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<ケテル編> 116.セクタスセンス

116.セクタスセンス



 アカルたちがマパヴェに来て2日が経った。

 部屋から外を無表情で眺めている。

 フランとロイグはすっかりこの街の住民とも打ち解けている。


 (母を探す目的‥‥忘れてしまったのか‥‥)


 住人たちが水汲みをしているのを楽しそうに手伝っている。

 クレアを探す目的などなかったかのようにこのマパヴェの生活に馴染み、この場所にいることが当たり前のようになっている。


 (そうか‥‥最初からそんな目的はなかったのか‥‥)


 アカルは次第に思考能力が薄れていくのを感じた。

 いや、思考することが恐ろしくなったと言った方がよかった。

 自分の記憶やここに来た目的全てが偽りだったと突きつけられる状態に疲れてしまったのだ。


 コンコン‥‥


 「‥‥‥‥」


 部屋の隅の影からノック音が聞こえてきた。


 コンコン‥‥


 (また幻覚‥‥いや今度は幻聴か‥‥)


 部屋の隅は影にはなっているが、そこに人影があれば間違いなく気づく。

 だが、そこには何もなかった。


 コンコン‥‥


 (一体何だというのだ‥‥)


 「おいおい無視すんじゃねぇよアカルちゃん」


 「消えろ幻聴‥‥」


 「幻聴とはずいぶんじゃねぇか。こうやって助けに来てんのによ。まぁいい。それよりこのままでいいのかい?」


 「このままで良いわけはない。だが、ここにいればこの大破壊後の厳しい世界でも普通に生きていける。私は兎も角フランやロイグにとってはここで暮らすのも悪くない。そう思っている」


 「あらら、相当やられちゃてるねぇ。言ったろ?セクタスセンスを研ぎ澄ませろって」


 「幻聴の分際で命令するな。そもそも私はその手の神技シンギに長けてはいない。期待させて落とすつもりなら当てが外れたな。そこまで馬鹿ではない」


 アカルは幻聴に対して真面目に答えている自分もどうかしていると思いつつ答えていた。

 側から見れば独り言に捉えられかねない状態だったに違いない。


 「お前まだまだだなぁ。教えたじゃねぇか。神技シンギの本質は内なる意識への集中だって。意識ってのぁ限られたもんじゃなくて実に幅広く深いもんなんだよ。つまり意識への集中ってのは全てを見尽くすものなんだぜ?人は集中する際にどうしても自分の得意な領域とか興味ある分野に引っ張られちまう。力の強いやつがポテスタス (力を数倍に引き上げる神技) を得意とするのはそのためだ。しなやかな体を持ったやつがフレキシビリタス (柔軟性を数倍に引き上げる神技) を得意とするのはそっちに意識への集中が引っ張られてるからだ。逆に言えば不得意と思っている領域への意識の集中ってのは難しいんだな。それがつまり意識をきちんと見られてねぇってことだ」


 「こんな状況になってまでお説教か‥‥いいから消えてくれ」


 外を見ながら抜け殻のようになっているアカルは部屋の隅から聞こえてくる声に答えるのも面倒になってきていた。


 「はぁ‥‥いいだろう。そのまま外見てろ。まずはヴィーズ(視覚)に集中だ。自分の中にある視覚に集中しろ。視覚ってのぁ目に映るもんを認識する能力だけじゃねぇ。心臓が勝手に動いてんのと一緒だ。だが戦ったり、強敵を前にした際はどうだ?心臓はその動きを早め心拍数を上げる。それは歩いている状態から走れる状態にするための機能の上昇だ。それを視覚でもやるんだよ。お前が今見ている景色‥‥木々の揺らぎ、人の動き、人の服のシワの変化、徐々に細部を見る。だが視野は狭めるな?あくまで見えている全体の中で全ての細部を見ていくんだぜ?外にいる3人のニンゲンの上着の襟元のシワの動きを同時に見ろ。同時だぞ?」


