<ケテル編> 98.新たな勢力争い
98.新たな勢力争い
朝食を摂り終えたスノウはシルゼヴァの部屋を訪れていた。
部屋といっても5畳もない狭い部屋だ。
小さなテーブルに椅子がふたつ。
ドアの反対側の壁には本棚があり、多くの本が並べられている。
そして壁にはケテルの地図が貼られていた。
「そこに座れ」
シルゼヴァはスノウに座るよう促した。
「狭くてすまないな。この世界の重要な書物を取って置きたかったのと、現在のケテルの勢力図を整理するのに使っているだけだからこれで十分なんだ。閉所恐怖症っていうならこの世界が今どうなっているかの説明は諦めてもらうしかない」
「い、いや大丈夫です」
スノウはまだよく知らない人物であるシルゼヴァを警戒していた。
なぜなら前回見た時はヘラクレスを顎で使うような素振りを見せていたからだ。
ヘラクレスとの繋がりが深いなら彼もまたゼウス派であることを意味し、さらにヘラクレスを凌ぐ強さである想定からするとかなり警戒すべき人物だったのだ。
「敬語はいらない。俺は立場には拘らないが、礼儀・礼節ってのは嫌いじゃない。ハノキアで生きる以上重要なルールであるし、その土台の上に成り立つコミュニケーションはスムーズだからな。敬語が使えるということはある程度の礼儀・礼節を持った人物だということだ。そしてそういう人物であれば、普通の会話をフランクに行うことができるのを知っている。フランクに会話する方が気をつかないこともな。だからお前は俺に敬語を使う必要はない。わかるか?」
「あ、ええ、いや、分かるよ。ありがとう、これからは普通に話すようにするよ」
スノウはどことなくシアの話し方に似ていると思った。
「いいだろう。礼儀を弁えない奴は嫌いだから大体叩きのめしている。躾としてな。ハークはその典型だな」
「ハーク?」
「ああ、ヘラクレスのことだ。ヘラクレスと呼ぶのは長いから面倒だし、フルネームで呼ぶほどの価値もないからな。あいつはハークでいい。あいつは礼儀というものを知らないから、毎回俺が躾けてやらないとならない。あいつ、調子に乗って俺がハークと呼ぶのを親しみを込めた愛称だと勘違いしているようで、俺の事をシルズと呼ぶから毎回呼んだ数を数えているんだ。その数の分だけこき使っていいいルールを自分に与えた。頻繁に呼ぶもんだからこき使いきれずにまだ150以上溜まっている。全く面倒なやつだ」
「ぷっ!あっはっは!」
スノウは思わず吹き出してしまった。
「何かおかしいか?」
「はっはっは!あ、いや、貴方がヘラクレスをこき使っている理由が面白くてね。てっきりお互い信頼関係で成り立っている戦闘のコンビかと思っていたからな」
「ああ。まぁあれはあれでバカ力に関しては定評があるからな。上手く使えば、大抵の神は殺せる。そういう意味では戦闘コンビとしては成立するな」
さらっと恐ろしいことを言ったシルゼヴァに対し油断してしまったことをスノウは反省した。
「さて。お前は何が聞きたいんだ?俺の分かる範疇で答えてやる」
スノウは少し考えて答えた。
「まずこのケテルに今何が起きていて、どうなっているかを知りたいんだが‥‥」
「いいだろう。あくまで俺の知っている範疇だがな。今このケテルには俺の手駒となって情報収集する元アネモイ剣士たちがいる。そいつらから得た情報と思ってくれ。‥‥まず初めてにお前が女神アテナを連れて登った天界で起こった出来事は覚えているか?」
「途中までは‥‥」
「だろうな。天から降ってきた星によるケテル破壊を阻止するためにお前たちは天界登った。そこで神の息吹発生装置を天の星に向けて魔力最大出力の神の咆哮を放ったわけだ。それによって星は破壊されたが風は止まった。ここまではいいか?」
「ああ。それはおれが知っている筋書きだったし、実際にそうなったはずだ。神の咆哮ってのを放った直後に気を失ったが‥‥」
「そう。気を失ったお前もろともお前の仲間は地上に降りてきた。問題はその後だ。何者かが再度神の息吹発生装置に魔力を込めて、おかしな風を放ったんだ。まるで超圧縮した風を放出したかのようなものだった。そしてそれがケテルの地上に降ってきた際に不規則且つ異常な風の畝りを生んだ。それによってケテル全土に凄まじい嵐が吹き荒れるはめになった。風の大破壊だ。それによってケテルのほとんどが壊滅状態となった」
「そんな‥‥」
「さっき見たのはグザリアだった場所だ。グザリアにいたアネモイ剣士たちは手分けして生存者を探し、この壁面の横穴空間に避難させた。俺たちも風の大破壊に巻き込まれたからな。アネモイ剣士の中でも命を落としたものがいるかもしれない」
