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<ケテル編> 118.下へ上がれ

118.下へ上がれ



 ブゥゥゥゥン‥‥


 スタタ‥ズザァァ!!

 ガシィン!


 ゲートを通過した後少し離れた場所でフランとロイグはクレアを庇うような体勢で構えた。

 緊張が走る。

 汗が滴る。

 異形の存在の追手は来ないように見えた。

 二人はアカルが食い止めてくれているのだと想像した。

 奥にもゲートがあるためそちらに向かって一歩一歩警戒しながら後退りしていく。


 「大丈夫‥‥なのか‥‥」


 「油断はできないけど、追手は来ないみたいだね。アカルさんを待つ?」


 「いや、アカルは先に行けと言った。モタモタしてあいつの足手纏いになっちゃまずい。俺たちは先に進むことを優先した方がいいと思うぜ」


 「そうだね」


 「フラン?」


 「母さん!」


 緊張のあまり再会を喜ぶ暇がなかったが、クレアの自分を呼ぶ声を聞いた瞬間、フランの目に涙が溢れてきた。

 そして思わず抱きついてしまった。


 「よがっだぁぁ」


 「私のこと探してくれていたのね‥‥そしてここから助けてくれた‥‥あんなに小さくて子供だったのにこんなに逞しくなって‥‥」


 クレアも涙を流しながらフランを強く抱きしめた。

 状況を中々把握できないクレアだったが、一緒にいたはずのバンダムが別人のように動いていたのに加え、ベスタとジャグが吊るされていた姿が部屋を出る直前に見えたことで自分が危機的状況にあったことは理解していた。

 そのような状況から救われたこと、そして救ってくれたのが息子のように育てたフランだったことに深い感慨を覚えた。

 そしてそれを見ていたロイグも貰い泣きのように鼻を啜っている。

 鼻を思い切り啜ろうと天井見上げた時、ロイグの動きが止まった。


 「な、なんだよこれ‥‥」


 フラン、クレアはロイグの驚き混じりの掠れた声に気づき同じように天井を見上げた。

 そして3人とも呆然と立ち尽くした。

 この部屋は100メートル角で天井まで5メートル程度ある真っ白な無機質な空間なのだが、そこに無数の肉片のようなものが等間隔でぶら下がっていたからだった。

 巨大な精肉工場のように見えるが、このケテルの文化レベルには大量生産するような精肉工場は存在しないため、3人の目には異常な光景に映っていた。

 いや、存在したとしてもこれだけの巨大な空間に数えきれない肉塊が吊るされた状態はありえない。


 「肉‥‥だよな‥‥」


 「うん‥‥街の食糧庫にあった長期保存できるように加工した肉があったよね‥‥あれを作ってる場所じゃないかな?」


 「でもこんなに‥‥大破壊前だってこれだけの動物を捕まえるのは大変だぜ?‥‥どこでどうやって捕まえたってんだ‥‥」


 「分からないけど、これだけの保存肉があれば多くの人がしばらく空腹に苦しまなくて済むよね‥‥」


 ヴィィィィン‥‥


 「何の音だ?」


 奥の壁が開いて10個ほどの肉塊がその中へ自動で運ばれていった。


 「どういう仕組みなんだろう‥‥誰もいないのに勝手に動いてる‥・」


 「確かめてみればいいぜ。向こうのゲートから肉が運ばれていったところと同じ部屋に行けるんじゃねぇか?」


 「そうだね。ここに長居もしていられないしね」


 「あの、フラン?」


 クレアはロイグを知らないため、仲良く会話しているのに入れずに困っていたようだ。


 「あ、あぁ彼はロイグ。見ての通りケンタウロスだよ。フランシアさん、バルカンさんと旅に出た後、昔の否國アペリオのカイトンに行った時に知り合って意気投合して、今じゃ一心同体の親友なんだ」


