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<ケテル編> 125.翻弄

125.翻弄



 タルタロスの大穴の内壁に打ち込まれた楔に巻きつけたジルファスの髭を綱渡りのロープのようにして一行は順番に渡っていく。

 バランスを崩してはならないということでひとりが渡り切るまで次の者は待つことにしている。

 既にスノウが渡りきり、現在シアが渡っている最中だった。

 ちなみにヘラクレスは最後にしている。

 重さでジルファスの髭が切れてしまっては元も子もないからだ。

 裏を返すとヘラクレスは奈落へ落ちる可能性があるということを指しているが、まるで恐怖など感じていないかのようにヘラクレスは豪快に笑っていた。

 ディアボロスは自分の番になるまで少し離れた場所で腕を組んで立ちながら様子を伺っている。

 そんな中でシンザがヘラクレスに質問した。


 「しかしこの巨体‥‥全身が見えませんよ。一体このアトラスという巨人はどれだけの巨体なんですか?」


 「確かにでかいな。だが、物事は常識で図るもんじゃないぞ?」


 「どういうことですか?」


 「巨体だと思っているのは自分の体のサイズを基準に比較しているからだろう?自分の体が縮んでいるかもしれない可能性だってあるんだぜ?こんなアリンコ見ないなサイズにな」


 「え?!」


 ヘラクレスは人差し指と親指で蟻を摘んだような仕草をしながら説明した。


 「もしくは、お前の目には巨大に映っているだけで巨大ではないかもしれない」


 「??」


 「何を言ってるか分からないって顔しているな」


 「ちょっと難しいかもです」


 「難しく考えるから難しいんだぜ。可能性は無限にあるんだ。その無限の可能性をシンプルに考えれば自然と本質が見えてくる。そういう目を養うことだ。それに対して最も妨げになるのは常識だ。物理限界とか方程式とか理屈をこねくり回すが、そんなものは自分で可能性を狭めているに過ぎない。お前の知っている宇宙の理なんてお前が一生掛けて吸う呼吸量の一呼吸にも満たない程度なんだぜ」


 「ええ?!」


 「まぁお前が何年生きるのか知らねぇけどな、わっはっは!」


 「おい、早く行けよ。あの女渡り切ってるぞ」


 ディアボロスが面倒くさそうに言った。


 「よし、じゃぁシンザ行ってこい。くれぐれも落ちるなよ?2度と戻ってこれないからな。一生暗い牢獄暮らしは嫌だろう?」


 「ヘラクレスさん‥‥あなた本当に意地悪な性格ですね」


 「わっはっは!」


 ヘラクレスは嬉しそうだった。

 おそらくシンザが生まれたての子鹿のように足を震えさせてビクビクしながら渡るのを見られると期待しているのだろう。

 だが、予想に反してシンザは軽いフットワークで臆することなくスイスイと渡って行った。


 「お、おい‥‥」


 ヘラクレスは途端につまらなそうな表情に変わった。


 「さて。お前の番だディアボロス」


 「ふん」


 ディアボロスは面倒だと言わんばかりの表情を浮かべてジルファスの髭に飛び乗ろうとしている。

 その直前でヘラクレスが話しかけた。


 「そう言えばお前‥複数の契約結んでいるだろう?」


 「!」


 ディアボロスの動きが止まった。


 「お前の縛られ方‥‥何とも微妙に複雑だから普通は気づかないのかもしれないが、俺は気づいちまう。少なくとも3つ‥‥あのスノウの監視と誘拐、そして護衛‥‥お前の契約者は誰だ?」


 「それ以上喋るな。お前は質問すれば何でも答えが聞けると思っている馬鹿なのか?」


 「全く多重契約はしんどいだろう?何ならこのヘラクレス様が愚痴を聞いてやろうっていうんだ。ありがたく思えよ」


 「喋るなと言ったろう?殺されたいのか?ここなら何の邪魔も入らねぇ。それにお前をどう料理しようと俺の契約に何一つ抵触しねぇ。お前は俺の射程にいることを理解した方がいい」


