<ケテル編> 72.声なき声
72.声なき声
「お、おいミトロ!」
ミトロが床の無い空間に足を踏み入れようとしている。
床が完全に無い状態で、そこからは雲海や地上が見えている。
風も感じられているため、床のないこの空間に足を踏み出せば明らかに地上に落下するはずだった。
ガシ!
「え?、おい!」
ミトロはスノウの腕を掴んで引き寄せた。
このまま引っ張られるとミトロと共に自分まで落下してしまう。
「クソ!」
スノウは踏ん張る。
背後にいるシアに向かって手を伸ばしたが、シアも突然の出来事でスノウの手を掴み損ねてしまう。
「マスター!」
そもままスノウと共に飛び降りる勢いのシアをシンザとボレアスが止める。
「離せ!」
シアは突然のスノウの危機に気が動転しているようだった。
(マジか!何なんだよこれは!?)
バルカンの命を犠牲にしたかもしれない状況を超えてたどり着いた矢先に、意味不明なミトロの行動で落下するという展開にスノウの中では怒りの感情が湧き起こっていた。
スタ‥‥
「え?!」
スノウとミトロは落下することなく、床のない場所で普通に立っていた。
何も無い空間にも関わらず、足が何かを踏んでいる感覚があった。
空を飛行しているとかではなく、明らかに地面の上に立っているのと同等の感覚があった。
決してボレアスに支えてもらっているわけではなかった。
「お前たちはそこで止まれ。ここは私と神衣を纏ったスノウしか入れない空間だ」
ピィン‥‥シュウゥゥゥゥゥゥゥ‥‥
シアはコインを弾いて床のない空間に投げ入れた。
するとコインは凄まじい速さで落下していった。
どうやらミトロとスノウ以外は見えない床を頼りにこの床のない空間に足を踏み出すと先程のコインと同様に地上に向った真っ逆さまになるようだ。
「何か方法はないの?」
「無駄だ。これは私たちの叡智を超えた古代の遺物だ。私は自分の知っている法則以外は何も分からない。突き止めようとしても私では理解できないのだ」
「ちょっと待ってくれ!」
ミトロが流暢に説明し始めたのでスノウが制した。
この天界に到着して以降のミトロの様子が明らかにおかしかったからだ。
「ミトロお前、記憶が戻ったのか?」
「いや、戻っていない。分かるだけだ。‥‥いや、それも正確ではないな。導かれている‥‥声なき声に誘われている感覚だ。私はこの場所を覚えていないし、理屈も分からない。だが、疑うことが無意味なほど納得して誘われているのだ」
「声なき声?!導かれている?‥どういうことだ?」
「分からないと言ったろう?‥‥それより見ろ、上空を!」
ミトロの言われるままに透き通った天井から空を見上げた。
その中に一際光っている点が見える。
隕石だった。
「なんか色が変わってないか?‥‥それに光が巨大化している。こんなスピードで落ちて来てるってのか?!」
「そうだ。そしてこの神の息吹が私に語りかけてきている。‥‥いや、違う。まるで私が操られているかのようだ‥‥」
そんな中、シンザがボレアスに話しかけた。
「ボレアス神。貴方はあの装置を破壊しろとスノウさんや僕たちに依頼をしましたね。どうしますか?今僕たちは選択を迫られています。得体の知れない洗脳状態のミトロの言うままに行動するか、ケテルに降り注ぐ暴風を止めるべく神の息吹発生装置を破壊するか。‥‥でも破壊する場合、風は止まりますが星の衝突を避ける術がない以上、ケテルは破滅することでしょうけど」
「答えは明白だ。今あの装置を破壊すべき時ではない。これは我の推測だが、ミトロはただの思念を受信するだけの精神体なのではないかと思っている」
「!?‥‥つまり神の息吹に意思があり、思念を飛ばしてミトロに受信させ、何か行動を起こそうとしているという事?」
シアが割って入った。
それに対してボレアスが答える。
「その通りだ。神の息吹発生装置そのものに意思があるのかは分からないがな。そもそもこの天界にこの建物しかないとは限らない。何か崇高な意思を持った存在がおり、この天界の装置などを管理しているのではないかと思っている。神の息吹はその内のひとつなのではないか‥‥と考えている」
「なるほど。その可能性はあるわね。だとすれば、その意思がまともならこのケテル崩壊を黙って見ているはずがないわ。ミトロがその意思の受信媒体なのだとしたら、彼の言う事に従うのがあの隕石を破壊する行動につながる可能性が高いと言う事ね。あくまでこの世界の意思が破滅を望んでいないというのが、大前提だけど」
「そうだな」
「じゃぁ決まりですね。このままスノウさんとミトロさんの様子を見守りましょう」
シンザ、シア、ボレアスは閉鎖空間でなされる次の行動を真剣な表情で見守った。
「スノウ、こっちへ来てくれ」
ミトロがスノウを呼んだ。
何やら突然ホログラムのような何かが浮かび上がったのだ。
「これは?!」
「おそらくこの神の息吹を操作するパネルか」
「操作方法知ってんのか?ミトロ」
「知らん。故に理解できそうな者を連れて来てくれないか?」
「無茶言うんじゃない、出来るわけないだろう?!そんな時間があったらアテナが追いつくてくるぞ?!」
「それは困るな。それではお前が操作しろ」
「もっと無茶だ!間違えてケテルを破壊でもしたらどうするんだよ!ってかこの天界から指示はないのかよ!」
「ない。急に声なき声が聞こえなくなった」
「はぁ?!何だよそれ!クソ!何なんだ全く!」
スノウは神の息吹発生装置のスフィアを見つめる。
どこにも操作パネルようなものがない。
神衣を着ていれば問題ないと言われたが、着ているだけで何か起こるわけもなく、スノウは完全に詰んだと感じていた。
「クソ!」
ドン!
