<ケテル編> 138.不安な出兵
138.不安な出兵
ナーマを出発したギルガメッシュ率いる南部前衛軍は既に峡谷に到着していた。
「これだけ急いだのにも関わらず、亞人軍のやつら、既にここまで峡谷に迫っているとはな。これぁマジで仕組まれてたな」
自分のいる本陣を少し後方に下げたギルガメッシュは峡谷の先に無数の光を見て言った。
警備兵がハーピーを射った翌々日の出兵で距離的にも圧倒的に素早い初動のはずだった。
だが、既に亞人域ロプスの軍は峡谷の目の前に迫っていたのだ。
「アカルさんの言う通りでしたが、それにしても手際が良すぎます。物理的におかしい。ハーピーが射られる前に出兵していたとしか思えない‥‥」
ギルガメッシュの隣でそうつぶやいているのは旧アネモイ下位剣士のカイラスだった。
「俺たちの常識で測ると状況を見誤るぜ。見てみろ」
ギルガメッシュはそう言うと遠眼鏡をカイラスに渡しロプス軍を見るように促した。
「!」
カイラスは驚いて言葉を失った。
「あいつらはサテュロスだ。ケンタウロスに引けを取らない脚力で荒野を駆け抜ける。つまり機動力で言えば俺たちの倍は速く移動するだろうな」
「で、でもギルさん、仕組まれたなって今さっき言ったじゃないですか。きっと先に軍を出してわざとハーピーを弓で射るように仕向けたんですよ。間違いない」
「確かに仕組まれた言ったし、ハーピーを射らせるのはやつらの計画だったのかもしれねぇ。だが、それはそれだ。俺が常識で測ると見誤ると言った意味は、やつらの機動力だ。移動スピードや軍を分ける機敏さ、斜面を駆け上がったりといった機動性を俺たちの思い込みで想定すると足元をすくわれるってことだ」
「‥‥‥‥」
カイラスは不服そうな表情を浮かべている。
「加えて先方さんはなかなか狡猾なやつらのようだな」
「どういう意味ですか?」
カイラスはやたらと発言が自分の理解を試すような言い方のギルガメッシュに苛々し始めた。
カイラスはアネモイ4柱神の1柱、ボレアス神の息子である半神だった。
我が儘に甘やかされて育ったところをボレアスが危機感を覚え厳しく接し始めたのだが、それが逆効果だった。
小さな頃から何をやっても煽てられて褒められて育ってきたため、自信過剰で自分を客観視することができない性格となってしまった後にボレアスからの厳しい躾があったことで、厳しい言葉に対する免疫がなくボレアスの一言一言に嫌悪感を持っていた。
いつしか自分を試したり、自分に意見をする者に対して不満を露わにするようになり、完全にひねくれた性格となってしまったのだ。
因みにカイラスには同じボレアスの子である半神のゼテスという弟がいるが、彼はどちらかと言うと放任主義で放って置かれたため、ボレアスからの厳しい躾に対して自分なりに何故厳しく躾けられているかを考えて行動していたこともありカイラスのように捻くれずに済んだが、放任主義の影響からか自由を求めて現在ケテルを放浪中らしい。
不満そうなカイラスにギルガメッシュは言葉を返した。
「最初からこの峡谷で戦うつもりだったってことだよ。奴らは既にソニックの作戦をある程度読んでいるってことだ。いや、正確に言えぁソニックはさらに先を読んでいるから、化かし合い勝負はどっちの勝ちかって話かも知れねぇけどな」
「どういう意味ですか?」
カイラスはあからさまに嫌そうな表情で再度質問した。
(ギルさんって意地の悪い性格なんだな。こいつも僕の事を分かっていないボンクラだったか。全く自分が偶々気づいたってだけで偉そうにドヤ顔でクイズみたいに小出しに情報流されても気分が悪くなるだけだって分からないのかね‥‥このボンクラ)
