<ケテル編> 137.アイオリアの作戦
137.アイオリアの作戦
ドドドッドドドッドドドッ!!
地響きを伴いながら爆走する装甲馬車。
この馬車を引けるのは兄弟の半身馬であるバリオスとクサントスしかいないだろう。
外板やフレーム、足回りに金属が使われており強度が非常に高い分、馬車の重量自体通常のそれより数倍重い。
さらにスノウ、シア、シンザに加えシルゼヴァとヘラクレスまで乗せているため、通常の馬では10頭繋いでもびくともしない。
そんな装甲馬車を最も簡単に引いて爆走できる半身馬であれば、走行するだけで地響きを引き起こすのも頷ける。
現在のケテルは風の大破壊によって空は塵や瓦礫を巻き上げて分厚い黒雲の天井を形成していることから薄っすらと暗闇が包んでいる。
そのような暗闇の中で地響きと共に迫る装甲馬車は見る者に恐怖を植え付けることは間違いなかった。
「あれは!」
「おう!スノウのダンナ!右手に何か光るもんが見えるぜ!」
バリオスとクサントスは何かを見つけたようで走りは止めずにそれをスノウに伝えた。
スノウ達は馬車から身を乗り出して確認する。
「光って、街か何かか?・・・・確かに凄い光だな。でもエレキ魔法程度であそこまでの光を発せられるもんなのか?」
「かなり距離があるように見えますね。あの距離じゃエレキ魔法程度でここまで光を届けるのは無理でしょうね」
「確かあそこは旧否國スキーロの主要都市だったシヴァルザがあった場所だ。つまり現在は人類議会とやらが支配権を主張している人域シヴァルザだろう」
スノウに続きシンザ、シルゼヴァが光を見て言った。
因みにシルゼヴァはわざわざヘラクレスに馬車の外へ腕を伸ばさせた上に座って見ている。
ヘラクレスは完全にシルゼヴァのパシリのように扱われているが、本人は満更でもないようだ。
「どうする?寄るか?」
中からヘラクレスが聞いてきたため、スノウはそれに答える。
「いや、このままナーマに進む。あのシヴァルザの異常なほどの光・・確かめる必要はあるが、ソニック達と合流してからでも遅くないだろう。それより、何か嫌な予感がするんだ」
スノウの話を受けてシルゼヴァが反応した。
「同感だな。ハークの予知夢では戦闘になっているわけだが、早くけばその戦闘のきっかけや理由を把握できる時間が取れるかもしれん。逆に言えば遅れればそれだけ俺たちに不利に働くわけだ」
「ああ。戦闘では情報が勝敗を分ける。少しでも早めに状況の把握をしたいからな」
「じゃぁスノウのダンナァ!このままナーマに向かうが構わねぇなぁ?!」
スノウは頷いた。
スノウ達が見た光は人域シヴァルザの人工太陽が放射している光が外に漏れているものだった。
彼らの推察通り、エレキ魔法程度でここまでの距離に光を届けられる照明はない。
スノウ達にとって気になる光ではあったがナーマ行きを優先した。
・・・・・
・・・
ーーー神域アイオリア主要拠点ナーマ 旧ゼピュロス神殿内会議室ーーー
ドン!!
会議テーブルを勢いよく叩く音が会議室内に響いた。
怒りに任せてテーブルを叩いたのはアルジュナだった。
「あり得ないでしょ!ナーマはまだ復興の最中なんですよ?!何でわざわざ戦争仕掛けるような真似したんですか!」
「すまない!」
ユディスティラはテーブルに額をつけて謝罪している。
「アルジュナ、そう責めるもんじゃないよ。遅かれ早かれ何処かでそれぞれの勢力がぶつかる時が来ていたはずだからね。それが偶々今になってしまっただけだ」
「そうだぜ。悔やんでも怒りぶちまけても1ミリも前には進まねぇんだ。しっかり次の行動を考える事に集中しろ。とにかくお前ら顔上げろい!」
アイオロスに続いてゼピュロスがアルジュナをたしなめた。
やるせない表情のアルジュナと悔しそうな表情のユディスティラは顔を上げた。
会議室には、アイオロス、ゼピュロスの2神、旧アネモイ剣士達、ソニック、ワサンがいた。
暗い雰囲気を払拭するようにゼピュロスが切り出す。
「さてとだ。何だかんだ言っても奴らは亞人の集まりだ。アイオロスさんと俺がいて、ギルガメッシュを始めとした旧アネモイ剣士の半神もいるし、ソニックやワサン達もいる。これだけの戦力があればそうそう負けるこたぁねえとは思うがよ」
「そうですね。問題は個の力の衝突ではなく群の衝突だと言うことです」
ソニックが割って入ってきた。
「以前バルカンとシアがカイトンを訪れた際の話を聞きました」
「カイトン・・旧否國リプス最大都市で亞人の住まう街だったカイトンだな?」
「そうです。現在亞人域ロプスを率いている龍人ロプスやケンタウロス、サテュロス、ハーピーそれぞれの種族を代表する幹部とは会えなかったそうですが、ケンタウロスの戦闘力だけは見ていて、かなり訓練を積んだものだったと聞きました。基本的に一般の人間に比べて身体能力は高いでしょうから現在ナーマにいる元平民の兵達では太刀打ちは出来ません。僕らはその兵達も面倒を見ながら戦わなければならないとなれば、本来の個の力は発揮できないでしょう」
