<ホド編>26.ドッペルゲンガー
26. ドッペルゲンガー
「さぁ鼻くそ小童。その自分の人形を倒してみな。その程度に殺されるならそこまで。そんな鼻くそは死んだあと食ってやるよ」
「ああそうかい!」
スノウはよくあるパターンだと認識した。
自分と同じ動きをするもうひとりの自分。
鏡に映る自分が実体化した存在、または自分の影の存在。
右手を上げれば鏡に映った自分を見るように目の前の自分の左手が上がる。
こういうのを相手にする場合、普通に戦っていたら完全に消耗戦となり力尽きたら負ける。
(このパターンってどうせ相手のパワーは本体の魔力に依存してて、今回あのきつねババァの強大な魔力に紐づいてるだろうから、完全におれのエネルギー切れでババァの晩ご飯確定シナリオだな‥‥)
突如現れたもうひとりの自分を前にして、意外と冷静に分析していたスノウだった。
(色々考えていても始まらない。まずは仕掛けて見るか)
「迅移!」
「迅移!」
「速断!」
「速断!」
素早い動きで土塊に近寄ると、全く同じ動きで土塊もこちらに近づき剣を振り下ろすと相手も同じように剣を振り下ろしてくる。
その剣を避けると相手も避けるので当たらない。
(まるで鏡の前でシャドーボクシングやってるみたいだな)
物理攻撃は全く同じ動き。
自分が避けている限り相手には当たらない。
一瞬ロムロナに目をやる。
なんの表情の変化もない。
アイコンタクトで何か助け舟出してくれるのを期待したが、どうやらその気はなさそうだった。
(っていうか、雰囲気的にあのきつねババァ側にいるような目つき。このおれがこの土塊に勝てないようじゃぁこの先三足烏には到底勝てない。それを見透かして冷静に戦況をみている感じだ‥‥)
確かにここで死ぬようなら到底この先まともに生きていけないだろうなとスノウは思った。
(じゃぁ次はこいつを試して見るか!)
剣を構えながら魔法を唱える。
「デストロイウインド」
ブワン!
剣を振りかざすとその軌跡から破壊の風が土塊に向かって放たれる。
同様に土塊もデストロイウインドを放ってくる。
距離と放ったタイミングは把握している。
当たる寸前で避けるべく構える。
スファファン!
正に当たる寸前で躱す。
「クソ!」
「クソ!」
(あぁぁぁイラつく!おれと全く同じタイミング、動きでギリギリ魔法をかわしイラついた表情と暴言まで真似しやがる!)
動き、スピード、魔法、魔力全て完コピ状態だった。
このドッペルゲンガーが何にシンクロしてるかを突き止めない限り、予定通り消耗戦で負けることは明白だった。
ガキィィン!
カシャシャァァン!
ヴオン!
ドガガン!
しばらくスキルや魔法を駆使して攻撃をしかけてみる。
土塊は悉く動作を真似てギリギリで避ける。
ガガァァン!
シャファファン!
(いっそのこと自分を刺してみるか?)
瀕死の状態でロムロナに回復魔法をかけてもらえばあいつは死に自分は助かる。
そんなことを想像しながら剣を交える。
シャギン!
ジャガガン!
(いや、そんなことをあのきつねババァが黙って見ているはずがない‥‥とにかくこいつが何と結びついておれと同じ動きをしているかを突き止めないと‥‥)
攻撃の手は緩めずに思案を巡らせるスノウ。
(ライフソナー、マジックソナー‥‥)
ロゴスの生命と魔力感知系魔法で魔力の流れを見てみる。
予想通り、生命力は土塊そのものにあるようだが、魔力はあのオボロから流れ込んでいるのが見えた。
生命反応があるということは、物理的に倒せば止められるはずだが、こうも完璧に自分の言動をコピーしているとなると倒すのはほぼ無理だろう。
消耗戦でスノウが先に力つきるか相打ちで死ぬか。
いずれにしても何に結びついて自分と同じ動きをしているかを突き止めないとスノウは負ける。
負けイコール「死」だった。
自分の人生的には死んでも後悔はないが、どうせ死ぬなら自分を気にかけてくれている仲間の為にこの命を使いたいとスノウは思った。
「あぁぁ!」
(イライラする!こんな状態じゃぁどうやって完コピしているかの紐付きなんて見つけられしない。もっと集中して見ないと!)
