<ケテル編> 68.英雄神の乱心
68.英雄神の乱心
夜明け前に起こされたスノウ、シア、シンザはボレアスの部屋に来ていた。
テーブルの上に “探し物” が置かれていた。
どうやらアルカ山の頂上にあるオリンポス神殿の中にあると言われていた“探し物“ を見つけ出し入手して戻って来たことを示していた。
一方、“探し物” を入手したボレアスは全身鎧のままソファに横たわっており、明らかに弱っている様子だった。
「何があったのですか?」
「不味いことになっている‥‥」
スノウたちは固唾を飲んでボレアスの話に耳を傾けた。
「心して聞いてくれ‥‥」
ボレアスは改まった言い方で話を続けた。
「‥‥間も無くこのケテルは消滅するということだ‥‥」
『!』
「ボレアス様‥‥それは一体どういうことなのですか?!」
アカルが驚きのあまり掠れ声で質問した。
「オリンポスの天体観測によって明らかになったらしいのだが、間も無くこの地に巨大な星が落ちてくるのだ」
『!』
(クンバヨーニの予言の通りだ‥‥)
スノウはシアにしか話をしていない隕石の話がいよいよ他者によって認識され、信憑性を帯びたと感じゾッとした。
スノウはシアに目配せし、その意味を理解したシアは軽く頷いた。
「星‥‥」
アカルはまだ理解出来ていないようだった。
「星が落ちてくる‥‥そんなことが?!」
あまりの衝撃に混乱する中アカルは精一杯の質問を投げた。
言葉通りに受け取ればその被害の甚大さは容易に想像できたからだ。
「そうだ。正確には隕石と呼ばれる小さな星らしいのだが、それでもこのケテル全土を吹き飛ばすことの出来る規模らしい」
「あとどれくらいで落下するのか‥‥オリンポスの神々は把握できているのでしょうか?」
シンザが質問した。
「既に肉眼で確認できる位置らしい。かなり小さいがな。そして‥実際に落下するのは数日後ということだ」
「数日後?!」
アカルが声を荒げて驚く。
(直ぐにでも天界に向かわなければならないな。しかし、神の息吹の破壊で隕石を退けられるのか?!しかし‥‥ティフェレトの時に比べて明らかに発覚するのが遅い。これじゃぁ対処方法の検討時間すらない‥‥承太郎さんの存在は大きかったということか‥‥)
ガチャ‥‥
「!」
突然横にある扉が開き、メロが入って来た。
その目は虚ろで意識があるようには見えなかった。
「ミ、ミトロか?!」
スノウが問いかけた。
明らかにメロの意識ではないのが分かったからだ。
「私を連れて行ってくれ‥‥」
『?!』
突然の申し出に驚く一同。
「何を言っているのだ?メロの精神体はまだ見つけられていないのだ。そしてお前もその体を支配する力を持っていない。つまり、ほとんどの時間は意識のない人形のような状態なのだ。そのような状態で天界へ行けるものか。行けてもメロの体を危険に晒すだけだぞ」
ボレアスが指摘した。
その通りだとスノウは思った。
何か忘れ去られた記憶が呼び起こされ、天界に行かなければならない使命感を感じているのかもしれないが、それはミトロの事情であり、宿主であるメロを危険に晒して良い理由にはならない。
「大丈夫だ。私の精神体が滅ぼうともこの身に危険が降りかかるのは全て回避すると約束する‥‥‥。それにケテルが滅びれば同じだ。だが私には天界に行かなければならない理由がある気がするのだ‥‥私が行かなければならない重要な理由が‥‥。私が行かなければいずれにしてもケテルが滅んでしまうような‥‥」
「言いたいことは分かるが、お前に宿主を守るだけの力が残っているとは思えん。お前の精神体に残る全てを持ってしてもだ‥‥がはぁっ」
「どうされたのですかボレアス様!」
アカルが様子のおかしいボレアスの側による。
カパッ‥‥
シアもボレアスの側により、全身鎧の一部を取り外した。
「!?」
驚きの表情を浮かべるアカル。
「これは‥‥」
