<ケテル編> 149.同盟
149.同盟
――半年前――
龍人ロプスは領土拡大のため、空白地域と呼ばれる旧否國リプスを訪れていた。
ロプスはミノタウロスのアステリオスとレプティリアンのヘケセド、そして10人ほどの亞人兵を連れた少人数で行動していた。
ロプス、アステリオス、ヘケセドが亞人の中でも桁違いに戦闘力が高いことと、他国への宣戦布告と取られないようにという理由で少人数で行動していたのだ。
龍人ロプス一行が空白地帯の領境に差し掛かったところで前方から何かがこちらに進んできているのを確認したロプスは念の為警戒態勢をとった。
アステリオス、ヘケセド共に視力は然程よくないため、ロプス自らが望遠鏡を使って前方を確認する。
「何だあれは‥‥」
相変わらずの暗闇である上、人間に比べると若干視力は劣るためロプスも前方にある何かが特定できずにいた。
岩の影に隠れてしばらく様子を見るロプスだったが、徐々に前方の何かが認識できるようになって来た。
「二足歩行‥‥神ではなさそうだな‥‥半神か‥‥皆の者警戒せよ。見たことのない姿だが、おそらくは半神だろう。特に何か大きな袋を背負っているように見えるところ‥‥何か強力な武器かもしれん」
『御意』
部下達は武器を構えて警戒した。
「私めが様子見に出て見ましょうか」
アステリオスが提案した。
「いやまだ行かなくて良い。相手が強者である場合、ひとりで戦うのは不利だ。交戦に至るにしてもこのチームで連携して戦う。準備だけはしておくのだ」
「御意」
前方の半神と思われる存在が徐々に近づいてくる。
望遠鏡を使わなくとも大体の風体が認識できるほどの距離まで近づいて来た。
その姿は碧色のポンチョコート羽織っており、下半身は短パンという奇抜な格好だった。
風の大破壊後は太陽が閉ざされておりケテルの気温はかなり下がっている。
そんな中で短パン姿というのは異様だったが、本人は特に寒がっている様子もなく緑色の長い髪を靡かせながら普通にゆっくりと歩いている。
おかしな人物に見えるが、その歩く姿は貴賓さを感じるものだった。
そして何やら大きな白い布袋を担いでいる。
中に何が入っているのかは見えないが武器であれば相当大きなものと推測できた。
「如何致しましょう。この距離であれば1対1の戦いとはなりません。様子見で話しかけてもよろしいでしょうか」
アステリオスが再度提案した。
龍人ロプスに余程厚い忠誠心を抱いているのか、何として役に立ちたいという圧が感じられた。
そんな姿をレプティリアンのヘケセドは冷ややかな目で見ていた。
「いいだろう。ただ、決して油断はするなよ」
「御意」
返事するとアステリオスは素早く動き半神と思われる存在の前に立ちはだかった。
「突然すまない‥‥こんな所でどうかされたか?この先は亞人域ロプスの領地だ。許可なく入ることは許されない。理由を述べるか引き返すか二つに一つ。答えられよ」
亞人域ロプスの品格を損なってはならないという気持ちからか、アステリオスは紳士的に話しかけた。
「おお、やっと亞人域ロプスの領境まで来たか」
目の前の何者かがそう口走ると自分の問いかけに答えないことに苛ついたアステリオスは念を押すように再度話しかけた。
「何用か。返答次第では貴殿の立場は危うくなるぞ」
「あ、ああすまんすまん。えっと君は‥‥アステリオス君だね。希少種ミノタウロスだし、アステリオス君くらいしか知らないのだけど‥‥合ってるよね?名前」
ガチャ‥
アステリオスは武器を手にした。
「おいおい、敵意はないよ。そんな物騒なものに手をかけないでくれないかい?」
「貴様何者だ?」
アステリオスは武器に手をかけたまま、問いかけた。
「アステリオス。下がってよいぞ」
背後から龍人ロプスの声が聞こえたので、アステリオスは無言でロプスの背後に回った。
「そのふざけた出立ちと喋り方に対して気品溢れる所作‥‥そしてその体が痺れるようなオーラを放っているところ‥‥お前ニンゲンのカエーサルだな」
