<ケテル編> 95.見えざる気配
95.見えざる気配
「な、なんなの‥‥これは‥」
手を震わせながら呟いたクレアの言葉に反応し、バンダムとベスタが何事かという表情で彼女の持っている手記に目を通した。
そして最後まで読み終えるとベスタは目を見開いて怯えたように口を開いた。
「これ‥‥私たちに起こったことに酷似していないか?」
「どういうこと?!」
「君たちは知らないかもしれないが、ジャグの取り仕切っていた積極派に2人死人が出ているんだ。その2人の死に方がここに書かれているものと全く同じなんだよ‥‥」
「え?!‥‥も、もしかして1人目が腹が切り裂かれ腑が飛び出ている状態っていうのと、2人目が両手両足を引きちぎられた状態っていうやつ?」
クレアが聞き返したのに対しベスタは軽く頷いた。
その言葉を聞いた瞬間、ジャグが反応してベスタが持っている手記を奪って読み始めた。
「なんだよこれは!」
予想通りの反応だった。
「まさか俺たち以外にこの地下都市に誰かいるってのか?!それで、俺たちを実験台にして、しかも俺の仲間を殺したってのかよ!」
「どうやらそのようだ。そしてこの手記を書いた者がいた際の住人たちよりも我々の方が凶暴性が上回っていたらしい‥‥。今回のように争いにならなければ、どちらかの仲間内から行方不明者が出ていたはずだ‥‥」
ベスタは “お前たちが原因だ” と責めるような目で言った後、我ながら鋭い推理だと悦に浸っていた。
それに対してジャグは舌打ちで返す。
「ちっ‥‥」
「今は歪み合ってる場合じゃないわよ。ジャグが言った通り、私たち以外にこの地下都市には誰かいる‥‥そしてそれは私たちの味方じゃない。それはきっと、ここで行われた凄惨な同士討ちをじっと観察して記録している人の心を持たない何か恐ろしい存在なんだわ‥‥」
「そして今も私たちをどこかで見ているはずだ‥‥」
「ひっ!」
ベスタの言葉に恐怖を覚えたクレアは奇声を漏らした。
そして体の震えが止まらないらしく、近くにあった椅子に腰掛け俯いた。
それを気遣うバンダムを無視して俯きながら爪を噛んでいる。
「は!ココはいいかもしれねぇが、結局は隠れて見てるしかねぇヤツだろ?!意外と力は弱ぇんじゃねぇのか?!俺たちなら楽勝だったりしてな」
ジャグが頭の部分を指さしながら無理やり怯えている気持ちを吹き飛ばすように言った。
カサ‥‥
『!』
背後から何か擦れる音がして4人は一斉に音がした方向に目をやった。
ジャグは思わず飛び退いて、バンダムの袖を掴んでいる。
「お、おい‥‥」
「ええ‥‥‥」
ジャグとクレアは何かを感じたらしい。
「な、何かいるぞ‥‥この部屋‥‥」
「!‥‥ば、馬鹿な!何も無いじゃないか!出鱈目をいって怖がらせて何かしようというのだな?!そんな下らん作戦に引っかかる私じゃないぞ!」
「な、何も感じないけど、どどどこから気配を感じるんだい?」
ついさっきまで悦に浸っていたベスタは、突如目の前に見えない恐怖が現れたと知り急激に怯え始めた。
どうやらベスタとバンダムには感じられない気配が目の前に現れたようだ。
「やっぱり何かいる‥‥よく耳をすましたら何だか呼吸音が聞こえてきた‥‥」
「ききき君まで何だ!そそそそんなことをして一体何の得があるんだ?!」
ベスタの足はガタガタと震えている。
自身の恐怖を吹き飛ばしたい一心で大声でクレアを責め立てているが、クレアにはその言葉を聞いている余裕はない。
「お、おい‥‥」
喚いているベスタを余所にジャグは何かに視線が釘付けとなっていた。
そして動けない体の中で唯一動かせるのは口だけといった様子で3人に語りかけた。
「何?!どうしたのジャグ?!」
怯えるクレアが問いかける。
ベスタはクレアの背後に隠れるように移動した。
バンダムの服の袖を掴むジャグの握力が強まった。
「見えねぇのか?お前らにはよ‥‥」
「何がよ!」
「め、目だよ‥‥透明の中に‥‥目だけ浮いてんだ‥‥」
『!』
その言葉に驚く3人だが、恐る恐るジャグの目線を追って見ている場所に目を向けた。
『ぎゃ!!』
3人は同時に奇声を発した。
ジャグが見つめている先にまさに血走った眼球だけが浮いており、こちらを凝視していたのだ。
だが、眼球以外は見えない。
「見てやがったんだ‥‥こいつ‥‥さっきからずっとここにいて見てやがった‥‥」
4人は恐ろしさのあまりその場に気絶して倒れた。
・・・・・
・・・
―――旧ボレアス国首都グザリア―――
南北に聳える巨大な山脈の中央が抉られたかのような形状を利用して形成された巨大な都市グザリアは風の大破壊によって完全に破壊された。
あらゆる建物は大津波のように押し寄せた破壊の風によって根こそぎ剥ぎ取られ持っていかれた。
そのような状況でも、各家で地下室を持っていた者は破壊の風の影響をなんとか逃れることができたようだが、破壊の風が去った後に降ってきた瓦礫で命を落としたり、降ってきた濃度の濃い塵で呼吸困難に陥って生き残ったほとんどの者が命を落としている。