シアが鎧の中身を見て目を見開いた。
「マスター!」
スノウも鎧の中身を見る。
「ボレアス神‥‥これは一体?!」
横になっているボレアスは外された鎧の一部を戻した。
「奪われたのだ‥‥」
ボレアス神が入り込んでいる全身鎧はボレアスが取り込んだ神の息吹に宿っていた膨大な魔力の放出を抑える神話級武具であり、鎧の中では凄まじい天変地異級の嵐が吹き荒れているはずだった。
しかし、先程見た鎧の内部では弱々しい風が舞っているだけだったのだ。
「奪われたとは?!」
ボレアスはゆっくりとその時の状況を語り始めた。
・・・・・
・・・
「これだな」
オリンポス神殿の内部は然程複雑な構造ではないため、“探し物” が宝物庫の奥にあると推測したボレアスは簡単にたどり着き、時間をかけずに “探し物” を格納している箱を見つけた。
箱を開けたボレアスは中身の円筒状の物体を自身の暴風の竜巻の中に格納した。
実体を持たないボレアスにはこの円筒状の筒が装着されることはなかったので周囲から見えないように竜巻の中に隠したのだった。
(よし、このまま戻ればオリンポスの神々に見つかることなく去ることができるな)
ボレアスは慎重に進み始めた。
なるべく物音を立てないように静かに移動している最中に奥の部屋から会話が聞こえて来たのに気づく。
声を荒げるような会話に思わず聞き入ってしまったボレアスはその場に止まった。
「何をおっしゃっているのですか?!」
「分かりませんか?一度この世界は壊した方が良いのです。それを前提に考えれば此度の星の衝突はうってつけだと言っているのです」
(星の衝突?!‥‥何を言っているのだ?!この声‥‥アテナ様とアポロン様‥‥となればおそらくアレス様もいるはずだ‥‥)
会話の主はアテナ、アレス、アポロンの3人だと思われた。
ケテルを監視しているオリンポス12神に名を連ねる3神は既にケテルに隕石が衝突することを掴んでいるようだった。
ボレアスはこの会話で隕石がケテルに衝突することを知った。
「アテナ、流石にそれは父上も望んでおられないのでは?」
「アポロンに続いてアレスまで。父上の代弁者たる私の言葉が理解できないようですね」
「い、いえ‥‥ただ、星の衝突ともなれば地上だけでなくこのアルカ山山頂の神殿も消え去る可能性が高い。そこまでの破壊はすなわちケテルそのものの消滅を意味するのではありませんか?」
「そうですアテナ。我らとてそこまでは望んでおりません。それにこの世界には父上が創り賜うた生き物もおります。それらも塵すら残らない破壊で失わせるというのですか?!」
「創ったモノならまた創ればよいでしょう?そんなに声を荒げるほどのことなのかしら?それよりも古代の遺物が今尚起動しているこの世界そのものを壊さなければ本当の意味での我らの統治する世界は実現できないのですよ」
『!‥‥』
アレスもアポロンも声を失うほどの衝撃を受けているようだった。
そもそも全能神がこのケテルの統治を始めた際に監視役を買って出たのはアテナだったのだ。
英雄神の名を冠し様々な戦いで勝利を収めた軍神であるアテナが、ほぼ戦いが発生しないであろうこの全能神が創った世界を監視し旧神や異神から守る役目を買って出て担うほど、ケテルへの愛着と使命感を持っていたにも関わらず、このケテルのゼロリセットに等しい破壊を望んでいるというのだ。
アレスとアポロンにとってアテナの突然の変貌にただ驚くしか無かった。
「アテナ‥‥星の衝突‥‥それは‥‥古くからこの地に伝わる完全破壊‥‥ではありませんか?」
「!」
アレスの言葉にアポロンは言葉を失うほどの衝撃を受けた。
「完全破壊‥‥その先にはいかなる元素も存在し得ない “無” があるのみと言われる‥‥馬鹿な!アテナ!どうかご再考を!このケテルが無に帰せば我らは間違いなく全能神の逆鱗に触れることでしょう!」
ドゴォォン!
