<ケテル編> 97.旧ゼウス派残党
97.旧ゼウス派残党
ヘラクレスはスノウたち3人を奥の部屋に運んだ。
ジェイドはその後についていく。
「ここは?」
「緊急避難場所だな。っつても大した人数を収容できないが」
スノウたち3人をベッドに寝かせながらヘラクレスが答えた。
「よし、これで俺の役目は終わりだ。スノウとフランシアに再会できたのは喜ばしいが、こんな状態じゃ戦えないしな。回復して戦えるようになったら呼んでくれ。ボッコボコにできるからな」
そう言いながらヘラクレスは部屋を出てどこかへ行ってしまった。
入れ替わるようにシルゼヴァが入ってきた。
「目は覚ましたか?」
「い、いえ、流石にそんなにすぐには‥‥」
「そうか」
「俺が面倒みますよ」
シルゼヴァの後に部屋に入ってきたのはなんとサルぺドンだった。
「そうか、頼んだ。何かあったら呼べ」
部屋を出ていくシルゼヴァに一礼したサルぺドンはスノウの寝ているベッドの横にある椅子に腰掛けた。
「あ、あなたは!」
「ん?誰だお前は」
ジェイドの驚いて呼ぶ声に真逆の反応で答えるサルぺドン。
「そ、そうですか。覚えていませんか‥‥。アネモイ剣士になりたいと志願した時、異神の血筋は剣士になれないといって私を追い払ったのをお忘れですか?」
「いつの話だ?お前は1週間前の昼飯を覚えている几帳面なやつなのか?」
ジェイドはその言葉を聞いて落胆の表情を浮かべた。
築いた財をペロトゥガに預けアネモイ剣士を目指して旅立ち、冷たく追い返され浮浪の者となってしまった元凶の男であるサルぺドンはジェイドにとってしばらく恨みの対象として心に刻まれた人物だった。
しかし、今はその恨みの気持ちは失せていた。
スノウたちと出会い、店を取り返し全ての生活を取り戻した今となってはサルぺドンに追い返された苦い経験も無知でお人好しな自分にとっての社会勉強だと割り切っているからだった。
「スノウ‥‥お前ほどの男がこんなになっちまうって一体何があったんだ‥‥」
サルぺドンは意識を取り戻さないスノウに呟くように話しかけた。
「スノウさんをご存知なのですか?」
「ん?お前まだいたのか。お前は一体スノウの何なんだ?」
「あ、これは申し遅れました。私ジェイドと申します。スノウさんたちに命を救われた者です。彼らには返しきれない大恩があるのですが、それを私の神技が感じ取ったようでボレアス神殿の瓦礫の下に埋もれていたスノウさんたちを救い出せたんです。ですが、何があったのか、このような状態になっていて‥‥」
「そうか。お前もスノウに救われたのか」
そう一言告げるとまたスノウに視線を向けた。
「あなたはスノウさんとはどういう繋がりなのですか?」
「ん?お前に話すことはない。ただ俺はこいつを知っている。それだけだ」
「そうですか‥‥」
ガチャ‥
新たに誰かが部屋に入ってきた。
「サルピー、これでいい?」
「ああ、すまないなキュレネ」
「ああ!あなたはアネモイ剣士のキュレネさん!」
「もうそのアネモイ剣士‥ってのやめてね。世界がこんなになってしまって、アネモイ4柱神の所在もわからない状況で協会もなにもない。今この世界で生き残っている者たちが種族関係なく手を結んで助け合う。まずはこれでしょう?」
キュレネの言葉にジェイドは感銘を覚えた。
彼女はアネモイ剣士協会における下位剣士だ。
30名ほどいる剣士たちの中で下位剣士は6割を占める。
その中でもキュレネは薬草を作るのに適した神技を持っているため、魔法が使えないケテルにおいて戦闘力増強や回復などのヒーラーとしての役割を担う珍しい存在で至る所で活躍していたためジェイドはすぐに気づいたのだ。
キュレネが持参した器に入った深緑のドロドロとした液体をサルぺドンはスノウにスプーンで口に含ませ飲ませ始めた。
「キュレネさん、これは?」
「ああ、回復系の薬草を煎じてあるの。あと、このケテルの気体に漂っている魔力を吸い込んだ特殊な根も煎じてある。その人傷というより魔力不足なんでしょう?このプライドだけは高いサルぺドンがさっき血相変えて飛んできて、この薬を作ってくれってせがんできたから急いで作ったのよ」
「!」
ジェイドは驚いた。
自分も薬草を持参しているが、流石に魔力のこもった薬を作ることはできなかったからだ。
「キュレネさん!是非私にその薬の調合の仕方を教えて頂けませんか?私エウロスで薬草の店を営んでおりました。ですがここに寝ている方々を救うためにここへ来たのです。あそこにあるバックパックにも様々な薬草が入っています。ですが、流石に魔力のこもった薬まで‥‥」
キュレネはジェイドの話の途中で彼のバックパックを開けて中を物色し始めたため、ジェイドは途中で話すのをやめてそちらの釘付けとなった。
「あの‥‥キュレネさん?一体何を?それ‥私の荷物ですが‥‥」
「知ってるわ。貴方この人たち救うために薬草持ってきたんでしょってウソ‥‥ピルピレ草にジャルガンバラの根がある!‥‥パリステンタリマの葉も!ジャニュの花びらまで!」
「え、ええ。多少貴重ですが私鼻が利くというか薬草集めるの得意なもので‥‥これも神技ですかね」
「すごいわ貴方!これだけあれば、より大勢の人たちが救えるじゃない!いいわ、私に弟子入りしたいのでしょう?私は弟子を取らない主義だけど、貴方は弟子にしてあげる‥‥ん?神技って言った?もしかして貴方半神?」
