<ケテル編> 86.冬の時代とオアシス
86.冬の時代とオアシス
「本当にオアシスはこっちで合っているのか?」
1000人程の難民が列をなして進んでいた。
今はなきエウロス国の西にあった都市ワウザーンからの難民だった。
万が一に備え地下シェルターが作られておりそこに逃げ込み風の大破壊を逃れた者たちがいよいよ水や食料が尽きかけてきた事から、死を待つ状態になるのを避けるために行動を起こしたのだ。
風の大破壊から2ヶ月が経った頃、計画的に分配していた水と食料が残り1ヶ月一寸で底を尽きてしまうとなり物資の管理をしていた者達は絶望していた。
この状況を皆にどう伝えれば良いのかと。
情報の伝え方を間違えれば物資の奪い合いでお互いを傷つけあう暴動に発展しかねない。
管理者達は絶望と共に死を覚悟していた。
そんな中で希望となる噂が広まった。
“ケテルのどこかに風の大破壊を逃れたオアシスがある” と。
半信半疑ではあったが、藁にもすがる思いでなけなしの水と食料を持った幾つかのチームに分かれた調査隊を組織し出発させた。
一縷の望みを賭けたその調査隊はその殆どが戻ることはなかった。
極寒の世界と化した中で、食糧の調達もままならない旅は熾烈を極めたが、調査隊員達は帰りを待つ家族や仲間のためにと気力を振り絞って歩みを続けた。
しかしその甲斐もなく調査隊員達は次々に倒れ土に還っていった。
そんな中数人が奇跡的に帰還したのだ。
そして皆に希望を与える言葉を口にした。
“オアシスはあった” と。
そこでは快適な温度が保たれ、水もあり植物も育っているまさにオアシスだったと言うのだ。
ワウザーンの人々は歓喜に沸いた。
既に自ら命を絶った者もいた中で、必死に励まし合い何とか生き延び待ち続けた甲斐があったと皆涙した。
そうしていよいよワウザーンの民がオアシスに向けて旅立つ時が来た。
荷物は野営用のテントと水と食料だけとした。
過酷な移動になるため、なるべく力のある若者が荷物を持ち、老人や子供達の負担を減らした。
かなり着込んでいるため、寒さには耐えられたが、最も足取りを重くし歩く気力を削いだのは、太陽を遮り暗闇を生み出している空一面に広がる黒雲だった。
視界を妨げ皆が順調に進んでいるかどうか確認することを許さず、何を目指しているかも分からない目の前数メートルしか見えない中でひたすら足を前に出し続けなければならなかったのだ。
1週間が経ち、死者も出始めた頃、進んでいる方向に疑問を持ち始めた者が出た。
「本当にオアシスはこっちで合っているのか?」
先導している元調査隊員はその疑問に答えた。
「間違いない。この方向で合っている」
しかし、多くの者はその言葉を信じなかった。
何故なら、薄暗く、舞っている塵や砂で視界の悪い中、何の目印になる様なものも見えない状態で何の確信を持って “合っている” と言うのだ?と至極真っ当な反応となったからだ。
だが難民達は引き返すことも出来なかった。
引き返す道を先導する者がいなかった事と何より進んできた道の足跡がが風によってかき消されているからだった。
不安に押しつぶされそうになりながらも歩き続ける難民達は、最早言い争う気力も無かった。
まるで何かに操られているかの様にただひたすら先導者の後をゆっくりと一歩一歩ついていくだけだった。
そしてそれから数日が経った頃、難民の列の先頭集団にいる中の一人が呟いた。
「あれは何だ?」
他のものには何も見えなかった。
いよいよ幻覚が見え始めたのだと皆無視していたが、その者は更に声を荒げて言った。
「ひ、光だ!光が見える!き、きっとオアシスだ!オアシスに違いない!」
周囲のものには何も見えなかった。
「おいあんた!冗談でも言っていいことと悪いことがあるぞ!おい誰かあいつを黙らせろ!ただでさえ皆んな気が立ってるんだ。疲弊しきってる中で気力振り絞って歩いてるってのに、そんな感情を逆撫でする様な大ホラ聞いてみろ、暴動が起こるぞ!