 ディアボロスは鋭い殺意のオーラを放ちヘラクレスを威嚇している。


 「おお怖‥‥。俺もあの邪竜と血の盟約結んじまったからなぁ。お前の辛さが分かるって言ってんだよ。他人の親切は素直に受け取るもんだぜ?」


 「見え透いたこと言ってんじゃねぇ。気持ち悪いんだよ。どうせあの異系の半神サイコ野郎に吹き込まれでもしたんだろう?いい加減にしねぇと本気で殺すぞ」


 トンッ‥‥


 ディアボロスは軽く飛んだ。

 そしてまるで地面を普通に走るかのようにスムーズに進んで行き、あっという間にアトラスの右腕に辿り着きそのまま背中の方に向かって行った。


 「焦ってんのかねぇ。大魔王様も大変だ」


 ヘラクレスが戦闘力だけで一匹狼のように行動している理由は自由のためだった。

 組織に属せばほぼ間違いなく自由はなくなる。

 下に就けば不自由を強いられ、上に立てば組織を守るために雁字搦がんじがらめになる。

 そのため王や英雄などには一切興味がなかった。


 「さて。切れてくれるなよ」


 ヘラクレスは慎重にジルファノスの髭に飛び移りゆっくりと渡っていく。



・・・・・


・・・



 ヘラクレスも無事に渡り終え、一行はアトラスの背中の中心に向かって歩いている。

 ヘメラの館に近づくにつれてアトラスの背中から発せられる強烈な光が覆っている布越しに光を通してくる。


 「あと少しみたいだな。そう言えばペルセウスからオイジェスに気をつけるように言われていたがあれはどういう意味だ?」


 スノウがヘラクレスに問いかけた。


 「さぁな。だがオイジェスと言えば苦悩を司る神だ。面倒なことになりそうな予感は拭えないな」


 「苦悩‥‥苦悩ってのは司るものなのか?」


 スノウは最もな疑問を投げかけた。


 「お前もかスノウ。いいか?常識は捨てろ。神ってのは無数にいるし一つだったりもする。神ってのは人がすがるために作り出したイメージでもあるんだ。縋るという行為の本質は感情と感情が引き起こす事象だ。無数にいるのは何故かって言えば、人は感情を他者のせいにして自分を正当化したがるからな。自分の感情がどこから来たのかと考えたときに神が与えたものだと思えば仕方ないって思えるんだな。例えば温かさをくれるものは何だ‥‥太陽だ、となる。でも太陽は曇りや雨の日には顔を見せない。寒くて凍えそうだ。イライラする。いや、これは太陽の神の仕業だ‥‥だったら仕方ない。神の御心が変わるまで待つしかないな‥‥そうやって感情をコントロールしてんだよ」


 「‥‥‥‥」


 スノウは一理あると思った。

 確かに何故愛するのか、何故憎むのか、愛することにもパワーが必要だし、憎むのはもっと必要となる。

 それを自分自身でコントロールできない感情の揺れや振れが最も人の人生を左右すると言っても過言ではない。

 感情の振れがネガティブに向いた時の最悪の結果を受け入れるためには、神のせいにしてしまうのが最も納得できるというものだ。


 「理解したようだな。生きている者は誰でも必ず悩みを抱えている。その悩みが自分自身で取り除けないとなれば、誰かのせいにしたくなるだろう?苦悩の神とはそういう感情の渦から生まれた存在だ」


 「なるほど‥‥」


 だが、その理屈では人が神を生み出したということになる。

 スノウは納得しかけていたヘラクレスの理屈が覆ってしまったと思った。


 「まぁこれぁ俺の持論だからな。神なんざ人が作り出した偶像なのかもしれねぇ。神と呼ばれる前の大いなる力を持った存在が人の感情を受け取った瞬間に生まれるっていうよく分からねぇ存在だな。これも可能性だ」


 「‥‥‥‥」


 「くだらねぇ話をしてる場合じゃねえんじゃねぇのか?モタモタしてるから向こうから挨拶に来やがったぜ」


 「!」


 ディアボロスの言葉で一同は光を発する方に目を向けた。

 だが、光を遮るのに目隠しをしているため何かの存在は感じるがその姿を見ることはできない。

 しかもその光量は一層増している。


 「珍しく外が騒がしいと思って来てみれば‥‥こんなところに一体何用ですか?」


 ヘラクレスは腕で目を覆いながら言葉を返した。


 「お前はヘメラか?申し訳ないがお前のその神々しい光は俺たちには毒だ。光を抑えてくれないか?」


 「あら、そうなのですね」


 そう言うと一気に光が収束し目の前の存在の中に吸収されていった。


 「すまねぇ」

 「ありがとうございます」


 ヘラクレスとスノウは礼を言って目を覆っている布を取り外した。

 他の3人も同様に外している。


 「あなたはヘメラ神ですね?」


 「ええ、そうです。私は昼を司る神ヘメラです。あなた方は‥‥おや、あなたはヘラクレスではありませんか‥‥そして奥には‥‥これは珍しい、唯一神を気取るかの者の駒‥‥アスタロトですね」


 「昼の神だかなんだか知らねぇが、言葉を選べねぇようならその喉を犬笛にでも変えるぞ」


 「おやおやこれは怖いこと‥‥そしてあなた方はニンゲンではありませんか。おや、あなたは最近話題に上がっているアノマリーですね。それならば納得です」


 (毎度おれをアノマリーと呼ぶやつらがいるが一体何なんだよ)


