<ケテル編> 64.エウロスへ
64.エウロスへ
スノウ達はボレアス神殿を訪れていた。
ボレアスがメロの精神世界に入り、多層構造の深部へと吹き飛ばされてしまったメロの精神体を見つけ引き戻してもらうためだ。
ボレアスがメロの精神世界にダイブしている間は無防備になるため、アカルとシンザが警護にあたっている。
もちろんシンザには完全に信用できていないボレアスやアカルを見張る役割も担っている。
そんな中、ボレアスが一旦メロの精神世界から帰還し、スノウを呼びつけたのだった。
コンコン
「入れ」
ガチャ‥
スノウが部屋の中に入ると、ソファに寝かされたメロとその横に座るシンザが見え、奥の執務机では全身鎧のボレアスが椅子に座っていた。
「待っていたぞ」
全身鎧のボレアスが話しかけてきた。
「どうだったんですか?」
「まだ見つかってはいない。精神世界とはそのもの身体と同じような働きもする。体に異物が入り込んだら細胞が違和感を感じ異物を外部へ押し出すのと同様に精神もまた異物を押し出す動きをする。我はその働きによって弾き出されたのだ。これは時間のかかる作業という事だ」
「って事はミトロもまた異物‥‥何故あいつだけはメロの精神世界に居続けられるんだ?」
スノウは自分の頭の中を整理するように呟いた。
それに反応するようにボレアスが言った。
「あれは本人の許可を得ている様だな」
「!‥‥会ったんですか?!」
「ああ。会った。時間が無くあまり話す事はできなかったが、どうやらメロには辛い過去があった様だな」
「ええ。とある悪徳商人に奴隷として扱われ劣悪な環境の地下牢に閉じ込められていました」
「なるほど。救ってほしいという願いに託けてミトロは許可を得てメロの精神世界に寄生した様だ。会った時、ミトロはメロの精神世界の綻びを修繕していた。恐らく彼女の精神力を強化維持してその辛い奴隷生活を耐え抜ける様にしたのだな」
「だからあの皆死んだ様な目で絶望していた中でメロだけは元気だったのか‥‥。でもいくらポジティブにさせたからと言って奴隷生活から解放できた訳じゃない‥‥ミトロはやっぱりメロを利用しているんでしょうか‥」
「それは分からん。彼女が許可している以上、利用するしないの問題ではない。ミトロが彼女にとって不要だと判断されれば我のように吐き出されるだろう」
「一種の契約‥‥みたいなものでしょうか」
「そうだ」
「それでミトロは何か言っていませんでしたか?探し物の在処について」
「言っていた。それでお前を呼んだのだ」
ボレアスは立ち上がり、机の前に出て机に寄りかかる様にして腕を組み話を続けた。
「探し物は全部で7つ。既にお前達は3つ手に入れいている。取り急ぎあと2つを手に入れろと言う事だ。その2つの在処は、ひとつはエウロスにある。もうひとつはアルカ山山頂にあるとの事だ」
「アルカ山山頂?あの北側に雲を突き抜ける様に聳える山ですか?」
「そうだ」
「どうやって登ればいいんだ?」
「まさかよじ登っていく‥‥なんて事無いですよね?」
「そんなわけ無いでしょう?目の前にはマスターを一瞬のうちに別の場所へ連れ去った風の神がいるのよ?」
おバカを装ったシンザの質問に呼応する様にシアが答えた。
これはボレアス神に頂上まで一気に運んでくれと遠回しに伝えた連携プレーだった。
「フッ。残念だがお前達がアルカ山山頂に行く術はない」
『!』
「勘違いするな。そこのふたりのプレッシャーの通り、我がお前達を運べば一瞬で辿り着けるだろう。だが辿り着けるだけではダメなのだ」
「どういう事ですか?」
「お前達の探しているものの在処は恐らくお前達の入る事ができない場所にあるからだ」
もったいぶった言い方に若干苛つきながらスノウは再度質問した。
「山頂に在るのはオリンポスの神々が住まう神殿があるのだ」
「!」
「もしオリンポスの神々以外が神殿に足を踏み入れれば無条件で殺される。如何なる理由も事情も関係ない。現在は、英雄神アテナ、軍神アレス、太陽神アポロンが居るはずだが、いずれも凄まじい戦闘力の持ち主だ。お前達の強さをもってしても10分ももたないだろう」
