<ケテル編> 160.お前は正しかった
いつも読んで下さって有り難う御座います。
次からセプテントリオンとのやりとりが始まります。
そしてこの行動がさらにケテル全土を動かしはじめ、ケテル編クライマックスへと進んでいきます。
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160.お前は正しかった
忽然と消えたアカルが率いるアイオリア北軍3000の兵の行方は依然として掴めないまま、スノウたちは旧ボレアス最大都市だったグザリア跡に向かっていた。
重傷を負っているアイオロスとギルガメッシュの手当を優先するためだ。
幸いカルナの傷はさほど深くは無いため、応急処置でも十分に傷口の縫合等で出血が抑えられて状態は安定していた。
約1000の兵を引き連れている中、食料が底を尽きつつあるのに加え酷寒の中移動を優先するあまり、暖をとって休憩する暇もないため、空腹と冷えで倒れる者も出て来た。
「少し休みましょうか?」
「ソニック、お前の判断に任せるよ」
ソニックがスノウに意見を求めて来たためスノウは優しく返した。
アイオリア消滅が自分の責任だと責めていることもあり、少しずつリハビリとしてソニック自ら判断する状況を作り、元の自信を持って状況整理し判断できるソニックに戻そうとしていた。
「わかりました。アイオロス様とギルさんの状態は一刻を争いますので隊を分割してはと思うのですが如何でしょうか?」
「具体的にはどう分ける?」
「はい、ある程度レヴルストラの戦力はこの平民兵誘導で残し、少数であの馬車でグザリア跡を目指す形です。スノウ、シア、ヘラクレスさん、シルゼヴァさんでグザリア先行隊となって頂き、それ以外は全てこの1000人兵を連れて進む先導及び護衛にあたります」
「いい案だ。ありがとうソニック。1000兵誘導隊にはおれも入ろう。一応この周辺は人域シヴァルザの領地だから対応できるメンバーは多い方がいい。向こうはシアとヘラクレスがいれば大丈夫だし、仮に戦闘になってもシルゼヴァがいるから問題ないだろうからな」
「わかりました。それでは早速そのように動きます」
ソニックは早速手際良く情報連携して、先行隊がスピードを上げてそのまま休むことなく進むことになり、一方の1000兵誘導隊はその場で野営を張り、休息をとることとした。
兵たちが暖をとりながら残りわずかとなった食料をゆっくりと食べている様子をソニックは一人一人確認するようにして見渡していた。
(多くの顔も見たことのない普通の平民たちに戦闘を強いて戦わせ、顔を見ることなく死なせてしまっていたんだよね‥‥。そういう人たちから見た僕は一体どんな悪魔に見えていたんだろうか‥‥)
ソニックは一人一人の顔を見ながら心の中で思った。
精神体の部屋でその言葉を聞いているソニアは言葉を返した。
(あなたが一人一人の顔を知る必要はないし、そんなこと物理的に不可能だわ。それよりも、一人一人が心の中で持っていた信念みたいなものはきちんと理解して吸い上げていく対応が必要ね。頑張って生き残った兵への労いもそうだし、残された遺族への対応もそうだし、一勢力としての方向性をきちんと示すというのもあるわよね。あなた方の死は無駄ではなかったと胸を張って言えるようにしないとね‥‥)
ソニックの賢さや思慮深さで言えば当たり前に理解できていることだったが、改めて自分以外から言われることによってその言葉の重みが感じられた。
普通なら ”分かっている” と言い返すところだが、自分を責め落ち込んでいるソニックはその言葉を素直に噛み締めるしかできなかったのだ。
ソニックは歩きながらそれぞれ暖を囲んでいる集団ひとつひとつを周り声を掛けていった。
皆状況が分かっていないまでも、ナーマへの帰還経路ではないことは理解しているし、既に目的地の話も伝わっているはずだったのだが、そういった状況からくる不安を誰1人口にすることはなく皆大統領であるソニックへの感謝の言葉を伝えてきた。
その感謝の言葉を聞くたびにソニックは自分の立案した不甲斐ない作戦への後悔の念でそのままどこかへ消え去りたいと思っていた。
「地道だが必要なプロセスだ」
ワサンがスノウの横に来て話しかけて来た。
