<ケテル編> 102.怪力
102.怪力
半神馬の兄弟の馬力は凄まじいものがあった。
かなり大きめの馬車であり、超重量級のヘラクレスが乗っているため相当な荷重となっているにも関わらず、軽快に進んでいる。
寧ろ速すぎて車輪が壊れてしまうのではないと心配になったが、馬車の後方から車輪部分覗くとあり得ないほど頑丈に金属で加工されたシャフトと軸受があり、車輪も木製の装飾でパッと見は分からなかったが車輪本体もまた金属で出来た壊しようのないほどの造りとなっていたのだ。
よくよく調べてみると馬車の外壁や天井も分厚い鉄板で造られており、最早装甲車ならぬ装甲馬車だった。
つまり通常の馬車の約10倍の重さに巨漢のヘラクレスを加えた馬車を軽々と凄まじいスピードで引いていることになる。
(シルゼヴァ‥‥一体この馬車何の目的で‥‥いや、そんなことより生意気な口をきいていただけのことはあるな、この兄弟‥‥この実力を見せられる前でよかったってことだな‥‥ははは)
もしこの鉄馬車と兄弟の実力を見せられた後に生意気な口をきかれていたらスノウは少し下手に出てしまい、うまくこの半神馬の兄弟を従えられなかったかもしれないと思い苦笑いした。
「どうしたスノウ。お前、気持ち悪い顔してるぞ」
バゴォォォォォン!
思い切り蹴り飛ばされてヘラクレスは馬車から吹き飛ばされた。
「待ってくれぇぇぇ!」
ゴロゴロと転がった後すぐに起き上がって全速力で走って馬車を追いかけるがなかなか追いつかない。
当然蹴り飛ばしたのはシアだった。
馬車から覗くシアの冷たい表情を見たヘラクレスは “フランシアの前でスノウを馬鹿にするのはやめよう” と心に誓ったという。
・・・・・
・・・
1時間もかからずにボレアス神殿跡に辿り着いた。
「随分と早く着いたな」
「当然です主人。我ら兄弟の足にかかればこのケテル全土、1日もあれば一周できます」
「そうだぜ主人。本気を出せば半日で一周だ」
当然嘘だが、確かにどの移動手段よりも速いことは確かだった。
「おいアノマリー。この瓦礫の山を掘り返せとでも言うんじゃないだろうな。俺にそんなことさせたら俺の配下ではない別の魔王に貴様を殺させるぞ」
「お前やる気あるのか?このメンバーのリーダーはおれだ。協力しないなら、契約不履行になって何かしらの影響があるんじゃないのか?」
「さぁな。契約内容を知らないお前が何を脅しても俺には響かねぇぞ」
早速面倒なやりとりが始まったとスノウはうんざりした。
すると遠くから地響きのような音が近づいてきた。
「おぉぉぉい!ごるあぁぁぁ!」
ヘラクレスだった。
かなり怒っているようだった。
ドンドンドンドンドンドンドン!!ズザザァァ!!
「おいクラァ手前ぇら!俺を置いてけぼりにするのちょっとは許すが、ここまでの距離全部置いてけぼりは流石に許さねぇぞコラァ!」
バッグオォォォォン!!
ヘラクレスは目の前の瓦礫の山をラリアートで吹き飛ばした。
「普通途中で止まるだろうが!このクソボケがぁ!!」
ドッゴォォォォォン!!
怒りの矛先を瓦礫にぶつけているヘラクレスの凄まじい風圧を伴う強烈な蹴りがさらに巨大な岩と無数の瓦礫を吹き飛ばした。
「次こんなことしやがったら手前ぇら全員バラバラにして踏み潰して鳥の餌にしてやるからな!ゴルァァ!」
ドゴバァァァァン!!
さらに岩や瓦礫が吹き飛ばされる。
ここまでのほぼ全行程走らされたこともあるが、1人置いてけぼりにされその後一瞬足りとも止まることなく進んで行かれたことに腹を立てているようだ。
(意外と寂しがり屋なんだな)
スノウは黙ってその様子を見ていた。
ドッゴォォォォン!!
「バリオス、クサントス!手前ぇらもそうだ!何で止まらねぇ!底無し沼にハマってたお前らを助けてやった恩も忘れてよ!このクソボケカス野郎どもが!!」
バッゴォォォォン!!
