<ケテル編> 155.一触即発
155.一触即発
ガキン!ズガン!
スノウとジン・ザンが戦っている。
ジン・ザンはスノウよりも5センチほど高い程度の身長差だが、大きな差は手足の長さだった。
特に腕の長さはスノウの1.5倍程度あり、加えて異常な長刀を武器としていることからリーチ差はスノウにとってかなり厄介なものとなっていた。
攻撃を受け切っても更にすり抜けるようにして攻撃が伸びてくるのだ。
そして何よりその動きの速さが凄まじかった。
ジン・ザンの振り回している長刀は重さにして20キロはあろう一振りだったのだが、それをまるで丸めた紙の棒のように軽々と振り回しているだけでなく、移動速度、上半身・下半身それぞれも凄まじい速さで動かすことができた。
それは極めて過酷な訓練と強靭なバネと筋肉によって初めてできる熟練技であり、かつてのスノウであれば数分で決着がついていたであろう強者だった。
そのため戦いが始まってから10分ほど経過しているが、ジン・ザンはほぼ無傷であるのに対しスノウは至る所に斬傷がつけられていた。
「力あるものほど力の貴重さを知らぬものよ。力に奢り力に裏切られ死ぬだけだ」
ジン・ザンは不敵な笑みを浮かべながら更に攻撃のスピードを上げていく。
ガガガキキカカカン!!ガカカカン!ガキン!
もはやダイヤモンド級の冒険者でも肉眼で追うことのできない速さで剣と長刀の応酬となっていた。
ジン・ザンの長刀はそのリーチの長さからまるで鞭のようにトリッキーな動きでスノウの腕や腿を斬っていく。
フラガラッハを振るたびにスノウの体の至る所から血飛沫が飛んでいる。
だが、スノウの表情は痛みに歪むことなく冷たい怒りを発する鬼神そのものだった。
ガクン‥‥
スノウが突如膝をつく。
「フハハ!出血が過ぎたか。それだけ血を流せば足に力も入らんだろう?力に溺れ結局はその力を使いきれないままなぜ破れたかも分からず土を舐めることになるのだ」
ジン・ザンは長刀を真上に振り上げた。
「殺しはせん。だが戦闘不能にはなってもらう。カエーサル様から生きてさえいれば状態は問わないと言われているからな。まずはお前の利き腕を貰おう」
シュヴァン!!
凄まじい勢いで長刀が振り下ろされる。
スノウはその長刀を見ることなくフラガラッハを強く握った。
ガキィィィィィン!!‥‥シュルルルルル‥‥ズザン!
「なにぃ!!」
ジン・ザンは目を見開いて信じられないといった表情を浮かべている。
なぜならスノウが振り上げたフラガラッハによってジン・ザンの長刀が根元付近から折られてしまったからだ。
折られた長刀は回転しながらスノウの遥か後方に飛んでいき地面に深く刺さった。
スタ‥
そしてスノウはフラガラッハをジン・ザンに向けて振り下ろす。
ジン・ザンは死を覚悟した。
これまで経験した全ての戦いにおいてジン・ザンは常に死を覚悟して戦闘に臨んでいた。
死の覚悟を持つことにより、恐怖で腰が引けて隙を与えるような状況を避けることができるからだ。
だが目の前に見える冷たい目で見つめる鬼神のような男に初めて恐怖した。
恐怖とは得体の知れない事象に対峙した時に予想のつかないどう対処すればよいか分からない状態から生まれる感情だ。
その時、自分が今まで持っていた死の覚悟とは単に自分より弱い相手と戦っていた単なる安心感だっただけなのだとジン・ザンは悟った。
圧倒的戦力差を経験した時、自分の戦闘力ではどうにもできない、次の攻撃の行方が分からない状態が本当の恐怖なのだと悟った。
そしてジン・ザンは理解した。
これまでの戦闘でリーチの長さとその動きの素早さから奢っていたのは自分なのだと。
(これが油断というものか)
ガキィィンギギ!!
