<ケテル編> 161.潜入捜査
161.潜入捜査
人域シヴァルザ付近を彷徨っている100名ほどの兵団がいた。
極寒の中で長距離を徒歩で移動していたようで、皆憔悴しきっている。
中には限界を超えて倒れ込むような者もいたが、仲間がそれを支えながら何とか歩みを止めずに進んでいた。
「あそこに光が見えるぞ!何とか踏ん張るんだ!」
兵たちに激を飛ばして率いているのはこの兵団のリーダーである、エムゼオという男だった。
神の血が4分の1はいっているクオーターで半神という位置づけにはいないが戦闘力の高い剣技の持ち主であるため、これまでゼピュロスの護衛の部隊長を務めてきた男だった。
今回の出兵でも戦闘の矢面に立って戦った勇敢な部隊でありアイオリアへの貢献は大きかったのだが、その激しい戦闘故に元々は1000名の兵を従えた部隊がその数を大きく減らしてしまっていた。
しかも本隊とはぐれてしまったことで人域シヴァルザ付近を彷徨っていたのだが、自分たちの居場所もどこへ向かって進んでいるかも分からない状態だった。
「部隊長‥あの光は‥ナーマではありませんよね?」
平民兵の一人が死にそうな表情で質問してきた。
「分からない。だが、我らの体力は限界を超えている。どこであろうと、捕虜となってでも皆の安全を確保したい。今はあの光を頼って進むしかないのだ」
「捕虜‥‥」
引き返す気力も体力もないが、捕虜という聞きなれないワードにネガティブなイメージが膨らんでしまったのか、その平民兵は黙ってしまった。
その表情を見たエムゼオは自分があまりに正直に喋ってしまったことで部下に不安を与えてしまったのだと思い、フォローのコメントを入れた。
「距離的に考えられるのはナーマ、人域シヴァルザ、空白地帯にあるマパヴェくらいだろう。ナーマにあのような光を発する場所はないから人域シヴァルザかマパヴェだ。大破壊前後の情報しかないのだが、人域シヴァルザは人間によって運営されているオアシスだと聞いている。この現在の混沌としたケテルにで人間という種族が争うべきでないことは彼らが一番身に染みているはずだ。従って捕虜といっても無下には扱われないことは間違いないだろうな。一方マパヴェについてだが、昔アネモイ剣士に聞いた話ではあそこは地下都市になっていてそこに住んでいるのは基本的に人間なのだそうだ。現在あの地域は亞人域ロプスによって制圧されている可能性もなくはないが、元々人間が住んでいる場所なのであれば我ら人間の扱いも非人道的なことにはならないだろう」
「そ、そうだと良いですね‥‥」
少し安心したのか、何とかひねり出した笑顔を向けて自分の小隊へ戻っていった。
戦闘により情報が分断されてしまっていたのか、エムゼオを始めとしたこの部隊は亞人ロプスが人類議会と繋がっていることを知らなかった。
「レヴはいるか?」
エムゼオはレヴシンザ、通称レヴという名の小隊長を呼んだ。
「はい、こちらに」
数秒後にエムゼオの背後に何者かが現れた。
「おお、そこにいたか。まるで影のようだな。すまないが前方にあるあの光を放つものが何かを探ってきてもらえないか?人域シヴァルザかマパヴェだとは思うのだが、どちらにしても我々を受け入れてくれる場所なのかどうかを事前にできるだけ把握しておきたいのだ」
「分かりました。どこまで探れるかは分かりませんが見て参ります。しばらく近くで待機されますか?」
「いや、このまま進む。進むも地獄、止まるも地獄かもしれないが、明らかに分かっているのは我らは一度止まったら再度歩き出すことは難しいという状況とこの極寒で耐えるだけの環境が確保できない現実がある以上進むしかないのだ」
「同感です。それでは行ってまいります」
レヴシンザと呼ばれた男は凄まじい速さで前へ走っていった。
エムゼオの側に他の小隊長が近寄って話しかけた。
「彼は一体何者なんですか?この状況下であれだけ走れるというのは尋常じゃない体力を持っているとしか思えません」
