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<ケテル編> 94.域長の手記

94.域長の手記



 ガララン‥‥


 倒壊した家の瓦礫を押しのけてバンダムが起き上がってきた。


 「?‥‥何でこんなところで倒れていたんだろう‥‥そうか‥‥何かの拍子に崩れた家の下敷きになったんだな‥‥でも大した怪我もないなんて、まるで奇跡だ‥‥」


 バンダムは家一軒に押しつぶされた状態にも関わらずほぼ傷がない状態だった。

 打ちどころが悪かったのか気を失ったことで自身が起こした凄まじい破壊行動は収まったが、同時にその破壊行動の一部始終を忘れてしまっているようだった。


 「は!クレア!」


 クレアが何者かに殴打されて倒れ込んだところは記憶にあるようで、その状況を思い出し急いでクレアの家まで走って行く。


 (な、なんだよこれ‥‥酷い‥‥一体誰がこんなひどいことを!)


 バンダムはクレアの家までの道中で何人もの惨殺された亡骸を目にして驚くと共に心を痛めていた。

 そしてクレアの無事を祈るように走る速度を早めた。


 「クレア!」


 自分が最後に見た光景のまま、彼女はその場に倒れ込んでいた。

 さほど出血はなく、殴打された後頭部の傷からの出血は既に瘡蓋かさぶたになっていた。


 「よ、よかった‥‥」


 脈と呼吸を確認して生きていることが確認できたため、安堵のあまりバンダムはその場にへたり込んだ。


 「このまま寝かせるわけにはいかないな。家の中に運んでベッドに寝かせないと」


 あまり動かさないようにして慎重に彼女をベッドまで運んで寝かせた。


 「う‥‥ううぅぅ」


 しばらくするとクレアは苦しそうな表情で目を覚ました。

 どうやら脈拍に合わせてひどい頭痛が響くようで、その痛みで起きてしまったようだ。


 「クレア!」


 バンダムの大声で呼ぶ声が頭に響きクレアは苦しそうな表情を浮かべた。


 「うるさいわね‥‥聞こえているわよ‥‥あぁぁ‥‥頭が痛い‥‥なんでなの‥‥」


 クレアも記憶が曖昧なようで自分がなぜ頭痛を抱えているか理解できていなかった。

 その状況を察したバンダムは小声でこれまでの状況を彼が知っている限りで説明した。


 「そんな‥‥積極派が‥‥なんてこと‥‥」


 ガタン‥‥


 クレアは頭を抱えながら外に出た。


 「!」


 周囲の惨劇を目の当たりにして愕然とした。

 言葉を失っているクレアを見てバンダムが悲しそうな顔を浮かべている。


 「おぉい‥‥誰かぁ!」


 突如遠くから声が聞こえ始めた。


 「あの声は‥‥バンダム‥‥呼んできてくれる?」


 バンダムは軽く頷いて声の主の方に向かって歩いて行った。

 声の主はベスタだった。


 「おお、生きていたか!」


 クレアのいる部屋に連れてこられたベスタは慎重派の生存者が確認できたのが嬉しかったのか、笑顔でクレアとバンダムの肩を掴んだ。


 「一体何があったの?‥‥なぜ積極派がこんなことを?!」


 ベスタは一瞬考えた。


 (この2人は状況を分かっていない?!‥‥助かった!)


 「積極派は彼らの仲間が突然死んでしまったのに対し、犯人は我らの中の誰かだと主張し始めたんだ。当然我らの中に殺人を犯せる者などいるはずもない。そこで断固としてその主張を否定したんだ。私は全て話し合いで解決できると信じていたからね。だが彼らは違った。突如暴力に訴え始めたんだ。それで仕方なく私もそれに対抗すべく仲間たちと共に戦った。凄まじい殴り合いになったが、先頭で戦う私に攻撃の矛先が向けられた時、仲間たちは私を庇って‥‥。そんな状況は私も耐えらずに再度先頭にたち戦っていたのだが、相手の汚い不意打ちを喰らってしまって気絶してしまったようなんだ。そして気づいたらこの有様で‥‥‥」