そんな中で抉られた山脈の内側に削られて形成された横穴の洞窟は破壊の風の影響を受けず、落下物や呼吸器を破壊する塵の影響を受けずに済んでいた。
シュゥゥゥゥゥゥゥゥ‥‥
空から鳥のようなシルエットが降りてくるのが見えた。
スクーパを操って飛んでいる者だった。
今でも風が吹いているためスクーパで飛行することは可能だが、破壊によって風の流れが完全に変わり不規則なものになっているため、スクーパで空を飛ぶ事ができるのはかなりの上級者に限られた。
不規則に吹く風の中飛べるだけでも相当な熟練者なのだが、そんな変則的な風をものともせずに華麗にスクーパを操っている最上級者は少年だった。
不思議なことにこれだけの技術でスクーパを操るには少なくとも15年から20年はかかるほど高度のな飛行技術が必要なのだが、まだ10歳程度に見える少年が華麗に操っていた。
「ん?あれは何だ」
少年は何かに気づいたようで急降下し始める。
ビシュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!‥‥バシュゥゥン‥‥
凄まじい速度で急降下したスクーパは地面スレスレで体勢を起こしてふわりと地上に降り立った。
「驚いたな‥‥」
少年が着地した場所の目の前に巨大な荷物を背負った線の細い褐色肌の男がおり、突如スクーパで登場した少年に驚いたのか目を丸くして声を漏らした。
その男はジェイドだった。
「き、君‥‥若く見えるのに素晴らしい飛行技術を持っているんだね。驚いたよ」
「それはどうも。それでお前は何者だ?」
まるで大人のような喋り方に一瞬面食らったジェイドだったが、その姿を見て驚くと共に納得した。
「あ、あなたは‥‥シルゼヴァさんでは?!」
「いかにも。なぜ俺がシルゼヴァだと知っている?俺はアネモイ剣士だったが、ほとんど剣士らしい仕事はしていなかったからな。俺の存在を知る者はほとんどいないはずだ」
スクーパを華麗に操っていたのはシルゼヴァだった。
彼は肌の色が薄い碧色で金色に光る三つの目を持つアネモイ下位剣士だった。
「忘れもしません。一度手合わせ頂いております。実は私半神でしてアネモイ剣士を目指しておりました。そして剣士協会に入れて頂くべくボレアスを目指して旅している道中でお会いしています。その際、大型魔物を倒した私の前に突然現れた貴方が言われました。 “突然ですまないが軽く手合わせしてくれ” と。そしてほんの数分剣を交えさせて頂いた後、 “お前は剣の素質がある。鍛えればアネモイ中位剣士と同等以上の腕になれるぞ” と仰って頂いたのです」
「おお」
「え?!覚えてらっしゃるのですか?」
「いや、覚えてはいない」
「はは‥‥そうですよね。でもあのお言葉とほんの少し交えさせて頂いた剣からアネモイ剣士になれると自信を持てたのです」
「そうか。それで剣士にはなれたのか?俺はお前を知らないが」
「いえ、なれませんでした。私のような異神の子ではアネモイ剣士にはなれないようです」
「ほう。誰かは知らないが、そんな下らない理由でお前の剣を追い払ったのか。そいつは馬鹿だな。ハークのやつに殺させよう。まぁ暴走した風がここまで世界中を破壊してくれた今ではアネモイ剣士もなにもないがな」
「そうですか‥‥」
「何なら今ここでお前をアネモイ剣士として認めてやってもいい」
「本当ですか?!‥‥あ、いえ、でも今私にはやることがあります。もしまたお会いする機会があれば、今抱えている使命を果たした後で私をアネモイ剣士にして頂けると幸甚です」
「そうか。今でも後でもどっちでもいい。俺には大した意味はないからな。それよりお前の抱える使命とはなんだ?そちらに興味がある」
「実は‥‥」
ジェイドはこれまでの経緯を離した。
・・・・・
・・・
「なるほど」
シルゼヴァは納得した表情を浮かべた。
「お前のその使命感とは神技の一端が見せた感覚映像だろう。神技とは神の血を引く者だけが使える内なる力の解放だ。そして解放できる力の種類やその程度も様々だ。だが、そんなことは重要ではない。重要なのは内なる力という点だ。お前の内に秘めたものは、お前の魂の繋がりから来るものだ。その名もわからない誰かを救うという使命感はお前の魂が既に接触している相手なのかもしれないぞ。その者が今助けを求めていて、それをお前の魂が助けたいと願った。その内に秘めた願いがお前に行動を起こさせるほどの感覚映像を見せたのだろう」
「神技とはそのような構造だったのですね。流石はシルゼヴァさんですね」
「お世辞はいらない。そんなことより、俺もお前のその使命とやらに興味が湧いた。この興味もまた俺の内に秘めた思いから来るものかもしれん。その者、既に俺の魂とも触れているのかもしれないな。俺も同行しよう」
「えぇ?!よろしいのでしょうか?」
ガン!ガン!