思わず神の息吹の風発生装置を叩くスノウ。
シュゥゥゥゥゥン‥‥
「!」
突如静かな電子音と共に神の息吹の風発生装置スフィアの壁面に新たに文字が浮かび上がってきた。
ホログラムのように目の前の何もない空間に映し出されているスクリーンとキーボードのような文字盤だった。
読めないが理解できる文字。
これはホドにいた時にもあった現象だった。
(よ、読めないが分かる‥‥。スクリーン‥‥これだな‥‥)
スノウはスクリーンを表示すると思われる浮き上がったホログラムのボタンを押す。
ピキィィィィィィィィィン‥‥‥
「ぐあぁぁ!」
突如スノウに激しい頭痛が襲った。
頭が真っ白になる。
・・・・・
・・・
(!‥‥まただ!)
アカルがメロの精神世界に侵入し、帰還した直後に見た ”夢の世界” にスノウは再び戻ってきたと感じていた。
違うところは目の前にいる自分が今と変わらない年齢だということだった。
そして神の息吹発生装置を操作している。
「スノウ。対象は徐々に加速している。このままでは破壊出来ても距離が近すぎて隕石が複数に分裂し、ケテルの至る所に衝突することになる。ひとつひとつの衝撃波の規模は小さくなるが、散弾銃のように各地に散らばった衝撃波の波動が重なった場合、連鎖反応でケテルの地盤は崩壊する」
少し奥で天井に映し出されている映像を見ながら発言している存在がいる。
後ろ姿のため顔などは見えない上、神の息吹発生装置から出ている蒸気のような煙ではっきりと分からないが、神衣を着ているように見える。
だが、その身長は3メートルはあろうかという長身で、自分が今装着している神衣と大きさが合わない。
その神衣を着ている存在の言った言葉に目の前にいるスノウが答える。
「分かってる。間も無く発射準備が整う。照準は合っているか?」
「合ってるよ!いつでもいける!」
もうひとり、ホログラムのライフルのようなものを構えている少女が目に入ってきた。
15〜16歳に見えるその少女は、以前スノウが夢で見た子だった。
その時の夢に出てきたスノウは雪斗時代とほぼ同じ年齢の40歳弱という姿だったため、前回の夢との関連が掴めない。
「了解だ」
スノウは少女の返答に答え、ホログラムキーボードをさらに激しいスピードで叩いている。
「スノウ。間も無く射程圏内に入る。だが、圏内に入ってから30秒以内に照射しなければ先程の説明の通り、完全破壊には至らない」
「分かっている!くどいぞ!」
目の前のスノウはホログラムのキーボードを凄まじいスピードで打ちながら苛立った口調で神衣を着ている存在に言葉を返した。
「射程まで5秒‥4秒‥3秒‥2秒‥1秒‥射程圏内に隕石到達。残り29秒で破壊可能域を出る。28秒‥27秒‥」
「気が散る!いちいち数えるな!」
ピピピピピピ‥‥
凄まじい速さで小さな電子音のような音が鳴っている。
目の前のスノウの叩いているホログラムキーボードの音だ。
ピィン!
その音の直後、神の息吹風発生装置は向きを変え、風の発生する部分を上に向けた。
グィィィィィィン‥‥
「よし!いいぞ!撃て!」
「うん!‥‥消し飛べぇぇ!」
少女はライフルのトリガーを引いた。
ドバシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!
風発生装置から神の息吹が少女が照準を定めている方向に向かって放たれた。
超高圧の風は凄まじいほどの魔力を帯びており、超強力な魔力砲として魔力のレーザーを放出した。
「神の息吹の隕石衝突まで‥8秒‥7秒‥6秒‥5秒‥4秒‥3秒‥2秒‥1秒‥着弾」
バシュゥゥゥゥゥゥゥン‥‥
凄まじい閃光が発せられた。
空に閃光の波動が凄まじい速さで広がっていく。
そして遅れて今まで聞いたことのないほどの轟音がやってくる。
ドッゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!
「衝撃波が来てその後隕石が消えてれば成功だ」
目の前のスノウの言葉に神衣の人物も少女も固唾を飲んで見守った。
ズゾオォォォォォォォォォォン!!‥‥ガババババァァァァァン‥‥
激しい衝撃波が天界を襲う。
ドーム状の建物が激しく振動する。
「どうだ?!」
少女はライフルのスコープから空を見る。
「‥‥‥‥な、ない!隕石がない!」
「私も確認したが星は方々に散ったようだ」
神衣の人物も同様に隕石が破壊されたと認識した。
「これで一安心だな‥‥」
「はい!」
・・・・・
・・・
「ス‥‥」
「スノ‥!」
「スノ‥!」
ゆっくりと目を開ける。
自分を呼ぶ声が何度も聞こえてくる。
(は!)
ガバ!
スノウは我に返り起き上がる。
自分の名前を呼んだのがシアだと理解するまで十数秒かかった。
「ここは?!」
「天界内の神の息吹発生装置の目の前です。急に倒れられたので驚きました」
床に横になっているスノウをシアが膝枕状態で抱き抱えていたのだ。
「どれくらい気を失っていた?!」
「ほんの十数秒です」
「!‥‥そうか‥・」
「一体どうしたというのだ?お前がそんな状態だと星を破壊するなど不可能に近いな」
ミトロが言った。
「大丈夫だ。神の息吹の使い方が分かった」
全員驚きの表情を浮かべた。
いつも読んで下さって本当に有難うございます!