もちろんソニックのことを心配しての発言だ。
「そうだな。向き合うべきことに向き合わずに取り戻せる自信はないだろうしな」
「ああいう真面目さというか必死さはオレも学ぶべき点だ」
「同感だよ」
「お前は既に出来ているじゃないか」
ワサンにはスノウが立派なリーダーに見えているのだろう。
そういう言葉を聞くたびに不出来な自分を心の中で恥じる。
「そう見えるか‥‥だが単にバタバタと忙しくしているだけなんじゃないかっておれは思ってる。常におれなんかがリーダーでいいのかって思ってるよ」
「珍しく弱気じゃないか。比べるもんじゃねぇが、エントワはさて置きアレックスは酷かったぜ?思いつきのように行動して失敗すると慌てる。その慌てぶりはこっちまで焦ってくる時だって多々あった。あれがリーダーって言うなら世界の半分の者はリーダーになれるって感じだったぜ?」
「はっはっは。確かにな。でもあれはエントワがいたからあんな風に振る舞えたんだろうな」
「確かにそれはある。エントワは作戦立案からチーム分け、日程計画の作成、移動のコース取りからメンバーの武具のメンテまで全部やってたからな。だが、彼がいてもいなくてもアレックがレヴルストラ1stのリーダーであることば間違いないし変わらない」
「その通りだ。アレックスにはリーダーたるカリスマ性というか、皆を率いていく力みたいなものがあったよな。だが、おれはまだその域に達していない」
「そうか?自己評価でそう言ってるんなら、アレックスの方が段違いで低いな。あいつ自身常に ”俺はリーダーの器じゃねぇーよぉー” とか言ってたし」
「はっはっは!確かにな」
(メンバーからの評価って言いたいのか?ワサン‥‥だとしたらそれは買い被りすぎだ。おれの本来の実力じゃ全然お前たちの期待には応えられていない。そのギャップを埋めるのに必死なんだが、それをお前たちに言えていない時点でおれにはリーダーとして信用される資格はないのかもしれないな‥‥)
スノウはどことなく苦しそうな表情で笑った。
ワサンはその表情に隠された内側の感情を感じ取ってはいたが、これ以上言葉を重ねてもこの場では意味がないと悟り黙っていた。
・・・・・
・・・
ズザザァ!
一方、装甲馬車で移動している先行隊がグザリア跡に到着した。
すぐさまアイオロスとギルガメッシュが治療室へ運ばれた。
キュレネ、ジェイドの薬剤師コンビに加えて遠方から帰還した半神医師のアスクレビオスがいたことは幸運だった。
外傷によるダメージは縫合や輸血など手術が必要なのだが、そのような専門知識を持った者は大破壊後の状況下では容易に見つけることができないのだ。
すぐさま2人とも緊急手術となった。
手術前にヘラクレスがアスクレビオスに声をかけた。
「ようアスクレビオス。お前がいて助かったぜ。2人を頼んだぜ」
「分かったが、何のつもりだ。激励ならもっとマシな言葉を言えよ。プレッシャーにしかなってないぞ。だが、全力以上の力を注ぐ」
アスクレビオスの ”ふたりは必ず助ける” という意気込みが表情に現れているのを見てヘラクレスは安心した。
「しかしアイオロス様然りギルさん然り、一体誰と戦ったんだ?!ギルさんは意外にも火傷が多い。アイオロス様には裂傷が凄まじく多い。お二人にここまでのダメージを与えられるものなど俺は知らないぞ」
「だが、事実は事実。早速オペってくれ」
「分かった。キュレネ、あとジェイド君だったか。頼んだ。他に助手を頼める者がいないのだ」
「もちろんよ」
「は、はい。なんでもやります。教えて頂けさえすれば」
こうしてアイオロスとギルガメッシュの2人を同時に手術するという大掛かりな治療が始まった。
・・・・・
・・・
手術は述べ9時間にも及んだ。
「ふぅ‥‥ギルさんの方はこれで一応大丈夫なはずだ。火傷の重い箇所は皮膚の移植を行ったが上手くいきそうだ。それよりもアイオロス様の出血の方がひどい」
「どうするの?アスクレビオス」
「縫合は全て終わったし輸血もできる限りでやっている。私にできることはここまでだよ。あとはアイオロス様の生きたいという意志と神としての身体的パワーにかけるしかない」
十分な医療設備もないないかで辛うじてギルガメッシュの一命は取り留めたが、依然アイオロスの容体は回復傾向に転じなかった。