突如シルゼヴァは地面を蹴り出した。
「俺が自ら頼んでいるのに、なぜ質問で返す?!」
その姿をみて慌てたジェイドはどもりながら訂正した。
「いいいいえ、シルゼヴァさんが一緒に来て頂けるなんて夢のようです!是非お願いします!」
「そうか!じゃぁ早速出発だ。どっちだ?お前の感じる方向は」
急に笑顔に変わったシルゼヴァは急かすようにジェイドに案内させた。
・・・・・
・・・
1時間ほど進むとボレアス神殿のあった場所に辿り着いた。
この辺りは特に破壊が激しかったようで、美しかった神殿は見る影もなく瓦礫の山となっていた。
「この辺りです。鼓動が早まっています。私の心がここだと言っています」
「信じよう」
周囲を見ればこの場に生きているものなどいるはずもないことは明白だった。
だが、シルゼヴァはジェイドの言うことを疑うことなく信じて周囲を探し始めた。
「シルゼヴァさん!この辺りです!とても強い何かを感じます!」
ジェイドが示したのはおそらく神殿の天井部分だったと思われる分厚い岩と化した瓦礫だった。
たとえ半神であったとしても簡単には動かすことのできない代物だった。
破壊することは可能だが、仮にこの巨大な岩の下敷きになっている者がいる場合、破壊することでさらに危険な状態に晒してしまうことは明白だった。
「ふむ。慎重にこの大岩を動かすしかないか」
「そうですね。でも方法はあるのでしょうか?」
「ある」
そう言うとシルゼヴァは少し離れた場所にある岩の上に飛び乗った。
そして袋から小さな横笛を取り出した。
「すぅぅぅ」
ひゅるりり〜‥‥ひゅるりら〜‥‥
シルゼヴァは笛を吹いた。
山脈が抉られたこのグザリアの地形から笛の音はよく響いた。
その後、笛を丁寧にカバンの中にしまうと岩から飛び降りた。
しばらくすると、遠くから風切り音が聞こえてきた。
シュブゥゥゥゥゥゥゥ‥‥ドォォォォン!!
そして凄まじい音と共に何かが近くに落ちてきた。
砂煙が舞った。
それを払うような手の動きが見える。
次第に見えてきた影は人影だったがその大きさにジェイドは驚いた。
「シルズよぉ俺はお前の小間使いじゃねぇんだよ」
なんと登場したのはヘラクレスだった。
ドッゴォン!!
「ぐえぇ!」
シルゼヴァは突然ヘラクレスの腹に鋭い蹴りを入れた。
ヘラクレスは嗚咽のような声をあげた。
「すぐ来たのはいいことだ。だが文句はいらない。いちいち俺をイラつかせるなハーク」
「うぐぐ‥‥全くよ‥‥わかったけど一体用事は何だよ。まさか蹴りたいだけでわざわざ急ぎで呼んだんじゃないだろうな‥‥おぉ痛てぇ」
「俺が用事も無いのに不細工なお前の顔を見たいとでも言うと思ったのか?ちゃんと用事はある。あの大岩を退かせ」
「はぁ?!」
ヘラクレスは驚きとやるせなさが混じったような表情になった。
いつも読んで下さって本当にありがとうございます!
そして高評価頂いた皆さん本当にありがとうございます!
とても励みになります!
次のアップは土曜日の予定です。
風の大破壊後の勢力図がいよいよ揃う形となり後半の物語が動き出します。