「ああ。俺もよく知らんのだが、大統領の指示で入隊した者らしい。この亞人との闘いの最中で新たに任命された士官だから俺もやつとの関わりは長くないのだ」
「なるほど。しかし一度戦っているのを見ましたが、見事な戦いっぷりでしたよ。あれが小隊長止まりとは信じられません」
「全く同感だ。しかも俺には丁寧に敬った態度で接してくれてはいるが、目の奥底では俺を上官だと認めていないような冷たさが感じられるんだ。もっと大きな存在‥‥位の高い存在に仕えている自負が要所要所で垣間見られるというかな‥‥まぁこれは俺の感覚の話だから信憑性は低い」
「でも大統領の指示だとすると、大統領直轄の者とか‥‥いずれにしても普通の平民出の者じゃないですね」
「そうだな。と、とにかく色々と気になるところはあるだろうが、くれぐれも問題は起こしてくれるなよ。今この部隊に問題に対処できるだけの力や余力はないのだからな」
「はい、それは重々承知しております。部下にも徹底しておきましょう。まぁそもそも彼をよく思っていない者などいませんがね」
「そうだな‥‥だが念のためだ。頼んだぞ」
進むペースが異様に遅い状態だったため、しばらくしてレヴシンザが戻る頃でも大した前進はなかった。
「部隊長戻りました。報告します」
「おお、早いな。どうだったのだ?」
「状況報告の前に、私が持っている基本情報からお伝えします。あれは恐らく人域シヴァルザでしょう。うっすらと見える太陽の動きで我々がどちらの方角へ進んでいるかは把握しておりました。明らかに北に向かって進んで来ましたので、マパヴェは有りえません。またここ数か月内の情報収集では人域シヴァルザはオアシスと呼ばれており世界中にばらまいたクエスト依頼にも出ているようなのですが、人間を集めているらしいのです」
「なんと!それでは‥」
「はい。我らが人間である以上、ひどい扱いは受けないと思われます」
「そうか!」
エムゼオは安堵の表情を浮かべた。
「それでここからが偵察状況のご報告になりますが、外周が高い塀に覆われた巨大な街になりますので正面の門以外からの侵入はほぼ不可能です。正面の門頑丈な造りとなっているため強行突破は不可能でしょう」
「つまり、中に入りたいなら正門から堂々と許可を得て‥‥ということか‥‥」
「はい」
「因みにあの光は何なのだ?」
「分かりません。分かりませんが、今のケテルのように黒雲の壁に天が覆われているような状況ではなく、街を昼間同様に照らす巨大な照明なのではと推測します」
「なんと!もしそれが風を利用したエレキ魔法の生成によって照らしている照明であれば我らにも復興できる可能性が出てくるというものだ。光と水があれば植物が育つからな」
「はい。ですがそれは表に出さずにまずは我々の部隊を長期でも短期でも受け入れてもらえないかお願いするのが先決かと思います」
「そうだな。そして受け入れてもらったとしても条件を突き付けられる可能性もある。分かりやすいところで言えば例えば神域アイオリアを滅ぼす戦いに加勢しろ、といったこととかだな。いずれは敵同士になるやもしれんからな」
「はい、仰る通りかと。その際は状況が不利に働かないよう人質を取られないようにするなど常に警戒すべき点はありますので、そこを外さなければ上手くやる方法はあるかと思います」
「そうか、分かった。まずは受け入れてくれるかの交渉だな。それは任せてくれ」
「ありがとうございます。以上です」
「ご苦労だった。戻っていいぞ」
レヴシンザは一礼して自身の小隊へ戻っていった。
戻ってからレヴシンザは周囲を見回した。
(さぁて、どう出てくるか、人類議会。人類のためという触れ込みの一方で裏では亞人と組む狡猾さを持っている組織だからな。警戒は怠れない‥‥)
・・・・・
・・・
―――1週間前―――
シンザはスノウに個別に呼ばれた。
「どうしましたかスノウさん」