「分からないか?サテュロス軍の両脇を見てみろ。両脇の森の部分だ」
カイラスは遠眼鏡で峡谷の切れ目の両端にある森を見た。
「あ!」
森の中に武器を持って待機しているサテュロス軍が一瞬見えた。
「あいつら‥‥卑怯なまでしやがって。僕たちの軍が正面のロプス軍に突撃したら両サイドが挟むって作戦ですね」
「はぁ‥‥違うぜカイラス。両脇の森から峡谷を登って行って俺たちの裏手に回るつもりなんだろう。奴らの脚力を侮るなと言ったのはその点だ。回り込んだら俺たちを挟み撃ちにするか、俺たちを無視してナーマに向かうかだな」
「え?!まずいじゃないですか!どうするんですか!そこまで分かっていて何もしないなんて、戦いを放棄しているのと同じだ!」
誰に吹き込まれたのかは分からないが、正義感を振りかざしたコメントはどこで話をしても非常に褒められたため、カイラスはここでもいたずらに正義感を振りかざした。
「お前、よくそれでアネモイ剣士になれたもんだ。やっぱりボレアスさんのコネか?」
「ち!父上は関係ない!全て僕の実力だ!」
「はいはい、分かったよ坊や」
「こ、子供扱いしないで頂きたい!いくら上位剣士だったからと言って言葉の使い方を間違えるべきではありませんよ!」
「じゃないとパパに言いつけるぞってか?お前の父親はそんな柔な育て方はしないと思ったんだがな‥‥お前には少しがっかりだ。そんなんじゃ戦争で武功をあげることはほぼ不可能だな。捕虜にされるか、殺されるか、運良く帰還できても戦えなくなるほどの致命傷を負うのが関の山だろう」
「ば!ばかにするな!不愉快だ!」
そう言うとカイラスは後方へ下がってしまった。
(全くどんな躾してきたんだよ、ボレアスさんは。あれじゃぁ宝の持ち腐れじゃねぇか)
「おっと、こうしちゃいられねぇな。こちらも戦闘準備に入らないとな」
ギルガメッシュは各部隊長を集めて指示を出した。
本来であれば旗や音で作戦を伝えるのだが、平民兵がほとんどのこの軍ではそのような合図を教え込む暇もなかったため、わざわざ各部隊長を呼び寄せて作戦を伝える事にしたのだ。
ギルガメッシュの本陣には1000名部隊を預かる部隊長が10名いた。
軍を前衛と後衛に分け、後衛はさらに3つの部隊に分ける作戦に出た。
今頃峡谷の崖の上を目指してサテュロスたちはよじ登っているはずだった。
彼らが両側から駆け下り前衛軍の背後を取ろうとすることを想定し、あらかじめ後衛をかなり後ろへ下げるというものだった。
サテュロス軍からは後衛が下がっていることは確認が難しいため、彼に気づかれる前に後衛を壁をよじ登っているサテュロス部隊よりもさらにナーマ寄りに後退させる事で駆け下りてきたところに攻撃をかけて数を減らせると考えたのだ。
「よし!じゃぁよろしく頼むよ。鐘を鳴らして合図を送る!」
『は!』
部隊長たちは一斉に持ち場へ戻って行った。
「さぁて、龍人ロプス。あんたの戦い方、見させてもらうぜ」
・・・・・
・・・
――― 一方ロプス軍 サテュロス陸戦部隊 ―――
「お前ぇら準備はいいな?!」
『おおおおお!!』
陸戦部隊を指揮しているパーンが檄を飛ばすとサテュロス兵たちは雄叫びをあげてそれに応えた。
「なぁアンクよぅ。本当にやつらは動かねぇのか?」
パーンがアンクに話しかけた。
今回全軍を指揮する総司令官に任命されたアンクは有翼人アラトゥス種という希少種族の者で、美しい紅色の羽が2枚、普通の白色の羽が2枚の計4枚の羽を持つ男だった。
「俺を信じろ。やつらは動かない。動く必要がないからだ」
