも気づいたのか地鳴りのように響く声で言葉を発した。
「気配には気づいているようだな。辛うじて意識は保っているってことか」
灰色の男がディアボロスに言った。
「ああ。だが時間の問題かもな」
「こいつが暴れ出したら面白いことになりそうだ」
「だが、あの方はそれを望んでいないぞ」
「それもあれの出方次第だろう?要はケテルが消滅しなければいい話だ。最悪俺たちで止めればいい。何もカオスそのものが顕現するわけじゃないからな。骨は折れるがやれない話じゃない」
「いや虚無の力を得てるんだ。俺たちだけじゃ足りねぇだろう。レヴィアタンかベリアルあたりも必要だが、流石に無理かもな。クリフォトの理念に賛同できねぇお人好し共を動かすのはそれこそ骨が折れるぜ」
ゴゴゴゴゴゴ‥‥‥
「オゴォォォォ‥‥何をこそこそと話している‥‥ヘカトンケイルはどうしたのだ」
ズゾォォォォォン!!
巨大な影は地面を踏みつけたのか、大地震のような凄まじい地響きが響いた。
「やべぇな。あれに睨まれると厄介だ。目的のひとつは達せられた。ここは一旦避難するぜ」
「懸命だな」
ディアボロスと灰色の男はそこから移動した。
しばらく進むと大きな崖に行き着いた。
「おいおい、このタルタロスは一体どういう構造だよ。ここは深淵のはずだぜ?そこにこれだけの大渓谷があるってのか?」
ディアボロスはこめかみから汗を滴らせて驚きの表情を見せた。
だが、それは不安や恐怖ではなくむしろ好奇心を掻き立てられたような顔だった。
そして灰色の男も同様だった。
灰色の男は遠くに何かを見つけたのか腕を組みながらディアボロスに話しかけた。
「おいアスタロト。ここはもしかするとあいつの住処かもしれないぜ」
「あいつ?‥‥まさか?!」
「ああ。あの巨大な崖を見ろよ」
灰色の男は遠くに見える切り立った巨大な崖の壁面を指さした。
「おいおい、あのでけぇのが目だってのか?!」
ディアボロスの指摘の通り、崖に見える直径100メートル程の円形に見えるものは微かに動いている。
まるで目玉のように。
「名案が浮かんだぜ。レヴィアタンやベリアルがだめだとしても、こいつならどうだ?」
「虚無に飲まれた状態だ。相当な破壊力を示すだろうがこいつを差し向けて俺とお前が共に攻撃すりゃぁ、粉微塵にできるだろうな。だがその後のこいつの始末が面倒だ」
「その時は俺たちでなんとかすればいい。もしくは再度タルタロスに食わせれば済むことだ。こいつの質量なら蹴り落としでもすれば一気にこの奈落の底までご帰還だろうな」
ディアボロスは不敵な笑みを浮かべて頷いた。
「あれとこいつを次元の紐で結んでおけば、あれが出てくるのと同時にこいつも出てくるはずだ」
「やつがエヘイエーを起動させることができればその時は次元の紐を切れば済む。いずれにしても計画は順調に進むということだ」
「そうだな」
ゴゴォォォン‥‥
周囲に無数の光が現れた。
それを見たディアボロスは灰色の男に言った。
「ヘカトンケイルか。あいつはやってやれねぇ事はないが、流石にこの深淵で派手に立ち回るのはまずい。一応こりゃぁ試練らしいからな。ニュクスのクソ女を上手く騙すためにも騒ぎは避けた方が良さそうだぜ」
「ああ。またお前の耳ん中で世話になるぞ」
「もう少し小さくなれねぇのか?意外と気持ち悪いんだぜ」
「このケテルにはやつだけじゃなく、オリンポスの系譜とエークエスの系譜の神々がいるからな。それなりに力を分割しているからあれが限界だ。許せ」
そう言い終えると灰色の男はしゃがんだ後、丸まった姿勢で自分の手で体をさらに内側に押し込むような動作を始めた。
ボギギィ!ボキボギ!
