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<ケテル編> 110.広まった噂

110.広まった噂



 屈強な男の背後に現れたのはアカルだった。

 見た目は目の前の男の方が遥かに強そうに見えるが、発せられているオーラから真逆であることは明らかであり、ある程度戦闘経験を積んで戦闘力を上げて来たフランとロイグには彼女の強さが一眼で分かるほどだった。


 「さっさと武器をしまえ。おいそこのふたり、私に用があるのだろう?シウバーヌさんの直筆の手紙だ。信用に値する。中に入れ」


 フランとロイグは一瞬顔を見合わせた後、言われるままに中に入った。

 十分に警戒はしていたが、また身ぐるみ剥がされて牢に入れられてしまうという雰囲気は感じられなかった。

 アカルについて行く途中の通路で地下に通ずる扉も見えた。

 ルガロンのアネモイ剣士協会支部はそこそこの大きさの建物で地下もあったのだ。

 万が一砂嵐ヴァールカや砂嵐の衝突ヴァルカジュラが発生しても十分に避難できるだけの広さが地下にはあり、水や食料は全て地下に保存されているとのことだった。

 貴重な水や食料は厳重に管理されており、地下への扉を開けるためには鍵が3つ必要で鍵を持っている人物は明かされていないとのことだった。

 さらに進むとかつて支部長が使っていたと思われる部屋に通された。

 現在はアカルが使っているらしいのだが、見るからに何かの作戦を練っているような地図や人物の関係図などが見られた。

 かなり様々なものが無造作に置かれている雑多な感じの部屋だったが、汚い感じはしない。


 「そこに座れ。話を聞こうじゃないか」


 座る様に促された場所にはソファがあったが、ソファにも何かの資料が山積みされていたので、フランはそれらを少しどかして座った。

 ソファに座れないロイグはフランの横に立って話をすることにした。


 「理由を聞く前にまずは自己紹介だな。既に私のことは知っているようだから省くが話の展開で聞きたいことが出て来たら話す。と言うことでお前たちの自己紹介をしろ」


 「はい、僕はフラン、そしてこっちはロイグです。僕は人間で彼は見た通りケンタウロスです。アカルさんはご存知かと思‥」

 「お前たちワサンたちの仲間か?!」


 フランの自己紹介を遮ってアカルが身を乗り出しながら割って入って来た。


 「そ、そうです!スノウさんがリーダーのトライブ、レヴルストラ4thのメンバーです!」


 「そうか!」


 ガシィ!


 アカルは突如飛んだかと思うとふたりの前に着地し、ふたりの肩を腕で抱えるようにして抱き寄せた。

 フランの顔はアカルの右胸に、立っているロイグの顔はアカルの左頬に埋められる様に強く抱きしめられた。


 「そうかそうか!まさかこんなところであやつらの仲間に会えるとはな!運命とは本当に不思議なものだ!」


 感動で嬉しくなっているアカルとは対照的に母親以外の女性から受けた初めての抱擁にふたりは顔を赤らめて固まっていた。


 「そうか!それじゃぁ話すことも沢山あるな!‥‥ん?どうした?」


 「い、いえ‥‥」

 「な、なんでもねぇ‥‥」


 アカルは自分のせいだとは微塵も思わずに急に黙り込んだふたりを不思議に思っていた。

 ふたりが回復するまでの十数秒沈黙が流れた。


 「え、えっとあの‥‥僕達がここに来たのは、僕の母さん、いや本当の母さんではなくて母さんの妹なんですけど僕を育ててくれたのでは母さんと呼んでいるですけど、実際には呼んでいたかというとえっと、なんというか」


 「おいフラン。お前一体に何を言っているのだ?落ち着いて話せ」


 「は、はい!」


 狼狽えている自分が恥ずかしくなってしまい思わずアカルの言葉に背筋が伸びた。


 「えっと、クレアという女性を知りませんか?北にあった街リグに住んでいたんですが、多分風の大破壊ヴァシュヴァラの後にここに避難して来ていると思うんです!」


 「なるほど。分かった。整理すると、お前たちは、フランの母親代わりのクレアという女性を探しにここまで来た‥それでいいな?」


 「はい!」


 フランとロイグは、あの説明できちんと理解してくれたアカルは聞く力があるのだと思った。


 「残念だが、クレアという女性はここにはいない。だいぶ人数が減ってしまったからな。ここにいる者は全て把握できている。お前らも知っての通り、この街は反対派と神官派とに分かれてしまっているのだが、もしリグからここへ避難してきたのなら神官派となることはまず無い。あやつらは自分たちの食料を分け与えるようなことはしないから、難民を受け入れるようなことはないし、リグからの避難民は位置的に必ずこの反対派の集落を訪れるから神官派に近づくこともなかったはずだ」