「おお、やっと会えたな。いかにも私はカエーサルですよ」
半神だと思われていた人物はなんと、人類議会のマスター・ヒューであり、人域シヴァルザを統べる男、カエーサルだった。
「何しにこんなところまで遠征してきたのだ?お前は人域シヴァルザを統べる存在。ひとりでこんなところをうろついているはずもない。仲間や軍が控えているのだろう?我が領土を侵略しにでも来たか?」
「はっはっは、滅相もない。正真正銘ひとりですよ。なんならお仲間のハルピュイアにでも周囲を調べさせればいい。空から見れば一目瞭然でしょう?」
(こやつ、我がハルピュイアを連れていないことを知ってて敢えて言っているのか?お見通しだと言わんばかりに。神以上に食えんやつだとは聞いていたが会ってみるとその噂が本当だと思い知らされる)
龍人ロプスは相手を見定めた。
カエーサルの顔を見ると、言っていることに偽りがあるとは思えなかった。
本当に1人でこのような辺境まで来ているならそれなりの理由があるか、1人で大国を相手にするだけの力があるかのどちらかだったが、流石に後者ではないだろうとロプスは思った。
(最悪殺してしまえば良いか。いや、あの担いでいる袋が何かを確認してからだ。それまで迂闊に攻撃するのは危険だな。しかし一番の疑問は、我に会いに来たことに対しなぜ我の居場所を知っていたのかだ‥‥返答次第ではやはりここで殺すしかあるまい‥‥)
龍人ロプスは用心深い男だった。
壮絶な転落人生を歩んだ結果心に刻みつけ学んだことであり、彼の信条は “慎重さなき者は相手に敗れ、大胆さなき者は自分に敗れる” というものだった。
相手を知り、周りを知り見極めなければ相手を見誤り裏をかかれ致命傷を負う。一方の後半部分は、恐るることなく大胆に行動する、つまり恐怖に打ち勝ち勇気を奮い立たせて大胆に行動しなければ勝機を逸するというもので、彼が常に実践していることだった。
瞬間で分析をしているロプスの姿を見て、カエーサルは何かに気づいたのか、笑顔で話始めた。
「おや、これが気になるようですねぇ!よっこらしょ!」
ドン!
(こやつ我の思考を巡らせた一瞬を見抜きおった!)
そう思いつつロプスはカエーサルに質問した。
「何だそれは」
「土産ですよ、み・や・げ!量は少ないがこんなご時世だ。それなりに価値はあるでしょう?」
カエーサルは袋の中身を見せた。
羊に似た動物が数頭縛られた状態で袋の中にいた。
『おお!』
流石に少し離れた場所でも見えたらしく周囲から歓喜の声が漏れた。
その声を聞いてロプスは一瞬苛ついた表情を見せた。
(こやつ、土産と称してこの肉で我らの反応を見てこちらの戦力を推測ったか?!)
風の大破壊後は食糧難が続いている。
草木が育たないことから動物が悉く餓死している状況で、畜産として得られていた食肉がほぼなくなってしまったため、肉を食べられるというのは最高の贅沢となっていたのだ。
その最高の贅沢品が目の前にあるのに対し反応しない者はいなかった。
その反応を見てカエーサルは龍人ロプスの一行の人数や戦力を見切ろうとしているのだとロプスは推測したのだ。
だが、またもそんな思考を見透かしたかのようにカエーサルが話始めた。
「ロプスさん。そう警戒しなくてもいいですよ。本当にちょっと相談があって来たんですから」
「相談‥‥いいだろう。少し離れた場所に馬車を止めている。その中で聞いてやろう」
「どうも!」
そう言うとロプスはカエーサルを馬車に招いた。
馬車の中にはロプスとカエーサルの2人だけで、他の者は外で待つことになった。
「それで相談とは何だ?」
「単刀直入に言いましょう。私と同盟を組みませんか?」
「!!」
ロプスは表情を変えなかったが、想定外のコメントに内心驚いていた。
(こやつ‥‥ふざけているのか?‥‥だがこの目は真剣そのものだ‥‥本当に同盟を結びたいとでも思っているのか?)
