<ケテル編> 79.策略
79.策略
振り上げられたケラウノスから凄まじい雷の球体が生まれた。
「これは死の雷魂だ。この雷の球体は貴様らの肉体だけでなく精神も消し炭にする。つまり貴様達は数秒後に完全に無となるのだ。何か言い残すことはあるか?」
ゼウスが目を光らせながら言った。
それに対し、シアたちは何も答えなかった。
シアの目は死んでおらず、絶対にスノウを守り切るという気持ちが現れていた。
自分を犠牲にしてでも。
「無を覚悟したか。潔くてよいぞ。では消えよ」
ゼウスはケラウノスを少しだけ傾けた。
ティィィィィィィン‥‥
トライアングルのような気持ちの良い音が響く。
その音をトリガーに死の雷魂と呼ばれた雷の球体がゆっくりとシアたちの方へ進んでいく。
「?!」
球体の進む速さが徐々に落ちてくる。
まるで時の流れが止まっていくように球体の進む速さが遅くなり、最後には止まってしまった。
球体だけではない。
ゼウスをはじめ、シアやスノウ、エリスといったこの場にいる全員の動きが止まった。
コツ‥コツ‥コツ‥
ゼウスの背後からひとりだけ動ける人物がいた。
白いスーツに身を包み、褐色の肌の襟元と袖からタトゥーが見えている。
姿を現したのは大魔王ディアボロスだった。
周囲はディアボロスによって作り出された時ノ圍の領域に入っていたため、シアやエリスだけでなく全能神ゼウスまでもが時の縛りによって動きを封じられていた。
そしてさらにティアボロスの背後からふたつの影が現れた。
ひとりはサルガタナスだった。
ゲブラーでザンテルーガという試練を乗り越えオーガロードに覚醒したひとりであるズイホウの精神に入り込み肉体を乗っ取っている。
そしてもうひとり。
若い女性の姿をした者はアミゼン・ユメだった。
サルガタナスとユメはディアボロスに許可され、彼の作り出した時の結界である時ノ圍に入り動くことを許されている。
「これがゼウス‥‥偉そうね」
「腐っても全能神と言われる神だ。窮地となればすぐ逃げ出す臆病者だが力はある。俺たちの会話は聞こえていると思え」
「へぇ‥‥。そういえば眼球だけは動かせるみたい。こっちを睨みつけているように凝視してるわね。ウケる。やば!」
ディアボロスの言葉に対し、ユメは明らかに優位な立場にあるという安心感からゼウスにバカにしたような眼差しを向けた。
「こいつがケラウノス‥‥世界を破壊できる代物か‥‥」
サルガタナスは目を輝かせながらゼウスの持つ神話級武具である杖のケラウノスを手に取ろうとしている。
「触るな、サルガタナス」
「!!は!‥‥これは失礼致しました」
「いや、そうじゃない。こいつは製鉄神や鍛冶神のキュクロプスどもが命を削って鍛えた代物‥‥いわば呪いの籠った武具だ。扱うものを選ぶ。迂闊に手を出せば一瞬で炭になるぞ。せっかく手に入れたオーガロードの肉体を失いたいなら別だがな」
サルガタナスはさっと後ろへ下がって跪いた。
そしてディアボロスはゼウスの持つケラウノスに手を伸ばす。
「ほう‥‥生意気にも拒絶するか。拾っておいて正解だったな」
そう言うとディアボロスは切り取られた何者かの左手をポケットから取り出した。
「気持ち悪いわね‥‥誰の手よ」
「そこで悠長に寝ているアテナのだ。天界でアノマリーたちに斬られたのを拾っておいたのだ」
「アテナの‥‥それが何か役に立つわけ?まさかコレクションとか言うわけじゃないわよね。だとしたら悪趣味ね。まぁ魔王にそんなこと言っても無意味だけど」
「ユメ貴様‥‥陛下に向かって口の聞き方を知らないようだな。それに陛下は魔王ではない。大魔王だ。2度と間違えるな」
ユメは嫌そうな表情を浮かべ一瞬サルガタナスを方を見たがすぐに視線をずらした。
どうやらサルガタナスを面倒な者と見ているらしい。
話題を変えるべくユメがディアボロスに問いかけた。
「アノマリーはどうするの?まさかもう一回拷問とかはやめてよね。我慢比べはもうたくさん」
「不要だ。あれにはあれの役割がある。今は捨て置けばいい」
そういうとディアボロスはアテナの左手を使ってゼウスの手からケラウノスを取り上げた。
ケラウノスはゼウスとアテナだけが扱える神話級武具となっていた。
触れた瞬間に炭にはならないまでも、流石の大魔王ディアボロスを持ってしても、ダメージは避けられない呪いが込められた逸品だった。
「サルガタナス。ゼウスを担げ」
「は!」
サルガタナスはディアボロスの指示に従ってゼウスを担ぎはじめた。
ビギィィィィィィィィィィィィィィィン!!