ズズズ‥‥
「ん?」
ズズズズズ‥‥
かすかに光るものが見える。
スノウはもっと魔力を集中して見てみる。
(見えた?!‥‥とても細い無数の糸のようなものがおれと土塊で繋がっている‥‥これまでの鏡写しの戦闘で散々ぶつかっているから物質的な糸ではないな‥‥なるほど‥‥魔力によるものか。ならば、簡単だ!見切ったぜ、この勝負!マジックエリミネーション!)
スノウは魔力消滅の魔法を唱え、そのまま剣で切り込む。
「何?!」
ザン!
魔力消滅の魔法が効かない。
それどころか、全く同じ動作は止まらずに自分の振り下ろす剣と同じ動作の土塊の剣が自分めがけて振り下ろされる。
(くそ!止められねぇ!)
なんとか体半身避けられたが、剣先を避けることはできずに斬撃を受けてしまう。
「がはっ!!」
右胸に縦に剣傷を受けてしまった。
血が噴き出す。
「ジノ・レストレーション」
スノウは急いで傷回復魔法をかけた。
(くそ‥‥痛ぇ‥‥)
痛みで歪む顔を正確に再現する土塊。
同じように左胸から血が噴き出している。
土塊のくせに噴き出す血どころか脈まで感じる。
ロゴスの生命感知魔法もここまで距離が近いと生命力の流れというか命の鼓動みたいなのが感じられる。
(やっぱり物理的に倒せば止められるってことか‥‥自分は死なずにあいつを止めるには‥‥)
「!」
(これしかない。覚悟を決めろ、おれ‥‥)
一瞬ロムロナに視線を向ける。
相変わらず表情を変えずに冷静に見てる。
(一か八かのかけだけどこれしかない‥‥あとは頼んだぜ、ドSイルカ女!)
「うぉぉぉ!迅移、速突!」
素早い動きから、鋭い突きを放つ。
狙いは土塊の心臓。
土塊が自分を完璧にコピーしているなら、心臓を突き刺せば死ぬ。
スノウが心臓を貫かれれば死ぬように。
「うぉぉぉぉぉ!!!!!」
ザグリァ!!!!
「がは!!!」
「がは!!!」
(うぉぉぉ!!!いてーーーー!!!激痛が胸から全身に広がっていく!!!)
吐き気のような感覚とともに大量の血が食道を逆流してくるのがわかった。
スノウも土塊も同じタイミングで口から大量の血を吐いた。
お互いの刀は相手の胸を貫き凄まじい痛みをお互い感じている。
スノウの視界にロムロナが入ってくる。
その顔は少し笑みを浮かべている。
(あの女‥‥つくづくドSだな‥‥しかし‥‥痛ぇ‥‥)
同じように血反吐を吐き、同じように歪んだ顔をし、同じように痛みからうめき声を出す。
「なぁんだつまらないねぇ。」
オボロのその言葉の直後についにリンクの糸が切れる。
視界から土塊が消えた。
倒れたのは土塊の方だった。
「く、くそ‥‥よくもこんな無茶をさせるなぁ、クソババァ!」
「ふん。中途半端な志しか持たない鼻くそ童にしては覚悟決めたじゃぁないか。てっきり力尽きてボロボロになったところをボリボリ喰い殺せると思ったのにねぇ、残念さね」
これはオボロの仕掛けた試練のようなものだったのだ。
ポイントは鏡写しのコピー。
スノウは土塊の心臓を刺した。
そして土塊の方は鏡写のようにコピーする。
スノウは自分の右胸を差し出し、土塊はスノウの右胸を剣で串刺した。
心臓と反対側の右胸を。
心臓を刺されれば死ぬ。
あとは土塊よりも生き長らえればよい。
心臓刺されていない分、土塊よりも長く生きていられるはずだ。
それがスノウの賭けだった。
「ジノ・レストレーション‥‥」
右胸の抉れた刺し傷が徐々に回復していく。
「ジノ・レストレイティブ‥‥」
(くそ!だめだ、、傷は治っても大量の出血で体力が回復しない‥‥)
「さて、もういいかしら?余興は済んだでしょ?そろそろ手のかかるボウヤに優しくしてあげないと本当に死んじゃうから、ウフフー」