「シンザ、今回のこの戦いの中で人類議会と亞人連合の動きをどう思う?」
「そうですね、今回先方に計画的に仕掛けられた戦争ではありましたが、神域アイオリア圧倒的に不利な状況があるのは情報戦で負けている点かと思います」
「その通りだ。どこで負けていると思う?」
「うーん、これは推測の域を出ませんが、今回のこの戦いは恐らくソニックさんの作戦を更に読んだ作戦に見えるんですけど実はいくつかの選択肢を残してあとは都度得ている情報に基づいて臨機応変に対応した動きに思えます。つまり、北・南それぞれを見て司令塔にその情報を渡していた者がいたんじゃないかと思うんですがいかがでしょうか?」
「実はおれもそう思っているんだ。今回相手の戦い方のポイントは軍としての力というより何者かの個の力を上手く使った作戦に思えたんだ。南でギルガメッシュが敗れた戦いでは、なぜか分からないがクアンタムが現れた。北ではあのジン・ファミリーだ。つまりちゃんと裏の裏まで想定した優れた計画であったのなら、軍の動きももう少し戦略的に配置、機動できたはずだと思うんだ。唯一南で山岳地帯から南軍の先陣隊の裏をかいたサテュロス軍もあったが、あれは単にギルガメッシュの動きをクアンタムが抑えていた効果とも言える」
「同感です。こうしている間にも我々を見ている何者かがいるかもしれませんね」
「そうだ。そして西のナーマにも何か危機が迫っているかもしれない。たしか亞人の中にはハーピー族もいるとか聞いたことがある」
「はい、元々カイトンで大きな勢力のひとつでした。そのハーピーを取りまとめているのがルバーリエというハルピュイアです」
「ハルピュイアか‥‥」
スノウはティフェレトに残してきたケライノー(ケリー)の事を思い出した。
「どうかされましたか?」
「あ、いや、何でもない。するとそのハーピーたちが方々に散って空から観察した情報をどこかに潜んでいる司令塔に伝えている可能性がある、そういうことだな?」
「はい」
「シンザ、これは相談なんだが、おれ達もこの情報戦を勝ち抜くためにネットワークを持つ必要があると思わないか?例えばFOCSとか使えるものは使うが、一番重要なのは信頼を置けるものかどうかだ。間違った情報を掴まされた瞬間におれ達は終わる可能性があるからな」
「スノウさん、はっきり命じて下さい。僕に潜入捜査しろという事ですよね?」
ソニックに並ぶ聡明な頭脳と優れた洞察力を持つシンザはスノウの言いたいことを既に汲み取っていた。
「恐らく、レヴルストラの中で目立っていないのは僕とシアさんだけですよね。他の方々は基本的に神域アイオリアにいた方ですし、それなりの要職についていたわけですから面が割れている可能性がありますから。そしてこのご時世潜入捜査的な動きをとるなら男性の方がいい。となれば僕しかいませんからね」
「頼まれてくれるか?」
「もちろんですよ。それでどちらに行きますか?」
「人類議会だ。いきなり人間が亞人の領地に踏み込むのは流石にリスクが高い。人域シヴァルザを目指してほしい」
「分かりました。情報伝達の手段は別途考えます。鳥は便利ですが、見つかってしまう可能性がありますから」
「任せるが必ず定期的な連絡は欠かさないでくれ。定期連絡が切れた時点でお前の身に危険が迫ったと判断する。そして言うまでもないことだが、何も知らない状態を装って行動しつつ危険と思ったらすぐに逃げろ。お前の命を犠牲にしてまで得るべき情報などない。必ず無事に帰還することがこのミッションの最大の目的であることを忘れないでくれ」
「ありがとうございます。承知しました」
・・・・・
その後、シンザはすぐに旅立った。
少し西側に迂回しながら北を目指して進んでいる中で南軍後陣の一部がサテュロスと戦っている戦場に出くわしたのだが、そこに参戦した。
予め大統領であるソニックに書かせた書状を持っていたため、アイオリア軍にはすぐに入り参戦できた。