「失礼な!お前にマスターの何が分かる!」
シアが怒りを露わにして言った。
それをスノウは優しく制した。
「それでボレアス神。どうすればオリンポスの神殿から探し物を手に入れる事が出来るんですか?」
「私に考えがある。それは追って説明する。それよりもうひとつのエウロスでの入手の方法を考えるべきだろう」
「エウロス‥‥」
エウロスは現在ネメシスとエリスが統治している。
スノウが救い出された際も、エリスが現れあっという間にスノウを何処かから救出してみせた。
仮にディアボロスからスノウを奪い返したとなれば相当な戦闘力の神々だと言える。
だがもっと厄介なのは、ネメシスやエリスがディアボロスと組んでいる場合だ。
その場合、もし探し物を強引に入手しようとするなら、ネメシス、エリスに加えてディアボロスやユメとも戦わなければならない。
(どちらにしても茨の道か‥‥だが、アルカ山山頂の神殿には入ることすら許されていないのに対してエウロスはそこまでじゃない。おれ達自身で対処できる前提はエウロスで神や魔王に見つからず侵入し探し物を見つける事だな‥‥だが、ひとつでも欠ければ神衣は完成しない‥‥)
「分かりました。おれ達はエウロスへ向かいます」
「それでよい。アルカ山は我に任せよ」
「ありがとうございます。でもどうしてそこまでおれ達に協力してくれるんですか?天界で神の息吹発生装置を破壊する為にとはいえ、おれ達しか出来ない事とはやはり思えない。そもそもあなた達神々が破壊すればいい」
「良い質問だ。あれは我々神には破壊できない代物なのだ。いや、何度も試したが出来なかった」
「それなら尚の事ただの人間のおれ達が出来るわけもないと思いますが?!」
「ヴィジョンだ」
「ヴィジョン?」
「ああ。それぞれ神には魔法以外に神技と呼ばれる特殊な力が備わっている。これは魔法ではないからこのケテルでも発現する。そして我の神技は未来のヴィジョンを視ることの出来る力なのだ」
「!?」
「だが、力不足で明確な映像とし観るのでは無く、一つの絵として視るというものなのだ。そこにはふたつの絵があり、ひとつはお前たちがいる前で神の息吹発生装置が破壊されている絵、そしてもうひとつはお前がアイオロス様から魔力コアを引き剥がしている絵だ」
『!!』
「出たら目を!」
シアが声を荒げる。
「これは我も説明のしようもない。決定されたものという感覚があるだけなのだ。だが厄介なのは、通常見えるのは必ず1枚の絵だ。そしてその絵が現実となった後に新たな絵をヴィジョンとして得る。しかし今回は一度に2枚の絵が現れたことだ。これは我にとって初めてのことであり、どちらかを選択するものなのか、どちらも起こるのか‥‥正直分かっていないのだ」
「何という‥‥」
シンザが思わず声を漏らした。
「確実に言える事はこのケテルの未来はスノウ、お前にかかっているのではと我はみている。これはアイオロス様もゼピュロスも知らない事だ」
「魔力コアをマスターが肩代わりする事はない!それだけは肝に銘じておけボレアス!」
シアは怒りが抑えられなくなっている様だ。
シアはカルパがどういうものか知っているため、魔力コアの威力も理解できているのだ。
それを踏まえて拒絶している。
「随分と嫌われた様だ。もちろんお前達にこの世界の犠牲になれとは言わない。お前たちに代わって我が命を差し出してこの世界が救えるなら喜んでそうする。だが我はこの世界を救う手段の中心にはいないのだ。中心となりたくともな。だからお前達に最優先で協力すると決めた。理由はこの世界を救うためだ」
「分かりました」
「それともうひとつ。我のヴィジョンの絵に映るお前はその腕と胴に嵌めているものが左腕と両足にも嵌っており全身鎧のようになっていた。つまり神の息吹を破壊するためにはその ”探し物“ とやらを見つけなければならないという事だ」
「!」
(クンバヨーニの予言と一致しているのか?隕石を破壊するためには神の息吹を破壊する必要がある‥という事なのか?)