アスクレビオスは最善を尽くしたが後はアイオロス本人次第ということだった。
・・・・・
・・・
―――翌日―――
アスクレビオス、キュレネ、ジェイドの寝ずの看病の甲斐あってギルガメッシュの容体は安定した。
3人とも疲労が最高潮に達していたためその場で倒れ込むようにして寝てしまっていた。
ガチャ‥
「お疲れだな。水を持って来たんだが‥‥」
そこへ様子を見に来たサルぺドンが入って来たが、倒れ込むようにして寝ている3名を見て静かに戻ろうとした。
「え?!」
その時、サルぺドンの視界に驚きの光景が映った。
ガタン‥
「アイオロス様!」
寝ながら目だけを開いているアイオロスが見えたため、サルぺドンは思わず声を上げた。
その声に反応してアスクレビオスたちも起き上がった。
「アイオロス様?!」
4人はアイオロスの寝ているベッドに詰め寄った。
「し、心配かけたね‥‥」
「喋ってはダメです。絶対安静ですよ」
アスクレビオスが動かないようにというジェスチャーと共に小声で言った。
アイオロスはそれに微かに口角を上げて返した。
「スノウ‥を呼んでくれいないか?」
「か、彼はまだこの地に到着していません。明日には到着するはずです」
頷きを表現したのか、一度だけ瞼を閉じる動作をした後、そのまま眠りについた。
・・・・・
・・・
―――さらに翌日―――
1000名の兵を連れた誘導隊がグザリア跡に到着した。
細々と生活していた半神や住民たちの数に比べて数倍いる兵を許容できる場所はあったが、食料がなかった。
水源は抉られた山脈の中の洞窟奥に流れる湧水があるため、問題なかったが水すらまともに飲めなかった平民兵たちはその湧水を求め行列を作っていた。
「スノウ!」
「スノウさんたち」
キュレネとサルぺドン、ジェイドが出迎えてくれた。
スノウたちはキュレネからアイオロスとギルガメッシュの容体を聞いた。
「そうかギルガメッシュだけでも回復傾向なのは吉報だな。それでアイオロス神は?」
「それがとにかく来てくれ。アイオロス様が何故かお前を呼んでいるんだ」
「おれを?」
スノウはアイオロスの療養している部屋に急いだ。
カチャ‥‥
スノウは静かにドアを開けた。
アイオロスは昨日目を閉じてからずっと眠ったままらしい。
その場にシア、ソニック、ワサンそしてヘラクレスもついて来た。
なるべく音を立てないようにしてアスクレビオスがアイオロスの側にいき、耳元で囁いた。
「アイオロス様、スノウ君が来ましたよ」
その声を聞いたアイオロスはゆっくりと瞼を開いた。
そして頭は動かさずに眼球だけを動かし、スノウを見ると微かな笑顔を見せた。
「スノウ‥‥こっちへ」
スノウは言われるままにアイオロスの側に寄った。
「君に伝えることがある‥‥私の古い友人に体を返してやってくれ」
「!!‥‥それは誰でしょうか‥」
スノウは何度か夢に見た光景のことをアイオロスが言っているのだと直感で理解した。
「君が‥‥よく知る‥ミトロだ」
「!!‥‥で、ですが、彼は今どこへ行ってしまったのかわかりません」
「いや、君の精神世界にいるよ‥‥」
「?!」
「ミトロが必要な‥‥体の部分は翼と‥‥顔だ‥」
「翼?!‥‥まさか!」
スノウは何を思ったか、突然部屋を出ていった。
そしてしばらくして戻って来た。
その手には片翼だが翼が握られている。
「おお‥‥片方だけだがまさしく彼の翼だ‥‥」
「もしかして顔は‥‥」
「そうだ‥‥そしてそれらが全て揃ったら‥‥世界が新たな形で‥‥蘇るはずゲッホゲホ!」
アイオロスは突如咳き込んだ。
その口元には血がついていた。
「ちょっとどいてくれ」
アスクレビオスが前に出てアイオロスの容体を確認する。
「アスクレビオス‥‥すまないが‥‥私の手を‥‥ギルの手に握らせてもらえないかい?」
「アイオロス様?!」
アイオロスは最早自分で体を動かす力もなかったのだ。
サルぺドンとジェイド、ワサンがギルガメッシュのベッドをアイオロスの側に近づけた。
そしてアイオロスの手をギルガメッシュの手に近づけて握らせた。
アイオロスの手を持ったアスクレビオスはその何の力も通っていない感触からアイオロスの死期が迫っていると感じた。
「ギル‥‥ありがとう‥‥受け取ってくれ‥‥」
ビグン!