まるで骨が折れているかのような音が響く。
次第に体が小さくなっていく。
そして元の小さな蝿に戻っていった。
ヴウゥゥゥゥゥン‥‥
ふらふらと飛び上がるとディアボロスの耳の中に戻っていった。
「さて、この深淵に隠れるところはあるのかねぇ」
そう言いながら素早い動きでその場から消えた。
・・・・・
・・・
―――時は戻って現在―――
スノウたちは禁断区域の森の入り口にやってきた。
「ここだな」
「着いたぜスノウの旦那」
バリオスとクサントスがスノウたちに目的に到着したことを告げた。
バァン!
新ストラ号のドア勢いよく開いた。
スタタタン!
レヴルストラメンバーが禁断区域の森の前に降り立った。
「あれがアルカ山か」
スノウは北北西に見える雲を突き抜ける巨大な山を見上げて言った。
「あれを登るんだな」
「怖気付いたのか?ワサン」
ヘラクレスがワサンを揶揄うように言った。
「まさかだろ。これから相手にしなきゃならねぇ奴らと戦うことに比べたらクライミングなんざ遊びにしか思えねぇ」
「はっはっは!まぁその通りだな。安心したぜ」
「マスター」
シアがスノウに話しかけてきた。
「どうした?」
「禁断区域の森が居住可能な環境かどうかの調査はセプテントリオンをねじ伏せた後に実施という事でよいですね?」
「もちろんだ。ねじ伏せるかどうかは交渉次第だが、接触前にこそこそ見まわってもいずれやつらに見つかるだろうからな。まずはあの山を登りきってやつらと交渉だ」
「分かりました」
シアは 「流石マスター」 と言いたそうな表情で頷いた。
「ちっ!」
ヘラクレスの背後でシルゼヴァの舌打ちが聞こえた。
それを見たスノウが問いかけた。
「どうした?」
「スクーパが使えると思ったんだ、どうやらあの忌々しい山が壁になって風を割っているらしい。この風の流れじゃスクーパは使えん。不本意だが、ハークの背中にこのバックパックチェア取り付けて座るしかない」
そういって装甲馬車からバックパックチェアを取り出してきた。
ヘラクレスが背負うバックパックサイズで荷物を入れる部分が椅子になっている。
「はぁ?!おいおいシルズ!お前自分で登れよ!一番力があって一番軽いんだからよ!一度のジャンプで三分の一くらいには辿り着けるだろうが!なんで俺がお前を負ぶさって登らにゃならんのだ?!」
ヘラクレスが驚きと怒りまじりにシルゼヴァにツッコミを入れた。
「ハーク。お前はこの俺に山登りをしろというのか?それでも親友か?どこの世界に親友に山登りをさせるやつがいるのだ?」
「し、親友‥‥」
ヘラクレスは目に涙を溜めながらバックパックチェアを背負い始めた。
ババッ!
「シルズ!乗れよ!」
ヘラクレスは右の親指を立てて笑顔で言った。
((単純‥‥))
皆が心の声をハモらせながら言った。
しばらく沈黙の後、スノウが話始めた。
「あの山を登るしかないが、途中でセプテントリオンが襲ってくるかもしれない。流石にあの高さから落ちたらひとたまりもない。シルゼヴァとヘラクレスは別だろうがな。従って予定通りそれぞれ簡易スクーパを装着して登る。もし攻撃されても簡易スクーパでなんとか無事に着地できるはずだ。お前らに限って自力であの山を登りきれないことはないと思うがもし何かあれば連絡を取り合って連携して登る。必ず全員登り切る。それも無傷且つ体力をなるべく温存してだ」
皆スノウの言葉を聞いて頷いた。
「よし!行くぞ!」
『おう!』
レヴルストラメンバーたちはアルカ山を登り始めた。
いつも読んで下さって有難う御座います。