「!!」
ジン・ザンの目の前に突如現れた何者かがスノウの振り下ろしたフラガラッハを十手のような武器で受けている。
「し、師匠?!」
「スノウさん‥でいいかい?こいつぁ謙虚さが足りねぇんだが磨けば光るやつでうちの大事なリーダーなんでさぁ。あまりいじめんでくださいよ」
バキャァァン!
突如現れた何者かは十手で押し返しスノウを弾き飛ばした。
ズン!
「一応名乗っときましょうかね。儂、昔の人間なんでこういうの律儀にやっちまうんでさぁ。どうかその間は攻撃をお控えなさってくだせぇよ」
そう口走った男の姿は2メートルはあろう長身だが全身が骨と皮しかないように見えるほどの細身でかつ皺が目立つ老人だった。
白髪を七三分けにしサングラスをかけている。
「あっしの名は‥ジン・ワム。ナイト・ヒューのジン・ザンに仕えとるもんですわ。見ての通り老人ですんでどうか手加減のほどよろしゅうたのんます」
ヒュン‥‥
そう言い終えるや否や突如姿をジン・ワムは消した。
次の瞬間スノウの頭上でまるでそらから地面と垂直に落ちてきた棒のようにまっすぐ伸びた体勢で十手をスノウの脳天目掛けて攻撃してくる。
シュゥン‥ガキキン!!
スノウはそれを軽々と紙一重で避けるとその直後ジン・ワムから十手の強烈な連打撃が繰り出されるがそれを全て受け切った。
ヒュルルン‥スタ
「ほえぇ‥中々やりますのう」
バシュウ!
「ぐふっ!」
突如スノウの肩から血が噴き出た。
見えない速度で強烈な打撃があったようだ。
音もなく繰り出された凄まじく早い打撃に肩から血を流しているスノウだが、その表情は痛みに歪むことなく相変わらず鬼神のような表情で冷たくジン・ワムをみている。
「よほほ!こいつぁ難儀難儀。ザンよ。その名刀を折れるほどの波動気を練ることができる男よ。お前に勝てる相手ではないなぁ。儂でも骨が折れる」
「師匠‥‥い、いやワムよ、その者を倒すことはできるのだな?」
カパッ!
ジン・ワムはほとんど歯の無い口を開いた。
「ほわっはっは!当たり間だろうに!この儂を舐めるで無いわ」
ジン・ワムは短刀をもう一本腰から抜き二刀流となった。
そして細い腕をクロスして構えるが、次の瞬間突如周囲に耳鳴りと共に全方位から睨まれているような圧迫感あるオーラが放たれた。
ピキィィィィン!!
スノウはその瞬間、後方へ飛び退いて構えた。
(どこだ?!)
辛うじて差す日の光で作られるジン・ザンの影から何者かが顔を出した。
そしてゆっくりと上昇していく。
「き、貴様は!!」
ジン・ワムが驚きの声をあげた。
なんとそこに現れたのは夜の女神ニュクスだったのだ。
「おやおや‥忌々しいアイオロスの命の炎が尽きようとしているから何事かと思ってきてみれば随分と面白いことになってるではないか」
3メートルは超える身長がジン・ザンの陰から現れたのを受けてスノウだけでなくジン・ワム、ジン・ザン、そしてグルフスも武器を持ち構えた。
「夜を統べる女神ニュクスよ。何用でここへ来られたのだ?これは我ら人間と亞人、そしてこれまでこのケテルを支配してきた神との対決の場。あなたのような者が割り込んでよい場所じゃないぞ。大人しく立ち去れ」
グルフスがニュクスの前に立ち言い放った。
それに対しあからさまに嫌な表情を浮かべるニュクスが言葉を返す。
「喚くなニンゲン。妾の行動にどうこう言えるのは妾のみ。お前の戯言をなぜ原初の神である妾が聞かねばならぬのじゃ。消えよ」
ニュクスは右手を軽く前に出してそれをスッと右へ動かした。
「あぶない!」
ガシ!‥‥ズザァ!
ジン・ワムが素早く動きグルフスを抱えて横に飛び距離をとった。
その直後ニュクスの視界の中で彼女が動かした手が動いた範囲の地面が大きく抉れた。
ググガァン!!
