<ケテル編> 71.天界(デヴァリエ)
71.天界
「離せボレアス!」
スノウがボレアスの風の中で暴れている。
ボレアス神殿から真上に伸びている通風孔から既に飛び出してかなり上空まで飛んで来ている中、今にもボレアスの風の空間から飛び出しそうな勢いのスノウをボレアスとシアが必死に止めていた。
「スノウよ、余り暴れるでない。弱っている今の我ではお前を抑えきれん」
「マスター!どうか気を鎮めて下さい!」
「うるさい!おれはバルカンを救いに行く!死んだって構わない!おれのために仲間の誰かが命を落とすとか絶対に嫌なんだよ!」
そういってスノウはふたりの制止を今にも振り切ろうとしている。
ガシ!!
突如凄まじい力でスノウは腕を掴まれた。
「!」
振り向くとその掴んだ主はシンザだった。
「落ち着きましょうスノウさん。あなたが今飛び降りてバルカンさんの所に行けば、一緒に戦えてあなたは満足でしょう。でもバルカンさんはあなたと一緒に戦う選択はしなかった。なぜだと思いますか?」
「!」
「僕らがまだ弱いからですよ。今ここでスノウさんが飛び降りてバルカンさんと戦ってもほぼ間違いなく、アテナに殺されるでしょう。それはあなたも感じてるはずですよ。そうなれば残されたレヴルストラメンバーはどうなりますか?ソニックさんやソニアさん、ワサンさんたち含めてあなたを救うために越界した者たちは何のために戻れるかどうかも分からないこの地に越界したのでしょうか?死に急ぐのは構いませんが多くの方たちを裏切る結果になることを知って下さい。そして、何よりバルカンさんが一番失望するってことも」
ゆっくりと落ち着いた口調で話したシンザのスノウの腕を掴んでいる手は、その口調とは裏腹に力強く、そして震えていた。
スノウはその場で力なく項垂れた。
その目からは涙がこぼれ落ちている。
シンザの言った言葉はその通りだった。
もし自分がシンザだったらきっと同じことを言ったに違いないとスノウは思った。
(おれの責任だ‥‥)
「マスター!」
シアが真下に見えるボレアス神殿から眩い光が発せられているのに気づきスノウに見るように促した。
恐らくアテナ神の繰り出した攻撃か何かだろう。
光の波動が広がる輪のように発せられたあと、ボレアス神殿は跡形もなく喪失していた。
「バルカァァン!!」
何も出来ずに仲間を失うのは初めてではなかったが、以前に比べショックは比にならないほど大きなものになっていた。
元々自分の命は自分で守る、自分の命を他人に委ねることは誰もしない、個々の責任だというのがアレックスやエントワの教えだったし、スノウも戦いの中でそれに納得をしていた。
故に皆強くなることを目指した。
自分の命含めて皆の命が少しでも延ばせるように個々の強さだけでなく、連携の強さも磨いてきた。
そこに信頼関係があった。
だが、以前のスノウは与えられた目的や自分の判断以前から存在する目的のために動いていたし、仲間を動かしていたため、自分の強さや仲間の強さとその連携強化に専念するだけだった。
それが今、レヴルストラ4thのリーダーとして自身が設定した目的ために仲間を動かしている。
そしてその結果、大切な仲間のひとりの命が失われたかもしれないのだ。
これはバルカン個人の責任ではない。
リーダーであるスノウの責任だ。
リーダーを信じることも個人の責任だと割り切る者もいるかもしれないが、スノウにはそのように割り切れるだけの冷めた感情はなかった。
蔑まれ疎まれ自分の殻に閉じこもって卑屈に生きてきた自分を変えてくれた仲間たちに対してドライな感情で割り切ることなど出来るはずもなかった。
(おれの責任だ‥‥。“探し物” 探索なんかに仲間を付き合わせてしまったおれの落ち度だ‥‥。リーダー失格なんて生やさしい言葉では片付けられない。おれはおれの判断でバルカンを殺したようなものだ‥‥)
ボレアスの風の空間の中で涙を流しながら項垂れるスノウにシアはただ見守ることしか出来なかった。
一方のシンザはいつもの様子と違って毅然とした雰囲気でスノウに語りかける。
「スノウさん。まさかバルカンさんが死んだのを自分のせいだとか思っていませんよね?」
シンザはため息混じりの口調で話しかけた。
「いくら貴方が僕らの信頼するに足るリーダーだとしても、目的をイエスマンで何も考えずに受けているような者はレヴルストラには居ませんよ。皆それぞれが自分の意思で貴方や貴方から言われた目的を信じて行動してるんです。それなのに貴方がブレたら信じて必死に頑張ってるメンバーたちが浮かばれませんよ」
「‥‥‥‥」
スノウは言葉が出なかった。
「スノウさん。貴方がやるべきことは、バルカンさんが繋いでくれたこのチャンスの先にある、為すべき事をするだけなんじゃないでしょうか」
シンザの言葉はいつもの控えめなそれとは違い、重みのある心に響くものだった。
言っている事も尤もなのだが、その声と話し方はいつものシンザとは違っていて、余計にスノウの心に染み渡った。
「分かった‥‥」
スノウは風の空間の中で顔を上げた。
「お前の言う通りだよシンザ。すまなかった。シアもごめん。おれこそがグッと堪えて踏ん張らなければならないのに狼狽えてしまった。もう大丈夫だ‥‥」
すると、風の空間に人形をした空気の揺らぎが出現した。
人形の揺らぎはボレアスだった。
「己を取り戻したようだなスノウ」
スノウは軽く頷いた。
その瞳の奥にはバルカンは必ず生きていると信じる気持ちと、彼が繋いでくれたこのチャンスを決して無駄にしないという決意が込められていた。
「そろそろ天界に到着する」
『!』
いよいよ天界に到着する。
だが、スノウはずっとモヤモヤしていた。
隕石の衝突を防ぐ術を持っていなかったからだ。
隕石が落ちてくることを知りながら、対処法も分からずクンバヨーニの言葉を信じて神衣と呼ばれている “探し物” を探した。
得られた情報はそれだけで、どこで何をすればよいのか分からないまま天界を目指している。
天界に向かうことが正しいのかも分かっていない。
(考えていても仕方ない。天界って所に何かヒントがあるはずだ)
スノウは空を見上げた。
かなり上空まで登ってきたようで、空に星が見え始めている。
その中で一際大きな影を見せているものがあった。
「!」
(あれか?!)
