<ケテル編> 103.不思議なクエスト
103.不思議なクエスト
―――エークエス領 旧エウロス国首都ゲズ―――
旧エウロス国の首都ゲズは風の大破壊によって3分の2が破壊された。
その一角にジェイドが持っていた薬草店の加工工場の地下施設に避難し何とか生きながらえていた住民たちは、ジェイドが旅立って以降も街の復興に向けて家の修理や農地を耕したりと慌ただしくしていた。
だが、破壊の風によって巻き上げられた砂や塵で覆われた空から恵みの太陽の光が差すことは殆どなかったため、草木が育つことは絶望的だった。
そんな中でも人々は復興を諦めることなく、今やれることを必死に頑張っていた。
その中にヴェルガノ、ウィンチ、トリアの3人もいた。
「ここを復興ってのは骨が折れるぜ。特に食料が手にはらねぇのは厳しい。どうにかしねぇとなぁ」
ヴェルガノは思案を巡らせていた。
「ひとり息巻いていたってどうしようもないでしょ。相変わらず熱さだけは人一倍なんすから。頼むから思いつきで行動するのやめてくださいっすよ?大破壊前ならいざ知らず、今は生きられる場所が滅茶苦茶限られる危機的状況なんですから。僕嫌っすよ?ヴェルガノさんと心中するの」
「わーってるって!俺も嫌だわお前ぇなんざと心中なんてよ。だがなぁ、このままじゃ復興もくそもねぇぞ」
ヴェルガノの言う通りだった。
ジェイドが備蓄していた食料も計画的に消費してはいるものの限界がある。
その前に食料を確保できる環境を整えなければ、結局待っているのは死のみだ。
それはウィンチも十分わかっていた。
いや、2人だけではなかった。
ここにいる人々全員がこのままでは何れ餓死するだろうと恐れていた。
その恐怖を払拭するかのようにジェイドの言葉を信じて復興に集中することで何とか気を紛らわせ正気を保っているのだ。
「どうしたふたりとも。そんな考え込んだフリして。不細工な顔がとてつもない形相になっているぞい?」
「うるせぇな、じじい!お前に言われたかぁねぇ。皺くちゃな顔しやがって!」
ウェルガノとウィンチに絡んできたのはコームズという名の老人だった。
コームズはこの復興中の住民たちの子供たちを面倒見ている保育場を管理している者だった。
ヴェルガノ、ウィンチ、トリアの3人はこのコームズを見ると、シウバーヌを思い出す。
シウバーヌは、ヴェルガノたち3人を育ててくれた孤児院の院長であり、皆からママと呼ばれている育ての親だ。
かなり高齢にも関わらず多くの孤児たちを育てていた。
経営難だったが、ヴェルガノやウィンチが稼ぎの一部を渡して援助していたこともあり、何とか孤児たちを育てることができていた。
だが、この風の大破壊によってノトス国は壊滅し、孤児院のある首都だったルガロンも今やどうなっているか全く情報が入ってこない状況だった。
このゲズがほぼ倒壊している状況を見れば、ルガロンの外れに位置していた孤児院は破壊の風で吹き飛んでしまっている可能性が高い。
せめてどこかに避難して全員無事でいてほしいと、3人は常に願っていた。
「ゲホゲホ‥‥」
コームズは乾いた咳をした。
「なんだじじい、体調でも悪いのか?」
「お、お前に心配されるとはわしも舐められたもんじゃのう。ほれ見て見い!まだまだ元気だわい」
そう言いながらコームズ老人は細い腕でガッツポーズをとって力コブを見せた。
だが、その姿は骨と皮といった見た目でとても元気とは見えなかった。
「は!そうかい!せいぜい長生きしてくれよじじい!」
そう言うヴェルガノに背を向けて手を上げながら去っていた。
「また痩せましたねコームズさん」
「ああ。やっぱり食料を子供たちに分け与えてんだ。全く自分の心配もしろっつーんだよ、くそじじい。自分が倒れたら誰が子供達の面倒見るんだって分かってのかよ‥‥」
ヴェルガノは悲しそうな表情を浮かべて言った。
「ヴェルおじさん、ウィンチ」
「トリアちゃん!」
「お、トリア!どこ行ってたんだよお前」
「心配した?」
突如背後から声をかけて来たのは同じ孤児院で育った少女のトリアだった。
少女といってもつい数日前に16歳になっており、さらにはヴェルガノたちと旅に出て以降持ち前の行動力を活かして随分と成長したように見えた。
美しい女性に成長している過程であると誰もが思う容姿であり、ウィンチは密かに恋心を抱いていた。
そのため、手を後ろで組み少し屈んだ姿勢で見上げるような仕草で聞いてきたその言葉にウィンチは顔を赤らめて何も言えなくなってしまった。
一方ヴェルガノは父親のような存在であるため、放っておくとどこへでも行ってしまうトリアに、まるで門限を心配して待つ父親のような心境でいたが、それを表に出すとウザがられるのを知っていたので心配していないフリをした。
「全然だな。それでどこほっつき歩いていたんだ?この不良娘」
「随分な言いようね、全く」
「そうですよヴェルガノさん!次そういう言い方したら本気で俺キレるっすから!」
「おい、何熱くなってんだよお前。頭でも打ったか?」
浮いた話の一切ないヴェルガノに恋愛感情を読み取る力は皆無であるため、ウィンチの鼻息の荒い言い分の意味が分からなかったようだ。
「そんなことよりちょっとした進展があったよ」
「‥‥またお前、あれだろ?道端で飴玉でも拾ってラッキーとか言って食ったらいつもは腹壊すのに、今回は腹壊さなかった、胃腸が強くなったとかそういう話だろ?」
「おじさん、本当にデリカシーというか常識がないのね。私みたいな繊細なお年頃の女の子によくそんな下品なことが言えるわよね。だから誰も結婚してくれないんだわ。うん、納得」
「そうっす!ヴェルガノさん下品で汚いおっさんだから未だに独り身なんすよ」
「ほっとけ!てかウィンチ、何でお前までそこまで言うか?お前だって年齢イコール彼女いない歴じゃねぇかよ。そのうち賢者とやらになれんじゃねぇのか?まぁこのケテルじゃ魔法は使えねぇから何の賢者だか知らんがな!カカカ!」
ガッ!