その状況を見たグルフスは目を見開いてこめかみから汗を滴らせた。
「ありがとう。ジン・ワム」
「ひとつ貸しだのう。それより正攻法はやめい。あの者にまともな会話も基本的な会話も通用せん」
(さぁてどうしたもんかねぇ‥儂があと10歳若けりゃこいつもどうにかできたかもしれんな‥‥なんてな)
ジン・ワムはグルフスとジン・ザンを抱えて少し距離をとった。
「ふん。つまらんニンゲンじゃ‥‥そんなことよりこうも直ぐに再会するものかねぇ、憎きアノマリー」
ニュクスはスノウの方に顔を向けた。
「娘さんの首は無事にくっついたかい?」
「ふん、どの口が言うか。見たところヘラクレスはおらぬようじゃな。お前などあの脳筋の半端者がいなければ恐るるに足りん男。妾を騙くらかした罪‥この場で償ってもらおうかねぇ。ついでにこの領地も貰っていこう。残るゼピュロスなど小者も小者。造作もないからねぇ」
ズババン!!
「あぎゃぁぁ!」
スノウは凄まじい速さでニュクスの腕を斬り落とした。
「ごちゃごちゃ煩えんだよ。どいつもこいつも。おれ達に構うな。おれ達の目的を妨げるな。それを守っている限り生かしておいてやる」
ニュクスは斬り落とされた腕を拾い上げくっつけた。
衣服から糸が勝手に抜け出てまるで生きているかのように動いて腕を縫合し始めた。
「神を敬わぬ不届きものめ。よいわ、お前はここで殺してやろう。筋書きなど知ったことか」
突如ニュクスから闇のオーラが発せられた。
恐怖と孤独感が渦巻く深い闇のオーラが周囲に広がっていく。
パァァァン!
突如突風が吹き、ニュクスの闇のオーラが吹き飛ばされた。
「何者じゃ‥」
「ふふふ‥‥アイオロスが瀕死になったと感じられたのはこの楽しい場への招待状でしたか」
いつの間にか周囲に霧が充満していた。
その中からまるで宙に浮いているかのように1人の女性が現れた。
「グルルル‥‥」
その横には巨大な犬がいる。
「ふん。まさかゼウスによってタルタロスに落とされた古参がお出ましとはねぇ。面白くなってきたじゃないか」
なんと現れたのはティアマトだった。
そして隣にいるのはマルドゥークと思われた。
子犬だった姿が巨大で凶暴な姿に変貌している。
「さて、地を這いつくばるニンゲンや亞人どもがけしかけたいざこざに巻き込まれ、まんまとその罠にハマって消えゆく勢力はさっさと淘汰されればよいのですが、残されたこの地は我らエークエスが貰い受けましょう」
「勝手なことを言うもんじゃないわ古参の分際で。今一度タルタロスに追い落としてやろうかえ」
「構いませんよ。貴方にその力があれば‥‥の話ですけれども。フフフ」
ズバァン!!‥‥ゴロン‥‥
スノウの凄まじい斬撃がマルドゥークの首を一刀両断し、直後その首が地面に転がった。
「お前らも死ににきたか。燭台と涙をもらった礼でもくれてやるよ」
スノウはフラガラッハを肩に乗せて冷たい怒りの表情で言った。
ブルルルルン!!
斬られたマルドゥークの首から頭が生え出した。
「グルァ!貴様アノマリー!よくも我の首を!」
「器用な真似するじゃないか」
クアァァ!!
マルドゥークは大きな口を開けてスノウの丸呑みしようと襲いかかる。
ガブバァ!!