「見返りは?」
「お、いいですね。そうこなくっちゃ!見返りは神域アイオリアの領土です」
ガタン!
ロプスは立ち上がった。
「馬鹿‥‥なのか貴様?!」
「はっはっは!予想通りの反応ですねぇ。そうですね、馬鹿かもしれませんね。ですがね、この6つの勢力‥‥いや得体の知れない地底から這い出て来てるやつも入れれば7つの勢力が今ケテルにあるわけです。今は均衡を保っている状態ですね。でもね、徐々に探りを入れてくるはずなんですよ。特に神々がね。そしていつしか均衡が破られることになる。その時、どこが一番に潰されると思いますか?」
「‥‥‥‥」
ロプスは黙っている。
「認めたくないようですね。ですが心の奥で勝手に思い描かれた通りですよ。我ら人間とあなた方亞人です。正確にはまず人間から襲われるでしょう。今まで自分たちが守り支配してきたか弱き下等生物・人間‥‥。神々を崇める存在として必要不可欠ですから全員は殺さないでしょう。残すのは少数でいい。なぜなら餌を与えれば凄まじいスピードで繁殖しますからね」
「‥‥‥‥」
自虐的な表現で説明するカエーサルをロプスは黙ってじっと見つめている。
「そして次に狙われるのが?」
「亞人‥‥そう言いたそうだな」
「ご名答」
カエーサルは静かに拍手した。
「ふん‥‥それで貴様の妄想では、だから我ら亞人は貴様らニンゲンと手を組めばメリットがあるとでも言いたそうだが、全くメリットがあるとは思えんぞ。弱い者が結託した所で弱いことに変わりはないのだ」
「そうですかねぇ。強いものほど頭使わないって言うじゃないですか」
「能書きはいい。それで我らが組むことによってなぜ神域アイオリアを我に差し出せると言うのだ?」
「頭使うんですよ。簡単です。戦う理由を与えるんです」
「どういう意味だ?」
「生き物は何をするにしても目的‥‥理由が必要なんです。腹が減ったから食う。体を休めたいから眠る。発情するから女を抱く。まぁ行為は色々ですが必ず何か理由を持っているんです。そしてその理由に縛られる。戦わなければならない理由を与えた時、戦わないという選択はできないんです」
「当たり前だ。それが何だと言うのだ?回りくどい言い方はいい加減やめろ。我は貴様の垂れる講釈に付き合うほど暇ではない」
「それは失礼。言いたかったのは、理由を与えれば相手を戦場に引きずり出せる。そして裏を返せば理由がなければ戦わない。戦わなければならないと思わないってことです」
「!」
カエーサルのこの言葉を聞いたロプスはその意図を理解した。
(何と恐ろしい男だ。たかがニンゲンのはずだが、こやつからニンゲンの脆さは微塵も感じられぬ。いや、むしろ全てを飲み込みなかったことにされてしまう恐怖すら感じる。こやつは一体何者なのだ‥‥)
ロプスは表情には出さないように心がけていたが、驚きの表情を隠しきれなかった。
「私に作戦があります」
そう言うとカエーサルは大きめの羊皮紙を取り出して作戦について説明し始めた。
まるでチェスのように神域アイオリアの軍の動きを見誤ることなく想定し、そのさらに先を行く作戦を順を追って説明した。
「‥‥‥‥」
ロプスは言葉を失った。
(こ、これならあのアイオロスとゼピュロスの2神が君臨する神域アイオリアを我が手に収めることができる‥‥何という男だ。順を追った戦術だけでなく、大胆な囮や奇襲まで‥‥このような戦術は確かに神々が思いつくはずもないものだ‥‥)
そう思いつつ一つの大きな疑問をロプスは持った。
「すばらしい作戦だ。たったひとつを除いてはな」
「フフ!流石はロプスさんだ。確かにこの作戦は亞人の軍と我ら人間の軍が常に情報を共有しあって戦う連携が必要です」
「ハルピュイアか?」
「まさか!」
そう言うと、カエーサルはロプスの耳元で囁くようにして説明を続けた。
「ハルピュイアがこんな細かい計画を俯瞰して見ながら軍を計画通り、いや臨機応変に戦況を見ながら動かすことができると思ってますか?せいぜい上空から見下ろして得た情報を報告する位じゃないですかねぇ?」
「貴様我ら亞人を侮辱するつもりか?」
「またまたぁ!そんなこと思っていないくせに!」
カエーサルは揶揄うような表情で言葉を返した。
「ということで貴方には私の部下をお貸ししましょう」
そう言うとカエーサルは指を鳴らした。
パチン!