「いで!」
トリアが思い切りヴェルガノの足を踏んだため痛みで顔を歪めた。
「そう言うところがだめなのよヴェルおじぶっは!あははは!」
「え?!うわ!あっはっは!」
突如トリアとウィンチは笑い出した。
ヴェルガノの痛みに歪んだ顔がとてつもなく不細工な顔になっていたため思わず笑ってしまったのだ。
まるで梅干しでも食べて顰めっ面になったような表情だった。
2人がなぜ笑っているのか分からないヴェルガノは気分を害しつつ何となくへこんでいた。
「あっはは‥‥いやぁウケた!ヴェルおじさんサイコーだよ。ほんと」
そんな顔を見て “まぁ許してやるか” と思ったヴェルガノに対してウィンチは彼女の笑顔の可愛さに気絶しそうになっていた。
「そんで?何だよそのちょっとした進展てのは」
「あ、そうそう!おじさんのせいで忘れるところだったよ。実は大統領府の周辺はまだ建物が残っていてそこにフォックスがあるらしいんだよ」
「へぇ‥‥ってことは結構大統領府周辺には店や家が破壊を免れて残っているってことか」
「そう、いや、そうじゃなくて、フォックスに行ったら何か情報が得られるかもしれないじゃない!あそこはクエストの紹介や報酬の支払い、冒険者サポートだけじゃなくて、元々は情報収集に長けたプロの情報屋なんだから、この大破壊後の世界にあるって言われているオアシスの情報もあるんじゃないかと思って!」
「!」
ヴェルガノは驚きの表情を浮かべた。
「そうか!それは進展だな!よし早速行こうぜ!」
旧エウロス国の首都ゲズには大統領府があったが、その周辺だけは大破壊の影響が殆どなく、ゲズ政府の要職に就く者たちや一部の商店に住んでいた者たちが残っていた。
意外と助かった人数は少なかったようで、大統領府にある食料庫の備蓄は1年以上生活できるだけの量があると言われていた。
そのため、賊などがその食料を狙って襲撃したらしいのだが、食料や住民を守る異常に強い護衛集団がおり、悉く返り討ちにされているらしいのだ。
従って旧ゲズ大統領府に近づくべからず、と言われておりヴェルガノたちも近づいていなかったのだ。
それが盲点で、今回トリアがフォックスがあるという情報を掴んできた。
(それにしても変わったなぁこいつ。ついこの間までは引っ込み思案でこんな風にひとりで出歩いて情報収集なんて出来なかったのによ。これも女の七不思議ってやつか‥‥)
そんなものは存在しないのだが、ヴェルガノは勝手にそう思い込んでいた。
・・・・・
・・・
足場の悪いところを歩いていたため余計に時間がかかってしまい大統領府に着くまで1時間ほど経っていた。
「それにしても異常だぜ‥‥ここまで無傷とはよ」
「ですね。これじゃぁ砂嵐や砂嵐の衝突がここを避けて通ったっていう噂も強ち嘘とは言えないっすよね」
ふたりが驚くのも無理はなく、大統領府を囲む高い壁から内側が見事に破壊の風の影響ないままに残っていたのだ。
元々首都ゲズは風が大統領府に集まるような構造となっており、その風を集める誘導手段として建物や高く建てられた壁がうまく配置されていたのだ。
とは言え、建物も壁も破壊の風を抑えるような強度や効果はないため、なぜこのように破壊前の姿のまま残っているのか全く想像できなかった。
「こっちよ!さぁ早く早く!」
元気なトリアに導かれるままヴェルガノとウィンチはフォックスにやって来た。
ギィィィ‥‥
扉を開けると以前と殆ど変わらない賑わいを見せていた。
壁にはたくさんのクエスト依頼の羊皮紙が貼られていた。
このような破壊後の混沌とした世界ではこの世界の共通通貨ケテルグを報酬としたものはほぼなく、報酬のほとんどが食料だった。
「報酬が食料‥‥だがどれも然程量は多くないな。魔物討伐的なクエストがほとんど無いからか‥‥依頼内容が食料探しってのもあるぜ」
「それって探して来た食料の一部を報酬にするっていう、何の元手のリスクもないやつじゃないですか。そんなのクエストって言えるんすかね‥‥」
「こんなご時世だ。そう言う依頼もしたくなるんだろ。それだけ切羽詰まってんだよ。いくら破壊の風から免れたって言ってもな」
ドン!
