<ケテル編> 59.ボレアス神
59.ボレアス神
「あれがボレアス神殿だ」
馬車からアカルが指し示した先には巨大な神殿があった。
単純な神殿構造ではなく、塔のような積層構造の神殿だった。
特徴的なのは神殿の屋根から聳える三叉の煙突のようなものだった。
「あの三叉の煙突みたいなのはなんだ?」
スノウが質問した。
「ああ、あれはボレアス様が飛行されるのに使う出入り口だ。ここグザリアは見ての通り峡谷で強い風の流れがあるからな。ボレアス様も風になって出入りする際にバランスを崩されることがあるからあのような風の影響を抑える出入り口を作っているんだ」
「何で三つに分かれているんですか?」
シンザも興味を持っているのか、重ねて質問した。
「三叉になっている理由は単純だ。ケテルには複雑な風の流れがある。風道というのだが、右はケテルを東回り、左はケテルを西回りで移動するために使う。単純に一つだけでは風を掴むのが難しいらしいのだ」
「真ん中は?」
「私にも分からないが、噂ではアルカ山の山頂にあるオリンポス神が住む神殿に行くための風道があるらしい。だが、ボレアス様がそれを使っているところを誰も一度も見たことがない。
「へぇ‥‥ってことはあの神殿、もしくはあの三叉の煙突というか風突?はボレアス神が造ったってことか?」
「あれはニンゲンの技術者達が造ったと聞いている。どこにいるのか不明だからそれもまた噂かもしれないな。さぁそろそろ到着する。準備しろ」
5分ほど走ったところで神殿前に到着した。
目近で見るとさらに巨大に見える神殿だった。
神殿の至る所に大きな吸風口があり峡谷に吹き込む神の息吹を取り込んでいるようだ。
周辺には広場があり、奥には馬車の停留場もあった。
アカルの計らいもあり、停留場の者に餌や水やりをしてもらうことになった。
今回はボレアスにメロを診てもらうため全員で向かう。
スノウがメロを背負って行くことにした。
神殿の奥に回って進む。
他の神殿と同様に参拝者は正面から、内部に深く入る場合の入り口は別にある構造となっている。
厳重なセキュリティを抜けて進むと、エレベータがあった。
(ここもエレキ魔法‥‥ティフェレトと何か繋がりでもあるのか?‥‥今はメロとボレアスに集中だが、いずれ調査はしよう‥‥)
エレベータはゆっくりと時間をかけて登っていく。
感覚的にかなり上層階まで運ばれているようだった。
ズゥゥン‥‥
響く低い音と共にエレベータが止まった。
(この衝撃の少なさから推測するにこのエレベータは何らかのサスペンションみたいなのがついている感じだな。この世界の科学技術のレベルからいってますますアンマッチな構造だ‥‥)
「こっちだ」
スノウの洞察を余所にアカルは急ぐよう促している。
エレベータの扉が開いた先には長い廊下があり、そこをまっすぐに進む。
窓がないため暗い廊下となっているが、一歩一歩進むごとに灯りが灯っていく。
(センサー機能でもあるのか‥‥?確かどこかにも同じような機能で灯りが灯っていく廊下があったな)
「ここだ」
コンコン‥‥
「アカルヒメノカミです。スノウ・ウルスラグナ一行をお連れしました」
反応がないが、アカルはドアを開けた。
ガチャ‥‥
ブオォォォォォォォォォォォ!!
扉を開けた瞬間に部屋の中に冷たい暴風が吹き荒れるのが見え、思わず腕や手で顔おを隠す一行だった。
「凄まじい風だな!」
「ああ!少し我慢してくれ!」
あまりに風が凄まじいので聞こえづらかったが、中に入れということらしい。
スノウたちはこのまま部屋に入って良いものか分からなかったが、とにかく促されるまま部屋に一歩足を踏み入れた。
「よく来たな」
どこからというより、部屋全体から低く荘厳な声が聞こえた。
「!」
声がした直後、凄まじい暴風が一点に向かって流れ始めた。
ジュフォォォォォォォォォ!!