 「そう!よかったねぇ!お前にそんな友達ができるなんて!ロイグ、クレアよ、よろしくね」


 「お、おお、よろしく!」


 クレアは本当にフランの成長を喜んでいるようだった。

 ロイグはクレアがフランの本当の母親ではないとは知っていたが、思っていた以上に若かったため、若干面食らっていた。


 「で、でも今はロプスという名の領土になって人間と亞人は敵対関係にあるって聞いたわ。ふたりは大丈夫だなの?特にロプスでは問題に巻き込まれてない?」


 「ま、まぁここに辿り着くまでに色々とあったけど、大丈夫だよ」


 フランはロイグと顔を見合わせて苦笑いした。


 「と、とにかく向こうの部屋に移動だ。いつあの不気味なやつらがこの部屋に入ってくるか分からねぇからな」


 3人は奥のゲートから隣の部屋に移動した。


 ヴィィィィン‥‥


 隣の部屋も先ほどと同様に真っ白な空間だったが、違う点は運ばれた肉塊が投入される大きな円柱上の装置があるところだった。

 円柱上の装置の先からはベルトコンベアのようなものが伸びており、そこにはロイグが街の食糧庫前で散々食べ散らかした加工肉と同じようなものが隙間なく並んで運ばれている。


 「おい!あの肉があんなに?!ここを逃げるにしてもよ、食いもんは必要だ!いくつか持って帰るぜ!」


 ロイグはまるで何かに取り憑かれたかのように加工肉ラインの方に向かって走っていった。


 「ロイグ!」


 ロイグの後を追おうとするフランの手をクレアが掴んだ。


 「フラン‥‥あの肉‥よく見て‥‥」


 クレアは驚きと疑念が混ざったような複雑な表情を浮かべながら円柱上の装置に吊るされて運ばれてきた肉塊を指さした。

 距離が近いため今度ははっきりと見える。

 その肉塊を見たフランの目が次第に大きく見開かれていく。


 「あ、あれ‥‥手?‥‥指が‥‥5本‥‥猿かな‥‥」


 「ち、違う‥‥あそこ‥‥」


 「!!」


 フランはその場に力なく膝をついた。


 「ひ‥‥ひ‥‥」


 息苦しいのか、言葉がうまく出てこない。

 一方のロイグは携帯食として持って行こうと言いながらその場で加工肉をむしゃむしゃと勢いよく食べ始めていた。


 「ロイグ!食べるのをやめなさい!」


 クレアが叫ぶ。

 だがその声が聞こえないほど食べることに夢中になってしまっているようで、食べる動作がより激しくなっている。


 パシィィン!


 クレアは急ぎロイグの側まで行きロイグを思い切り引っ叩いた。

 引っ叩かれた痛みで我に返ったようで自分が食べ散らかした加工肉を見てロイグは驚いている。


 グィィ‥‥


 クレアに思い切り引っ張られロイグは吊るされた肉塊の近くに連れられた。


 「見なさい!あれを!」


 「!!」


 吊るされた肉塊の一つを見たロイグは目を見開き驚いた。


 「あ、あれ‥‥ニ、ニンゲン?!」


 ロイグの目に映ったのは手足と首が不規則に折られ何かの型に入れられて固められたような状態になっていた肉塊で、今まで折られた腕や足で見えなかった頭部が見えていたのだ。

 その頭部は髪の生えていたであろう部分の表皮は剥がされ、目玉も抜き取られた状態だった。

 明らかに人間だった。

 ロイグはその肉塊を見た後、円柱上の装置を見、その後加工肉が流れているベルトコンベアを見た。

 そして何かを悟ったかのように再度肉塊を見た後、これ以上ないほど目を見開いて叫び始めた。


 「あぁぁぁぁぁぁぁあああ!!」


 ロイグが食べた肉、それは人間を加工して作られたものだったのだ。


 「おげぇぇぇ!!うぐげぇぇぇぇ!おごぉぉぉぇぇぇぇ!!」


 ロイグは口にしたものを全て吐き出している。

 その顔は恐怖に慄いたものだった。

 円柱上の装置は骨や歯、脳などはどのように処理しているのか分からなかったが、一度食べたら中毒になるほどのものだったようだ。

 そして隣の部屋に無数に吊るされていた肉塊も全て人だったのだ。


 「おごぇぇぇ!」

 「うべぇぇぇ!」


 クレアもフランも吐いた。

 あまりのおぞましい光景に耐えきれなくなったのだ。


 「な、何なの?!ここは一体‥‥」


 「出るわよ‥とにかく今はここから逃げるの。あの加工肉が流れている先はおそらくマパヴェの地下都市の食糧庫に繋がっているはず。あの流れにそって移動するのよ」


 クレアは急つつも声を絞り出すように言った。

 だがフランとロイグは吐き続けていてクレアの声を聞く余裕はなかった。


 パシン!パシン!