「くっ!!」
ユディスティラは苛立ちを抑えきれず思わず声を出して悔しがった。
圧倒的に不足している軍力を補うため平民から兵士に志願するものを募ると決めた際、真っ先に反対したのはユディスティラとアキレスだった。
だが今は猫の手も借りたい時だし、平民兵も訓練を積ませればそれなりになるだろうと言う事で二人の意見は却下されてしまったのだ。
直後アキレスは他に生きているかもしれない旧アネモイ剣士達をナーマに集結させるとして旅に出てしまったため残ったユディスティラは平民兵達を厳しく訓練してきた。
だが数ヶ月程度で体力は向上しても根本的なマインドセットは変わらなかった。
やはり楽をしたがるし命令を都合よく解釈してサボろうとしたりする者がチラホラとおり、それが組織を蝕む毒のように広がり、我儘で自分勝手な兵を増やしていく結果にも繋がっていた。
そして今回、手柄を立てようとしたのか、恐怖に襲われたのか、命令を無視して幼ハーピーを射落とし均衡を破る結果を作るに至ったのだ。
ユディスティラにとって、自分の主張が正しかったことと自分の指導力不足でこのような事態になってしまったと言うやるせない思いが抑えきれない苛立ちを強めているのだった。
「じゃぁどうする大統領よう」
都合よく任命しておきながら重要な作戦の立案まで押し付けてくるゼピュロスにソニックは一瞬苛立ったが、顔には出さずに答え始めた。
「地形を活かして戦うしかありません」
「諸刃の剣じゃないかい?」
ソニックの案を察したアイオロスが口を挟んできた。
「アオイロスさんよ、あんたの悪い癖だ。話は最後まで聞くもんだぜ」
「ああ、そうだったね。すまない、ソニック。続けてくれ」
「はい。ここナーマは警備をほぼ空にします」
「はぁ?!お前!」
驚いたゼピュロスが思わず突っ込むが、アイオロスが制した。
ゼピュロスは自分で話は最後まで聞くべきと言っておきながら口を挟んでしまったことで申し訳なさそうに黙った。
「軍の7割を南の峡谷に送ります。他に陸路の侵入ルートはありませんからここで陸路から攻める部隊を迎え撃ちます。ですが、ロプスにはハーピーがいます。空路での攻撃が想定されます。要は挟み撃ちになる可能性が高い。ですので7割の軍を二手に分けて進ませます」
「なるほど!それで挟まれたら挟み返すってことだねー」
アルジュナが自分の理解を口にした。
「そうです。ですが前衛は何れにしても挟み撃ちされる瞬間はありますからかなり兵力削られることが想像出来ます」
「わかった。詳細は後で詰めるにして、北はどうすんだ?人域シヴァルザの人類議会とやらが黙ってねぇんじゃねぇのか?」
「はい。それを守るのが残り3割です。そしてその3割の軍は僕とワサンで指揮します」
「おい、それじゃぁこのナーマと神殿守るのはどうすんだ?」
ゼピュロスとアイオロスが気になっている点だった。
「ナーマ神殿の地下シェルターに住民を避難させて入口を少数で守っていただきます」
「少数?どいつらだ?」
「あなたとアイオロス様ですよ」
「は?!」
「まさか人間の兵に神が負けるわけはないですよね?しかも神はお二人もいるんですから」
「ぐっ!・・まぁ任せろ。何とかしてやる」
「あとは旧アネモイ剣士をどこにどう配置してどう言う役割を担うか、これが勝敗を分ける事にもなりますがこれをこのあと詰めましょう」
ゼピュロスとアイオロスはソニックを大統領にして正解だったと思った。
冷静かつ大胆な作戦だが論理的だった。
地の利を活かした戦術は峡谷で戦う点だけではなく、ゼピュロス神殿の構造をも利用しているのだ。
地下シェルターに住民を避難させれば住民達を攻撃しようとしても一箇所の出入り口からしか出来ない。
そこをアイオロスとゼピュロスで守ると言う点も個の力に引き込む地の利を活かした戦術だった。
そして7割を亞人迎撃に送ると言う大胆な案。
これはこの機に乗じて攻めてくる可能性のある北にいる人類議会に3割しか当てないと言う事になるが、これもソニックの読みだった。
人類議会は人間の世界を築こうとしている。
つまり人間を相手に戦うことを躊躇するのではと考えたのだ。
そしてソニックはその陣頭指揮を取り、人類議会と交渉もするつもりなのだろう。もちろん人間として。
となれば亞人達を迎え撃つ軍には素人同然の平民兵だけでなく、旧アネモイ剣士達を全て投入する事が出来る。
ギルガメッシュを始め強者は相当な突破力を有するため、戦況を大きく覆す力も備えられるという作戦だ。
ゼピュロスはアイオロスの顔を見た。
アイオロスは軽く頷いた。
コンコン!