「いで。何だよトリア。いちいち本気で戯れあってくんな。お前の戯れ付きいい加減痛てぇんだよ」
「あらそう?でもありがたいと思わなきゃ!こんな可愛い子に引っ付いて貰えるなんてそうそうないんだから」
ウィンチは羨ましそう、と言うより恨めしそうにヴェルガノを見ていた。
「それで何だ?」
「これ!」
トリアが見せて来たのは興味を唆る不思議なクエスト内容だった。
――<招待クエスト>――
・クエスト:我らと共にこの世紀末を乗り越えませんか?
・クエスト受領対象:人間
・クエスト内容:
-旧否國スキーロのシヴァルザに人間だけが住める楽園を築きました。
-人間のあなた。是非我々のコミュニティに来ませんか?水も食料も潤沢にあります。
必要以上に自給自足出来ているため、まだかなりの人間の受け入れが可能です。
・クエスト報酬:楽園での永住権
・クエスト依頼者:人類議会
――――――――――――
「‥‥‥‥」
ヴェルガノは無言になった。
一方のトリアとウィンチは目を輝かせている。
そしてヴェルガノのGOサインを待っていた。
「これ‥‥怪しく無いか?」
「どこが?!」
「怪しく無いっすよ!」
ふたりはヴェルガノの反応に真っ向否定だった。
「ええ?!逆にどこが怪しく無いんだ?!だってよ、この破壊し尽くされて荒廃した世界で自給自足だぜ?!まぁ、確かに否國スキーロっていやぁあまり人間が寄り付かなかった土地だから、可能性はゼロとは言わねぇけどよ‥‥その、なんつーかさぁ‥‥人類議会もいまいち信用ならねぇっつうかよ‥‥」
「まぁおじさんが怪しむのは当然かもね。話が美味しすぎるし‥‥」
「だね‥‥」
よくよく考えたら怪しいかもしれないというトリアの意見にウィンチも同意した。
「だろ?!もしかしたら罠かもしれねぇしよ!」
「でもさ、もし本当だったらゲズのみんなも救えるし、ママや弟や妹たちにお腹いっぱい食べ物食べさせられるじゃない?賭けてみる価値あるよ!これが噂になっているオアシスの可能性だってあるんだから!」
「そうっすよ!」
「うぅむ。確かにそうだがなぁ‥‥」
「やっぱり気が乗らない?」
「乗らないっすか?」
悩んでいるヴェルガノの様子を伺うトリアだったが、諦めるわけにはいかないとキリッとした表情に変わり最後の説得に入った。
「それじゃぁこうしようよ。やっぱり見聞きせずに結論づけることは出来ないから、シヴァルザを目指してみて、もし罠だと思ったらそのまま素通りしてナーマまで行こうよ!あそこにはまだゼピュロス神がいるらしいから、数日の宿くらい提供してくれるよ!そして後そのまま南下してルガロンまで行く!これでどう?」
「どうすか!」
「‥‥‥‥」
ヴェルガノは考えていた。
2人を危険に晒すようなことは出来ない。
元々ノトス神を殺した真犯人を捕まえる目的でスタートしたこの旅だが、風の大破壊によってその目的も失われた。
むしろこの旅のおかげで今こうして生きているとさえ言えた。
そしてこうして生きていることにももしかしたら何かしらの意味があるのではとも思っていた。
(それなら何か行動しないとな‥‥もしかするとこのクエストを受けてまだまだ困っている人たちを救うっていうのが俺たちが本当になすべきことなのかもしれねぇ。ママや子供達のことも心配だしな‥‥)
「よし、分かった。こいつを受けようじゃねぇか」
「流石おじさん!ありがとう!」
トリアはそう言いながらヴェルガノの腕に抱きついて喜んだ。
「流石ヴェルガノさん!ありがとうっす!」
ウィンチもヴェルガノの腕にしがみつくようにして喜んだ。
ゴン!
「お前は気持ち悪いんだよ!ってか何なんださっきから!トリアの言うことと同じことしか言ってねぇじゃねぇか!」
「そんなことよりヴェルおじさん!冒険者登録とクエスト受領しに行こう!」
ヴェルガノたちはクエストを受け、街でかろうじて物々交換を受けてくれた店で多少の食料を調達してシヴァルザを目指して出発した。
いつも読んで下さって本当にありがとうございます。
ヴェルガノ、ウィンチ、トリアの3人の旅は一見本編に深く関わらないように見えますが、終盤に意外とドラマチックに絡んできますので暖かく見守っていただければと思います。




