<ケテル編> 70.アテナ神
70.アテナ神
「何しに来た。お前らは知り合いの家を訪ねる際にわざわざ壁を壊して入るのか?」
ボレアスが掠れ声で話しかけた。
「あらあらそよ風になってどうしたのかしら?でもその方がいいわね。煩い風は嫌いなの」
そう言いながら女神エリスは爬虫類のように破壊した穴から部屋に入って来た。
一方アキレスは大きな鳥の姿をした炎の神ギビルを警戒していた。
「おいおい、異神ふぜいがボレアス神殿に無断で入ってくるってのはどう言う了見だい?返答次第では消えてもらうけど文句はねぇな?」
アキレスがギビルに向かって言った。
その言葉に怒りを露わにしてギビルが返す。
「異神ふぜいとはよく言ってくれちゃったもんだよ、そもそもこの世界は元々僕たちのものだったのにさ。ていうかさ、オリンポスの神々ってのは飼い犬の躾もできないのかねぇ。中途半端な生き物のくせにさ」
「中途半端かどうか試してみるかい?」
アキレスは剣を肩に乗せて腰を少し落として構えた。
「煩いわね。少し黙っててもらえる?私が質問しようとしているのに」
エリスが割って入って来た。
シュウゥゥゥ‥‥
エリスが話を始めようとしたと同時にスノウの手のひらに小さな風の渦が巻いた。
ボレアスからの ”隙を見て退却する” との合図だった。
スノウはその風の渦を軽く握って応えた。
そしてエリスやギビルに気取られないように、シア、バルカン、シンザに目配せした。
「ボレアス。あなた、私たちの神殿に土足で踏み込んだわね。あたなのせいでネメシスが神殿の壁を壊したの。これはそのお返しよ。それで一体‥‥あなた‥‥私たちの神殿に‥‥何しに来たのォォォォ!」
エリスは4メートルはあろう部屋の天井に届くほどの大きさになり凄まじい重圧オーラを放ち始めた。
「面白くなって来たねぇ!」
ギビルは翼を広げて焼けるような熱波のオーラを放っている。
アキレスはエリスの前に立ちはだかり構える。
「随分と図々しいじゃないの!突然やってきて理由もなく襲うなんてお前ぇたち魔物かっての!アカル!」
「分かっている!」
アキレスがエリスと対峙しているのに対し、アカルはギビルと対峙している。
ふたりもボレアスから小さな竜巻の合図を受けて、エリスとギビルを抑え込むために前に出たのだった。
ギビルはアカルに向けて全身からさらに高熱の波動を放ち始めた。
部屋の装飾が溶け始め、一部燃え始めた。
「あれ君‥僕のこの熱を浴びて暑く無いの?」
「気にするな、生憎暑いのは得意なのだ」
「ははは、じゃぁ遠慮なく行くよぉ!」
「ヒノアラシ」
アカルは刀を抜き構え、神技を発動した。
一方エリスは、面白くない表情で不気味に目を見開きアキレスを睨みつけている。
「心外だわアキレス。あなたが如何に強いと誉高くとも所詮は半神。神とは埋められない差があることをきちんと教えてあげるわ」
バッゴォォォォォォン!!
突如別の壁が大きく破壊され、その空気が流れ込んできた。
『!!』
(何と言うことだ!)
ボレアスは死を覚悟するほどの感覚に襲われた。
突如放たれた荘厳且つ凄まじい殺気のオーラが部屋全体を襲ったからだ。
その凄まじいオーラに、ボレアスだけでなく他の者たちも同様に死を覚悟した。
ボレアスは力の入らない状態にも関わらず必死に体勢を起こそうとしている。
カララ‥‥ガシ
破壊された壁の淵を何者かが掴む。
そしてゆっくりと美しい装飾の施された矛が破壊された壁の穴から出て来た。
ガタン‥‥ズン!
続いて、黄金に輝く特殊な金属で作られているであろうブーツが現れ、部屋の床に触れた。
ただそっと触れたと思われたその瞬間、床には地割れのような亀裂が入った。
続いて美しい装飾の施された兜が現れる。
「この神殿に足を踏み入れるのは何百年ぶりでしょう」
『あがぁ!!』
一同は美しい声に聞こえる一方で脳が破裂しそうなほどの痛みを覚えた。
そしてゆっくりと兜から美しい装飾に彩られた黄金の鎧が見え、神々しい女神が降臨した。
3メートル近くはあろうその姿から更に強烈なオーラが放たれる。
その顔には無表情の男性とも女性とも分からない仮面をつけられているため素顔は見えない。
「ア、アテナ‥様」
やっとの思いで半身を起こしたボレアスが声を振り絞って発した。
絶望的な状況とともに現れたのは英雄女神のアテナ神だった。
「ボレアス‥」
ギィィィィィィィィン!!