 「くだらん‥‥」


 「いいからやれよ!3人のニンゲンの襟のシワを同時に見ろ‥‥」


 アカルはぼんやりと外の景色を見ていたが、幻聴として自分に語りかけているアキレスの声が言うままに3人の人間の襟元を見た。

 だが想像通り3人同時になど見ることはできない。

 どうしても順番に追ってしまう。


 「こんなこと出来るわけがない‥‥馬鹿馬鹿しい」


 「見ろ!生まれた直後から歩ける赤子がいるか?いいから見ろ。3人の襟を同時にだ」


 アカルは3人の襟元を順番に見ていく。

 だが同時に見ることはできない。


 「できない‥‥できるわけがない。人体の構造上そのような動きができるわけがないだろう」


 「卑屈なやつだな。勉学も武も特殊な力も素直なやつが伸びるんだぞ。いいからやれ。3人の襟‥」


 ガチャ‥‥


 突如グインガ域長が入ってきた。

 入ってきた瞬間に部屋の隅から語りかけてきていたアキレスの影は消えた。


 「体調はいかがでしょうか?」


 「悪くない‥‥ありがとう。少し一人にしてはもらえませんか?」


 「もちろんですとも。いつまでもゆっくりして頂いてよいのですから‥‥」


 そういうとグインガ域長は出て行った。

 その後、アキレスの影が現れることはなかった。



・・・・・


・・・



―――翌日―――


 その日もアカルは体を動かす気にもなれず、家の窓から外を眺めていた。

 外ではフランとロイグが何やらキャッチボールのようなことをしていた。


 (遊びたいさかりだからな‥‥)


 ふたりは楽しそうにキャッチボールをしている。


 (襟元‥‥)


 アカルはふと昨日のアキレスの影の言葉を思い出した。

 そしてゆっくりとフランとロイグの襟元を目で追った。

 ボールの動きに合わせて襟元を交互に見ている。


 (同時に見るなど出来る訳がない‥‥馬鹿馬鹿しい‥‥)


 そう思いつつボールの行き来に合わせて二人の襟元を交互に見る。

 最初は襟元を見る際襟のシワがブレて見えていた。

 だが次第に瞬間的に見る襟元を捉える精度が上がっていき鮮明に見えるようになってきた。


 「‥‥‥‥」


 更に続けて見ているうちに襟元のシワひとつひとつを確実に捉えることができてきた。

 今度はボールの行き来の倍のスピードで交互にフランとロイグの襟元を見るようにしてみた。

 やはり最初は視点がブレてしまってはっきりと襟元を見ることができなかった。

 だが繰り返す内に徐々に襟元を捉えられるようになり、そのシワの数も見えるようになってきた。

 アカルの眼球はあまりの動きの速さでまるで映像がブレているかのようになっていた。

 そして更に眼球を動かすスピードを上げていく。

 アカルの視点は眼球が止まっている時だけでなく、動かしている際もその捉えている景色を鮮明に捉えられるようになってきていた。

 まるで全てがスローモーションのように視点が動いている際も鮮明に景色を捉えつつ眼球は縦横無尽に動く。

 アカルの目はその動きが早すぎて眼球が消失したかのように見えるほど激しく動いていた。

 そしてしばらく続いた後に世界が一気に開ける。


 パァァァァァァァァン!


 見えている視界の全てが鮮明に見えているのだ。

 焦点を定める必要がなかった。

 むしろ焦点を定めることが視界を開くための阻害要因になっているかのようだった。


 ツツツ‥‥


 アカルは鼻血が出ていることに気づいた。

 指で拭う。


 (それだけの集中力が働いているということか‥‥しかしアキレウスさんの影が言っていることは間違っていなかった。‥‥間違ってはいないのだが、これを会得したからなんだというのだ‥‥視覚覚醒ヴィーズ‥‥第六感覚醒セクタスセンスを得るには最低でも聴覚覚醒オーディトス嗅覚覚醒オドールが必要だ‥‥)


 アカルは聴覚を研ぎ澄ませた。

 全体の音を聞きながらひとつひとつの音も捉える。

 何か一つの音に集中してしまうが、ひとつの音を認識した直後に別の音に集中を移す。

 どうしても他の雑音を拾ってしまう。

 視覚と同様に聴覚も放り込まれてくる音に無意識に反応してしまう。

 アカルはその日から数日間、周囲の音を聞き分け続けた。

 全体を聞きつつ、ひとつひとつの音を認識したら別の音に焦点を当てる。

 鮮明に聞こえたひとつひとつの音を認識しながら瞬時に別の音に焦点を移す。

 視覚操作と違い、焦点をずらす時に別の音を拾うことはないが、逆に周囲あらゆる方向から発せられる音に集中を削がれてしまう難しさがあった。

 だが次第に全体を聞きつつ聞きたい複数の音に同時に集中することができ始めた。


 (この感覚‥‥)