「どうかしたのかスノウ」
「あ、いえ。分かりました。貴方の仰る言葉が信じられなかったので質問したのですが理解はしました。アルカ山のオリンポス神殿から探し物を入手するのはお任せしていいんですね」
「もちろんだ」
「いいでしょう。ならばおれ達はエウロスで探し物を入手するミッションのために動きます。期限は半月。これで如何でしょう?」
「上出来だ。時間短縮も必要だろう。我なら数時間でエウロスまでお前達を運べるがどうするか?流石に馬車までは運べないがな」
「ではお願います。エウロスからの移動手段はなんとか確保します」
「よし、それでは1時間後に出発とする」
「あの‥‥」
シンザが割って入ってきた。
「僕たちはそもそもこの世界が崩壊するのを阻止するためにボレアス神を守りに来たんですが、ボレアス神自ら危険な行動を取ろうとしていませんか?ノトス神を殺害した犯人も分かっていない中でボレアス神に身の危険が生じる可能性は否定できないと思うんです」
確かにその通りだった。
スノウは改めてシンザの冷静な洞察力の高さに驚いた。
「ハッハッハ!すまないなシンザよ。まさか我に気を遣ってくれたとは思わんが、それもまた重要なポイントだ。だが安心するがいい。我を簡単に殺せるのはゼウス様か風を操れるアイオロス様くらいだ。もちろん他に我を滅する方法はあるがかなり計画的連携が必要となるだろう。この呪いのおかげだな。つまり、我のことはあまり気にせずとも良いということだ。アイオロス様もそれがある故、ゼピュロスのところへ行かれたのだ」
「それを聞けて安心しまた。貴方が弱くてはこの作戦そのものが破綻してしまいますから」
「ハッハッハ!」
ボレアスは笑っているが、シンザの冷たい言葉にスノウは少しゾッとした。
同時にシンザと仲間で良かったとも思った。
・・・・・
・・・
ーーー1時間後ーーー
「準備はよいか」
「はい」
これからボレアスが風へと姿を変えて一気にエウロスまで運んでもらうためだ。
「よし、前へ」
スノウとシアは前に出た。
「ん?どうしたシンザ?」
前に出ないシンザに気付きスノウは問いかけた。
「スノウさん、シアさん。僕はここに残ります」
『!』
「どうした?!何か理由でもあるのか?」
「メロを診ている必要がありますからね。このグザリアに攻めてくる輩もいるかも知れません。そんな時にメロの近くに誰も居なかったらスノウさん、気が気じゃないでしょう?」
「確かにそうだが‥‥分かった。ここは任せる」
「もう良いか?」
「ちょっと待って下さい。これを持って行って下さい」
シンザがスノウに何か渡してきた。
小さな立方体の箱のようなものに六芒星が描かれている。
「これは?」
「御守りみたいなものです」
「そ、そうか。ありがとう」
「さぁ、行ってください」
「では行くぞ」
全身鎧から凄まじい暴風が吹き出してきた。
そしてスノウとシアを見る見るうちに包んでいく。
ブオォォォォォォォ‥‥‥
3つの通風口の右側からスノウとシアを包んだ暴風のボレアスはあっという間に吹き出て消えた。