 「しっかりしなさい!吐くのは逃げ切ってからよ!死んだら元も子もないの!」


 クレアの平手打ちで我に返ったフランとロイグはゆっくりと立ち上がり、コンベアの方向にあるゲートに向かってゆっくりと走り出した。

 まだ体に力が入らないようだ。


 「乗ってくれ‥もう大丈夫だ。フランの母さんの言う通りだ。吐くのは後でいい」


 「ロイグ‥‥」


 「そんな顔すんな。お前との旅、全部綺麗真っ当なものばかりじゃないって覚悟はしてたからな。お前がいる限りどんなことも乗り越えてやるよ」


 ロイグは力のない笑顔でそう言うとフランとクレアを乗せて走り出した。


 ヴゥゥゥン‥‥


 ゲートを通過していく。

 さらにコンベアに沿って部屋を移っていく。


 『!!』


 3人は驚愕する。

 コンベアが細い円柱上の装置につながっているのだが、おそらくその円柱上の装置は上層に運ぶ昇降装置だったようで、コンベアを追って脱出する道が途切れてしまったのだ。

 さらに見回すと移動ゲートが5つほどあったため3人は途端に動きを止められてしまった。


 「どうする?!」


 「どうするって分かんないよ!」 


 ロイグとフランは焦って周囲を見回すだけで思考が働いていなかった。

 部屋には先ほどの部屋からコンベアで繋がった先にある円柱状の昇降機以外に何もなかった。

ある程度肝の据わったクレアもここまで予想を超える不気味な状況の連続でふたりを励ます気力も無くなっていた。


 コンコン‥‥


 「!」


 突如近くの壁からノック音が聞こえて驚く3人。

 異形の存在の頭痛を伴う複数の声色ではないため安心する。


 コンコン‥‥


 「誰かいるのか?」


 「助けくれ!俺たちはニンゲンとケンタウロスだ!得体の知れないやつらに閉じ込められてるんだ!」


 「出口が分からないんです!もし出る方法を知ってたら教えてください!」


 ロイグが叫び続けてフランも叫んだ。


 「もしかしてお前たちフランとロイグか?」


 「え?!」

 「その声!ひょっとしてエヘルさん?!」


 「そうだ!また会ったな!それも辺鄙なところで!」


 なんと壁からノックしてきたのはノトス神殿でシバール率いる神官派によって捕らえられた際逃走経路を指示してくれたエヘルだった。


 「時間がないようだな。いいかよく聞け?おかしな話だが、この空間はひっくり返った状態になっている。つまり上に逃げてもだめだ。どんどん地中深くへ進んでいく。とにかく降っていくんだ。枠の部分が薄っすらと青色を発しているゲートがあるだろう?それが降り階段のあるルートになっている。早くいけ!」


 「あ、ありがとう!で、でもなんでエヘルさん、そんなこと知ってるの?」


 「俺もドジ踏んでここに捕まっちまったんだが、上手く奴らの目を盗んで彷徨ってたんだよ。もうちょっとで抜け出せそうだったんだが、丁度お前たちが入ってきた時にあの不気味な奴らの力が働いてな。気を失って気づいたらここにいたってわけだ」


 「おっさんも行こうぜ!こっちに来られねぇのか?」


 「すまん、無理なようだ。ここは部屋と部屋の間の空間らしくてな出口が分からないんだ」


 「ええ?!じゃぁエヘルさんはどうやって脱出するの?」


 「気にしてくれて有難うな。でも大丈夫だ。これまでも何とかして来たからな。今回も何とかするさ」


 「何とかするさって随分軽いな‥‥本当におっさん、大丈夫かよ」


 「大丈夫だ。教えた道も、俺の脱出経路もな。さぁ早く行け!お前たちは警戒されていないようだから上手く行けば無事脱出もできるだろう。だが捕まったら終わりだぞ?さぁ行け!下へ上がれ!」