「あ、ええ、そうです。この世界では異神とされる神とダークエルフのハーフです」
「どの神とどの種族のハーフかなんて関係ないわ。今日からアネモイ剣士協会の剣士よ。私とサルぺドンが推薦するから。まぁ形だけの協会だけどね。それじゃぁ私とバディを組んでたくさんの薬草を集めてたくさんの種類の薬を大量に作るよ!」
「え?!あ、ああ!ありがとうございます!」
「早速来て!彼らにはもっと薬が必要なのよ!いいわね?サルピー?」
「構わん、というより静かにしてくれ」
キュレネは二本指で敬礼するような仕草をした後ジェイドを連れて別の部屋へ行ってしまった。
それから三日三晩の看病が続いた。
シアとシンザは2日目で目を覚ました。
まだ意識が朦朧としている状態だったが、シアは全身に激痛が走っているにも関わらずスノウの顔を見て生きていることを確認するとその場に倒れ込んで再度意識を失った。
ジェイドが提供した薬草を使ってキュレネとふたりで調合し、それをスノウ、シア、シンザそれぞれに飲ませた。
看病自体はサルぺドンがつきっきりとなって行った。
シルゼヴァはたまに様子を見に来ては、目覚めていないスノウを見てあっさりとどこかへ行ってしまった。
そしてさらに1週間が経った。
・・・・・
・・・
「う、ぅぅ‥‥‥」
「スノウ!」
スノウが目を覚ました。
だいぶ回復していたシアとシンザが叫んだ。
寝ずの看病が続いているサルベドンはうつらうつらしていた状態から一気に目を覚ましてスノウの側に詰め寄った。
スノウは空な目のままだったが意識を取り戻した。
ガチャ!
スノウという声を聞きつけたのか、ジェイドも部屋に入ってきた。
「スノウさん!」
一緒にキュレネも入ってきた。
「はいはい、ちょっとどいて」
キュレネは集まっている者たちをかき分けてスノウを診はじめた。
医者と言うほどではないが、薬を煎じるのにどうしても相手の状態や抱える症状を診なければならないため、自然と医者の目が備わったという。
「貴方どれだけのラムドの持ち主なの?!普通のニンゲンなら既に魔力が溢れてる状態なのに!まだ微量しか溜まっていないじゃない!」
キュレネは驚きの表情で声を荒げて言った。
「でも、一応動ける様にはなると思うわ。魔法を使わない限り魔力消費はないからね」
皆安堵の表情を浮かべた。
・・・・・
・・・
その日の夜。
シアがスノウの寝ている横で寝ずに看病していた。
彼女自身はほぼ回復したため、サルぺドンを半ば追い出す様にして看病を代わってもらったのだ。
スノウの肌にはまだ血色が戻っておらず、まだ回復が必要な状態に見えた。
「マスター‥‥本当に無事でよかった」
シアは目に涙を溜めている。
「心配かけた様ですまない」
「いえ・・マスターが生きて無事ならそれで良いんです。私はマスターのために存在しているのですから、今後2度とこの様な事が起こらないように私も鍛錬しなければなりません」
「ははは‥‥なんかシアの口とから鍛錬って言葉が出るのは新鮮だな‥‥でもありがとう」
シアはスノウの手を握り優しい表情になった。
「さぁ寝てください。今は休む時です。魔力は徐々に吸収していくでしょうから、体の回復に専念して下さい。私はずっとここにいますから、安心して‥」
「そうだな‥じゃぁそうさせてもらう‥」
よほど蓄積されたダメージがあるのかスノウはそのまま眠りについた。
・・・・・
・・・
翌朝。
間も無く夜明けを迎える頃、まだ皆が寝静まっている時間にスノウは目を覚ました。
シアがスノウのベッドに突っ伏して寝ていた。
彼女も回復したとはいえ、相当な疲労が残っているはずだった。
スノウは起き上がるとシアに毛布をかけてベッドから出た。
暫くぶりの歩行だった。
少しよろめいてしまう。
(筋力が落ちているのもあるな。シアじゃないけど、鍛錬だな)
自分を治療してくれた場所のため安全は確保されていると思いつつも、周囲への警戒を怠らずゆっくりと歩いた。
そして横穴住居の出口に辿り着く。
巨大な山脈が抉れて出来た壁面にある横穴であり高度もあるため壮大な景色が見える。
だが空には黒雲が覆っており見える景色は暗がりに近い状態だった。
「ここは一体?!」
スノウは今自分のいる場所がどこか見当もつかなかった。
「グザリアだ」
「!」
背後から声がしてスノウは振り返った。
「き、君は‥‥」
シルゼヴァだった。
スノウが驚いたのは、警戒していたにも関わらずその気配に全く気づかなかった事だ。
「あの美しい都市が何も無くなってしまった。つい昨日まであったものが突然無くなるというものは、感情を揺さぶられるものなのだな」
状況を掴めなかったスノウは少し困った表情を浮かべていた。
頭の中で必死に色々なもの紐づけて整理している最中だった。
「起きたばかりで困惑しているのも無理はない。何もかも変わり過ぎた。後で説明してやる。このケテルがどうなってしまったかをな。朝食後に俺の部屋まで来い」
そう言うとシルゼヴァは奥へ戻っていってしまった。
「一体何が‥‥‥」
何かが足りないという感覚のままスノウも部屋に戻って行った。
いつも読んで下さって本当にありがとうございます!
次話あたりから物語が動きはじめます。




