<ケテル編> 99.天劫
99.天劫
「お前の守りたかった者だ」
スノウは小さな空気の渦となったボレアスの中にゆらゆらと燃えている小さな炎を見た。
その炎から心に響くオーラのようなものが発せられていることに気づく。
「!!‥‥まさか!?」
鼓動が高鳴る。
そして緊張のあまり息苦しくなった。
この後シルゼヴァから発せられる言葉に気を失いそうになるほどの期待と疑いを持って気が動転しているからだった。
だが、聞きたい言葉を得るための質問がなかなか出来ない。
「なんだ。ふらついた精神が見えるぞ。動揺しているかのような揺らぎだ。お前にそんなものが存在するとは驚きだ」
「あ、い、いや‥‥」
「まぁ無理もないな。面倒な問答は煩わしいからズバリ言ってやる。これはお前の仲間のバルカンだ」
「!!!!」
ズザン!
スノウは腰が抜けたように膝をついた。
勿論喜びからの脱力だった。
頭が真っ白になるほどの嬉しさと安堵感が湧き起こり、全身を巡ったのだ。
そして無意識に目から涙がこぼれ落ちた。
(バルカン!)
極度の嬉しさと変わり果てた姿に複雑な思いを抱いてはいたが、兎にも角にもバルカンが生きていてくれたことにスノウは感謝した。
「だが安心は出来ない。洒落を言うわけではないが、風前の灯火だ」
「!‥‥それはつまり?!」
「何らかの手を打たなければこの炎は消えバルカンは消滅する」
「どういうことだ?!」
シルゼヴァは後頭部を掻くような仕草をしながら面倒くさそうな表情で話を続けた。
「いいだろう。説明してやる。バルカンに起こっているこの現象‥‥これは天劫だ。ハノキアではとある信仰に基づいた教示が浸透していてその定義から言えば、 ”神から与えられる厄災” ということらしいな。言い換えると天に昇るための試練のようなものか。あながち間違ってはいないが、本来の意味は少し違う。天劫とは、その者が本来の姿になるために、この世界に自身を縛り付けるものを捨て去る行為だ。だが、これは全ての生き物に適用されるものではない。その者のルーツを辿ったときに縛りを得る前の存在がなければ待っているのはいわゆる “消滅” だ。文字通りその者の記憶も自我も消え去る。例えばニンゲンだ。あれらのほぼ全てと言ってもいいが、ニンゲンがこの天劫を受けるとその精神は耐えきれずに自我が崩壊してしまうだろう」
スノウはシルゼヴァが説明している内容がほとんど理解出来なかったが、確実に言えることはバルカンは小さな炎となりかろうじてその命を繋ぎ止めているということだった。
今のスノウにはそれだけで十分だった。
だが、この奇跡も放っておけば失われる。
スノウは無意識にシルゼヴァの両肩を掴んでいた。
「教えてくれ!どうすればバルカンは助かる?!おれは何をすればいい?!」
パシン!
肩を激しく揺すりながら問いかけるスノウの顔を見てうんざりした表情を浮かべたシルゼヴァは両手でスノウの手を軽く払うと部屋の隅にある小さな椅子に座った。
「ふん‥‥お前のやるべきことはそのバルカンの灯火を消さずに灯し続ける蝋燭とそれを置く燭台を得ることだ」
「蝋燭と燭台‥‥」
理解の追いつかないスノウを気遣うこともなくシルゼヴァは自分のペースで話を続けた。
「だが、燭台はこの世界に存在しているが、蝋燭は存在していない。一から作る必要がある」
「どうやって?!」
「エターナルキャンドルとは溶けない蝋燭だ。永遠に消えない炎を灯し続けることの出来る蝋燭ということだな。そのキャンドルを作るためには ”溶けない蝋燭” を作る蝋型のイヴリスの箱とエターナルキャンドルそのものの材料となる ”減らない蝋” 、そしてそれらで作ったエターナルキャンドルに ”消えない炎” を与える朱雀種を手にすることだ」
「減らない蝋を溶けない蝋燭を作る蝋型に入れてエターナルキャンドルを作り、それに消えない炎を点火する‥‥つまりそういうことだな?」
「そうだ。あとはバルカンの灯火をそれに移してしまえばいい」
「なんとなく分かったが、肝心のバルカンは蝋燭の火のままってことか?」
ガン!ガン!ガン!