突如ディアボロスたちの背後から強烈な重圧オーラが広がる。
単なる重圧を与えるオーラではない。
それは自ら跪きたくなる平伏させる重圧のオーラだった。
(こ、これは‥‥)
ディアボロスの額から汗が一気に吹き出てくる。
サルガタナスは体を震わせている。
人間であるユメはその重圧に耐えられず気絶してその場に倒れ込んだ。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ‥‥‥
ディアボロスは視線を背後に向けるべくゆっくりと振り向き始めた。
サルガタナスはその場に立っていられず、膝をついた。
ディアボロスはやっとの思いで振り向き目線を背後に向け驚愕した。
ズザ‥‥カラン‥‥
ディアボロスはその場に跪いた。
その拍子にケラウノスを地面に落としてしまった。
ディアボロスは跪いて頭を垂れている。
汗が鼻の頭に伝わり地面に滴り落ちた。
「閣下‥‥ご機嫌麗しゅう」
跪いたディアボロスの前に立っていたのはシンザだった。
だがその表情はいつものシンザとは違った。
眼球が赤く、黒目部分が金色に光っていた。
ズガン!!ググッ!
「ぐっ!」
シンザは跪いているディアボロスの肩に踏みつけるように足を乗せた。
その凄まじい重さでディアボロスは額を地面に擦り付ける状態になった。
「次はないと言ったな」
「‥‥‥‥」
「覚えてないのか?ゲブラーでお前達が私を無視してアノマリーを連れ去った時に言ったはずだがな」
グググ‥‥
肩に凄まじい力でシンザの踏みつける足が食い込む。
肩が引きちぎれそうになる痛みを堪えてディアボロスは口を開いた。
「わ、私めの単なる遊びです。退屈なこの身‥‥何かしら刺激を求めた余興にございます」
ググググ‥‥ガシィ!
シンザは肩を踏みつけながら、踏んでいる方の腕を掴んだ。
グブジョォォォ!!!
シンザはそれを思い切り引き抜いた。
ディアボロスの左腕が引きちぎられた。
「ぐっ!!」
ディアボロスはかろうじて声を抑え、堪えた。
だが、その激痛は想像を遥かに超えており切断面から大量の血が噴き出ている。
ドッバァァァ‥‥
すぐさま脇を閉めてなんとか止血した。
「ゼウスの武器ケラウノスそしてゼウス本人を拐うのはどういう了見だ。目的を言え」
ディアボロスは絶体絶命の窮地だと認識した。
返答によってはこの場で殺される。
仮に正解があるとして、それを言えたとしてもこれ以上傷つけられずに済むとは思えなかった。
(!)
その時、倒れ込んだユメが目を覚ましていることに気づく。
ディアボロスは夢に目配せした。
次の瞬間、ユメのアルキナ・コントロールが発動する。
ビュゥゥゥゥゥァァァァァァァァァァァァン‥‥
ユメの展開する夢の世界が広がっていく。
「ウグゼア・ベフト」
シンザがそう唱えるとスノウのポーチに入っている六芒星キューブが突然飛び出て空中浮遊し始めた。
パァァァァン‥‥グゥィィィィィィィィン!!!