「おい‥‥冗談きついぜ。これは戦争なんだぜ?相手を倒す必要のない戦争なんてあるかい!」
素性の知れないアンクをパーンはどうしても信用しきれていなかった。
龍人ロプスの恐ろしい力と本性を知った時、パーンは本能的にロプスに従属する事が自分たちサテュロスの生きる道と悟り、亞人域ロプスに住まう亞人全体を守ることが自分たちの使命なのだと認識し、ロプスのために尽くすパーンでも突如現れてロプスの信頼を勝ち取ったアンクを流石にまだ信じきれていないのだ。
パーンの言葉にアンクが返す。
「相手に勝つ事が目的であって相手を倒すのが目的じゃないだろ。目的を見誤るから皆無様な死に方をする。生きながらえても惨めな姿を晒すだけだ。やつらを倒したければ勝手に攻めろ。1000人の兵は連れて行っていい。だが、勝ちたいのなら無謀な行動で命を落とすような真似はしないほうがいいだろうな。お前にはロプス様に尽くしこのケテル全土をロプス様にお渡しする使命があるのだろう?」
「‥‥‥‥いいだろうお前の指示に従ってやる。俺はロプス様から信頼されているお前をロプス様と同等に信頼することにするぜ」
頭の切り替えが早いのはパーンの良いところだった。
サテュロスは悪戯好きの種族で有名だが、自分たちを蔑む人間には悪戯で返す。自分たちに攻撃の牙を向けてくれば蹄を叩き込んで返り討ちにする。
だが、自分たちを信じてくれる者にはとことん仁義を通す。
「さて、それじゃ俺たちは何をすりゃぁいい?総指揮官さまよぅ」
「お前にはアイオリア軍の指揮官と戦ってもらう」
「!!」
パーンは武者振るいと共に嬉しそうな表情を浮かべた。
「殺していいんだよな?」
「もちろんだ。これは戦争なんだろ?」
「ああ、その通りだ!」
パーンは闘志を燃やしサテュロス陸戦軍兵たちに檄を飛ばす。
「お前ら!これから時代遅れのアネモイどもと決戦だ!だがなぁ!これは俺たち亞人の未来を作る名誉ある第一歩だ!ここで武功を上げろ!蹄が割れても蹴り飛ばせ!亞人にサテュロスありと言わしめるんだぜ!」
『おおおお!!』
「さぁて!俺たちサテュロス流の戦いを見せてやるぜアネモイ野郎ども!」
・・・・・
・・・
神域アリオリア領の北に進軍しているのはソニック、ワサンが率いる3割のアイオリア軍だった。
あと半日もあれば領境に到着する。
軍の先頭を引っ張っているのは改造された馬車レヴル号だった。
馬4頭に引かせているのだが、理由は馬車を装甲仕様にしたためだった。
スノウたちがバリオス、クサントスに引かせている装甲馬車ほどではないが、生存確率をあげるためのゼピュロスの配慮だった。
馬車の中にはソニックとワサン、そしてスノウたちと連絡を取るための鳥のバカルカンがいる。
フランはロイグに跨って並走している。
「そろそろ交戦始めた頃か」
御者をしているワサンがソニックに話しかけた。
「そうですね」
「どうした?珍しく不安そうな顔しているな」
「‥‥‥‥」
ソニックは言い知れぬ不安を抱いていたのか、図星を突かれて返す言葉を失ってしまった。
「不安だから前衛軍にギルを当てたんだろう?やつに任せておけばうまくやると思うんだがそれでも不安か?」
ワサンはナーマにいる間、稽古でギルガメッシュと何度か戦った。
力、速さ、攻撃の読み、攻撃の武器の角度と振り方、フェイクの取り方などありとあらゆる戦闘能力や戦闘技術がワサンを上回っていた。
最もワサンが評価したのはギルガメッシュの賢さだった。
状況を先読みする力に優れており、瞬時に戦況を見て同時に行動に移して対処することができるセンスを持っているのだ。
数度の稽古でワサンはギルガメッシュの強さを目の当たりにしたが、同時に得たものも多かったのだ。