 スノウはいつか誰かに聞かなければならないと思った。

 ヘラクレスが半身前に出て会話を交代した。


 「ヘメラ、すまねぇ、お願いがあるんだ」


 「何でしょうか?わざわざこのようなところまで来られたのですから極力お応えしたいと思います」


 「そうか、それは有難い。実は‥‥」


・・・・・


 ヘラクレスはこれまでの経緯を話した。

 そしてニュクスから取り上げた欠伸を返してほしいと依頼した。

 ヘメラはその言葉を聞いて俯き始めた。


 「何と‥‥母ニュクスがそのような言い方を‥‥何と嘆かわしい‥‥」


 「どう言う意味だ?」


 「毎日毎日欠伸をし続けることに疲れたため、欠伸を預かれと言って寄越したのは母のほうなのです」


 『!!』

 「はぁ?!なんだそれは!」

 「はっはっは!まんまと嵌められたなぁ。食えねぇ女神だぜ」


 驚くヘラクレスやスノウ達に対し、ディアボロスは呆れて笑っている。


 「じゃぁ話は早いぜ。欠伸を俺たちに渡してくれ。それをニュクスに返す」


 「でも‥‥私が勝手に返すのは流石に不味いですね。母の許可がないと‥‥私に預かれと言いましたので‥‥でもあなた方には嘘をついた‥‥何故そのようなことを‥‥悩ましい‥‥」


 「悩むことなんかねぇだろう?何ならニュクスのところへ一緒に来てくれればいい」


 「それは出来ません。私は昼を告げる役割を担っております。その職務を放棄することは出来ません」


 「昼を告げるって言ったって外は闇ですよ。数日とまでは言いません。せめて1日だけでも時間を頂けませんか?」


 スノウが懇願した。


 「難しいのです。昼は光だけではありません。様々な効果があります。それを放棄することは出来ません。でもあなた方は欠伸を欲しているのですよね‥‥悩ましい」


 「おいおい。いい加減にしろよ。わざわざお願いしてやってるんだ。お前を殺して欠伸を奪うことだってできるんだぜ?」


 ディアボロスがしびれを切らして威圧し始めた。


 「私を脅しても無駄です。困りましたね‥‥悩ましい‥‥」


 ヘメラの優柔不断な態度にスノウも徐々にイラつき始めた。

 ヘラクレスは黙って何かを考えている。


 ガチャ‥‥


 シアが剣を抜こうと柄に手をかけた。

 スノウがそれを制する。


 「なるほど。そう言うことか」


 ヘラクレスは何かを閃いたように言ったかと思うと、ヘメラの屋敷の方へ進んでいった。


 「どこへ?」


 ヘメラの言葉を無視してヘラクレスは屋敷の中に入って行った。

 スノウたちは何が起こっているのか分からず顔を見合わせている。

 しばらくしてヘラクレスが屋敷から出てきた。


 「何だ?!」


 ヘラクレスは何かを担いでいる。

 人のようだった。


 ドサッ!


 ヘラクレスは担いできた何者かを目の前に放り投げるようにして降ろした。

 目の前の倒れ込んでいる何者かは相当殴られたのか、ボロ雑巾のようにぐったりしている。


 「こいつだ」


 「??‥‥どういう事ですか?説明してくれませんか?」


 シンザが説明を求めた。


 「分からねぇのか?とろいぜ‥‥」


 ディアボロスが呆れて言った。

 それをひと睨みしてスノウが割って入った。


 「おそらくこいつ、ペルセウスが言っていたオイジェスだ」


 「なるほど!そういう事だったんですね!」


 シンザも察しがついたようだ。


 「おい、オイジェス。早く呪縛を解けよ。じゃないと本気でボコるぞ。俺は手加減嫌いなんだよ」


 ヘラクレスが脅した。

 目の前のオイジェスのズタボロ状態からすれば既に本気で殴られたと見えるがそうではないようだ。

 

 からくりはこうだった。

 目の前に放り投げられた者は苦悩を司る神のオイジェスで、彼がヘメラに呪縛をかけ悩める女神に変えたのだった。

 ヘラクレスの筋肉が盛り上がり今にも殴りかかろうとした姿を見て、オイジェスは呪縛を解いた。


 「はっ!‥‥私は何を悩んでいたのでしょう。こんなつまらない事で悩むなど‥‥情けない」


 呪縛が解けてヘメラは正気を取り戻したようだ。


 「母の欠伸ですね。この通りお渡ししましょう」


 そう言って何もない空間から何かを取り出した。

 黒く光る球体だった。

 スノウはそれを取ろうとする。

 だがスノウは途中で手を止めた。


 (待てよ‥‥オイジェス‥‥ニュクスの手の者だとしたらなぜこんなことをする?おれ達の行動を邪魔しようとしているんじゃないのか?!)


 「何を企んでいる?」


 スノウはオイジェスに問いかけた。


 「スノウ、その玉取らなくて正解だ。鋭い考察だが、状況はもっとシンプルだ」


 「どういうことだ?」


 ヘラクレスは何かを理解したようだった。

 スノウの問いに対して答えを言う。


 「ニュクスが俺たちを陥れようとしているってことだ」


 ビギィィン!!


 『!』


 突如凍りつくようなオーラが周囲に充満した。

 

 「バレてはしょうがないねぇ」


 『!!』


 突如ヘメラの手の平に乗っている黒い球体から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


 「ニュクス‥‥」


 スノウは思わず苛立ちを込めた言葉を漏らした直後、黒い光から黒煙が発生し始めた。

 そして見覚えのある姿が現れた。


 夜の女神ニュクスだった。





いつも読んで下さって本当に有難う御座います!

感謝です!

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