スノウたちは耳がちぎれそうになるほどの痛みを感じている。
一方ボレアスやエリス、ギビルといった神々には影響が無いらしく平然とした顔をしている。
半神であるアキレスやアカルは少しだけ嫌な表情を浮かべているが大きな影響はないようだった。
つまり人間だけが、アテナ神の美しい声と共に頭が割れんばかりの苦痛を受けていたのだ。
シュゥゥゥ‥‥
スノウの手のひらに再度小さな竜巻が起こった。
”スノウたちだけでも逃げろ” というボレアスからの合図だった。
エリスとギビルだけなら何とか防ぐことも出来たであろう状況が、アテナの登場で絶望的窮地に変わってしまったのだ。
ボレアスは死を覚悟した。
バルカンやシアたちはスノウの手のひらで巻いている小さな竜巻を見て、ボレアスの思考を理解した。
それ以上にアテナ神を前に自分たちが全く動けないことから、ボレアスが命をとして時間を作ってくれたとしても逃げきれる姿が全く想像出来なかった。
「逃げ足が速いと思いましたが、まだこんなところにいるとは‥‥魔力を吸い取っておいて正解でした」
『うぐあぁ!』
スノウたちから嗚咽にも似た苦痛の声が発せられる。
(こ‥これがアテナ神‥他の神とは‥格が違う‥)
スノウは必死に思考を巡らせこの窮地を脱する手段を模索していた。
シアも同様だった。
普段ならこのような状況に陥ってもシアにとってはスノウが絶対的強者であり、自分と力を合わせることで切り抜けられない窮地などあり得ないとなるはずだった。
だが、目の前の異常な破壊のオーラを放つ軍神を前に、埋められない実力差を痛感せずにはいられなかった。
仮面によって表情は読めないが、黄金の鎧や純白のマントに血が付着しているところを見ると、アレス神を滅した後そのままこのボレアス神殿に来たに違いなかった。
ボレアスの話によれば、アレスもまた英雄神でありアテナ神と互角の戦いを繰り広げたことのある強神だ。
それを滅したまま平然と追って来た状況からすれば、アテナ神の尋常では無い戦闘力の高さは明らかだった。
魔力のほとんどを失ったボレアスが一縷の望みを賭け、声を振り絞ってアテナ神にアルカ山へ戻るよう促す。
「アテナ様‥‥我の魔力を吸い取られたことについては何も申しません。だが、我は貴方に滅せられるようなことは何もしておりません。どうかここはお引き取り願えませぬか?」
「フフ‥‥下級神の分際で私に意見すると言うのですか?貴方の言い分を聞くくらいならアレスを殺しはしません」
『うぐがはぁ!!』
スノウたちは更に強烈な頭痛に襲われる。
理由は不明だがその怒りの感情が高まって言葉に更に影響力が付与されたのだった。
そしてやはりアテナ神はアレス神を滅していた。
「何だか面白い事になってきたねぇ!」
ギビルが熱波を発し続けながらアテナ神とボレアスのやり取りを見ている。
「はぁ‥‥忌々しい‥‥このまま去ってもよいけれど、生意気なお前は殺しますよアキレス。あの女と会話すると虫唾が走るから、さっさとお前を殺して帰るわね」
「おや、そこにいるのはエリスではありませんか。トカゲかと思いましたわ。今とても機嫌が良く無いから少し静かにしていてくれますか?」
「ちっ‥‥」
アテナ神は、自分にとって旧神エークエスのギビルの存在は相手にするまでもないといった様子で完全に無視している。
完全に無視されていることを感じたギビルは癇癪を起こし更に熱波の温度を上げる。
(このままじゃ全滅だ‥‥せめてシアたちを逃さないと)
思案を巡らせ何か策を見出そうとしているスノウも凄まじい緊迫感の中、思うように整理が出来ずただ焦っていた。
ガタ‥‥
ボレアスがよろけながらも起きあがろうとする。
(スノウには神の息吹を止めてもらわなければならん。あの風が止まれば我が死すとも風の暴走による大破壊は免れよう‥‥。絶対に死なせるわけにはいかん)
ボレアスは残る魔力を振り絞り立ち上がる。
ガクガクガク‥‥
どうやら残された魔力では、神話級の全身鎧の制御は難しいようで両足が今にも崩れそうに震えている。
だが、その体からは決死の覚悟のオーラが放たれている。
「フフ‥‥いい心がけですね。殺されるために立ち上がるなんて。いえ、魔力を吸い尽くされ消滅する‥‥と言った方が適切ですね」
アテナは矛を振り上げた。
誰もがその矛が振り下ろされた瞬間にボレアスが消滅する姿が脳裏に浮かんだ。
ブゥゥゥン‥‥ガキィィィィィン!!