そのため、ワサンのギルガメッシュに対する信頼度は高いのだ。
「そうですね。でも彼ほどの男に前衛の指揮を任せたこと自体が僕の不安の現れで、それだけその不安も大きいってことだと思って下さい」
「お前らしくないじゃないか。いつもは謙虚に見せて自信満々なのにな」
「ワサン‥‥僕を何だと思っているんですか。僕だって弱音のひとつも吐きたいですよ。ここ数ヶ月スノウがいない中でのプレッシャーは想像を超えるものなんです」
「はっはっは!オレに弱音見せられるようになったかよ。いい傾向じゃないか。お前は音冷魔法の使い手だけあってどこか冷たいところというか極端に冷めているところがあってオレ的にはとっつきにくかったんだがな。音冷魔法を封じられたせいなのか、オレにとっては今のお前の方が人間くさくて信用できるぜ」
「褒め言葉として受け取っておきますね」
・・・・・
・・・
―――ナーマ―――
南に向かい亞人軍を迎撃する後衛軍が出発した。
馬に跨って軍を指揮しているのはユディスティラだった。
誰よりも平民兵を鍛えてきた半神であり、平民兵からの信頼が厚いからだ。
副官としてアルジュナが馬に跨ってユディスティラと並走している。
「あれ?もしかして緊張してるのかー?」
いつものだらけたような口調のアルジュナの言葉に舌打ちしながらユディスティラは答える。
「緊張なんてするわけないだろうが。恐らくこの戦争でこの後衛は半分死ぬだろうぜ。そんなハリボテ軍の指揮を任されることほど嫌なもんはないだろうが。何で俺なんだよ。こういう役回りはお前の役目なんだがな」
「おいおい、随分な言いようじゃないの。代わってやってもいいけど、俺が指揮したら全滅するだろうなぁ」
「ふざけてんじゃないぞ」
ガシィ!
ユディスティラは苛々が抑えられず思わずアルジュナの胸ぐらを掴んだ。
「お前のそう言ういい加減な態度が周りに迷惑かけてんのいい加減気づけよ」
ユディスティラの怒りの表情に対し、平然としているアルジュナは眉ひとつ動かさずに言葉を返す。
「何でもかんでも真面目にやれば成功すると思ってんならいずれお前、雁字搦めになって詰んで死ぬぞ‥‥何事も遊びがなけりゃ余裕は生まれない。余裕がなければ状況を冷静に見ることはできない。知らぬ間に詰んでいることに気付きもせず殺されるよ、お前」
ブゥゥゥン‥‥
ユディスティラは右腕を大きく振り上げた。
「ほら‥‥周りが見えてないねぇ」
アルジュナは視線を周囲に向けた。
「!」
その言葉を受けて周囲を見ると、平民兵たちが少し距離を空けて驚きの表情で見守っている。
恐怖の表情で自分を見ている平民兵を見てユディスティラは自分の行いが周囲に悪影響を与えていることに悔しがりながら気づいた。
「ちっ!」
ユディスティラはアルジュナの胸ぐらを掴む手を離し前を向きスピードを上げてアルジュナと距離をとった。
(いつもそうだ‥‥こいつのダラけた姿勢‥‥アカルさんは何故俺じゃなくあいつを弟子にしたんだよ‥‥)
「クソ‥‥始まる前から邪念を吹き込みやがって‥‥相変わらずの疫病神だな」
悪態をつくユディスティラの後ろ姿を見てため息をつくアルジュナ。
(強さだけなら俺より遥かに強いし十分中位剣士になれたはずなんだがなぁ。その真面目すぎて融通の利かない性格がお前の力を半減させてることにいい加減に気づけよなー)
アルジュナは萎縮している平民兵に声をかけて緊張をほぐした。
言い知れぬ不安を抱えて空を見た。
(何とかなるよな‥‥)
いつも読んで下さって本当に有難う御座います!
次のアップは水曜日の予定です。