風は奥に飾られている立派な全身鎧に向かって流れ込んでいる。
まるで鎧が排気口にでもなっているかのように、部屋中の風がその鎧に向かって流れ込んでいった。
シュウゥゥゥゥゥゥゥン‥‥ピタ‥
まるで逆再生のように風が全て鎧に収まった瞬間に部屋が静かになった。
風が収まった部屋は不思議な造りとなっており、執務机の背後には3つの穴が空いていた。
真ん中の穴は閉じられており鍵が掛けられている。
その両脇に窓がついているが、どうやら実際の窓ではなく、景色の書かれた絵が貼られているメクラの窓だった。
「驚かせてしまったな。入るがよい」
今度は全身鎧の方向から声が聞こえ始めた。
「?!」
「お前たちどうした?入れ」
既に部屋の中央まで入ったアカルがスノウたちを招き入れた。
勧められるままに部屋に入ると、全身鎧が動き始めた。
カシャ、ガシャ‥カカカン
『!』
「初めましてではないか。会うのは2度目だな。我はこの国を統べる暴風神ボレアスだ」
スノウたちは呆然と立ち尽くしていた。
シアが前に出て答え始めた。
「私の名はフランシア‥‥前回お会いした際は面倒な脳筋男を追っ払って頂いてありがとうございました」
物おじしないシアが言葉を返したが、その内容がいかにもシアらしく空気を読んでいるのか読んでいないのか分からないものだった。
脳筋男とはもちろんヘラクレスのことである。
失礼に当たりそうなその言葉に背筋が凍る思いをしながら我に返ったスノウとシンザも名前を名乗った。
「私はスノウ・ウルスラグナ。そしてシンザです。背負っているのは‥‥」
「今回我に見通してもらいたいというニンゲンの少女だな」
「は、はい」
既に話は通っているようだった。
というより、既にずっと見張られていたのかもしれない。
そう疑わざるを得ない理由がこの部屋に入ってから生じていた。
聞かずにこの先の話は進まないと思いスノウは質問した。
「あなたは‥‥」
「そうだ。我はこの世界で唯一魔力を使える存在だ」
『!』
スノウたちは暴風状態のボレアスの姿に驚いていたというよりその姿が魔力を帯びていることに驚いていたのだ。
暴風の姿は魔力で維持されているようだった。
だが、今全身鎧の中に収まった状態ではその魔力はゼロに近い状態になっていた。
「魔力を使える存在‥‥」
「ああそうだ。とは言え、魔法が使えるわけではない。暴風の姿になるのに魔力消費を必要とするだけで、暴風の姿になること自体は魔法ではないからな。そしてこの鎧は魔力を閉じ込める力を持っている。動かすには魔力が必要だがな」
「まるで望んで暴風の姿になっているわけではないような言い方ですね」
フランシアが臆することなく質問した。
「なるほど、アカルの報告の通りだな。このニンゲンの洞察力は優れているようだ。その通りだ。これはある種の呪いだ。定期的に暴風の姿になり魔力を放出しなければ魔力暴走を引き起こし超爆発を起こしてしまう。このケテルが半分吹き飛ぶほどのな」
『!』
この広大なケテルの世界半分が吹き飛ぶ超爆発を引き起こす魔力量の膨大さは想像を遥かに超えていた。
「お会いして数分でそのような重要なことを私たちに話されたという事は、私たちに貴方を信頼させるため‥‥ですね?」
スノウが言った。
この国を統治している神が魔力の塊で、それが暴走すれば世界の半分が消えるほどの超爆発を引き起こす事実が知れ渡ればこの世界は大混乱に陥る。
アネモイ神への信頼は失墜し、アネモイ剣士協会は脅威の対象となるだろう。
アネモイ神や剣士協会に対して反乱が起こりかねない。
ましてやこの世界には否國と呼ばれる厳しい環境下に追いやられている存在が多数いる。
これは門外不出の絶対に漏洩させてはならない話だった。
そのような最高機密情報とも言える情報をボレアスはスノウたちにいきなり伝えたのだ。
「そうだ」
全身鎧の姿となったボレアスは全員に背を向けて窓の前に立った。
「なぜ重要な情報をお前たちに話したか‥‥。今からその理由を話そう」
そう言ってボレアスは話始めた。
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