『!』
一同は驚く。
アテナの矛の攻撃をバルカンが剣で受けていたのだ。
「バルカン!お前何を?!」
思わずスノウが叫ぶ。
「ボレアス神!スノウたちを頼む!」
「何言っているバルカン!!」
スノウが更に叫ぶ。
その声を聞いてバルカンは横顔で優しい笑みを見せた。
(どうやらゼピュロス神に言われたオレの最期ってのは今この瞬間らしいぜスノウ。だが、オレは無駄死にはしねぇ!お前を絶対この場から逃してみせる!)
「フン‥‥ニンゲンの分際で私の矛を受けるとは生意気な」
『うぐあぁ!』
スノウたちに凄まじい頭痛が走る。
だが、バルカンは平然としている。
「!」
バルカンの耳から血が流れている。
なんと自ら鼓膜を破っていたのだ。
「お前の死は無駄にはせぬバルカンとやら」
バシュゥゥゥ!!
そう言うとボレアスの全身鎧の背中部分が吹き飛びそこから風が吹き出した。
バシュアァァァァァァァァァァ!!
ボレアスは魔力を振り絞り風となってスノウ、シア、シンザ、メロを包み込んだ。
「バルカァン!!」
スノウの悲痛の叫びがバルカンに向けれらたが、既に耳の聞こえないバルカンには届かなかった。
だが、スノウがボレアスの風の中から手を伸ばして自分も連れて行こうとしている姿を見て、バルカンは、自身の左腕に嵌っていたアームガードを外してスノウに投げた。
ガシィィン!
そのままアームガードはスノウの左腕に嵌った。
「!‥違う!!おれの手を掴むんだ!!」
スノウの叫びはバルカンには届かなかった。
そしてアームガードを無事に手にしたスノウを横目で見て少し微笑んだ。
(お前は生きろ!生き続けて自分の道を進め!スノウ!)
バルカンはそのままアテナ神に向かって剣を抜いた。
「業魔剣‥業識‥‥神だろうと業深きものは等しくカルマの影響を受けるもんだぜ‥‥」
バルカンは剣を真横に向けて業魔剣・業識でアテナのカルマを見通した。
ブオォォン!!
その隙に風となったボレアスは、3つの通風管で蓋の閉まっている真ん中の穴目掛けて吹き荒れた。
「フランシア、蓋を破壊せよ」
バッゴン!!
シアは剣で通風管の蓋を破壊した。
ブオォォォン!!
「バルカン!絶対死ぬなよ!必ず迎えに来る!!」
バシュウゥゥゥゥ‥‥
スノウたち3人を連れたボレアスは通風管から出て行った。
「逃がすわけには行きませんね」
アテナが入って来た壁の穴から出ようとするが、バルカンが業魔剣を発動する。
「業魔剣‥カルマン‥ヴィルパークシャ」
周囲が一瞬で深海と化した。
「!」
アテナはもがき始めた。
「忌々しいポセイドンのフィールド!なぜ突然にこのような場所に‥‥いや幻覚!これは幻覚です!」
パリィィィン!!
深海の景色がガラスが割れるように砕け散った後、元のボレアスの執務室に戻って来たアテナは我に返ったことで再度ボレアスを追うべく穴から身を乗り出そうとしている。
「カルマン・ヴィルーダカ。そう簡単には行かせねぇよ」
バルカンの分身が2体発生し、一斉にアテナに攻撃する。
「ちぃ小賢しい!カストール!!」
アテナは矛の先から凄まじい光の球体を作り出した。
「消えなさい」
バシュウゥゥゥゥ!
アレス神を滅したあらゆるものを消滅させる光のスフィアがバルカンに向かって発せられた。
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