アイオロスの体が何かの衝撃を受けたかのように一瞬動いた直後にギルガメッシュの体が何かに反応して動いた。
「ギルさん?!」
「はっ?!」
アスクレビオスは何かに気づいたかのように慌ててアイオロスの手を握った。
そして脈拍を確認する。
何かを悟ったようにアスクレビオスは何かを堪える表情でアイオロスの開いたままの目を見開き瞳孔を確認する。
ガタン‥
「どうしたアスクレビオス?」
サルぺドンが問いかけた。
「逝ってしまわれた‥‥」
ザン!!
一同はその場に力なく崩れ落ちるようにして膝をついた。
皆の表情は悔しさにあふれていた。
旧アネモイ剣士たちは皆その目に涙を溜めていた。
その中でも特にソニックの号泣ぶりは激しく、常に冷静沈着な彼からは想像できないその様子に釣られて他の者まで号泣しはじめた。
アイオロスは最後の力を振り絞ってギルガメッシュにその残された力を託して旅立ったのだ。
・・・・・
・・・
―――翌日―――
ギルガメッシュが目を覚ました。
彼は一部始終を全て知っているかのように納得した表情だった。
そして変わり果ててしまった主人の顔をみて、静かに涙を流した。
・・・・・
その夜、アイオロスを天に還す儀式を行った。
精神だけは滅ぶことのない神はいずれまた転生するはずだった。
その時に正しい体に転生するように、古い体は燃やして土に還すのだ。
丸太がいくつも積み上げられた上に帰らぬ神となったアイオロスが寝かされている。
それにギルガメッシュが炎を灯した。
ボッ‥‥
風もあるため、炎はすぐに燃え広がっていく。
半神たちをはじめ、アイオロスを知るものたちのほとんどは目に涙を溜めて別れを惜しんでいる。
(半分死んでいた俺を拾ってくれたアイオロス様‥‥まさか俺より先に行くとはね‥‥全く主君の鏡だよ‥‥本当によ‥‥)
ギルガメッシュは煌々と燃える炎を前にアイオロスとの思い出を噛み締めながら語りかけていた。
・・・・・
・・・
絶壁にある洞窟の出入り口でソニックが1人で外を見ていた。
雄大な景色だが、空を覆い尽くす黒雲の壁によって峡谷の下を見るとまるで飲み込まれそうな感覚になる。
(全て僕のせいだ‥‥)
ソニックの顔は悲壮感そのものだった。
何とか神域アイオリアの再興をと考えていた事で自分の犯した失態を挽回できるとして辛うじて気力を保っていたソニックだったが、そのシンボルたるアイオロスが亡くなった事でいよいよ自分の気力を支えるものがなくなってしまったのだ。
「まるでそこから飛び降りそうな雰囲気だな」
「!」
背後から現れたのはギルガメッシュだった。
ソニックはあわせる顔がないと言わんばかりに下を向いた。
「お前は正しかった!」
「え?!」
突如脈絡が読めない言葉を発したギルガメッシュにソニックは驚くような表情を向けた。
「アイオロス様が言ってたんだ。俺に力をくれる時にな。俺は意識はなかったが、何故かあの状況は一部始終見ていたんだ。そしたらアイオロス様が最後の力を俺に渡してくれた時に、アイオロス様の意識が天に登っていくのが見えたんだ。その時に、お前に伝えてくれって言っていた言葉だよ」
「!!」
「お前は正しかった。少なくともナーマの住人を守ったんだ。しかも人類議会と亞人が手を組み計画的に攻めて来た状況で素早く軍を動かしてそれをやってのけた。お前じゃなけりゃ全滅だっただろうぜ。それとこうも言ってた。これから世界を作り替えるのはお前たちの責任だ。こんなことでぐずぐずといじけている場合じゃないぞってな」
「‥‥‥‥」
ソニックは黙ってしまった。
「まぁよ、お前の主人はスノウだ。スノウを助けそしてお前自身も救ってやれよ。ニンゲンてのぁ間違うから正解がわかるんだって昔アイオロス様が言ってたんだよ。それがニンゲンにとっての学びの機会だってな。そしてお前は今回、誰よりも大きな学びを得た。それは今後の世界が必要としている学びだとは思わないか?‥‥そのためだったらアイオロス様は今回の結果は本望だって喜んで天に登られたって‥‥妙に納得できるなぁ、あの人と付き合いの長い俺としてはな‥」
「‥‥‥‥」
「まぁ仲良くやろうぜ。俺はお前に期待してるんだぜ」
そう言ってギルガメッシュは奥へ戻っていった。
ソニックは相変わらず無言だったが、その表情は何か吹っ切れたようなものが感じられた。




