<ケテル編> 121.夜の女神
121.夜の女神
「見えてきたな」
ヘラクレスが装甲馬車から顔を出して遠くを見て言った。
その言葉を聞いて同じく外を見たスノウは遠くにぼんやりと見える小さな丘のような場所を見つけた。
大破壊前の闇に包まれていない状態であればさぞかし美しい景色だっただろうとスノウは思った。
「あれが神の島か。ボレアス神と共に行った時は直接神殿に降り立ったからきちんと見ていなかったが、こうやって陸から見るとやはり敷居が高そうな場所だな」
「当たり前だな。あそこは古代の遺跡だった場所をエウロスが神殿に作り替えたんだ。美意識高い事を自慢してたエウロスだから景観にはこだわったらしい。まぁどうでもいい話だけどよ」
「え?でも大破壊前に上空から見た時、恐ろしい島だと聞かされたぞ?湖は毒強酸だって」
スノウは以前に訪れた際に見た光景やボレアスから受けた説明を思い出して意地悪するように言った。
以前ボレアスから聞いた内容はこの美しい島を欲したエキドナがエウロスを追い出すために放ったヒュドラをヘラクレスが切り刻んで殺したのだが、その際に流れ出たヒュドラの強力な毒強酸の血が湖を侵蝕し死の湖へと変わってしまったのだ。
つまりヘラクレスがこの美しい島を死の島に変えた張本人だと言う事だった。
「ん、あ、あぁ、ま、まぁそんな感じだったな・・バリオス、浜辺の手前で停めてくれ」
ヘラクレスはバツ悪そうに誤魔化しながらバリオスに停車を指示した。
一行は神の島に続く細い道を歩いていく。
シアがスノウを救うために訪れた際は、エリスに阻まれてしまったが今回はそういった気配は感じられなかった。
歩きながらヘラクレスがスノウ達に話しかけてきた。
「予め言っておくがニュクスはかなり手強い。ニュクス単体なら何とかなるんだが、あいつが子供らを従えるとどうにも手がつけられねぇ」
「どういう意味だ?」
「あいつには沢山の子供がいる。勿論神だ。特にやべぇのが内なる破滅を呼ぶ神々だ。既に知ってるエリスやネメシスもやつの子だが彼女らは外への破滅を引き起こす神々でな。エリスは争い、ネメシスは復讐を司る。支配下にあるもの達にそういう感情を植え付け増幅させるんだ。まぁ厄介っちゃぁ厄介だが分かりやすい分まだ何とかなる。だがモロスやタナトス、ヒュプノスやオネイロスはやばい。死の運命や死そのもの、眠りや夢を司る神々だ。こいつらは一人一人の精神に働きかけて破滅や停滞を引き起こす。外からじゃぁ分からねぇ負の影響力だ。もし奴らが出てきたら俺じゃぁ太刀打ちできねぇ。恐らくお前もだスノウ」
「その時はどうするんだ?」
「逃げるきゃねぇな!わっはっは!」
「はぁ?マスターならそんな下衆な神々一掃するでしょうね」
何故か張り合うようにシアが割って入った。
「わっはっは!そうかそうか。まぁ直に見る機会があったら見定めてみるこったな。やるかどうかはその後決めてもいい。まぁそんときゃ俺は既に逃げてると思ってくれ」
珍しくヘラクレスは戦う前から負けを認めていた。
そして洞窟の入り口から抜けると一面に広がる湖が現れた。
遠くに薄っすらと神殿が見える。
スノウ達は布で鼻と口を押さえて神経毒のガスを極力吸わないようにした。
「無駄だ。この毒はそんな生やさしいもんじゃない」
そう言うとヘラクレスはまるで写真の構図を確認するように両指で四角を作りだした。
「この幅があれだから、この大きさだとそうなるか・・よし!」
何やらブツブツと言っていたかと思うと突然スノウ達3人を脇に抱えた。
「おいおい!」
強引に脇に抱えられたスノウ達は面食らうが次の瞬間、さらに驚く。
ヘラクレスは少し後方に下がったかと思うと思い切り湖に向かって走り出したのだ。
ダッダッダッダッダ!
そして岸ギリギリでしゃがんだかと思うと凄まじい跳躍を見せた。
「マジか!!」
ヘラクレスは3人を抱えたまま湖に向かって大きくジャンプしたのだ。
無論神殿の小島に飛ぶためだ。普通なら神殿までの距離の十分の一も飛べない。
ましてや大人3人を抱えての跳躍であり、飛び越えるなど自殺行為としか思えなかった。
ドスゥゥゥゥゥン!!