そういうとロムロナがカバンから食料と水を取り出し、スノウに栄養補給させる。
「‥‥こんな状態で‥‥パンとか食えねぇっての‥‥」
(ほんと優しいんだかいじめてるんだかわからんけど、このままだとマジで死ぬかも‥‥)
スノウは徐々に薄れていく意識の中で不思議と死は感じなかった。
だが、このまま失われた血が補給されなければ死ぬかもしれないと感じていた。
「ふむ、まぁいいだろう。まぁ他に退屈をしのぐ術もないしねぇ。ほれ、これを喰いな」
オボロは耳の中からなにやら葉っぱに包まれた物体を投げてよこした。
「なぁにこれは?薬か何か?」
「たぶん、おに‥‥ぎり‥‥だろう‥‥」
「おに、ぎり?なにそれ。薬?」
「うるさいねぇ、つべこべ言わずに食べさせな」
「おい!葉っぱは剥いてくれ‥‥」
葉っぱのまま食わせようとするロムロナを制し、一応葉っぱを剥かせた。
(おにぎり‥‥)
懐かしい味だった。
コンビニ行けば普通に食べられた。
スノウにとっては食べ慣れてるため感動など抱いたことはないが、久々なのか特殊なおにぎりなのか、とても美味しく懐かしく、スノウはホッとしたのだった。
「どうだい?美味いだろう?あたしの特製握り飯だからねぇ」
「耳からださなきゃぁな‥‥」
「口の減らない鼻くそ童だねぇ、キョトト」
そんなやりとりしている内に食べ終わるが、気づくとスノウは体力も元通りになっていた。
「うお!すげぇ!体が動かせないほどへばってたのに元どおり元気になった!ババァすげぇな!」
「ムカつく鼻くそだね!次にババァ扱いしたらカエルに変えちまうよ」
「うるさいな!鼻くそ呼ばわりの方が明らかに酷すぎるだろ!1000年以上生きてるんだからババァはババァじゃねーの!」
「あははは!あなたたちいいコンビね!初めてあったとは思えないわよ、ウフフー」
「妖女、あんたも喰い殺すよ。まぁいい、元気になったようだね。だがね、このあたしがタダで回復させると思うのかい?」
「だろうな!何を企んでる?」
「キョトト。話が早いねぇ。あんたに憑かせてもらうよ」
「断る」
「アホか鼻くそ童!おまえに選択権はないんだよ、この馬鹿者が!ほんとに馬鹿者だね」
「取り憑かれたら肩が重いとか、金縛りにあうとか呪われる感じになるだろうが!」
「馬鹿者だね!そんなの風邪ひくようなもんさね。まったくキンタマの小さい男だねぇ。だからこんな妖女にいいように手玉に取られるんだよ。鼻くそ童が!あたしぁねぇ!こんなしけた地下からとっとと抜け出したいんだよ!」
「あんた程の力があったら簡単に出られるでしょーがよ!」
「おまえは本当に馬鹿者だね。自分で出られるならとっくに出てるってもんだよ。どこぞの大馬鹿者のせいであたしの本当の体はここに縛り付けられてるからね。あたしの霊体をあんたに憑かせれば魂は外に出られるっていうことだよ!」
「条件がある!」
「なんだ!」
(めんどくせー!どうせ憑かれるなら今のうちに条件突きつけとかないと後でとんでもないことになる気がする!)
「憑依させてやるけど、おれの体とか絶対に乗っ取るな!自分の体他人に使われるのは気持ち悪いからな!」
「いいだろう。じゃぁあんたの髪の毛に憑かせてもらうよ。物質に憑依はできるが、憑依する相手の一部でないとこの部屋から出ることはできないからね。いいね?おまえに選択権はないんだよ。いつでも殺せるんだからね」
「あと!おれを絶対に殺すなよ!」
「憑依したら宿主を殺しはしないよ。あんたが死んだらあたしの魂はここの本体に戻っちまうからねぇ」
(なんだよ、魂死なねーのかよ。なんかむかつくババァだなほんとに!)