書状には大統領直下の部隊で小隊長を務めている者で今回の戦においても小隊長として作戦に加わることとなったという内容だったが、突然の登場に懐疑的な者も多かった。
しかし顔を隠しながらもかなりの戦闘貢献をしたことでその部隊長であるエムゼオや他の者たちからも晴れて認められたのだった。
・・・・・
・・・
―――そして現在、人域シヴァルザまで1km地点―――
「凄い光だ。まるで太陽じゃないか。あれは本当に照明レベルなのか?」
エムゼオはシヴァルザのドーム状の街の天井部分から灯台の灯よりももっと鮮明に明るく照らされている部分を見て驚いた。
他の平民兵たちもドームの中には大破壊前のかつての暮らしがあるという期待感と、そのような場所によそ者が受け入れられるのかという不安感があるのか複雑な表情を浮かべていた。
「とにかくここで待機していても埒が明かない。まずはコンタクトしてみるしかあるまい」
そう言ってエムゼオは部下をふたり引き連れて人域シヴァルザの門の前に向かっていった。
「我らは神域アイオリアの兵である。戦火から離れ彷徨っているうちにこの地へ辿り着いてしまったのだが、もし可能なら暖をとらせて頂けないものだろうか?せめて一晩だけでも構わない。ご慈悲あらばどうか門を開いて頂きたい!」
エムゼオは声を張り上げて、恐らくいるであろう門番に問いかけた。
「ここは人域シヴァルザ。人間が人間らしく暮らす領地です。失礼な質問かもしれませんが、あなた方は人間ですか?」
「に、人間だ!ここより1kmほど離れた場所にも仲間がいる。100名ほどだ。それら全員が正真正銘人間だ!」
しばらく間をおいて再度門番らしき者が話し始めた。
「いいでしょう。これから衛兵が皆さんの確認に伺います。皆さんが人間であるかどうか、そして私たちに危害を加えるような武器を持っていないかの確認です。お見受けしたところ皆さんは兵士でいらっしゃる。当然武具はお持ちでしょうけれど、中には持ち込めません。門衛にて一時的にお預かりします。もちろん街を出られる際にお返ししますので、全てお預け下さい」
「ご理解痛みいる!改めて感謝申し上げる。確認は思う存分実施してくれて構わないし、武具預けも承知した」
エムゼオのその言葉の後、大きな門の横の小さな扉から数名の全身黒づくめの者たちが出てきた。
エムゼオは部下に命じて離れた場所で待機している本隊も呼び寄せた。
ひとりひとりのチェックが終わった後、黒づくめの者たちは戻っていった。その直後、再度門番が話しかけてきた。
「確認できました。これから門を空けます。その際にお持ちの武具は全て門衛にお預け下さい」
その声を聞いて平民兵たちはとおろどころで安堵の声を漏らしていた。
「助かった‥‥」
「もうこれ以上足は動かないよ‥」
「手も凍傷になりつつある。熱い湯に浸かれるといいんだがな」
「そこまで言ったら贅沢だろ‥‥俺はとにかく食べられて眠れればそれでいい。こんな極寒じゃ眠るどころかそのままあの世行きだ」
「ちげぇねぇ」
一列に並んで順番に武具を預け、一人ずつ都市の中に入っていく。
入った者たちを驚かせたのはその明るさと美しい街並みだった。
まるで昼間の様にそらから光が差し、小さいが沢山の家が建っているのだ。
そして遠くではこのシヴァルザに住む住人達が行き交っているのが見えた。
「ここはオアシスだ‥‥」
「いや、こここそ天国だよ‥」
「バカ、それじゃ俺たち死んでるってことになるだろ」
「いてて!夢じゃねぇや‥‥」
方々で喜びの声があがっている。
その中でフードを被った者だけは真剣なまなざしで周囲を見渡していた。
シンザだった。
(スノウさん‥‥このシヴァルザ‥‥何か異常な雰囲気があります)
シンザは周囲を警戒しながらひとつひとつ街並みを確認していた。
次の瞬間満面の笑みを浮かべた若者が目の前に現れて言った。
「ようこそ!人類の楽園へ!」
いつも読んで下さって本当に有り難う御座います。
次のアップは金曜日の予定です。