「隕石を破壊して、神の息吹発生装置を止めれば風は止まる。そして次の支配神がこの地に住まう者たちの営みを守るために新たな恩恵を授ける‥‥それが計画だったはず‥‥一体誰がその超圧縮風を地上に向かって放ったんだ?!」
「さぁな。そこまでは分からない。だが、この世界の風の畝りの仕組みを理解した者の仕業であることは間違いないだろうな。そして神の息吹発生装置を動かせる者‥‥ある程度絞れるかと思ったが逆にそんな奴はいないという結論になってしまった。まぁ神の誰かってのは間違いないが、奴らは謎が多いからな。いずれひとりひとり締め上げて吐かせるつもりだが」
スノウは思案を巡らせた。
(最も可能性が高いのはディアボロスか‥‥。目的は分からないがケテルの破壊‥‥そして自分好みに作り変えるなんてことも考えられる。そうであれば動機が成立する。次にネメシスだな‥‥エリスが来ていたわけだからネメシスも来ていておかしくはない。だが動機がないか‥‥いや、エリスは隕石の破壊を阻止しようとしていた。それはつまりケテルの破壊を望んでいたってことだよな。おれたちに隕石が破壊されてしまったために超圧縮風で大破壊を引き起こした。破壊が目的なら動機は成立する‥‥あとはあの鳥型の炎の神の一派か‥‥あいつら一体何者なんだ?!)
「情報の整理は終わったか?」
シルゼヴァはスノウが頭の中で整理しているのを待っていた。
「あ、ああ。大体はな」
「ふん。それで今このケテルがどのような状態になっているかだが‥‥先ほど言った通り、ケテル全土はほぼ壊滅状態だ。その中でいくつか生き残っている者たちがいる」
シルゼヴァの話によると、風の大破壊後の勢力分布は次のようになっているとの事だった。
・セプテントリオン:
旧ボレアス国北部を拠点としてペルセウス率いる半神たちが支配している組織。旧アネモイ剣士の中で、ペルセウス、テセウス、ヒッポリュテ、ミノス、オリオン、セメレー、ポリュデケウスの7名で半神世界を作る目的で結成された。アテナを守護神としている。
・エークエス:
旧否國カイキアと旧エウロス国の北半分を領土とした旧神エークエスたちが興した新国。原初の海ティアマトと深淵の水アプスーの2神を筆頭に、マルドゥーク、エンリル、シャマシュ、ラフム、ラハム、ネルガル、エア、ギビルといったかつてバビロニアの神々と呼ばれた者たちによって支配されている。多くの禍外他人が住まう国。目的は永年虐げられてきた彼らがオリンポス神にとって変わることと思われる。
・ツィゴス:
旧エウロスにある神の島を拠点としてエウロス南半分を統べる勢力で、古の混沌より生まれ出た夜の権化ニュクスとネメシスがいる。その目的と勢力は不明。
・ロプス:
旧否國カイキアと旧ノトス国を領土としている亞人の集団。龍人ロプスが頂点に君臨し、その下にケンタウロスやサテュロス、ハルピュイア、その他の亞人たちがいる。亞人たちによるケテル支配を目的に組織された。国という概念は持っていない。国があるから争いが起こるというロプスの教えに基づいており、ロプス以外は皆平等の立場で、種族の垣根を超えた結束が求められている。集団の名前は龍人ロプスの名からとった。
・アイオリア:
オリンポス神のアイオロスとアネモイ4柱神の1柱ゼピュロスによって新たに作られた国。旧ゼピュロス国に改めて建国を主張し生まれた。初代大統領はレヴルストラのソニック。ギルガメッシュを筆頭に組織されたアイオリアスと呼ばれる防衛隊に旧アネモイ剣士のボレアス派と呼ばれた者たちが加わっており、強固な守りを実現している。目的はケテルの平和を取り戻すことだがそれは建前でとにかくナーマで生存している者たちを守ること思われる。
・人類議会
旧スキーロの都市シヴァルザを拠点として活動を始めた。各地にいた人類議会会員たちはなぜか風の大破壊直前に姿を消していたが、おそらくこのシヴァルザに集結している。なぜ大破壊を事前に知り得たかは不明。統率者はカエーサルで目的は神々は排除しケテルを人類のための世界とすること。
「ざっとこんなものだ。この他にも旧否國リプスの都市マパヴェで数千人規模で人が消えているという話もある。他にも何か俺たちの知らない存在が暗躍しているのかもしれない」
「‥‥‥‥」
(なんだかまるでこうなる予定だったみたいに、それぞれがそれなりの長を据えて構成されているんだな‥‥いったいこのケテルで何が起ころうとしているんだ?)