「いいかい?あんた心の内が丸裸なんだよ。全部聞こえてんのさ!次生意気な口聞いたらお仕置きだからね」
「だから、そういうの!」
(こいつがおれの髪の毛に憑依したら変な時に現れて気持ち悪いじゃないか‥‥しかも何かあったらすぐお仕置きって。ほんとに窮屈‥‥)
「ちゃぁんとぷらいべいとは与えてやるから安心しな」
「わかったよ‥‥」
「じゃぁいくよ、キョトト」
そういうとオボロは解けるように消え去り、透明の何かがスノウの頭の方に流れ込んでくる。
みるみる内に髪の毛が銀色に変わっていく。
「げーーーーー!!」
(髪の毛の色が変わった!)
「うるさいねぇ、今時の若者の中ではこういう髪色も流行っているって聞いたよ、キョトトー」
オボロは髪の中で目を見開いてわらってみせた。
「スノウボウヤ!気持ち悪いわ!あなたの髪に目ん玉がついてる!まさに髪さま(神さま)ね、ウフフー!」
(全く‥‥)
「さぁ、とっとと地上に出るよ!はぁ、久々のジャバだよ。鼻くそ童!すぐ死んだらただじゃぁおかないからねぇ、キョトトト!」
本来の目的のこの地下迷宮に救う4体のボス魔物を倒し力をつけるっていう目的は果たされたのだろうか、などと思いつつスノウたちは地上に足を向けた。
―――南東最下層―――
エントワとエスティ、ライジはキンベルクを倒しそのまま最下層階までたどり着いていた。
「く!臭い!!なんなのこの臭い!」
階段を下り切るとそこに広がっていたのはヘドロにまみれたまるで汚物処理場のような景色だった。
臭いを例えるなら下水道で汚水が溜まって臭いが充満しているような、目の前の光景そのものの臭いだった。
エスティは顔をしかめ、ライジはたまらず鼻をつまんであからさまに吐きそうなそぶりを見せる。
エントワは眉ひとつ動かさない。
「まさか‥‥このヘドロ地帯に足を踏み入れて戦うんですか?おそらくこの場にいるのはダークスライムのガングリオン?ですよね?」
「あんたはどうせ逃げ腰でどこかに隠れてるだけでしょ!でもこの臭いの中で戦うのは確かにキツイわね‥‥」
「もしこの臭いが戦闘に影響するならロゴスのブラントで感覚を鈍化すればよいでしょう。ただし、この程度の臭いや状況がいちいち戦闘に影響するなら未熟としか言いようがありませんがね」
「!‥‥わ、私はこの程度の臭いや汚れなど気にしません!」
「ぼ‥‥僕も気にしま‥‥」
言い切る前に食べたものを戻すライジ。
汚物場にキラキラを添える。
すると突如、ヘドロが波打ちだした。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
「さて、ここからが本番ですよ!」
「はい!」
「ふ、ふぇい‥‥うわ!!」
波打つヘドロが中央への吸い寄せされていく。
ジョゴゴゴゴゴゴゴオオオ!!!
「だれなの?朕のカラダにきったないゲロ吐くやつはぁ!」
ヘドロがこの広い部屋の中央に集まり山のように形作っていく。
「な‥‥なんじゃぁこりゃぁぁぁぁぁ!!」
部屋の中央を指差してライジが思わず叫ぶ。
示した指の先には山のような形をした巨大な黒い物体が見えた。
その上の方に白く丸い点が二つあわられ、その下が真横に避ける。
「もーきったないなぁー。ゲロは嫌いだよー、キモいキモい」
目と口のようだ。
「どうやらこの巨大な黒いスライムがガングリオンのようですね。さっさと倒してヴィマナに戻りますよ」
この目の前のヘドロの塊が剣も魔法も効かないと言われるガングリオンだった。
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