 「それで生存者を探していたってことなのね‥‥。ベスタ‥あなたは勇敢な人だわ」


 ベスタはクレアのその言葉を聞いて両手で目を覆うようにして声を震わせながら答えた。

 だが、そのベスタの説明は全て嘘だった。


 「い、いや‥‥勇敢じゃない‥‥私にもっと力があれば‥‥皆を守れたのに‥‥これは全て私の責任だ‥‥私はこの償いきれない罪を一生背負っていかなければならない‥‥」


 「このような状況になってしまったけど、あなたのせいじゃない‥‥積極派の責任よ‥‥仲間が死んだ原因も調べずに一方的に慎重派の責任として押しつけたんでしょう‥‥あたなはそれに力の限り抵抗したのだから‥‥それに引き換えバンダム‥‥あなたは何をしていたの?!あなたほどの力があればそれなりに役に立てたはずなのに‥‥どうせどこかに隠れていたんでしょう‥‥情けないわ」


 「ご、ごめんよクレア‥‥」


 「私に謝ってどうするのよ‥‥全く‥‥それより生存者を探しにいきましょう。こんな状況だから生きている人がいたら救うべきよ」


 「クレア‥無理をしてはだめだよ?」


 クレアはバンダムを人睨みした後、頭痛を堪えながら立ち上がりドアから外へ出た。

 ベスタとバンダムも共に外へ出る。

 3人で生存者を探すことになった。

 残念なことに慎重派の中には他に生存者はいなかった。

 3人はクレアの意見もあり、積極派の中にも生存者がいないか探しに行くことにした。



・・・・・


・・・



 1時間ほど歩き回って生存者を探したが生存者は見当たらなかった。

 積極派がゴミ捨て場としている場所まで来ると3人はお互いの顔を見合わせて首を横に振った。


 「これだけ探しても生存者がいないなんて‥‥なんてことなの‥‥」


 ガサッ‥‥


 『!』


 ゴミの山の方から音が聞こえたため、3人は振り向いた。

 すると、ゴミの山の一部が動いている。


 ガササ‥‥


 ゴミの山の中から1人の男が立ち上がった。


 「おい!俺は無抵抗だ!攻撃はするな!」


 両手を上げた格好でそう言いながら歩いてきたのはジャグだった。


 「あなたはジャグ!」


 「お前はクレアか、それに‥‥ひっ!!」


 ジャグはベスタとバンダムが視界に入った途端に怯え始めた。

 ベスタはジャグのその様子を見て思った。


 (ははぁん、想定以上に慎重派の抵抗が激しくて両者これだけの犠牲者となったことに対して慎重派を指揮していた私に恐れをなしたってことだな‥‥。戦ったあいつら様様だが、ここは今後のリーダーシップを得るために私が仕切らないとな)


 「ジャグよ、よく生きていたな。これだけの犠牲者を出した罪は重いぞ。だがその罪、お前だけに背負わせるつもりはない。慎重派を指揮していた私にもこの争いを阻止するどころか先頭にたって戦ってしまった罪がある。お前の罪は重いが、その罪の一端は私も背負おう。一緒に来て人々を埋葬するんだ」


 「な、何を‥‥ひっ!」


 ジャグは何かを怖がる仕草をしながら首を縦に振った。


 「その前に‥‥他に生存者はいないの?この広い街、全域は探しきれていないけど、めぼしいところは見たわ。生存者は私たちだけ‥‥でもあんたみたいにどこかに隠れているかもしれない。心当たりはある?ジャグ」


 「はぁ?!なんでお前が俺に指図するんだよ。探したきゃ勝手に探せ!俺は生き残るためにどうするかを考える。放っておいてくれ」


 「そんなことは許さないぞジャグ!」


 ベスタがバンダムの前に出て両手を腰に当てて声を荒げた。


 「ひっ!わ、分かった‥‥探すのを手伝う‥‥」


 ジャグは何かに怯えながらも生存者の捜索協力に同意して一緒に歩き始めた。


 「1箇所だけ気になるところがある‥‥案内してやるからついて来い」


 そういうとジャグは先頭を歩き始めた。

 クレアたちは後をついて行った。



・・・・・


・・・



 5分ほど歩くと地下都市の外れにある小さな家にたどり着いた。

 その家は異様な雰囲気で全ての窓に木板で目張りされた状態となっていた。

 ドアには南京錠がいくつもかけられていた形跡があったが、全て壊されていた。


 「ここだ。以前見た時はいくつも鍵がかかっていたんだがな。きっとこの中にお宝があるんだという話になって近々扉ぶっ壊して中に入る予定だったんだ。それがお前たちが俺の部下を‥‥い、いやなんでもねぇ。とにかく鍵がぶっ壊されてるってことはこの中に逃げ込んだやつがいるってことだ。見てみる価値はあるだろう?」