スノウは言葉が出なかった。
情報量が多いせいもあったが、それぞれが目的をもって組織されその目的が相容れないものに見え、さらに恐ろしいことが起こる予感がしたからだった。
「わかりやすい表情だな。お前がそんな顔をするのも当然だ。こんな死に体の国になっても尚、それぞれが自分たちの種族を最優先し他者を排除しようという魂胆が見え見えだからな。今この世界は物理的に破壊された。だがこれからは精神の食い合いだ。誰がこのケテルを手中に収めるか。それをかけた戦いが始まる‥‥俺はそう予想している」
「!‥‥そんなことしたらこのケテルそのものが耐えられずに結局は全種族が消滅してしまうんじゃないか?!」
「まぁそうなるだろう。だが、それがこのケテルに生きる者たちの望む結果なのだろう。その証拠にどの種族・集団もケテル全体の平和や融和なんてのを本気で口に出しているやつはいないからな。元々ゼウスが力で押さえつけていただけの世界だった‥‥といえばそれまでかもしれないが、ゼウスという縛りが消えた今、溜まりに溜まった鬱憤をこぞって晴らそうっていうのだから、力なき生き残った者たちにとってはたまったものではない」
「確かに‥‥それでシルゼヴァ‥‥そんな中で君たちは何をしようとしているんだ?」
「何も。助けられるものがいたら助ける。今はこれだけだな。将来的には‥‥それぞれの勢力が殺し合って最後に残った勢力を俺が消滅させるってのは面白いかもな。まぁそんな感じだ。気分を害したか?」
「い、いや‥‥この不毛な争いを止められるなら止めたいけど、それが出来ないならおれも君と同じことを考えるかもしれない。結局どの勢力が勝っても、偏った世界にしかならない。この世界に生きる他の種族にとっては悪夢だからね。だったらリセットするべきだって思うよ。殺戮が避けられないなら‥‥」
「ほう。なかなか気が合いそうだスノウ」
このどこか恐ろしいというより底なし沼のように冷たく吸い込まれそうなシルゼヴァのオーラにスノウは素直に喜べなかったが、一応笑顔で返した。
「ありがとう。大体分かったよ。今このケテルに何が起こっているのか。そしてこれから何が起ころうとしているのか。おれたちレヴルストラとしてこれからどうするかも考えなければならないしね。とりあえず、アイオリアの大統領になっているおれの仲間のソニックや他のメンバーとも合流したい。彼には大統領になった経緯も聞いて置きたいし」
スノウはソニックがアイオリアの大統領になっていることに一瞬驚いたが、違和感は感じていなかった。
若いが冷静且つ論理的に物事を整理し、説得力を持って人を動かせる男だったため、周囲がその力を欲するのも納得できたからだ。
「ここを出るというんだな?」
「ああ」
「だが、その前に俺の話を聞いておく方がいいだろう」
「?」
シルゼヴァはテーブルの上に乗っている小さな箱を手に取った。
「それは?」
「これは暴風の神ボレアスの成れの果てだ」
「え?!」
その小さな箱の中には握り拳程度の竜巻のような空気の渦があった。
「ボレアス神‥‥」
「心配するな、死んだわけじゃない。言葉を失っただけでまだ生きている。だが、お前に伝えたいのはそれじゃない」
「?」
「お前はこのボレアスが守っているものを蘇らせなければならない」
「?」
スノウはボレアス神である風の渦の中を覗き込んだ。
そこには小さな炎が揺れていた。
「これは‥‥」
「お前の守りたかった者だ」
「!!‥‥まさか!?」
スノウは驚きのあまり震える手を抑えられなかった。
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