「すいやせん、ハークの兄貴。気づかなかったんす」
「私たち走るのに夢中で‥‥ハークさんがいないなんて夢にも思いませんでしたし」
当然嘘だった。
ヘラクレスの重さがなくなったことは誰よりもこの2頭がよく分かっていた。
展開が面白そうだと目で合図して寧ろスピードを上げて走っていたのだ。
「おい脳筋野郎。ご苦労だったな」
「あぁ?!なんだこの気取り野郎!」
ディアボロスは馬車に寄りかかって腕を組みながら、目で合図した。
そっちを見ろと合図した先には大きな岩や瓦礫の山だった場所がすっかり更地になっていた。
怒りに任せてラリアートや蹴り、パンチを繰り返した結果面倒な瓦礫の山が全て吹き飛ばされていたのだった。
「サンキュー、ヘラクレス」
「あなた良い仕事するじゃない。先ほどのマスターへの暴言を吐いた重罪は死んで塵になっても消えないけど、このお掃除は褒めてあげるわ」
「流石の超怪力ですね!うらやましいー」
スノウ、シア、シンザはそう言うと早速イヴリスの箱を探し始めた。
ヘラクレスは一応褒められたのだと思ったのか、機嫌が治っていた。
「ふん‥‥」
ディアボロスはつまらなそうな表情を浮かべて腕を組んだまま馬車に寄りかかって目を瞑った。
「これ、おそらく1階の床抜けてますね」
シンザが破壊された状況を見ながら言った。
「そうだな。神殿の入り口の柱の根元があそこにあるから、馬車が停めてあった場所はおそらくこの場所だ。かろうじて残っている外壁の区画からいって間違いないだろう」
「そうすると、おそらく天井が落ちて来てこの状態ということですね。馬車は無事では済まないでしょうね」
「ストラ号が‥‥」
スノウは切ない声で言った。
グガガガガガ!!
突如ヘラクレスが片手で蓋のようになっている天井部分の石の巨大な板を持ち上げた。
「ふんぬ!」
ドガガガラララン!!
3メートル x 5メートルほどの石の分厚い板が軽々と飛んでいって割れた。
あまりの怪力ぶりにスノウとシンザは呆気にとられた。
「ヘラクレス、お前なんだかかっこいいな」
「今の天井持ち上げた時の上腕二頭筋の盛り上がりは芸術ものでしたよ」
「そ、そうか?!わ、ワッハッハ!お前らなかなか見る目あるじゃねぇか!な!かっこいいだろう!これからは力仕事は俺に言え!なんつってな!わっはっは!」
(何とかと鋏は使いようって本当だな‥‥しかしこの怪力、以前戦った時は全然本気じゃ無かったんだな。こいつとの戦いでは真っ向勝負は避けるとしよう)
スノウはばっちりとヘラクレスの傾向と対策を行った。
「マスター、やはり馬車はだめでした。原型を留めないほど粉々に破壊されています。間違いなく修理をしても無駄でしょう」
使用期間は短かかったが、トライブ名をつけた愛着の沸いていた馬車だけにシアの何一つオブラートに包まない表現が切なさを一層強くさせた。
スタ‥‥
シンザが警戒に地下に降りて行った。
「シンザ、気をつけろよ!」
「しっ!」
ヘラクレスの大きな声をシアが抑えるように制した。
不安定な状態なため、大声が振動となって壁や瓦礫を崩しかねなかったからだ。
ガタタ‥‥カササ‥‥
シンザは慎重に破壊された馬車の中を探している。
カサッ‥‥
「!」
シンザは埃まみれとなった箱を見つけた。
手で埃を払うと探していたイヴリスの箱だと分かった。
(あった!これだ!)
シンザは上にいるシアに合図した。
そして箱をシアに向けて投げた。
カシッ!