 ガチャ‥‥


 「アカル様‥少しは外の空気を吸ってはいかがでしょう?部屋に閉じこもりきりではお体によくありません」


 アカルは丁寧にグインガ域長の申し出を断った。

 何かを掴みかけた時を見計らったように部屋に入ってくるグインガ域長に有り難迷惑さを感じていた。

 アカルは更に臭覚の集中にも取り組んだ。

 臭覚は情報収集範囲が狭い。

 自分の目の前や、自分に向かって漂ってくる匂いしか嗅ぐことができない。

 嗅覚はその範囲を広げる訓練だった。

 目を瞑り、耳栓で聴覚を遮った上で、部屋の中にあるものの匂いを嗅ぐ訓練を始めた。

 自分の汗の匂い、布団の布の匂い、周囲に舞う埃の匂い、窓の隙間から吹き込んでくる土と雑草の匂い。

 次第に匂いの範囲や種類が増えていく。

 増えていくにつれて、その匂いがどこからくるのか空間的な情報も感覚的に加わってきた。

 匂いだけで空間が把握できるようになってきた。



・・・・・


・・・



 更に数日後、アカルは視覚覚醒ヴィーズ聴覚覚醒オーディトス嗅覚覚醒オドールの3つを同時に行って見た。


 ピキィィィィィィィィィン!!


 まるで脳内の何かストッパーのようなものが勢いよく外れる感覚に陥った。


 ツツツ‥‥


 アカルの鼻から血が滴る。

 だが、既に覚醒状態に入り全神経が研ぎ澄まされた状態であるため、そこに意識は向かなかった。

 見えている視界の全てが認識でき、聞こえているものの音がより細かく鮮明になっていく。

 そしてそれらの匂いがいっぺんに脳に刺激を与えた。


 ドッパァァァァァァァァァァァン!!


 アカルの中で何かが弾けた。


 シュゥゥゥゥゥン‥‥ジジ‥ジジジ‥


 突如音が消えていき、視界にブレが生じ始めた。

 窓枠がまるで映像のブレのように時折消え始める。

 それと同時に外の景色が壁越しに見え始めるが、外の景色も映像のブレのように乱れ始める。

 外ではしゃぎ騒いでいるフランとロイグの声は聞こえず、それどころか彼ら自身もまた乱れた映像のようにブレ始めた。


 (何だこれは?!)


 ジジジ‥‥ジジジジ‥‥


 目の前に広がる景色がいくつかの綻びから侵食されていくように消えていく。

 乱れた映像が侵食された縁とともに消え、その奥に何か別の空間が姿を現してきた。


 ブワァァァァァン‥‥


 そして一気に別の景色に切り替わった。


 ボトボト‥‥


 鼻血が自分の手の甲に落ちた。

 あったはずのベッドやシーツがなくなっていた。

 窓枠も壁も家も、外の木々も、遊んでたはずのフランやロイグ、そして街の住人たちまでが消え、そこには真っ白な空間があるだけになった。


 (ここは?!)


 アカルはゆっくりと立ち上がる。

 どうやら自分は白いキューブ状の物体の上に座っていたらしい。

 真っ白な空間の奥に扉が見えた。

 扉というより何かゲートのようなものだった。

 アカルはその目の前まで進むとゲートの中の壁に触れる。


 ブゥゥゥン‥‥


 壁はまるでウォーターベッドのように柔らかく波打った。

 指を更に押し込む波を起こしながら壁の中にめり込んでいった。


 (は、入れるのか?!)


 アカルはそのまま壁の中に入っていく。

 すると真っ白な廊下に出た。

 左右一直線の長い廊下だ。


 コンコン‥‥


 「!」


 背後からノック音が聞こえてきた。

 今自分がこの廊下に出る前までいた空間からのノック音だった。


 「右だよ。お前が探すべき者たちが右方向に進んだ先の部屋にいる。あまり時間がないぜ?急ぎなよ?」


 アキレスの声だった。


 「‥‥‥‥」


 幻聴なのか現実なのか分からなかった。

 いや、もはやどちらでもよかった。

 言われるままに右方向に進み続ける。

 しばらく歩く行き止まりになったが、正面に先ほどと同じゲートのようなものがあった。

 アカルはその壁に触れてみる。

 同じく液体のように波打つ壁だった。

 先ほどと同様に中に入っていく。


 「!!」


 入った先に広がっている光景を見て驚くアカル。

 真っ白な空間の部屋に6人の者が宙吊り状態になっていたのだ。

 そしてその中に見慣れた容姿の者を見つける。


 「フラン!ロイグ!」


 アカルはフランとロイグが宙吊りになっているのを見るとすぐさま解放すべく近寄る。


 ((動くな))