 「それじゃぁ‥‥」


 「焦るな。難民は一時期ここや幾つかの集落に留まっていたが、とある噂を信じて旅立ってしまったのだ」


 「ど、どこへ?!」

 「噂って何だよ!」


 「オアシスがあるという噂だ」


 「オアシス?」


 「そうだ。風の大破壊ヴァシュヴァラの影響を受けず、水が潤沢にあり食料も自給自足できているという場所、それを皆オアシスと呼んでいた」


 「それってもしかしてよ、シヴァルザに居座ってる人類議会ヒューパラメンタルのやつらの言っている話に似てねぇか?」


 「その話は最近聞いた。恐らくその話が中途半端にこのケテル全土に広まっていた時期なのかもしれない。この反対派の備蓄食料が難民を抱えればすぐに尽きてしまうことと、神官派に行っても追い返されるか殺されるかだということに人々は絶望していた。そんな時にオアシスの話が出たのだ。その噂は難民の中に一気に広まっていった。そして決をとったのだ。ここに残るかオアシスを目指すかのな。我らは今のこのケテルがどうなっているか全容が見えていない中での移動は危険だと伝えたのだが、既にオアシスを目指す意志は堅く、老若男女問わず多くの者がここから旅立っていった」


 「でもオアシスがどこにあるか分からなかったんですよね?何処に行ったんですか?」


 フランはこの点の情報が得られないと再度振り出しに戻ってしまうため、焦りつつ質問した。


 「行き先は分かっている」


 「どこですか?」


 「マパヴェ‥‥旧否國リプスにあった最大都市だ。あそこは古代遺跡を都市として利用しているところで元々巨大な地下都市だったのだ。私はアネモイ剣士時代によくあの街を訪れていたからな。ワサンとシンザも行ったことのある街だ」


 『!』


 フランとロイグは失いかけていた手がかりが得られたことに希望を見出し食いいるようにアカルの話に耳を傾けた。


 「あそこには地下水が汲み上げられる仕組みがあったから飲み水には困らなかったし、元々地下都市だったから大量の食料備蓄も持ちながらの計画的な生活を営んでいる場所だ。恐らくこの大破壊後も変わらずの生活を続けているに違いない」


 「確かにオアシスだ‥‥でもそんな情報どこから?!」


 「私だ」


 「え?!」


 「私がこの大破壊後の世界を憂えている中で大破壊前を懐かしむ様に言ったマパヴェの話が広まってしまったようなのだ。そもそもオアシスの話はその前から有ったからな。オアシスがあるがどこか分からないという状況の中、私の言ったマパヴェの話が伝わる中でオアシスの場所が特定されたとなったのだろう‥‥。もしマパヴェに迷惑をかけているならそれは私の責任だ。そしてもし、マパヴェに向かって旅立った者たちが辿り着けずにいたとしたら‥‥それもまた私の責任だな‥‥‥」


 「でもそのマパヴェを目指してみんなここから出ていったのは間違いないんですよね?」


 「ああ。行く宛てなく出歩いて生きていられるような世界ではないことはお前たちもよく知っているだろう?何かあれば引き返してくるはずだ。だが旅立って既にかなり経っているからな。マパヴェに着いていておかしく無い。戻ってきていないということは皆マパヴェで暮らしているという可能性が高いとも言えるな」


 「フラン!」

 「うん!」


 ふたりは希望を持った。

 アカルから数日分の食料とマパヴェまでの道筋を記した地図を貰えることとなり、いよいよクレアを見つけられる有力な情報とそこに辿り着くための環境が整ったことでふたりは歓喜の表情を浮かべ、何度も礼を言った。

 そしてもう一つの本題、スノウたちがどうなったかについて質問した。


 「アカルさんはスノウさんたちと一緒に行動していたんですよね?」


 「‥‥‥‥」


 アカルは少しの間沈黙した。

 答えづらい様子にフランたちは不安感を募らせた。

 沈黙にそわそわしたフランは質問を続けた。


 「僕たちはゼピュロスにいたのでスノウさんたちがどうしているのか全然わからなくて‥‥」


 「そうだな‥‥」


 アカルは少し塞ぎ込む様な仕草で答えた。


 「ですけど、鳥がとばされて来たので少しは知っていますよ?えっとあの、アキレスさん?アキレウスさん?」


 「ははは‥‥どっちでもいいぞ。この場ではな」


 少し表情が和らいだアカルの顔を見てホッとしたのかフランは質問を続けた。


 「ははは‥‥そ、それじゃ言いやすいアキレスさんで‥‥アキレスさんがバルカンさんと一緒にボレアスに行きました。その後、アキレスさんから鳥がアイオロス神さんとゼピュロス神さんのところに飛んできてアカルさんとも会ったって書いてあったと聞いたんです」