シアは箱を丁寧に掴むとシンザに向かって “グッジョブ!” という意味を込めたウィンクをした。
美人なシアがウィンクをしたその表情がとてつもなく可愛かったようでシンザは思わず顔を赤らめた。
その後、馬車の中に置いてあったもので使えそうなものをいくつか掴んで嬉しそうに軽々と跳躍して地上に戻って来た。
スタ‥
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ‥‥‥
シンザが地上に着地した瞬間に、突如地面が地震のように揺れ出した。
「やばい!馬車に乗れ!」
スノウたちは急いで馬車に乗った。
「バリオス!クサントス!」
「了解した!」
「うっす!」
半神馬の兄弟は急ぎ馬車を走らせた。
スノウたちは馬車から背後をみると、先ほどまで自分たちが立っていた場所が地盤沈下のように沈んでいった。
どうやら地下が掘られている神殿がさらに崩壊し、瓦礫や岩が地下に沈んでいったようだった。
「あ、あぶなかった‥‥」
「だな‥‥」
「わっはっは!ボレアス神殿が跡形もなく沈んでいきやがる!おもしれぇ!」
「‥‥‥‥」
シンザはシアのウィンクに見惚れ過ぎて地上に戻るのが遅れていたらと思うとゾッとした。
「と、とにかくミッションのひとつ目のイヴリスの箱は手に入れた。幸先いいスタート‥‥だよな、ははは」
「そ、そうですよね‥‥ははは」
ゴゴゴゴゴゴゴ‥‥ドゴゴゴゴゴゴォォォォォン‥‥
殆ど地下に沈んでしまった。
スノウたちは何かダメ押ししてしまったようなどこか後ろめたい気持ちになりながら東を目指した。
・・・・・
・・・
―――アイオリアの拠点ナーマ―――
アイオロスとゼピュロスが統治するこの地域で拠点となっているナーマは、旧ゼピュロス国の首都だった場所だ。
風の大破壊後の混乱時、救助を必要とする難民を受け入れつつ他国から安住の地を奪いに来た賊や集団からこの街を守っていたのだが、世界に形成されたいくつかの勢力によってケテル全土がこう着状態となったため、以前ほど警戒する必要がなくなっていた。
「どうしたフラン」
ケンタウロスのロイグがフランに話しかけた。
この2人は出会って以降常にコンビで行動し、レヴルストラの一員として戦闘にも参加し、ぐんぐんと実力を付けてきており、既にダイヤモンド級冒険者レベルにまで成長していた。
元々戦闘の筋がよく、特に槍の扱いが得意なフランと、彼を背中に乗せて剣と盾を持ち機動力を活かして素早く動くロイグのコンビを止められる者は、賊や魔物の中にはいなくなっていた。
そのため、フランとロイグの名は知れ渡って来たようで、ふたりの姿を見ると賊や魔物は逃げるようになっていた。
加えて膠着状態となったため警備中の戦闘もかなり減り1日1度も戦闘がない日も出て来た頃、フランはよく南東の旧ノトス国の方を見てぼんやりとすることが増えていた。
それを心配したロイグがフランに声をかけたのだ。
「大丈夫だよ、ロイグ」
「大丈夫な顔してねぇぞ。水臭いな、俺に言えないことなのか?」
「いや‥‥その‥‥」
「言えよ!俺とお前の仲だろう?」
「あ、うん。そうだね‥‥実は‥‥」
フランは自分の心のもやもやをロイグに話した。
・・・・・
・・・
「なるほどな。それはぼんやりしても仕方がねぇよ。そのクレアってのはお前の母親も同然なんだろ?」
「うん。本当のお母さんは既に死んでしまっていて、お母さんの妹に当たるクレアが僕を育ててくれたんだ。僕のたった1人の身内なんだよ‥‥だからこの風の大破壊で無事にいるかとても心配なんだ‥‥」
「わかるぜ。俺の親父も元気か気になるからな」
「!‥‥そっか‥‥そうだよね。ロイグも‥‥気が気じゃないよね‥‥」
「俺は家を早く出たかったからな‥‥でもまぁ心配は心配だけど多分大丈夫だ。お前も知っての通りカイトンは古代の遺跡がある街でさ、街そのものは無事だってことだから多分生きてる。心配なのは龍神ケクロプスが人が変わったようになったってことだけだけどな」
「そうか‥‥」
ロイグの父親フォロスはカイトンの中にあったケンタウロスが統治する区域、エトス区の副区長の要職に就いていることもあり、ほぼ間違いなく生存しているずだった。
しかしフランの継母であるクレアは旧ノトス国の小さな街のリグにいた。
しかも、リグは暴風帯の近くにあり、風の大破壊の影響を最も早く受けたはずだった。
つまりフランにとってクレアの生死が全くわからなかったのだ。
苦しい気持ちを抑えているのがロイグには分かった。
「行くか!」
「え?!」
「行くかって言ってんだよ!」
「どこに?!」
「どこにじゃねぇよ!探しにだよ!クレアを!」
「で、でも‥‥僕たちはこの街を守らなきゃならないし‥‥」
「行って来なさいよ」
「!‥ソニア!?」
ふたりの背後から突如会話に入って来たのはソニアだった。
「盗み聞きしたみだいでごめんね。‥‥遠慮せずに行って来なさい。今は落ち着いているし、アネモイ剣士たちも大分戻って来たから警護は問題ないしね。ソニックも行ってこいって言ってるわ。当然ワサンもそう言うでしょうしね。もちろんロイグと一緒によ?」
「う、うぅぅ‥‥」
フランは思わず涙を流して泣いた。
「ありがどう‥‥ううぅ‥」
「泣くなよ‥情けねぇなぁ‥おい‥‥」
何故かロイグまで涙ぐんでいる。
(ほんとに良いコンビね)
ソニアはそんな2人を微笑ましく見ていた。
翌日フランとロイグは荷物を纏めてクレアの消息を確認する旅に出た。
いつも読んで下さって本当にありがとうございます。
次のアップは火曜日の予定ですが、へばってしまっていたら翌日にずれ込みます‥‥。