 「そうね。じゃぁ入りましょう」


 「ちょっと待て!もしこの中にお宝があったら俺のもんだぜ!いいか?この場所を最初に見つけたのも俺、今案内したのも俺、つまりお宝の所有権が俺にあるってことだ!忘れんなよクレア!」


 「どうでもいいわ。私たちは生存者を探しに来たの。さぁ入るわよ」


 「ちっ」


 ジャグは舌打ちをしながら扉を開けた。

 ベスタはお宝という言葉に目を輝かせていた。


 ギィィィィ‥‥


 4人は家の中に入った。

 木の目張りがあるため、中は薄暗い。

 ジャグは徐に木の目張りを剥がし始めた。

 一気に光が入り始める。


 『!』


 一同は驚きの表情を浮かべた。

 家の中の壁全面が本棚になっておりびっしりと何らかの書物が並んでいたのだ。


 「なんだこの家は‥‥図書館みたいな場所なのか?」


 「それにしては木の目張りをしているところなんか違和感だよね」


 ベスタがつぶやきにバンダムが答えた。


 「ちっ!お宝なんてねぇじゃねぇか」


 舌打ちして悪態をつくジャグ。


 「何かしらこれは‥‥」


 クレアは奥のテーブルの上にある羊皮紙が製本されたものを見つけた。


 「この本棚の中の1冊がテーブルの上に乗っかってるだけだろうが。ちっ!期待はずれだ。生存者とやらもいねぇしよ。‥‥い、いや!鍵が壊されていたってことは先にここに鍵壊して入ったやつがお宝持ってっちまったってことは?!クソ!!」


 ジャグは頭を掻きむしりながら勝手に妄想して勝手にイラついていた。

 一方クレアは羊皮紙の本をめくり読み始めた。


 「これは‥‥手記だわ‥‥以前ここにいた住人の!」


 「なんだって?!」


 ベスタとバンダムはクレアのそばによってその手記に目をやる。


 「グインガ‥‥どうやらこの都市の長みたいね。域長と呼ばれていたみたい。その域長が書いた手記みたいよ。風の大破壊ヴァシュヴァラが発生する直前から書き始めたみたいよ‥‥」


 そこにはこう書かれていた。



・・・・・・・・・・・


 “私はこのマパヴェを統括している域長のグインガだ。この街に起こっているただならぬ異変について書き記す。”