「え?!なんで?!」
驚くユメ。
ユメの放った夢の世界をその六芒星キューブが弾けて夢の世界をかき消したのだった。
「ちっ!面倒ね‥‥」
「す、すごい!」
誰も逆らうことができずに夢の世界に誘われるユメのアルキナ・コントロールを最も簡単に跳ね除けたシンザに尊敬の眼差しを向けているサルガタナス。
「か、閣下!この魔力シールドは?」
「ほう、お前はサルガタナス。まだこいつに付き従っていたか」
サルガタナスは無礼に当たるのではと思っていたが好奇心が勝ってシンザに向かって質問した。
何故なら六芒星キューブが破裂した直後に懐かしいオーラが漂ったかのを感じたからだ。
「サルガナス。あれは特殊な結界魔具だ。お前の部下の血肉を使ったバリアだな」
「!!‥‥うぇ‥‥うぇぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
サルガタナスは嘆きの声を上げた。
懐かしいオーラを感じとることが出来たのは自分の部下達だったからだ。
怒りの表情を浮かべてサルガタナスはシンザを睨みつけた。
バシュゥゥゥゥゥン!!
次の瞬間、サルガタナスは首の骨が折れるほどの衝撃で側転のように回転しながら吹き飛んだ。
シンザの裏拳が放たれたのだった。
サルガタナスの寄生している宿主のズイホウの首がちぎれそうになっていた。
首がだらんと垂れ下がってしまっている。
サルガタナスの部下の血肉を使って作り上げた結界である六芒星キューブは、もちろんサルガタナスを絶望させるのが目的もあったのだった。
そしてゆっくりとシンザはディアボロスの方に向き直った。
「おい。早く目的を言えよディアボロス」
観念したディアボロスは口を開いた。
「ゼ、ゼウスの洗脳にございます」
「だからその目的を聞いてんだよ。もう片方の腕も捥がれたいのか?」
「い、いえ‥‥」
その時、首が引きちぎれそうになったサルガタナスがシンザに向かって剣を振り下ろした。
カァァァン!!
シンザはそれを軽々と受けながら破壊した。
そして破壊された剣のかけらをさっと全て掴み、サルガタナスに投げつける。
ズガガガガガ!!
まるで散弾銃のような攻撃がサルガタナスに放たれ、凄まじいダメージを負ってその場に倒れた。
シンザは向き直ってみると、踏みつけているはずの場所にディアボロスはいなかった。
「逃げ足の早いやつめ」
ディアボロスはサルガタナスの攻撃で作られた一瞬の隙をついて、その場からユメとゼウスを連れて逃げ出していたのだ。
ケラウノスも忘れずに持ち去っていた。
シンザはやれやれといった表情を浮かべながら両手を胸の前に出し何か球体を掴むような体勢をとりながら呪文を唱えた。
「ムンドゥス・アリウス」
バシュゥゥゥン‥‥ズン!
突如ディアボロスが目の前に現れた。
「!?」
「いちいち驚くんじゃない」
(こ、これは閣下のイドラ魔法‥‥いつの間にイドグル・ゼレを打たれていたのだ)
知らぬ間にシンザはディアボロスの体にアンカー魔法を打ち込んでおり、そのアンカーをどこにいても引き寄せる魔法を唱えて一瞬で呼び寄せたのだった。
「殺すのですね」
「さぁてどうするかな」
ディアボロスは観念した。
冥府に還されればしばらくは地上世界には戻れないが、無に帰すよりはマシだと思っていた。
シンザはディアボロスの耳元で囁いた。
「お前を殺そうと思ったが気が変わった。ひとつ仕事をやろう。きちんとこなせば生かしておいてやる」
「仕事‥‥‥」
「追って連絡する。ムンドゥス・アリウス」
バシュゥン!!
ディアボロスは一瞬にして消えた。
いつも読んで下さって本当にありがとうございます!
次のアップは土曜日の予定です。