 「!!」


 頭に直接響いていくる言葉でアカルは動きを止めた。

 複数の声が同時に聞こえるような感覚だったが、ベースは男性の声のようだ。

 直に耳に聞こえてくるというより頭の中に直接声が響いたのだがその声は頭痛を伴ったもので、思わずアカルは頭に手を当てた。

 周囲を警戒しながら少しずつフランとロイグの方に向かって歩き出す。


 ((動くなと言っている))


 「うぐ!!」


 激しい頭痛が襲う。


 「な、何者だ?!」


 アカルはどこにいるのか分からない声の主に向かって叫ぶ。


 ((お前は我らの血と土塊の混成生物だな))


 「うぐぁ!!何を言っている!!頭痛を止めろ!」


 ((何という弱い脳なの‥))


 今度はベースが女性の声の主が言葉を放った。

 更に激しい頭痛が襲う。


 ((抑えろ。我らと違い脆いのだ。進化の過程で本来の有り様を失ったのだろう))


 「あがぁ!!」


 アカルは激しい頭痛に襲われ苦しみの声をあげた。


 タッタッタ!!ガキン!!‥‥ドサドサ‥‥


 フランとロイグを宙吊りにしている拘束具を破壊してふたりを解放した。


 ((動くなと言ったはずだ。仕方ない実験はまだ第3段階だがここで試すのもいいだろう))


 「うぐぁ!」


 頭を押さえながらアカルはフランとロイグの手足を縛り付けている拘束具を外そうと試みる。


 ブゥゥゥン‥‥


 「!!」


 奥のゲートから何者かが現れた。

 その容姿は人間と同じような手足があり、2本足で歩いてくる。

 皮膚は薄青く、何もまとっていないが全身には毛がない。

 体つきは脂肪がほとんどない痩せ細ったような感じだったが、異形なのはその顔と血管だった。

 顔には目も口もなく、潰れた鼻だけが存在し、全身に回らされている血管がひどく浮き出ている状態だったのだ。

 アカルは見たことのないその姿に驚愕し声を失ったが、フランとロイグの拘束具を外す手は止めなかった。

 青白いその存在は宙吊りになっている他の4体のうち、体格の大きい男性の体の前に立った。

 そして左手を前に出すとそこに大きな筒状の何かが出現した。

 その筒の中に入ると、宙吊りになっている大男が突如動き出した。


 バギン!!ヒュゥン‥‥ズン!


 男はゆっくりと顔を上げた。


 「ほう‥‥実験は成功のようだ」


 ((心拍、呼吸ともに安定しているわ。脳はもシンクロし、ニューロン結合も予定より早いスピードで進んでいる。数秒でその体を制御できるようになるわ))


 「んん!なるほど!これが頭痛か!」


 大男はまるで痛みを感じたのが喜びであるかのような声を上げた。


 「う‥ううん‥」

 「お、おぉぉぉ‥‥」


 フランとロイグが目を覚ました。

 アカルはこの場所から一刻も早く抜け出し目の前の得体の知れない存在から逃げなくてはと考えフランとロイグに小声で言った。


 「起きて早々すまないが、異常事態だ。すぐにこの場から逃げなければおそらく我らは殺される。立てるか?」


 目覚めて早々に危機的状況になっていることを悟ったふたりは何とか体を動かす。

 逃げ道がどこにあるのか分からないため必死に周囲に抜けられる場所がないかを探す。


 「おい!何だよこれ!一体ここはどこなんだよ!」


 ロイグが周囲を警戒しながら叫ぶ。


 「あそこか!」


 アカルが右手の奥にゲートらしきものを見つけた。

 自分が入ってきた場所でもなく、異形の存在がやってきたゲートでもない場所にゲートが見えたのだ。


 「右手奥に向かって走るぞ!」


 「ちょっと待って!」


 フランが何かを見つけた。


 「母さん‥‥クレアだよ!」


 宙吊りとなっている4人の中の一人を指差してフランは驚愕の眼差しを向けながら言った。





いつも読んで下さって本当に有難う御座います!

次の回で今後の物語に大きく影響を与える新たな勢力が動き出します。

今後ともTREE of FREEDOMをどうぞよろしくお願い致します!

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