数秒間は何も起こらなかった。
「何なのだ?‥‥ん?何かが来る‥‥上か?!」
シュゥゥゥゥ‥‥ズン!
突如上空から風切音が聞こえたと思ったら馬車のすぐ近くから着地音が聞こえて来た。
ガチャ‥‥
カエーサルが馬車のドアを開けるとそこには片膝をついた状態で美しい紅い翼と白い翼の4枚翼を持った人物がいた。
「顔を上げていいよ」
「はい」
4枚翼の男は返事をするとゆっくりと立ち上がった。
「彼はアンクという名で見ての通り有翼人の中でも希少種のアラトゥス種の男です。彼は私が直々にしごき倒しましたからね。なので優秀ですが、少々生意気なのが玉に傷ってやつですねぇ。さぁアンク。ロプスさんにご挨拶しなさい」
「はい。俺はアンクだ。以後よろしく頼む」
「こやつが‥‥」
「ええ。飛べて戦えて頭も良くて動きが早い。情報をきちんと入手し、把握した上で俯瞰して戦況を見ながら軍を動かせます。単体で戦ってもかなり強いですけどね」
「だから何だというのだ?こやつを我にくれるというのか?」
「はっはっは!残念ながらやるわけにはいきませんよ。そもそも道具みたいに扱っちゃダメですからねぇ。お貸しするんです。信頼のおける参謀としてね」
「‥‥‥‥」
ロプスは思考を巡らせた。
そんなロプスを見たカエーサルはアンクに指示を出した。
「アンク。しばらくお前の主人はこのロプスさんだ。いいね?」
「もちろんだ。よろしく頼むぜ、龍人ロプス」
「我の参謀‥‥だと?!」
「そうだよ。じゃないとアンクが自由に軍を動かせないでしょう?仲間が納得しないというなら貴方が昔から鍛えていた戦士だとでも言っておけばよいでしょうね」
(一体何を考えている‥‥お前の見る未来にはどんな世界があるというのだ?)
そしてロプスはゆっくりとアンクに目を向けた。
薄っすらと笑みを浮かべていた。
自信に満ちた表情だった。
・・・・・
・・・
上空で腕を組みながら自信に満ちた表情で薄っすらと笑みを浮かべているのはアンクだった。
今、真下には2頭の巨大な半神馬が引く大きな装甲馬車が北に向かって走っているのが見える。
クアンタムによって瀕死の状態となったギルガメッシュを乗せ、峡谷の出口で交戦していたはずのサテュロスの陸戦軍達がいつの間にかその数を減らしていることに気づき、裏をかかれて亞人軍が何らかの方法で北に軍を動かしていると理解し、急いで北上しているのだ。
「ソニック。噂通りの切れ者だな。クク‥‥分かりやすくてウケるぜ。頭のいいやつ程論理的に戦況を考える。論理の迷路に嵌った瞬間、論理に囚われ何手先を読めるかの計算能力を競う話になる。だがなぁ、戦場はそんな甘くねぇんだよ。さぁ思い切り踊ってみせろソニック。フハハ!」
そう言うとアンクは東の空へ向かって飛んでいった。
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