――1日目――


 街に死人が出た。自然死や病死、事故死なではなく殺人だ。

 この街の者たちは温和であり、少ない食料を思いやりを持って分け合う理性ある人々で、皆仲が良い。そんな街で数年ぶりの死人が出た。

 その殺害方法は目を覆うものだった。

 腹が切り裂かれ腑が飛び出ている状態だったのだ。

 犯人は不明だったが、人々の間で犯人は誰だと特定しようという動きが生まれた。



―――2日目―――


 また死人が出た。こんどは両手両足を引きちぎられた状態で殺された状態だった。

 立て続けに起こった殺人に、街全体で犯人探しが始まった。

 この街には警察組織はない。

 そのため、皆が犯人探しに参加した。

 参加しなければ自分が犯人と疑われかねなかったからだ。



―――3日目―――


 犯人探しが激化。

 お互いがお互いを信用できない状態となり、至る所で言い合いになる。

 この日はなんとか収束させることができたが、大きく3つの集団ができた。

 それぞれが他の犯罪を主張して、糾弾すべきと言い始めた。

 あれだけ思いやりをもって接し、それぞれが仲のよかった住民がこうまで変貌してしまうとは‥‥。



―――4日目―――


 行方不明者が出た。

 3つの集団のうちの一つから2人の行方不明者が出たことで、その集団は他の集団に対して行方不明者を返せと主張した。

 他の2集団はそれを拒否。

 逆に2件の殺人の罪を免れる策として、自作自演で行方不明者が出たと主張して罪をなすりつけるつもりだと反論した。

 中央広場で行われた口論は次第に激化した。

 その日はなんとか抑え込んだが、一触即発状態だった。



―――5日目―――


 町外れの入ってはならない家を訪れた。

 私の部下が街の巡回中にこの家の目張りの隙間から外を覗き込む目があったと報告があったからだ。

 この家に入ることは昔から禁じられていたため、その禁を破ったものがいるのであれば罰さなければならない。

 この家の鍵を開けるための鍵は既に失われているため、鍵を壊して中に入る。別途南京錠を取り付けることにしよう。


 中に入って驚いた。

 人が生活しているような空間だったのだ。

 壁一面に並んだ無数の本にも驚かされた。

 驚いたのはその本の内容だ。

 特殊な素材で特殊な製本技術で作られているその技術にも驚かされたが、書かれていたのが街の様子を観察し書き留めた観察記録だったのだ。

 そこには住民一人一人の名前や性格、家族構成や暮らしぶりが記載されており、その日の様子で特出すべき出来事が書かれていた。



―――6日目―――


 気づけば私はこの部屋に来てまる2日経っていることに気づいた。

 ここに並んでいる住民の観察記録を読み耽っていて時を忘れてしまったのだ。

 だが、外の様子も気になり観察記録を読みたい欲求を振り切って確認しに行くことにした。

 域長としての役目を果たさなければならない。



―――7日目―――


 なんとかこの場所に辿り着くことができた。

 私ではもうどうすることもできず、殺される前にこの場所に避難したのだ。

 狂気と化した住民の暴挙は止まらず、敵と見做した者たちだけでなく仲間をも手にかけ始めマパヴェはもはや壊滅状態だ。

 おそらく最後のひとりになるまでこの殺戮は終わらないだろう‥‥。


 この観察記録の中にも書かれていた。

 集団心理の強さと脆さについてだ。

 善の心を集団心理として浸透させることによって平和は継続させることが可能だ。

 皆が思いやりを持って接することが相手にとっても自分にとっても快感だと思うように仕向けることで、他者を傷つけるような発想には至らない。

 だが、それも完璧ではない。

 ほころびを作れば簡単に壊れていく。

 昨日まで仲の良かった近所の住民は集団心理が負の方向へ働いた途端に、憎むべき迷惑な住民への変貌する。


 読み漁った観察記録も最後の一冊となった。

 そこにはこう書かれていた。


 “感情とは脆いものである。内から生まれた自身の行動を左右する電気信号であるという定説は崩された。全ては集団心理によって上書きされるものである。その熱量は電気信号の質量とは無関係であり、感情という行動心理の揺れ動きは他者による侵食の方が上回る。それは遺伝子に組み込まれた生存本能と脳内でリンクしたことによる優位性とみて良いだろう。更なる実験体を入手し、n数を増やしてこの新説の信憑性を高めることにする”


 書かれている内容は難解で理解に苦しんだが、これだけは確実に言える。

 マパヴェの住民は何者かによって実験台にされたのだ。

 この壮大な実験を行なっている者の存在はわからないが、確実に言えることは今回のこの実験は既に終了しており、その実験後に生存している者は次の実験には不要の存在となるということだ。

 つまり私には間も無く死が訪れるという事。

 この手記を読んでいる者がどうかこの実験を行なっている首謀者の特定に辿り着き、2度とこのような凄惨な実験が行われないようにしてくれることを願う。



・・・・・・・・・・・・


 手記はここで終わっていた。


 「な、なんなの‥‥これは‥」


 クレアは域長の手記を持つ手が震えているのを止めることが出来なかった。




いつも読んでくださって有難うございます!

次のアップは木曜日の予定ですが、金曜日にずれ込む可能性あります。

マパヴェに巣食う新たな勢力の雰囲気を表現するためのエピソードですがその不気味さを感じていただけると幸甚です!

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