「ぐはぁ!」
突如無表情のままアテナは右手でアポロンの喉元を持ち上げ掴み壁に押し当てた。
「アテナ!」
アレスが思わす叫ぶ。
「ごちゃごちゃと喚くのはこれまでにしてもらえるかしら?私の決定に従えないのなら、ふたりともここで塵にしますよ」
あまりの力で呼吸のできないアポロンは苦しさのあまりもがいている。
アポロンの目が徐々に白目に変わっていく。
ガシィ!‥‥ドサッ‥‥
アレスがアテナの腕を掴んでアポロンを掴む手から解放させた。
アポロンは意識を失っているのか力なく床に倒れ込んだ。
「何ですか?貴方も私の決定に不服なのね」
「いえ、どうか冷静に姉上!」
「この手を離しなさい。無礼者が」
「いえ、お考えを正して頂くまでは離せません」
「あらそう」
バシュゥァァ!!
「ぐあぁぁぁ!!」
アテナを掴んでいたアレスの右腕が吹き飛んだ。
アレスの腕からは大量の血が流れ出ている。
急ぎ脇を押さえて止血しているが、膝をついて降伏の意思を示した。
アポロンは気絶して床に倒れているままだった。
「全く。分を弁えず私に怒鳴り散らすからそうなるのです。黙ってそこでこのケテルと共に消滅するのがよいでしょう」
バッ!
突如アテナは壁の方に顔を向けた。
「おや、盗み聞きとは行儀の悪いこと」
「!」
ボレアスは見つかったと察し直ぐ様そこから凄まじい勢いで立ち去った。
バシュウウゥゥゥゥ‥‥
(何と恐ろしいことだ?!アテナ様ご乱心か?!あの会話からおかしいのは明らかにアテナ様のご御言い分だ。アイオロス様にも伝えなければならん)
グググ‥‥
「!?」
突如動きを止められたボレアスは驚く。
今まで自分の動きを封じることができる者など居なかったからだ。
「これはこれは、暴風神のボレアスではありませんか」
「ア、アテナ様‥‥ご機嫌麗しゅうご、御座います」
「随分と鹿爪らしい言い方ね。でも盗み聞きしておいて逃げるとは何事ですかボレアス」
「何のことでしょうか?」
「おやおや、アイオロスから惚ける作法も教わりましたか。忌々しい。丁度良い、貴方には過ぎる力だと思っていたその膨大な魔力‥‥今ここで私が貰い受けましょう」
そういうとアテナはボレアスの竜巻の中に手を突っ込んだ。
「あががあぁぁ!!」
ボレアスの悲鳴が神殿上空に響く。
ボレアスの竜巻の風の威力がみるみるうちに弱っていく。
「す、吸われる‥‥」
「うぅむ‥‥器以上の魔力を取り込むのは気分が悪いのですね。でもまぁ少し我慢すれば良いこと。さぁボレアス、消えなさい」
シュゥゥゥゥゥゥゥ‥‥
「!」
バッサァン!
アテナの腕が突如切断され吹き飛んだ。
神殿の方から剣が飛んできてアテナの腕が切断されたのだった。
剣を投げたのはアレスだった。
バシュゥゥゥゥゥン‥‥
その隙にボレアスは逃げ去った。
「あら、アレス。神が嘘をついてはいけませんよ。一度平伏したにも関わらず刃を寄越すとは私に対する裏切り行為です。覚悟はよいのですね」
「ボレアスを殺せば、星の衝突もなにもなくなります。姉上はご乱心だと父上に伝えましょう」
「面白い。だから無能な脳筋は嫌いなのです。まぁいい口実が出来ました。昔から気に食わなかったのです。貴方のような愚弟の存在がね」
オリンポス神殿から大きな悲鳴が鳴り響いた。
その悲鳴によって全国各地で地震が引き起こされたという。
ここから前半のクライマックスに向けて一気に物語が動いていきます。
いつも読んで下さって本当に有難うございます。
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