だがヘラクレスは飛んでみせた。
神殿のある浜辺に着地したが余りの衝撃で地面が大きく揺れ、それによって毒強酸の湖に大きな波が立った。
「おい!ヘラクレス!無茶しすぎだろ!」
「まぁそう言うなよ。無事に飛び越えられたじゃねぇか。さ!神殿に入るぜ?無呼吸ってのもそろそろ限界だ」
ヘラクレスはここまで無呼吸だったようだ。
無論スノウ達も極力呼吸は押さえていたが、ヘラクレスはこの数分間を無呼吸で且つこのような荒技をやってのけた。
改めて神殺しの名は伊達じゃないなとスノウは思った。
そしてその大胆さだけでなく、きちんと計算して飛んだ思考力の高さも評価していた。
ズザザァ・・
「お、おい!入るのちぃっと待て!」
「何でだよ」
「スマン!やっちまった!」
そう言うと再度スノウ達を抱えて今度は神殿の屋根上へと飛んだ。
「何やってんだよ!」
「い、いやぁ、着地の衝撃まで考慮できなくてよ、立った波が岸から帰ってきて大きめの波になって襲ってきちまって・・」
ズザザァ!!
ヘラクレスの言う通り、着地の時の大きな振動が引き起こした波動は大きな波となって返ってきてそのまま神殿の入り口にも侵入した。
これによって入り口から普通に入ることも出来なくなっただけでなく、最初からニュクスとの交渉を不利にさせる事象を作り出してしまったのだ。
スノウはヘラクレスは自分の力の影響をきちんと捉えていないのだと理解し、今後の彼の行動を事前に見定めようと思った。
「一応布で鼻と口を覆え。あの神経毒の霧は重たいからここまでは上がってこないはずだが念のためだ」
ヘラクレスの言葉に従いスノウ達は布で鼻と口を覆った。
ギュゥゥゥゥン・・・・
突如周囲に息苦しくなるような重圧感が襲ってきた。
「ヤベェな怒らせちまったか・・」
その言葉の意味が何となく分かったスノウはイライラを募らせた。
(最悪ヘラクレスをけし掛けてこの場でニュクスを倒す事も考えないとならないな・・。勝てるかじゃない、勝つんだ。バルカンの為に・・)
周囲が一気に暗闇に包まれた。
ファァァァァァァ・・・・
すると20メートルほど離れた場所に天から一筋の光が差し込んだ。
「来るぞ」
ヘラクレスが警戒し始めた。
差し込んだ光の発せられている方を見上げるとそこには見えるはずのない月があった。
「!」
スノウ達は突如一筋の光から発せられた荘厳なオーラを感じ身構えた。
光の筋から徐々に何らかの影が見え始める。
「おや、そこにいるのはヘラクレスじゃないか」
「ご無沙汰しております。ニュクス様」
「ご無沙汰という割にはいきなりやってきて妾の城を滅茶苦茶にしてくれたではないか?」
そう言いながら荘厳で威圧的なオーラを発しながらニュクスは光の筋の中で姿を現した。
輝く深い紫のドレスローブに暗く輝くティアラを冠った美しい女性の姿だった。
「すまない。もし代償が必要なら受ける。目玉抉るでも腕切り落とすでもいい、言ってくれ」
「ふん、何故妾がお前の目玉や腕を欲するのだ?そんなものには一切興味がないわ。ん・・そこの者、顔を見せよ。もっと妾に近づくのじゃ」
そう言ってニュクスが指差した相手はスノウだった。
スノウは緊張しつつも言われるままにニュクスに顔を見せようと前に出る。
「もっと近う」
更にスノウは言われるままに前に身を乗り出す。
ガッ!
突如スノウは服の背中を掴まれて後ろに引っ張られた。
引っ張ったのはシアとヘラクレスだった。
「何じゃ惜しいのう。もう少しでニンゲンが毒で溶け死ぬのが見れたものを」
「え?!」
スノウは自分が神殿の屋根ギリギリに立っているのを見てゾッとした。
何より恐怖だったのはニュクスの誘いを何ら疑う事なく引き込まれるように受けてしまったところだった。
「マスター」
「ありがとうシア。大丈夫だ」
「スノウ、気をつけろよ?つっても抗えない力が働いちまうがな」
「おや。そこなニンゲンはスノウと申すのか」
ニュクスは何故かスノウの名に興味を示したようだ。
「え、ええ」
スノウは返事だけして答えた。
「ウルスラグナの子か」
「!!」
「フハハ面白い!それで何用じゃ?理由によってはここで闇に消し去ってやる」
ヘラクレスはスノウの肩に手を置いて答えようとする。
「お前には聞いておらぬわ。口を閉じよ」
「スノウご指名だ」
ヘラクレスはスノウの耳元でそう囁くと一歩後ろに下がった。
スノウは緊張を跳ね返す意味も含めて胸を張って答えた。
「夜の雫。それをおれたちに分けて貰いに来ました」
ゴゴゴゴゴゴゴ!!
突如周囲が地震のように振動し始める。
ニュクスの顔が怒りに変わった。
「夜の雫じゃと」
殺意のオーラが周囲を覆い、スノウ達は死を覚悟した。
いつも読んで下さって本当にありがとうございます!
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