マルドゥークは思い切り噛み付いた。
だが噛み付いたそれはスノウによって斬り落とされた自分の頭部だった。
「!!」
「ゴミを落としたら拾う。常識だぜ?」
スノウは素早く斬り落とされたマルドゥークの頭部をフラガラッハで刺してマルドゥークの口元に差し向けたのだ。
「‥‥アガガガガァ!」
だが予想に反してマルドゥークはそれをペロリと平らげてしまった。
「げふぅ‥‥我の力を返してもらって礼を言うぞアノマリー。ククク」
「気持ち悪い芸を持ってるじゃないか」
「それじゃぁこのアイオリアの領地をめぐってここでやり合おうじゃないかえ。最後に立っていた者が勝者だよ。それで文句はないだろう?」
「私は構いませんよ。どうせ最後に傷ひとつなく立っているのは私たちエークエスですから。フフフ」
「ここでお前らふたりを葬れば借り物の燭台も返さなくていいし、ヘラクレスにかけた血の盟約も切れるだろうし、涙の借りもご破産だ。いいだろう。付き合ってやるよ」
そう言いながらスノウはウカの面を被った。
その表情は英狐から鬼神に変化した。
次々に自分たちの前に現れる敵の存在に苛つきがさらに上昇し怒りを制御しきれなくなってきたのだが、体が自然とウカの面を欲し勝手に手が動いて被っていたのだった。
だが被った瞬間、怒りの中でも妙に落ち着いた気分になれたのだ。
怒りながらその状態を冷静に見ることのできる、怒りを制御できる全能感を感じていた。
(これがヘラクレスの言っていた感覚‥‥なるほどこういうことか)
「可笑しな面など被りおって。妾たちを笑わせてくれるのかい?そんなつまらない芸じゃぁ‥‥笑えないねぇ!」
グルルルドォォン!!
ニュクスが手を追い払うようにして動かすとその先のスノウの立っている地面が大きく抉れた。
スノウはいち早くその危険を察知して避けたが、スノウはこの攻撃に対して最大級の警戒をすべきと判断した。
なぜなら抉られた場所に所々毒のように何かが侵食するのが見えたからだ。
一方のティアマトの女性の体は突如上方に向かって飛んでいくにして上がっていった。
その奥から巨大な体が見え始める。
巨大な竜だった。
額の部分に女性の体が乗っている竜の本来の頭部が出現し喉を大きく膨らませ始めた。
ドッバァァァァァァァ!!
ティアマトは凄まじい超高熱の炎を吐いた。
グルルン!!
ニュクスはそれを大きく抉って突き立てた地面で防ぎ、一方のスノウは飛ぶ斬撃の嵐で超高熱の炎を斬り裂き防いだ。
ヒュゥゥゥゥゥン!!‥‥シャベン!!‥‥グザン!
ティアマトの炎攻撃を防いでいる最中、突如上空から凄まじい速さで何かが飛来してきていきなりティアマトの首を斬り落とし、続け様にニュクスの胴体を一刀両断した。
その存在はその流れでスノウにも襲いかかって来た。
突如飛来し襲って来たのは有翼人アラトゥス種のアンクだった。
ガキィィィン!!
突如襲って来たアンクの攻撃をフラガラッハで受け切るスノウだったが、その時見た突如現れた者の姿を見た時、スノウは意識が一瞬で遠のくのを感じた。
・・・・・
・・・
スノウはゆっくりと目を覚ました。
「!」
バッ!
戦闘中であると思い直様立ち上がったが、周囲には先ほどとは全く別の情景が広がっていた。
「ま、またここかよ‥‥」
周囲に広がっている世界は、雪斗時代に働いていた会社のビルとその横に自分の住んでいたマンションがありさらに反対側には頻繁に利用していたネットカフェのビルがあるはずのない場所にも関わらず建っている世界だった。
ここは以前スノウが夢の中で見た情景だった。
スクランブル交差点のど真ん中で目を覚まし立ち上がったスノウは周囲を見渡し人ひとりいない状況に驚きを隠せずにいた。
(これは以前みた夢の続きか?!)
ふと前方に目をやると、人のような影が歩いているが見えた。
(あいつは以前にもいたな‥‥おれをどこかへ案内しようというのか?!)
スノウはその影を追うことにした。
影が歩いている先には大きな図書館があった。
(こんなところに図書館はなかったはずだ‥‥やっぱりおかしい。もしかしてクンバヨーニが見せている幻覚か‥‥)
スノウはその影を追って歩いていった。
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