肉眼で確認できるとあったが、まさかここまで大きく見えるところまで接近していると思わなかったスノウは驚きを隠せずにいた。
その姿を見た、ボレアス、シア、シンザも同様に空を見上げ、驚きの表情を浮かべていた。
「星があんなところまで迫っているとは‥‥」
ボレアスが思わず言葉を漏らした。
ガタ‥‥
突如ミトロが現れた。
「ミトロ!」
「無事に天界に到着するようだな」
「ああ。だが、到着した後はどうすればいいんだ?」
「分からない‥‥だが、感じるのだ。行けば分かると‥‥」
「お前のその感覚にこの世界の命運が掛かっているってことを忘れるなよ」
「大丈夫だ。お前は既に “探し物” を5つ集めてくれている。そのことが私のこの説明のつかない感覚を確信に変えているのだ」
「到着するぞ。準備は良いな?」
ボレアスが割って入った。
スノウたちは真上を見上げるが、何も見えない。
ただ美しい星空が広がっているだけだった。
「到着って何も見えないけど‥‥」
ブワァァン!
突如別世界に入り込んだかのように目の前に巨大な平地が現れた。
『!』
(ここが天界‥‥単純に空に浮かんでいる浮遊島とか、浮遊施設かと思ったが、透明のバリアでカムフラージュしている場所に割って入ったかのように全く別世界が‥‥。それにしてもこれだけ広い場所だったとは‥‥)
「この天界は我の執務室にあった3つの通風孔の中央の入り口からしか入ることができないのだ。飛行魔法や飛行系の神技などで辿り着ける場所を想像していたのだろうが、ここは誰でも入って良い場所ではない。選ばれた者しか入ることが出来ない場所なのだ。‥‥本来はな」
ボレアスが説明した。
「おお!」
天界の地に足を踏み入れたミトロが、何かを思い出したかのように声を上げた。
「こっちだ」
突然ミトロは走り出した。
これまでメロの体から精神を表に出せる時間も5分ほどであり、それもほとんど動くこともできない、ただ話すことしか出来なかったミトロが、軽快に走り出した。
「どうなってる?!」
「わかりません。でも追いましょう」
スノウたちはミトロの後を追って走り出した。
しばらく追うと、前方に建物が見え始めた。
ドーム状の建物だった。
「あれの中に神の息吹があるってのか?!」
「神の息吹の凄まじい風から想像していたのは、巨大な送風機で凄まじい勢いで風を取り込んで吹き出している感じだったので、建物も巨大なものを想像していましたが、全然違いますね」
「ああ」
シンザの言葉通り、どうやってあの凄まじい暴風と風の畝りを生み出しているのか全く分からない建物だった。
ドーム状の建物に到着したが、入り口が見当たらなかった。
「ここだ」
ドームの外周を軽快に走っていくミトロはあるところで立ち止まった。
そしてドームの壁に何かを書き始めた。
書いているといっても文字を書くように指を動かしているだけだった。
何か呪文のようなものを書いているようだが、書き終わったと同時に壁に四角く光の線が入っていき、突然光の線の内側の壁が消えた。
『!』
「入るぞ」
ミトロに促されるままに建物の中に入った。
『!!』
一同はさらに驚かされる。
どうやらボレアスもこのドーム状の建物の中には入った事がなかったようだ。
外からは内部が見えなかったが、中からは外が見える不思議な壁だった。
まるで外にいるような感覚になる。
そして一番驚かされたのは、外から見た建物の大きさに対して、内部で感じる建物の広さは明らかなギャップがあった事だ。
内部で感じる広さの方が圧倒的に広く感じる。
ゴォォォォォォォォォォォォ‥‥
入った瞬間から風が流れる音を感じていた一同はそちらに目を向けた。
『!』
「あれは‥‥」
見えたのは直径20メートルほどの円形にくり抜かれた床の中心に2メートル程度の楕円形の球体が浮かんでいた。
そしてその下からはまるでレーザーのように超圧縮された風が地上に向かって発せられていた。
「あれが神の息吹だ」
ミトロが静かに答えた。
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