 「うん、分かった!ありがとうエヘルさん!」


 「おっさんも無事でな!」


 そう言うとロイグはフランとクレアを乗せて走り出した。


 「あれだな!」


 「うん!」


 ゲート枠の色が薄っすらと青み掛かっているものがひとつだけあった。

 そこに突っ込んでいく。


 ブゥゥゥゥゥゥン‥‥


 その先には斜め45度程度の下に続く通路があった。


 「おい!ここ滑って行けってか?!」


 ロイグが叫ぶと、フランがそれに答えた。


 「行くしかないよ!」


 「くそ!オラァァァ!!」


 ロイグは勇気を出して一歩踏み込んだ。

 すると、踏み込んだ先に透明の床が現れてその上に乗った状態になった。

 次の瞬間突如斜め45度の下方向にその透明の床が動き出した。

 いきなりの出来事でバランスを崩しかけたが、何とかロイグは堪えた。

 そして行き止まった先にゲートが見えた。


 ヴゥゥゥゥン‥‥


 さらに別の部屋に入った3人は先ほどと同様に薄青色のゲートを探し入っていく。

 中に入ると先ほどと同様に下に降りていく通路が現れた。

 今度は透明の床を確認しながら恐る恐るその床に体重をかけていく。

 先ほどと同様に透明の床が斜め下へ降りていく。

 それを2度繰り返したところで行き止まりになった場所に現れたのはゲートではなく、扉だった。


 「開くぞ!」

 「うん!」


 ロイグは走りながらその扉を勢いよく開く。


 ドォォン!


 開いた先に現れたのは地下都市マパヴェだった。

 しかも開けた扉は “決して入ってはいけない家” だった。


 ドスゥゥン!


 さらに重力が反転したようで、扉を開けた瞬間に天地が逆転したためマパヴェの地面が天井となり、その天井に落ちていく形で転んでしまった。


 「いでぇ!」

 「うぐ!」

 「きゃぁ!」


 ズザァ!


 痛みを伴った着地だったが、3人は土の匂いを嗅いで助かったのだと実感した。

 土など存在しない無機質な空間が続いていたため、土まみれになったことがその異質な空間から出たことを認識させたからだった。


 「よし、このまま出‥‥なんじゃこりゃぁ!!」

 「ひどい!!」


 3人が見た光景はいかにも破壊と殺戮の後といったものだったのだ。

 家々は所々が破壊され、周囲には無数の血痕が飛び散った状態だった。

 奇妙なのは死体が一つもないことだったが、吊るされた肉塊を思い出し死体がないことに納得した。

クレアにとっては “決して入ってはいけない家” に入る前の状態と同じであったため然程驚かなかったが、フランとロイグから事情を聞くと、怪訝そうな表情を浮かべた。


 「とにかく外に出ましょう!出るまで安心はできないわ!」


 クレアの言葉にふたりは頷き、地上へ通ずる扉まで急いだ。

 しばらく走ると地上に出る扉のある建物の前に到着した。


 「アカルを待つには待つが、本当に出られるかどうかは念の為確認しておこう!」


 「そうだね!」


 フランは階段を駆け上がって地上へ通ずる扉を開けた。


 ドォォン‥‥スタタ‥‥


 薄暗い夕闇と埃混じりの冷たい強風が吹き荒れる場所に出た。


 「出られた‥‥」


 フランは下で待つロイグとクレアにガッツポーズしてみせた。

 それを見たふたりは安心した表情を浮かべた。

 だが手放しでは喜べなかった。

 アカルが出てこないからだ。


 「アカルさん‥‥」


 フランとロイグは祈るような気持ちでアカルの帰還を待った。



いつも読んで下さって本当に有難うございます!

次のアップは水曜日の予定です。

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