「俺の説明を何となくしか分からないやつに何故俺は親切に説明しているんだ?!」
シルゼヴァは地面を蹴りながら悪態をついている。
スノウは慌てて言い直した。
「いや、はっきりと分かった!安心してくれ!分かったから!」
「そうか」
シルゼヴァは途端に平静を取り戻した。
その変わり身の早さに思わずスノウは言葉を失った。
「‥‥‥‥」
(そうだった。気に食わないと癇癪を起こすタイプだった。気をつけよう‥‥)
スノウは言い方に気をつけると心に刻んで慎重に質問した。
「それでバルカンは蝋燭に灯された火のままということなのか?」
「さぁな。あとはバルカン次第だろう。そのままかもしれないし、何かをきっかけにして本来の姿を取り戻す可能性もある。そこまでは俺も知らないし、調べるつもりもない」
「わ、分かった‥‥。それでさっき言っていた、型と蝋と炎そして燭台の4つはどこにあるのか知っているのか?」
「俺の調べたところによれば、イヴリスの箱は既に手にしているはずだ。お前が着ている神衣を手に入れたときに円筒状にくり抜かれた中身の箱を手に入れただろう?それがイヴリスの箱だ」
「!!」
スノウは記憶を辿ってイヴリスの箱と呼ばれるものをどこで手に入れ現在どこにあるかを思い出そうとした。
(確かボレアス神に連れられて訪れたエウロスにある神の島の神殿にあったやつじゃなかったか?!とすると、神衣と共に持って帰ってきているから、このグザリアにあったボレアス神殿の中‥‥いや、既に破壊し尽くされているからその瓦礫の下ってことになる‥‥)
スノウの脳裏に不安が襲ってきた。
「おそらくボレアス神殿の瓦礫の下だ‥‥」
「あっはは!そうか!それは大変だな!」
シルゼヴァは何がツボに嵌まったのか分からないが楽しそうに笑っている。
バルカンの生死が掛かっているこの重要な会話の最中、突如笑い出した無神経さにスノウは苛ついたが、彼が屁を曲げてしまてはまずいと思い心を押し殺した。
「それで、減らない蝋ってのは?」
「あはは‥‥こんなに笑ったのは初めてだ。礼として俺の知っていることを全て教えてやろう」
(何?!全て教えるつもりはなかったってことか?!)
スノウはシルゼヴァという人物が殆理解できないと痛感した。
「蝋は別名夜の雫とも言われている。スノウよ。お前は運が良いようだ。長らく封印されていたはずの夜の雫を作れる女神が復活しているのだからな」
「?!」
「知らないのか?夜の権化ニュクスだ」
「!!‥‥確か、ツィゴスとかいう集団を作った神の‥‥」
「そうだ。そいつから貰ってこい。提供を拒むなら瀕死にでもしてやればいい」
「瀕死‥‥」
「それで炎だが、朱雀はこのケテルにはいない。あれは火の化身だからな。おそらくゲブラーのプロメテウス大火山の加工にでもいるんじゃないのか?」
「!!」
(はぁ?!ゲブラーに戻れって言ってるのか?!戻る手段なんてまだ掴んでいないし、そう簡単に戻れるもんでもなだろうが!)
「まぁイヴリスの箱と減らない蝋、そしてティアマトが持っているらしい燭台を入手して帰ってくるまでにはこのケテルで朱雀の炎が入手できないものか調べておいてやろう」
「‥‥‥‥」
スノウは焦っていた。
おそらくバルカンの炎が消えるまでそう長くはないはずだったからだ。
だが、当てもなく行動すればそれこそ大切な時間をロスしてしまう。
シルゼヴァの言う通り、出来ることからやるしかなかった。
ソニックたちの助けがあれば最短時間で行動できるが、今はすぐに連絡を取る手段がなかった。
「おれとシア、シンザの3人でやるしかない‥‥」
「お前たち3人では無理だな」
「神々を相手に4つを手にれる力がないと?」
「そうだ。お前たちは強い。どちらかなら勝つことも出来るだろう。単体ならな。だが、相手は集団だ。ニュクスを相手にしている最中にネメシスまで面倒は見切れないだろう。エークエスに至ってはティアマト以外に7体の神がいる。その内アプスーはティアマトに匹敵する力を持っているからな」
スノウは愕然とした。
希望が一気に絶望に変わった瞬間を味わった。
「だが手はある」
「!‥‥どんな手だ?!」
スノウは思わず再度シルゼヴァの両肩を掴みかかろうとしたが、シルゼヴァはそれを手で制した。
「神々を怯えさせるんだよ」
「?!‥‥‥まさか!?」
「そうだ。ハークを連れて行け」
「あ、ありがたいが、あのヘラクレスが承諾するのか?」
「しなければ躾けるまでだが」
「わ、分かった」
そう言いつつもスノウは不安が拭えなかった。
確かにヘラクレスは無双を誇る強さだろう。
それは彼を相手にしたことのあるスノウにはよく分かっていた。
だが、それにも限界はある。
「不服か?」
「あ、いや、そういうわけじゃ‥‥」
「ああ、そう言えばもうひとり珍しいやつが協力してやってもいいと言っていたな」
「誰だ?!」
「俺だ」
突如スノウの背後から聞き覚えのある声が聞こえた。
背後の壁から溶け出てくるようにして声の主が現れた。
「お、お前は!!」
驚きの声とともに、スノウは思わずフラガラッハに手をかけて警戒した。
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