 「その通りだ」


 アカルは隕石の衝突を阻止するために天界デヴァリエに向かった話やアテナ、エリス、ギビルの襲来の話をした。

 そして見事スノウたちが隕石を神の咆哮デヴァノーヴァによって破壊し、地上に戻ってきた話も伝えた。

 地上に戻った際に瀕死のスノウを抱えるシアとメロ(ミトロ)、そして何故か瀕死状態のアテナとシンザがいた話も付け加えた。

 ゼピュロスで外敵からの攻撃の防衛にあたっていた自分達とはかけ離れた壮絶な戦いと出来事が繰り広げられていたことを知り、ふたりは驚愕の表情のまま話に聞き入っていた。

 おそらくふたりがその場に居たら間違いなく生き残れなかったであろう。

 同時にスノウたちが今どうしているのかの不安がより一層強くなっていた。


 「そして‥‥信じられないことに我らの面前にゼウス様がお見えになられたのだ‥‥」


 「ゼウス様?!‥‥あのゼウス神ですか?!」


 この世界に生きる者にとってゼウスとは絶対的権力をもって支配する全能神だった。

 だが、様々なところで名を聞くことはあるがその姿を見たものはおらず、この地上には顕現しない最上位の神だったのだ。

 故にゼウスが顕現したという話は信じ難いものとしてふたりには受け止められた。


 「ゼウス様にとってアテナ様以外は虫けらも同然。地上に住む者は種としての生存は許可されているが、ひとりひとりの生き死になど全く気にされることはない。それは我ら半神も同じ。彼の方は興味がなければご自分の子すらも虫けら同然に扱われる。そのため、アキレスはすぐさま私を抱えて持てる全力でその場から逃げた。傷ついたアテナ様を前にしたゼウス様が何をなされるのかはすぐに分かったからな‥‥」


 ガシィ!!


 ロイグはその話を聞いた途端にアカルの胸ぐらを掴みかかった。

 それに対してアカルは何の抵抗もしなかった。


 「それってよ!お前たちはスノウたちを見殺しにしたって意味か?!スノウたちはどうなったんだよ!まさか死んだわけじゃねぇよな!?」


 「‥‥‥‥」


 アカルは無言だった。


 「おい!何とか言えよ!」


 アカルの胸ぐらを掴んで揺さぶるロイグの言葉にアカルは答えなかった。

 いや、答えられなかったと言った方が正しかった。


 「すまない‥‥しばらくしてアキレスと一緒にスノウたちがいた場所まで戻ったのだが‥‥そこは既に破壊の限りが尽くされた状態だったのだ‥‥」


 「なんだよそれ!」


 フランまでがアカルの服を掴んで突っかかってきた。


 「すまない‥‥言い訳になるが、周囲を探したのだ。だが、何も見つからなかった。しばらくしてアルカ山頂にある神殿でアテナ様を守護神としたセプテントリオンが結成されたと聞いた。アテナ様が生きているということは‥‥‥」


 「ゼウス神がアテナ神を回復させた‥‥つまりその場にいたスノウさんたちは‥‥」


 「クソ!!」


 フランとロイグは涙を浮かべながら悔しそうな表情となっていた。


 「気休めかもしれないが、まだ死んだとは決まっていない」


 「あなたが言うな!」


 珍しくフランが怒りを露わにしている。

 スノウに対してもだが、特にシアに対しては自分がリグを旅立つきっかけをくれた強さを見せてくれた人物であり憧れでもあったのだ。

 それを思うと胸が張り裂けそうになり、思わず声を荒げてしまったのだ。


 その日はそれ以上お互いに言葉も出ず会話は終わり、フランとロイグは充てがわれた部屋で過ごした。

 クレアが生きているかもしれない希望とスノウたちを失ったかもしれないという絶望が一度に襲ってきたことでふたりは感情の整理がつかないまま、ただソワソワしながらその日を過ごした。



・・・・・


・・・



 「なんだ?」

 「外が騒がしいね」


 ロイグとフランは深夜にも関わらず目を覚ました。

 部屋の外から騒々しい音が聞こえたからだ。

 急いで部屋から出てみる。

 すると、反対派に属する元警備隊と思われる者たちが武装して外に向かって廊下を走っていたのが見えたのでロイグはその中のひとりに話しかけた。

 

 「一体何があったんだよ!騒々しいぜ?」


 「敵襲だ!神官派が襲ってきたんだよ!」


 『何だって?!』


 フランとロイグは急ぎ身支度を整え外に出てみる。

 すると、周囲には火の手が上がっていた。

 そしてとある方向に目を向けたふたりは驚愕した。


 「こ、孤児院が‥‥」

 「燃えてるぞ‥‥」




いつも読んで下さって本当に有難う御座います!

次のアップは日曜日の予定です!

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