男の周囲の者が取り押さえようとする。
すると更に前方から同じ様な言葉が聞こえてきた。
「光だ!光が見える!太陽みたいだ!きっとあれがオアシスだ!俺たちは辿り着いたんだ!」
その言葉を皮切りに方々で同じ様な言葉が聞こえ始めた。
さすがに多くの者が同じ言葉を口にし始めたので斥候役が確認するために、指し示された方向に偵察に向かった。
20分後、慌てた様に戻ってきた斥候役の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔になっていた。
「オア、オアジズ、あっだ!オアジズあっだ!」
極寒の中1ヶ月以上も続いた長く苦しい旅が、オアシス到着という吉報で終わろうとしていた。
難民達の疲れ果てた体には、その吉報によって一気に力が漲った様だった。
こうして1000人程の難民達はオアシスと思われる場所に辿り着いた。
「なんて明るいんだ」
目の前に見えるのは、元々は小さな都市だったと思われる場所にドーム状の結界の様なものが張られていて、その結界の天井に眩いばかりの光を放つ物体があった。
太陽ではないかと見紛うその光は、直視できない程の光を放っているため何なのか確認は出来なかったが、明らかに熱も発せられており極寒だったこれまでの道のりとはうって変わって陽の光の様な温もりを感じて皆膝をついて涙した。
「入ってもいいのだろうか?」
当然の疑問だった。
オアシスなのだから既に住んでいる住人もいるだろう。
今更ながら1000人もの難民を受け入れてくれるのか心配になる一行だったが、元調査隊員は笑顔で両腕を広げて言った。
「ここにはまだ誰も住んでいない!だが見てくれ!快適な温度を与えてくれている太陽の様な光を!そして街の至る所に生い茂る緑を!奥には食べられる木の実や草木だって生えている!奥には美しい湖まであるんだ!つまり快適で水や食べ物もあるまさにオアシス!苦難を乗り越えた私たちに神がくれた恩恵だと思わないか?!」
その声を聞いた難民達はその調査隊員の言葉を聞いて歓喜の叫びをあげた。
そしてひとりふたりと街の中に入っていく。
後を追うように人々は街の中に入っていき大きな人の流れのようになった。
街の中はやはり誰も住んでいないように見えた。
見る家全て空き家であったが、埃をかぶっているわけでもなく、つい数日前まで誰かが住んでいたのではと思うような生活感のある状態だった。
だが先程の調査隊員の “神の恩恵という言葉によって何一つ疑うことなく、空き家を自分の家と言って確保し始めた。
「鳥がいる」
街を探索したいと外に出ていた難民の少年がふと見上げた際に目にしたのは遠くの上空を飛ぶ鳥の姿だった。
少年が両親にそれを伝えると両親は驚いて外に出た。
鳥がいるという事は、鳥が食す木の実や虫、小動物がいるという事だったからだ。
先程の調査隊員の言葉が裏付けられた瞬間だった。
「あ!」
少年は視界の先に小さな犬を見つけて叫んだ。
「父ちゃん!母ちゃん!犬がいるよ!」
そう言うと犬は “こっちだよ” と言わんばかりに追いつける速度で走り出した。
それを見た少年は犬を追いかけ始めた。
犬がいると言う事は水場があるかもしれないと思い両親も後を追った。
住む場所が確保された事で安心したのか自分達が空腹であることに改めて気づき皆家の外に出てきたが走っていく親子の姿を見て何かを見つけたのだと思い皆後を追い始めた。
当然水や食料なのだと思い皆疲れを忘れたかのように走り始めた。
人々の流れが街の奥に向かっており、皆その流れに従って進んでいる。
しばらく進むと1000人が裕に集まることの出来る開けた場所に辿り着いた。
その周囲には木の実や果実が生っている木々があった。
「この木の実食べられるぞ!」
「こっちの果物も食える!美味い!甘くて最高だ!」
皆何かに取り憑かれたかのように木の実や果実を口にし始めた。
そしてその奥には大きな湖があることに気づく。
「湖!水も飲めるぞ!」
美しい湖だった。
皆確認もせずに口にし始めた。
透き通る水で湖の中に入って泳ぎ出す者もいたが少し沖まで出ても湖底が見えるのではないかと思うくらいに透き通った透明度の高い水だった。
皆躊躇することなく湖の水を飲んだ。
これまでの辛く厳しい旅路における境遇を取り返すかのように周囲の木の実や果実食べ、湖の水を飲み続けた。
自分たちは救われたと実感出来るまで。
久方ぶりの満腹感を味わった難民達は、暖かい天井の光もあって睡魔に襲われた。
皆幸せそうな表情だった。
1000人ほどの難民が皆湖の辺りで寝てしまった。
・・・・・
・・・
ヴァサッ!ヴァサッ!
上空を飛んでいた鳥が1000人の難民が寝ている湖の辺りに降り立った。
続いて草木の影から小型犬が姿を現した。
「全員寝ているようだな」
「ああ」
突如喋り出した小型犬の言葉に鳥が返事をした。
その鳥の姿は頭が獅子で体は大鷲という異形の姿だった。
「随分と過酷な旅だったのでしょうね」
湖から人形で浮かび上がったてきた液体が会話に入ってきた。
そして周囲が急激に明るくなり温度が上昇してきた。
「おい、シャマシュ明るさと温度を調節しながら近づくのだ。彼らが焼け死んでしまうではないか」
小型犬が迫ってくる光に対して指摘した。
それに対し発光体が答える。
「いやぁすまない。久しぶりの力の解放で上手く調節出来なくてね」
発光体の正体は光り輝く輪に小さな太陽のような球体がその輪に沿って回っている姿の旧神シャマシュだった。
獅子の顔に大鷲の姿、アンズーの体に宿っているのは旧神エンリル、小型犬の姿をしたのはマルドゥーク、そして湖から流動体として姿を現しているのは旧神エアだった。
「すまないな。本来ならギビルの炎の力も込めればお前の負担も軽減出来たのだがな」
エンリルがフォローするように言った。
「ありがとうエンリル。でも大丈夫だよ。ネルガルが張ってくれている結界が外気温を完全に遮断してくれているからね」
シャマシュの言葉通りネルガルはこの小さな都市全体を覆い尽くしているドーム状の結界を形成しているのだった。
そう、彼らは旧神エークエス達だった。
何故彼らは1000人もの難民を受け入れ暖を取らせ住居を提供し水と食料を与えたのか。
神とはいえ旧神で力を抑えられている上、魔法の使えないケテルにおいては、神技を命を削って発動させなければならない。
いくら長寿と言われる神々であっても消滅してしまえば復活はできないし、肉体が死んでしまえば再度地上に顕現するまでには長い年月を必要とする。
その肉体的エネルギーを大きく消費してまで何故難民を受け入れたのか。
「さぁ、それでは世界を救おうではないか」
マルドゥークの言葉に皆頷いた。
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