突如会議室をノックする音が聞こえた。
通常時よりも強く早いノックであるため一同は何かの危機が迫っているのかと思い注目した。
「何だ?今は重要な会議中だぞ。要件を言え」
「はい!フランとロイグが帰還しました。アカル様も一緒です。途中亞人達の軍を見たと言う事で重要な話だと思いご報告に!」
『!!』
「よし、通せ」
「は!」
数秒おいて扉が開いた。
ガタ・・ギィィィ・・
「ソニックさん!ワサンさん!」
入ってきたのはフラン、ロイグ、アカルの3人だった。
「戻ったんだね!それでお母さんは見つかったかい?」
フランとロイグの無事の帰還で安心した表情を浮かべたソニックが問いかけた。
「うん!アカルさんが仲間になってくれて無事に救い出せたよ!」
「それは良かった!」
ロイグは腕を組んで座っているワサンに親指を立てて上手くいった事を無言で伝えると、ワサンは笑を浮かべて頷いた。
「ご心配をおかけしましたがアカルヒメノカミ、只今帰還致しました」
アカルはアイオロスとゼピュロスの前に行き一礼して帰還の挨拶をした。
「よく戻って来たな!今は一人でも戦力を確保したい時だ。そんな時にお前が戻って来てくれたのはすげぇ嬉しいぜ」
ゼピュロスが答えた。
「アカルよく無事で戻って来たね。それでアキレスとは会ったのかい?」
「そ、それがよく分からないのです。アキレスさんに助けられたような記憶があるのですが、姿は現さないので幻覚だったかもしれません」
「まぁアキレスはお前の師匠でもあるからな。ピンチの時はお前の中の師匠アキレスが喝を入れることもあるだろうぜ。あいつがいりゃぁ相当戦況は好転するんだが仕方がねぇ。このメンバーで気合い入れるぜ!」
旧アネモイ剣士達は喝が入ったのか、引き締まった表情に変わった。
「それでフラン、ロイグ、アカルさん。亞人達に動きがあったのを見たとか?今は少しでも情報が必要な時です。何でも構わないので見た事を教えて下さい」
「はい!」
フランは自分たちが見た事を説明し始めた。
マパヴェを出て北上する中で東の方に光の線を見たらしいのだ。
おそらく軍が進行していると思われ、光の線は松明を掲げている光だというのがアカルの見立てだった。
光の線はかなりの距離で軍の規模は恐らく1万ほどと推測された。
事態は飲み込めなかったが方向から見て神域アイオリアへ向かっていることは容易に推測できたため一大事として全速力でナーマまで走って来たのだった。
そしてもう一つ。
途中上空を飛来する少数のハーピーの一団を見たと言う。
峡谷の辺りで着地したようでその後は見ていないとの事だった。
「なるほど。そのハーピー達は恐らくこちらの動きを偵察しに来た一団ですね。そうすると峡谷で待ち構える作戦はいずれ知られる事になるでしょう。後は時間との勝負です!今すぐにでも前衛軍を出発させましょう!」
・・・・・
その3時間後、急きょ集められた全兵の4割が南の峡谷に向かって出発した。
指揮を取るのはギルガメッシュだった。
ーーー出発前 アイオロスの部屋ーーー
「主人。これで良いので?」
ギルガメッシュがアイオロスに出発の報告をしに来たのだが実際にはアイオロスを心配して話に来たのだった。
「これ以上の策は僕たちには考えられないね。ギルの護衛が無いのは心細いけど数日なら問題ない。力の解放で何とか対処できると思うから、お前は存分に暴れて来てくれ」
「分かりました。くれぐれも無茶はダメですよ?あなたにはまだやる事があるんですからね」
「ははは!まるで母親みたいだね。でも分かってるよ。大丈夫だ。無茶も無理もしないし、もちろん死ぬなんてことはないから安心してくれ」
「母親って、ふふ。まぁ兎に角何かあったら直ぐに鳥でも早馬でも出してくださいよ?」
「ありがとうギル。それじゃぁ健闘を祈るよ」
「主人も・・ご武運を!」
・・・・・
馬で軍の先頭を引っ張っているギルガメッシュは少しだけ不安そうな表情を浮かべていた。
(俺が不安に思うほど彼の方は柔じゃ無いよな。しっかりしなきゃならんのは俺の方か。ほんの些細な気の迷いが戦況を大きく悪化させる。さっさと片付けて帰還すればいい。俺の果たすべき役割はそれだけだ)
こうして神域アイオリアから亜人ロプス軍を迎撃する軍が出発した。
いつも読んで下さって本当に有り難う御座います!




